障害を持つ事は幸か不幸か?
私は、”不幸”だと思います。
突然ですが、
障害は不幸か?ということについて、自問自答です。
障害を背負う事は、決して幸せではありません。
なければそれに越した事はありません。
障害を持っている人とそうでない人が、平等だとも思いません。
障害を持つ人同士も、平等だとは思いません。
どんなものでも、障害を持つことは、
幸か不幸か?と訊かれれば、
不幸だ、と答えるでしょう。
障害は不幸です。
この意見に、不愉快な思いをする人もいるでしょう。覚悟の上。ただ、そういう方にも、ここから先を読んで欲しいと思います。もしかしたら、そういう人こそ、かもしれません。
「障害がなければ…」と思うことはあるでしょう。一種のもどかしさというか、言い様のない感情を抱く人も多いと思います。
ただ、障害がある人にとって、
障害は全てではなく、一部なのです。
障害のあることを認めたうえでの生活が、自分らしくあれば、それなりに幸せだと思います。
逆に、障害がなくても、自分らしくいられなければ、幸せは感じられないと思います。
障害を持つことは不幸でも、障害を持った人は不幸とはいえないということです。
最近思うのは、障害を持つと、障害に目がいきがちで、肝心のその人そのものが見えないことがあるのではないか?…という事。
障害を持って、一番辛い目に遭うのは、当事者です。
差別・偏見はどうしてもありますし、障害によって行動の制限もつく場合も多々あります。
これは、周囲にも向けられる事かもしれませんが、変な言い方をすると、当事者がいなければ、周囲はそういう目に遭わなくてもいいわけです。
そういう意味で、一番辛い目に遭うのは、当事者だと思っています。逃れられません。
ただ、だからといって、障害にばかり目を向けた人生は、寂しいし、つまらないのです。
障害のせいで、全てが不幸になるわけではないのです。
障害を認めたうえで、つまり障害の関係上出来ないことを、はっきりとさせたうえで生きていく事は、重要なことです。
そして、可能な限り、当事者自身が、出来る事・出来ない事を表現する事も、大切な事です。
その上で、どう生きるかは、個人の自由です。
障害を除いたところで、どう生きるか、です。自由です。
不幸なのは、障害者ではなく、障害
ということです。