昨日の続き。
「女房というものは、だれでも良妻の部分と悪妻の部分を一身のなかに備えています。亭主の扱い方の如何によって、悪妻の部分が発揮されたり、良妻の面が働いたりするのであります。それは、Aという男の細君であったときには、手のつけられない悪妻であったものが、Bという男と結婚すると、急に貞淑な世話女房になるような場合が、世間ではしばしば見られることによっても、証明されます。結局、責任はやっぱり亭主の側にあるらしい。いいかえれば、いかにして妻をえらぶかというのではなく、いかにして妻を教育するかにあると思われます」
相性の問題についての言及が新鮮である。
さて、最後の小見出しは「仕込み甲斐のある女」である。
下手をやると手のつけられない悪妻になるような女房こそ、教育のしがいがある、とまとめているが、具体論は示さずに終わる。明日から他の資料。

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