ここのところ、−5℃とか−6℃とか…オットはその中でも元気に片道20km超の自転車通勤を
楽しんでおります。ありえない・・・。本人が好きでやっているのだから口を出す筋合いもないのだけど、どうにも理解できないのであります。「楽しいの?それとも楽しくないけど、訓練だからやらなくちゃいけないの?本当はやりたくないの?」と質問攻めにしてみたら、「気持ちいいじゃん!

」と元気な答えが返ってきました…。宇宙人と結婚してしまったのか…。週末の今日は、運動不足の息子ウーを引っ張り出してジョギングに出かけました(←自転車はウーには寒すぎるそうです)。
さて、ここのところ、太郎君関連でネットから漂うネガティブなあれこれに心身共に疲れ切っていましたが、まとめてくださるプロの方に、私の知っている限りの情報は説明しましたし、近いうちにサイトが公開されそうです。お待ち下さい。
昨日はちょっとネットをお休みして、外で忙しい一日を送ってみました。(以下、犬ネタなし!)
朝から深夜まで、外出5回、走行距離100マイル(約160km)!久しぶりにタクシーマム稼業フル稼働!まとまった運転時間はリスニングの練習に使えるので、却ってありがたいくらいです。ちょっとリフレッシュしました。
走行距離の大部分はダウンタウンへの2往復。うちのバレエスクールの公演があったのです。ブーは衣装係として、また舞台袖でのお世話係として3回の公演すべてでボランティア。さすがに治安の悪いダウンタウンへ、娘一人で行かせるわけにはいかず、他のお母さんに頼めない時は私が運転していくことになります。アメリカの中都市以上はどうしてもドーナツ化現象で、ダウンタウンの治安が悪くなるんですよね。もうこれは自衛するしかない。駐車場は目的地と至近距離のところを選び、人通りのないところは歩かない。それさえ守れば、それほど危険な目には遭わずに済む…はず。
この町随一のきらびやかなホールで、公演初日のソワレはありました。ブーも現役時代は何度となくお世話になった劇場です。
今日は日米バレエ事情の違いなどについて少々。
日本ではバレエを習わせるのに、とにかくお金がかかりました。レッスン代はもとより、発表会のたびに、一人最低でも10万円近い(もしくはそれどころでない金額の)負担金があるのが普通。その分、小さい子から大人まで衣装も豪華できらびやか。半年も前から、あるいは1年も前から準備に費やし、レッスンはすべて「発表会のため」のレッスンになり、舞台の完成度に血道を上げる。
…というイメージだったのですが、こちらに来て以来、あまりの違いに最初の頃は付いていけず、右往左往していました。(まあ、これはうちのスクールだけかもしれませんが)まず、スクールの発表会だろうが、基本は「お客さんが入場料を払う」ことが、大きな違い。たとえ、身内がチケットを買うにしても、最初から参加者が何万円もの負担を強いられることがないのです。「こんな稚拙な舞台を見に来ていただいて」という謙り(へりくだり)の発想がないから?地域の企業がスポンサーとしてばんばんお金を出してくれるから?(うちのスクールはNPOなので、寄付をすると税金の控除が受けられるのです)身内以外でもバレエが好きな人が、お金を払って大勢見に来てくれるから?
もっとも、大きな舞台での公演が年に3回あったとして、それぞれ金曜の夜、土曜の昼と夜の3回公演になりますから、日本のようにそのすべてを親が負担していたら、とてもバレエなんか習わせることができなくなってしまいます。
それから、パフォーマンスの機会が多いこと。正式な舞台は年に2,3回ですが、その他にショッピングセンターやモール、病院、老人ホーム、どこへでも出かけていってハイライトを踊ります。とにかく発表する機会が多い。鍛えられるわけです。
衣装は、レオタードにスカートを付けたり、腰から下だけのチュチュ(ボンと呼ばれますね)、パンツなどがメイン。大道具・小道具はボランティアの親たちが作る。大がかりな、公演ではプロを呼んで主役を踊ってもらったりしますが、それでも舞台の飾り自体は質素なものです。中身で勝負?
プログラムの扱いも違います。日本の発表会って事前にプログラムが印刷され、生徒に配分されて、それを来てくれる人に渡すような感じだと思いますが、こちらでは、プログラムは実際お客さんが入場したときに初めてもらえるもの。当日まで生徒達もプログラムは見られません。…つまり印刷ミスや手違いで名前が載っていなかったときは(ブーはよりによって、ソロを踊ったとき、プログラムから名前が漏れていました)もうどうしようもないです。パフォーマンスが始まってからも、日本の発表会のように一人ずつの名前がアナウンスされることもありません。
更に、公演1か月ほど前になってもろくに振りが決まっていなかったり、衣装ができあがるのが当日だったり。その日の通し稽古で振りや出の位置がガンガン変わったり。とにかく、躍り込みが少ない。リハーサルまでの時点で「完璧」ということはないのに、本番でそれが初めて完璧になる。この、子ども達のプロ意識にはいつも感服してしまうのです。リハーサルまでは失敗すると顔に出す子も、本番では例え着地に少し失敗しても、
まるでそれが振りの一部であったかのようにふるまい、笑顔で包み込んでしまう。まったくあっぱれです。子どもによるけれど、早い子ではまだ幼稚園児なのに完璧なプロ意識を持っていた子もいました。その子は10歳でユース・アメリカグランプリの最終選考に残りました。やっぱり違う子は違うなあ。
逆に、小さい子に関してはとことん、とことん、これでもか、と言うくらいに甘い。3−4歳児の演目なんて、先生が一緒に舞台に乗って踊り、それを真似てくるくる回ったり跳んだりはねたり、およそバレエとはかけ離れたものが普通です。日本のスクールでは、どんなに小さな子も真似事のタンジュやらエシャッペやらを「バレエっぽく」振り付けられていますが…こちらでは、「小さい子は出てくるだけでいい」「可愛いだけでいい」という徹底した意識があります。舞台の上から親に手を振っちゃっても、真ん中に座り込んでも、会場も先生も笑うだけ。ひゃ〜、びっくり。…でした。最初の頃は。今は私も一緒になって笑ってます。
平均で小学校の中学年くらいになって、やっと本格的な「バレエ」の世界になりますが、そうなると一転してシリアス。いやいや踊っていたり、恥ずかしそうに目を伏せて踊ったりする子は一人もいません。そういう子が残っていけるほど甘い世界ではなくなってくるんです。みんな、客席をしっかりと見つめてアピールしながら、見せる!見て!!見るのよ!!!見なさい!!!!というオーラを発散し始める。このあたりがもう根本的に違う。ああ、西洋の文化なんだな、って思います。世界で活躍する日本人のバレエダンサーも多いし、彼らのテクニックは素晴らしいのでですが、もともとこういう文化で育ってきた人たちの中で、言葉のハンディもありながらプリンシパルとして認められるのって、ものすごいことです。並大抵のことではないだろうな、と感じます。
小さいときから見てきた子たちも、今一緒にレッスンを受けているクラスメートも、舞台の上で輝いていました。若いっていいな。羨ましいです。それにしても、高校生まで生き残るような子って二重関節持ってない子はいないのだろうか。みなさん、見事にアラセゴン(横)で頭の上まで足が上がってピタッと止まるのね。ああでなくては生き残れないのか…本当に少数の恵まれた子たちだけがプロへの階段を一歩一歩上っていくのですね。軽やかに、優雅に踊るその腕や脚がどれだけの筋肉に支えられているか、その筋肉を作り上げるためにどれだけの努力や犠牲を払っているか、私はよぉーく知っているだけに(世の中で一番体力があるのはプロのクラシックバレエダンサーじゃないかと思うくらい)、彼女たちの進歩にはただただ感服するばかりです。
「おばが作った。”光の精”さんのティアラだって。」

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