新学期が始まりました。
教師生活二十ン年、初めての低学年。期待と不安に胸をときめかせての始業式。
担任発表が終わって教室へ。
ここで、またまた教師生活初めてのびっくりが待っていました。
事故欠2名
連絡帳にははっきりと「旅行のため、5日、6日は欠席します」と書かれていました。
こんなに堂々と、2名もが、学校休んで旅行いってますと宣言するとは、しかも、4月早々、始業式、しかも担任が替わるとわかっているスタートに・・・これは驚きでした。
思わず悩んでしまいました。
スタートで担任が替わって、2日間も休んでしまって、子どもは気後れしてしまうのではないか?担任が替わって学級の感じが変わると、ナーバスな子なら不適応になってしまうのではないか?新しく席や係を決めるのに不在のままで、決まってしまい、気持ちのよいスタートを切れないのではないか?新しい教科書やノート、ドバッと来るプリントに提出物を後で見て、パニックになってしまうのではないか?
そして、さらに考え込んでしまったのは、
それを知ってて旅行に連れて行ってしまう親というのはどんな親なんだろうかということです。もしかしてとんでもなく挑戦的で学校に批判的な親なのか、それともぜんぜんわかっていないだけなのか?どちらにせよ、先が思いやられます。
週が開けて、旅行帰りの子どもたちは元気に登校してきました。やはりかなり気を使ってしまいました。なんとかふつうに適応できたようで、ホッとしています。
聞いた話によると、海外旅行など、今の時期は安いのだそうです。(そりゃそうだろう)
価値観が違うという言い方もできるのでしょう。
ただ、「学校を休ませて旅行に行く」ということの「危険」がわかっていないのではないかということが不安です。
学校を休ませて旅行に行く−それを両親が決定したということは、両親が学校の「権威」を否定したということなのです。
それをしてしまったら、もう、「学校」を、子どもの教育のための「重し」として利用できないということなのです。
例えば、よく、親御さんが言います。
「先生、宿題以外にも勉強するように子どもたちに言ってください。もう、親が言ってもぜんぜん言うこときかないんですよ。」とか。
でも、親が学校の権威を否定してしまったら、先生が言ったって、そんなのきくわけありません。
担任が宿題をやれと言っても、それをどこか軽んじていい加減にすませてしまおうとするかもしれません。
怠学傾向のある子は、やがて学校なんて行かなくてもいいんだとうそぶくようになります。
今までのほとんどの親御さんは、学校の権威を子どもの教育の道具として利用していたように思います。(利用されすぎても困るのですが・・・)
そんなものは利用しない−それは大いにけっこうです。むしろ理想だと思います。
でも、それをすべて家庭の責任と裁量でやっていくという信念と自信を持たなければなりません。
ぜひ、持ってほしいものです・・・

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