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    <title>命コキユの悪女学</title>
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    <description>　「悪女」とは、ブス子でも犯罪者でもありません！　「悪女」こそが「いい女」です（笑）</description>
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    <dc:date>2012-01-19T04:33:13+09:00</dc:date>
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    <title>悪妻のすすめ</title>
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    <description>　『狐狸庵ＶＳマンボウ』、講談社文庫、1976年。
　ご存じ、遠藤周作と北杜夫の対談集である。
　「対談１」が表題である。終わりのほうを引く。
「遠藤　つまりぼくが言いたいのは、結婚生活をしていると、みんな判でおしたような良妻賢母になってしまうんで、これをときどき悪女にしてやる義務が、亭主にあるんじゃないかということなんですよネ。
北　なるほど。
遠藤　悪女にしてやれば、彼女の中に、妻でも母親でもない”女”の要素がよみがえってくる。
北　良妻賢母にとじこめておくばかりが、亭主の能じゃないっていうわけ。
...</description>
    <dc:date>2012-01-19T04:14:00+09:00</dc:date>
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    <title>『細君論』白雨楼主人（後）</title>
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    <description>　昨日の続きを最後まで引く。
「これには種々なる社会的関係から来たる一種の迫害と称するごとき普通の道理をもって説明する事の出来ぬ消息がある。幸か不幸かは別問題として、容貌の美を持ちて生れたる女は社会的一面において、非常に有力利である代りに様々なる運命に逢着する機会が多い。自から悪女たらんと欲せざるも、境遇の上から、ついに悪女となるのである、即ち誘惑に陥る場合に接する機会が多いのである」
　大正初期に、悪女に関してこういった記述があることに驚嘆する。
　続きを引く。
「余儀なくせしめられるる事があ...</description>
    <dc:date>2011-10-07T00:10:00+09:00</dc:date>
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    <title>『細君論』白雨楼主人（前）</title>
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    <description>　神田書房、1911年。以下、旧字旧かなだが、断わりなく新字新かなにし、漢字をかなに改める場合などがある。ルビはほとんどはずした。
　短い12章めが「悪女美人論」である。大正時代にしては、まずは珍しい感じである。
　冒頭から全文を引く。
　「貞女に美人なく、変死に醜婦なしとは既に定（き）まった相場である、しかれどもこれは戯れの詞ではあるまいか。要は美人の解釈いかんにあって、心の美を美人となすものと、貌（かたち）の美をもって美人となすの二つにあるのである、されどここに語らんとする美人の標準はもちろん容貌...</description>
    <dc:date>2011-10-06T00:10:00+09:00</dc:date>
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    <title>悪女を競演</title>
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    <description>　『週刊明星』９号、1958年９月。中綴じグラビアのキャプションから引く。
　「ある老富豪と暮しているが正式の妻でもなく、二号というわけでもない、てい［圏点２文字］家政婦がわり――ただ膨大な遺産だけを目当てに生きている。ところが、老人が人間ドックに入って診断を受けてみると、肉体的には四十代の若さだとわかる。ここにいたって、ついに老人を殺害しようと決意する。――その悪女、菅原妙子を演じるのが山田五十鈴。
　もう一人、悪女がいる。妙子が芸者のころ情夫との間にできた娘の菅原眸。現在女子学生だが、老人から...</description>
    <dc:date>2011-10-05T00:10:00+09:00</dc:date>
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    <title>『悪女たちの日本史99の謎』</title>
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    <description>　宝島SUGOI文庫の新刊。「歴史の真相」研究会。
　帯には「歴史に深い爪跡を残した悪女の伝説!!!」とある。
　「はじめに」の後半を引く。
　「美貌を盾に男を誘う――。女の武器は道を誤った使い方をされることもしばしばあり、悪の道に転落した女性は”悪女”と呼ばれた」
　これはこれで、はっきりした悪女観であるが、やや変わっている感じもする。
　先を、飛ばしながら最後まで引く。この本はここまで。
「だが、そんな過ちの経緯を記した史料は少なく、結果だけが伝えられている場合がほとんどである。つまり、悪女の姿は歪め...</description>
    <dc:date>2011-10-04T00:10:00+09:00</dc:date>
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    <title>『エンジェルと悪女』</title>
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    <description>　ジャッキー・ブラウン／高山恵訳、ハークレイン、2011年。
　原題は&quot;STAR=CROSSED SWEETHEARTS&quot;であるから、「アクセサリー的悪女」である。
　裏表紙から引く。まずはリード。
　「もう男には影響されない人生を始めるとき。／彼への別れの台詞は用意できている」
　次いで、前半のみ引く。
　「アトランタ・ジャクソンは”か弱い悪女”役で人気の女優。
　でも、それはスクリーン上だけのこと――
　少なくともアトランタはそう思っていた。だが世間の反応は違った。
　恋人でもあった年上のマネージャーと手を切ったば...</description>
    <dc:date>2011-10-03T06:17:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://navy.ap.teacup.com/akujo/1416.html">
    <title>『平安朝の悪女たち』（後）</title>
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    <description>　昨日の続き。
　昨日の引用に続いて、三田は、現代の女性にあてはまるものではない、と弁解する。
　で、平安朝を採り上げる理由として、女が政治を動かしたから、とする。
　やや先で、天皇よりその母が強かった時代、としている。それ以降の時代は、そうではなくなったから、「≪悪女≫は平安朝だけに存在するといっても過言ではないのです」とも。
　不比等の娘、光明皇后は奈良朝なので例外としている。後の平安朝の礎とも言っている。
　最後は引用して終わる。
　「この本は≪悪女≫についての列伝ということになりますが、こ...</description>
    <dc:date>2011-06-07T00:10:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://navy.ap.teacup.com/akujo/1415.html">
    <title>『平安朝の悪女たち』（前）</title>
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    <description>　三田誠広、ＰＨＰ研究所の新刊。
　帯に「男を動かす／魅惑の女は、／国の政治さえも／変えた」とある。
　このあたりに悪女観がうかがえる。
　背には「男を翻弄し／国を変えた女」とある。
　「はしがき」を引く。
　「悪女とは何でしょうか。
　女はすべからく悪女かもしれません。
　これは言葉の定義の問題ですね。
　この本では、政治を動かした女、というくらいの意味を持たせたいと思います」
　やはり定義から入っているのが興味深い。
　その直後を引く。明日まで続く。
　「女は政治を動かしてはいけないのです。話がやや...</description>
    <dc:date>2011-06-06T00:10:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://navy.ap.teacup.com/akujo/1414.html">
    <title>『歴史を変えた！「美女」と「悪女」大全』（後）</title>
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    <description>　昨日の続き。
　分類が美女と悪女というのに苦笑する。
　悪女は美女でなくてはならないというのが、個人的な悪女観であるから（笑）
　で、やや、この本での悪女観は「文字どおり」の感もあるが、残りを最後まで引く。
　「しかし実のところ、周囲の情勢に流されるままに行動しただけだったのに、後世の評価で勝手に悪女扱いされてしまっただけ、というケースも珍しくない。歴史というのは特に残酷なものだ。そんな女性たちの真実の姿についても、本書ではなるべく迫っていったつもりだ。楽しんでいただければ幸いである」
　このあ...</description>
    <dc:date>2011-06-05T00:10:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://navy.ap.teacup.com/akujo/1413.html">
    <title>『歴史を変えた！「美女」と「悪女」大全』（前）</title>
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    <description>　榎本秋監修、新人物往来社の新刊。
　帯には、「史上最高のセレブたち　105人の競演」「悲運の悪女」などとある。
　「はじめに」を見る。
　歴史の前面には、男ばかり出てくるが、「強烈なバイタリティーと行動力を備えた女性」や「女性の存在を核として魅力的な人間ドラマが演じられたケース」があるとする。
　後半はそのまま引く。
　「本書では、そうした魅力的な女性たちを大きく【美女】【悪女】と分け、さらにその中でも細かくカテゴリー分けを行った。その上で、彼女たちの生涯やその実像について、なるべくエピソード豊か...</description>
    <dc:date>2011-06-04T00:10:00+09:00</dc:date>
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