2011/1/20  22:39


1月10日にコメント下さった方(遅くなりました)
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2011/1/9  18:14

【映画感想】ロビン・フッド ☆☆☆☆  ラッセル・クロウ&ポール・ベタニー

日本公開があまりに、あまりに、あまりに遅かったので(何度も言うけど、他の国(韓国などアジア諸国含む)ではみーんな5月に公開されている「ハリウッド大作映画」が、日本だけ12月公開と最初から決まってるって、納得できる理由があったら誰か説明してくれ)、キレてブルーレイで先に見てしまいましたが(9月)、映画館でも1回ぐらい見ておこうと思って行ってきました。

映画館で見てよかったと思った点は、戦闘シーンの迫力もさることながら、中世イングランドの森の深さが実感できたことでしょうか。

イングランドと聞いて「雄大な自然」を連想することはあまりないのですが、この映画を見ていると、イングランドもフランスも、人の住んでいる部分なんていうのはほんのちょびっとで、あとは鬱蒼とした森が延々と続いている...という実感があります。

だから、主人公たちが映画の最後にアウトローとなって「森に住まうもの」になるのが、実に似つかわしく感じます。

それに、人の住んでいるところも、貴族の館や王宮でさえ、もっと時代の下ったベルサイユ宮殿みたいのと違って、石むき出しのだだっ広い部屋にところどころ絨毯が引いてあるだけって感じ。城の外観も無骨だし。あれに比べたら、現代人のわれわれは庶民でさえ、昔の王侯貴族が夢にも見なかった贅沢な暮しをしているのですなあ。と、話がそれました。

とにかく、そういう、意外ときらびやかでないところを描いているにもかかわらず、この映画にはすごく、豊かで贅沢なものを感じるのです。「貧乏」と「貧乏臭い」は違うので、レディ・マリアンの領地ノッティンガムは貧乏をしているのですが、貧乏臭くはない。

リドリー・スコット監督の演出もまた、そういう豊かな感じに貢献しているのでしょう。「悠々迫らざる」という感じ。ゆったり構えた感じなのだけれど、テンポが遅いわけではない。自分の描きたいものがよくわかっている余裕というか。

ブルーレイの解説では、相変わらずしゃべりまくってますけど、りどりん(笑)。映像派(?)のくせに、喋る方も達者な人です。

ケイト・ブランシェット、マックス・フォン・シドー、マーク・ストロングと、役者の方もどこを取っても文句なしなんてすが、やっぱりここはラッセルですね。

まず、ここ2〜3作に比べてあまりに痩せて若返っていて、初見でびっくりしてしまったのですが。かと言って一時のデニーロみたいに、「この役のためにXXキロ落として/増やして...」と、ことさらに騒がれるような感じもない。どんな役でも、見始めるとすぐ「これが地なんだろう」と思えてしまうのが彼の特徴なのです。

要は、リドリー・スコットもラッセル・クロウも、「自分のやっていることをよく分かっている」人たちで、何をやっても安心して見ていられるのでした。

2010/4/21  23:47


皆さま、ラッセルの「ロビン・フッド」の予告編はご覧になりましたでしょうか。なりましたよね。

http://www.robinhoodthemovie.com/

マ、マキシマス?

日本公開は秋だそうで、待ちきれないです。(<文字通りの意味で)

ラッセルはプロモーション・ツアーでアメリカに行ったようです。

ハリウッドで「名誉の歩道」に名前を刻み...

http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010041301000228.html

アメリカテレビ界の女王様に謁見し...

http://www.youtube.com/watch?v=5TEK67B83dk

「リドリー・スコット監督からのプレゼント」と言ってオプラにプレゼントした剣もマキシマスっぽいですね。

映画の話のほかに子供の話もしていたのですが、子供たちと一緒に試写室で完成した「ロビン・フッド」を見た時の話をしていました。でも、残念ながら、6歳のチャーリー君と3歳半のテニー君にはこの映画は早すぎたようですね。チャーリー君は最初から「もう出ようよ〜」と言い、テニー君はいきなり「お馬は?お馬はまだ出て来ないの?」

ラッセルは両側から「もう出ようよ〜」「お馬はまだ?」と言われ続けたあげく、馬が出てくるシーンになると、テニー君は「お馬を見たから、もう出よう!」

小さい子供のいる俳優が、子供向きの映画に出たがったり、下らないのでもアニメの声優をやりたがる理由がわかるな〜。

2010/3/5  23:04


一昨日、「フローズン・リバー」の感想の注に書いた「バディ・ムービー」の話の続きを。(念のため..これはあくまで私的な定義です。たいがいは、単に「二人の相棒が出てくるアクション映画」のことを「バディ・ムービー」と呼びます。)

「バディ・ムービー」の私的定義:性格も立場もまるで違う、お互いに好きでもない二人の人間が、共通の目的のために協力するはめになり、はじめはケンカばかりしながら、嫌々ながら助け合ううち、ラストまでには不滅の友情で結ばれる、という映画。(最初から友人の場合や、恋愛関係で結ばれるものは違う。)

私は映画を見ると、意味もなく「バディ・ムービーかそうでないか」で分けたりしているのですけどね。そうすると、アメリカ映画はかなり多くの割合で「バディ・ムービー」に該当することに気づいたりします。

アメリカ映画のアクションものや刑事ものは、実はほとんどこのパターンに沿っていると言ってもいいほどですが、意外なところでは「トイ・ストーリー」や「シンドラーのリスト」も、ストーリーラインはバディ・ムービーになっているのですよね。

残念ながら、アメリカ映画にも、女性を主人公にしたバディ・ムービーというのはほとんどありません。(最初から友達である「テルマ&ルイーズ」は、私の定義では違います。)「フローズン・リバー」は珍しい例ですね。アメリカ映画ではありませんが、日本の「下妻物語」はかなり近かった。

さて、ここでクイズです。遅ればせながら、私のラッセル・クロウ・サイトのフィルモグラフィーを更新したのですが、ここにあるラッセルの過去の映画の中で、私が「バディ・ムービー」だと考えるものは4本あります。他に「うーん、微妙かな」というものが1本。さて、どれとどれでしょう?

以下正解

2009/9/13  22:11

「3時10分、決断のとき」相変わらずヘンな感想  ラッセル・クロウ&ポール・ベタニー

なかなか観に行けなくて、「ぐずぐずしていると終わってしまう!」とか思っていたら、いつの間にか拡大公開になっていました。嬉しい。

というわけでやっと観に行きました。

すでにDVDで観ていたのですが、前に観たときとはまた違った見方ができて、改めて良くできた、面白い映画だと思いました。

で、「ヘンな感想」というのは、この映画を見ていて、ラッセルのカッコいい無法者ぶりや脇役陣のキャラ立ちっぷりを楽しみつつも、あることが頭から離れなかったのです。

それは、最近のアメリカの健康保険制度改革に関する大騒ぎのニュースを見ていて、非常に気になっていた、制度改革に反対する人たちの(公的保険が当たり前だと思っている私たちから見れば)アホらしくも思える、わけのわからん反対意見なのです。

「保険に入っていないのは健康な若い連中で、自分は病気にならないと思って入っていないからかまわないんだ」...はあ?そういう人たちにこそ保険に入らせないと、そもそも保険が成り立たないじゃん。「他人の医療費をおれに払わせようとしている。そんなもの、払ってやるもんか。」...あの〜、そもそも保険ってものがどういう仕組みになってるか、わかってる?

そういうことを考えつつ、久しぶりに西部劇を観て、「あ、そうか」と、なんとなくわかったような気になったのです。

つまり、アメリカ人の多くはいまだに、「おれは政府の世話にならず、他の誰の世話にもならず、自分の力だけで生きている」という幻想に取りつかれているということです。そしてそのメンタリティは、つまり西部劇の時代から来ているんだなあと。

でも、人々が本当に政府の助けもなく、自力で生きていかざるを得なかった時代の話をこうして観ていると、現代アメリカ人が「自立自助、独立独歩で生きている」なんて思うのは、本当に幻想以外の何物でもないよなあ、と思います。

なにしろこの映画の主人公のダンなんて、南北戦争で徴兵されて首都ワシントンを守るために戦って片足を失ったのに、国はほんのはした金をくれただけで追っ払われ、農場を作ってみれば水源を上流でせき止められ、不法な妨害をされてもそれを訴え出る先もなく、保安官は守ってくれるどころか助手が嫌がらせに納屋に火をつけにくる。金のために無法者を護送して行っても、無法者の忠実な部下が金をばらまけば、たちまち町中が銃を向けてくるし、保安官はさっさと逃げ出してしまうし...

こんな、無法者になる方がいっそ筋が通るような世の中で、真っ正直に生きるのがどんなに大変か。悪の道に心が傾きかけている息子にまっとうな道を選ばせるためには、どれほど命がけで誇りを示す必要があるか。

私、この映画を最初に観た時は、この主人公のダンにもあまり感情移入できなかったのですよね。どうも、家族に対して父としての誇りを示そうとするあまり、かえって家族を苦しめている、よくいる父親像のような気がして。でも、今回また観てみて、それは違うと考え直しました。彼は、本当にこうするしかなかった。お金のこともあるけど、それより、彼はもう何が何でも、息子の尊敬を勝ち取らなければならなかったんです。

当時とは全然違う現代アメリカで「おれは政府の助けなんか借りずに自力でまっとうに生きてる、他の連中もそうすべきだ」なんてうそぶいている人々は、本当に昔の西部に行って...いやそれは無理だから、現代のアフガニスタンかジンバブエにでも行って、本当に自力でまっとうに生きられるかどうかやってみれば?と思いますね。



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