全然治らないじゃんこれ!

2014/1/4 
病気に関しては自分にがっかりしてばかりですが、少し改善した部分も。

・落ち込んだ状態は数カ月も続かなくなった
・死のうと考える回数が減った
・薬なしで夜眠れるようになった
・めまいが改善した
・物欲が戻ってきた

最後の一つはいいのか悪いのかわからない。
症状の一つとして、散財してしまうケースもあるみたいだし。
でも欲しいものがあることが、こんなに幸福なことだとは知らなかったな。前はすべてがどうでもよかった。過去のこと、未来のこと、今のことすべてに興味を持てなかったから。“これ可愛い、ほしい!”って思うのには、結構なエネルギーが必要なようです。

エネルギーを枯らすことのないように、今年も生きよう。
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限界を決めない

2013/8/12 
 居酒屋にて、ランナーA氏との会話。

A―マラソンしないの?
私―5分以上走れないし無理だな・・
A―ふーん…
   でも5分走れれば10分走れるし、10分走れれば20分もイケるよ
私―そういうもん?
A―自分でスイッチ切ったところで止まっちゃうだけで


 何気ないやりとりが、どうしてもひっかかって夜寝れなくなった。「限界を決めると可能性がしぼむ」ってことだよね。ただマラソンの話をしていただけなので、人生について言われたようで心がイタいんだな、。

 ここ1〜2年、ただひたすらに“生に対する執着心が不足”していて、自分が傷つかないようにかなり限定した人付き合いを心がけてる。仕事も無理のない範囲でしてる。ただ、その“傷つかない”範囲や“無理のない範囲”って単に自分で決めつけてるだけの事。だけど、今私がやってることはすべて“死なないための言い訳”だと考えたら…?そこに限界を超える意味は無いんだよ。

 こんな悲しい人生観。「可能性がしぼむ」ことに意味を感じられない。

 は〜ふ〜〜
 
 ま、太く生きられないなら、細く生きるだけのこと。
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競争相手は誰?

2013/8/8 
 大なり小なり、“競争心”は誰もが持っているものだと思う。その競争相手は大きく二通りに分けられる。自分と自分以外の誰かだ。

 人生において満足のいく結果をだせた時は、決まって“自分”を競争相手に選んだ時だった。習い事の発表会、受験や試験勉強、サークルの大会…。でもどうして、他人を競争相手に選ぶと良い結果が得られないんだろう?

 一番の理由は「ブレ」にあると思う。

 こんなことがあった。小学校低学年での運動会の50メートル走での出来事だ。一番端の第一レーンをあてがわれた私は、ピストルの合図と共に駈け出した。決して足は遅くなかった。最後は一番遠い第五レーンを走る選手との、一騎討ち。自分の持てる力のすべてを出し切ったが、結局2着に終わってしまった。息を整えている私に、ゴール付近で見ていた先生がポツリと言った。「真っすぐ走っていれば勝てたのに」と。言葉の意味がわからず、自分の走ってきたコースを振り返って見た。50メートル走なので、コースは一直線上にある。ふと疑問が浮かんだ。最後に競っていた時は第五レーンの子と肩を並べて走っていたぞ…と。なんと、第一レーンから走り始めた私は、コースを斜めに走り最後は第4レーンでゴールしていたのだ。そう、第5レーンの“競争相手”と肩を並べて競うために。

 他人に対する競争心は、こんな風に自分の道を踏み誤らせるものだ。ゴールだけを見つめて、集中して走ればきっと一着だったのに…。4レーン分ゴールが「ブレ」てしまった私は、運動会という晴れ舞台で“競争心”が過剰になっていたのだろう。練習のとき集中して速く走れていたのは、毎回タイムを計っており“昨日までの自分”より早く走ろうとしていたから。隣の誰かを気にすることなく。

 大人になった今でも、競争相手に他人を選ぶのは肌に合わないと感じる。過去の恥ずかしい暴走が私に歯止めをかけるから…ということだけでない。他人の存在は時に刺激を与えてくれる貴重なものだけど、あくまで刺激は一時的なものにすぎないと思うからだ。火種にするものであって、いつかは消えて無くなってしまうとも。もっと大切なのは、過去の自分を超えていくことでは?自己記録を更新し続けることが、ゴールへの近道なんじゃないかと。


 最近の自分なりの考えを上手くまとめたつもりだけど、最後にどうしても一言…「あの時第4レーンを走ってた子、本当にゴメン」ということ。どうやって走ってたんだろ?ほんとは私より足の速い子だったのかも…ほんま堪忍してや〜!ということを、大人として付け加えときます。
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長かった2012年

2013/1/5 
ウツ発症して約一年。やっと経った・・・
ものすごーく長かった一年間。
そしてまだ生活の中で、不自由なこと盛りだくさん。
こんなに長引くとは…結構早めに判断したつもりだったけど、読みが甘かった。

この病気、かなりしつこい。
治ったふりして、普通にふるまうと大変な目にあう。でも少しずつ普通の生活に馴らしたいし、治っていると信じたくて今まで通りにしてしまう。結果ダメージ受けて、家族とすら数週間目を合わせられなくなったり(臆病に偏る)、叫ばずにいられなくなったり(誤解されてると特に)。引き籠ったり、食べなくなったり、泣き出したり。

友達に会ってる間は、うまく隠せている。今の自分の状態を“ちゃんと”説明できる言葉を持っていないので、誤解を避けて誰にも病気の状況は伝えられない。とにかく、誤解されるのがたいそう辛い。想像することも耐えがたい。なんて弱っちい自分になってしまったんだと愕然とします。刺激に弱い。悪意には完敗。

正直、もう元には戻れないかもしれない。

今は、病気に向き合って、地道に生活のクオリティを上げていくしかないかな。
自分の面倒はみれる年にしたいです、2013年★☆どん底はもう終わりに。
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日々スムーズに

2012/11/26 
自分のやりたいことに情熱を燃やすために生きよう!と思って、会社を辞めた。

じゃあ、今まで何のために働いてたのか?というと…“不安を無くすために、安全策を作るために働いてた”。働いても働いても、なくならない。むしろ大きくなる不安を、なんだかんだと手を替え品を替えなくそうとしてた。

将来のこと、どうしても暗い予想しかできない。
希望が先細りなのに、どうやって生きていけばいいんだろう。
そんなことばっかり考えてた数年間。

不安に思うから不安なんだ。
何度も思ったけど、不安に思う心をどうしても無くせなかった。
どう考えても出口のみえない、過酷な年月だった。

数か月たってわかったのは、やっぱり辞めて良かったなということ。今までの経験で“努力して出来ないことはない”なんて思っていたけど、それは大きな間違いだった。私には努力しても出来ないことがあるし、そしてやらなくていいことも沢山ある。それを認めて、じゃあ【私に生まれたことを一番活かせることは何?】を考えたらいい。

自分に生まれたことを、無駄にしたくない。今はそれをすごく思う。
そして、一番自分を活かせることは、私が情熱を燃やせるものの中にあるんだと思う。どんなに小さなことでも、そういうのを才能って呼ぶんだと思う。

すいぶん遠回りをした気がする。でも、おかげで自分のことがよくわかってきた。もっともっと、自分を知って、そして活かしたい。不安に負けないで、情熱を燃やしたい。
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