2011/12/11

フレーベル少年合唱団 新しい世界へ  定期演奏会

フレーベル少年合唱団 第51回定期演奏会
2011年11月2日(水) すみだトリフォニーホール
開場 午後6時 / 開演 午後6時30分
全席指定2000円


I. 物語は始まる

 イートンに赤ボウ姿の1-2パート子どもたち。同じボウをイニシャル・ベストと無帽で組み合わせたパート3のAB組。体温の上がって来たラストは上級生全員がレギュラーのベスト・スタイル着用で、B組メンバーはボウのみゴールドにスライドする。例年通りのユニフォーム・チェンジのフォーマットを踏襲しつつ、今年はブレザー&中折れ帽の配当が見られなかった。2005年以降、毎年一つずつアイテムを追加して来た定期演奏会のステージユニフォームにはじめての引き算を見た。

 カンタンなカラクリである。21世紀に入ってから合唱団が定演プログラム上堅持し続けて来た5部構成が、パート4までの4部構成に差し替えられたためだ。彼ららしいレパートリーをトピックごと3-4曲程度の緩やかなパッケージに組み立てながら繋いでゆくパート1と2(例えば今年はアメリカ民謡3曲とフォスター3曲に合唱組曲が1つ。)の後に、休憩やAB組ステージをはさんで必ずポピュラーナンバーのパート3(数年前まではパート4)が展開されていた。abcホール時代の第36回定演から15年間も連綿と続いて来た「フレーベル少年合唱団の定演」を印象づけるこのステージが整理解消されたことで、今年はレンガ色ブレザーに黒ハットの定番のユニフォームの出番は無かったのだ。原因は被災?単なる時間配分の問題?ブーイングが漏れ聞こえなかったとは言えない衣装の費用対効果??運営方針・指導方針の変更?…いずれにせよプログラムのパート分量は間引かれたように見える。
 2011年11月2日水曜日、午後6時30分。すみだトリフォニー大ホールの本ベルは定刻に鳴動し、演奏会は非常に静かなたたずまいの中に幕を開けた。キー団員によるベルのシェイクも呼号も無く、30秒間で小さなA組団員までを擁する隊列は入場整列を完了させた。一切のMCを排したまま前奏ピアノが鳴って団歌が始まる。途中20分間の休憩を挿み、終演の影アナを聞いたのは午後8時35分。子どもたちは105分間歌っていたことになる。
 一方、昨年の50回記念定期演奏会の終演時刻は午後8時20分だった。休憩時間は15分間。計算すると実質演唱時間は95分。終演の興奮さめやらぬトリフォニーのロビーに立ち、時計を眺め、私は「おや?」と首を傾げた。プログラムは1パートぶん減量したはずなのに、演奏時間は10分間も増えている…

 物語はステージ上に居並ぶ小さなA組団員たちの姿と、彼らの後ろに悠然として立ち揃うセレクト団員らの視線に貫かれて始まる。プログラムにあるその肩書きは昨年までの「セレクト(「A組の中からセレクトされているメンバー」という意味である)」ではなく、「S組」になっている。3級構成への改組を示すクラス名の出現に私たちは軽いショックを受けた。そしてまた、彼らがこのプレビューで見せた主客転倒のギミックをいちげんに近い観客たちは実感として理解できないでいる。「S組の上級生たちとA組の下級生たち…この1年間、出演の場数をより増しにこなしてきた団員の占める割合が多かったのは、いったいどちら??」
 昨年の記念定演後この一年間、フレーベル少年合唱団のライブパフォーマンスの頭数を支え続けてきたのは、上段にすらりとした背を統べるS組の上級生メンバーではなく、むしろ前列であどけない表情をたたえてスタートダッシュを待つA組の子どもたちだったのではないか?!(勿論、S組にもカルメン君やアルトのコーナー君のように皆勤に近い団員もわずかに存在する)
 …演奏会が始まる。天真爛漫な団歌の前奏ファンファーレがホールに立ちあがり、低学年団員の無邪気な未だ生えそろわない歌声が私たちを包む。芽生えはじめた誇りと、この1年間のステージを矮小な身体で担い続けた経験の立ち姿。後列に並んだS組上級生は最低でも3年選手のベテランぞろいだが、今年、彼らは後輩らの天衣無縫でにぎやかな歌声を凌駕出来ずにいる。演奏会のパート1前半、合唱団はリトルA組メンバーの歌い姿を余す事無く私たちに見せていく。51回定期演奏会もまた、正真正銘の「年間活動報告会」だったのだ。


II.団員MCから垣間見えた2011年のフレーベル

 開演のMCを担当するのはカルメン君。現存する日本最古のボーイズコーラスの一つ、52年目のフレーベル少年合唱団を事実上統率しているのは、今や誠実な歌を歌う小柄な一人の小学4年生なのだ!だが、パート1前半の曲目に対する彼の印象があっさりと述べられただけで、オープニングMCとしての開会宣言は惚れ惚れするほどシンプルなものだった。3月11日以降の彼らのスタンスを告げる定石のインフォメーションはここではなされない。この日、公演中計8回のべ10名のみ行われたミニマムなMCにはいくつかの共通点が見出される。王道のソプラノ+メゾ系の団員ばかりを起用したこと。甘美壮健少年らしいナレーションを繰り出したパート4の上級生MCたちが、かつてわずかな構音障害をもっていたり、滑舌があまり良くなかったりというハンデをかかえていたこと。フレーベル館のマネジメント・スタッフは21世紀にかかる前後の数年間、「入団を希望する児童の中に若干の構音障害のある子どもが目立って増えてきた」とインフォーマルに表明して善後策を模索していた時期があり、今回のMCでの彼らの起用は10年越しの処方の結果だったのかもしれない。高学年になるとともに彼らの発音はクリアになり、少年らしい深みや艶を得て「スーパーナレーター」に伍するクオリティーのものへと止揚されてきた。
 カルメン君のオープニングMCの声は長い間彼の持ち味だったスイート&アンファンな愛らしさが抜け、小柄でちょっぴりコケティッシュ(!)な秀才少年といったストライクゾーンど真ん中のフィーリングである。「アメリカ民謡をたずねて」のパート後半のMCを受け持つのはメゾ系遊撃手の頼もしさを感じさせる誠意のある朴訥な声の団員で、前半担当のカルメン君との絶妙のマッチング感が実にセンスよくしっくりとまとめられている。
 パート2担当MCはソプラノ側からフレッシュなメンバーがパート1に似たコントラスティヴなテイストで2名選ばれており、前半ステージに統一性を与えていた。TFBCの曲目紹介ナレーターに似た声質の少年が注意深く確信をもってチョイスされており、なかなかかっこいい。だが、今年はステージハンドル系のアナウンスは全てスタッフの影アナへ移管され、組曲クリエイターの紹介とオマージュなどに子どもたちの出番は無かった。
 パート3初動のA組MCには骨格を感じさせる「なごみ系」の声の団員を使い、B組には定石通りの高低・細太の好一対の子どもたちが選ばれていた。

 ここ数年大活躍のスーパーナレーター君は今回、欠場。パート4の開幕MCを担当するのはナレーター君より一つ下の世代のメゾ系団員である。これまで、活躍のわりにソリストとしての記述が少なかったのは直近の上級生らのインパクトの強さということもあるのだが、むしろ「力にものを言わせた合唱」という歌の在り方を決して良しとしない彼のステージでの人柄によるものだったと言えはしないだろうか。彼の歌い姿にはもともと暖炉のような家族の温もりといったものが常に感じられる。聞いていて見ていて幸せな気持ちになれる歌を彼は届け続けてきたのである。このステージで、彼はまたカルメン君と「アメイジング・グレイス」の冒頭デュエットも担当している。二重唱の場面で、3小節目の弱起を歌いつつ耳だけを頼りに立ち位置の修正をかけた。少年はステージフロアのバミテには一瞥もくれず、劇場モニターのPAを聞きながら自己判断でオンマイク側の適正位置に身体をずらしたのである。21世紀の小学生であり、ステージ経験が豊富で、すみだトリフォニーの音響を感覚として体で知り尽くしたボーイソプラノ(メゾソプラノ)・ソリストにしか出来ない離れ業を彼はやってのけたのだった。打ち合わせと違う突発的な曲目変更や、マシントラブルや不可抗力のハプニングといった数々のできごとが数年にわたりこの茶目っ気タップリ愛嬌のある表情豊かな男の子におそいかかり、彼はその持ち前の機転の良さと葦のようにしなやかな心でニコリとしながらそれらをかわしてきたのだ。今夜のこの一瞬のドラマはそうした彼の団員人生を象徴するかのような出来事だった。

 パート4の中盤MCを担当した団員はもともとソプラノのレフトウイングをローマ君らとともにキープしてきたソプラノだが、成長とともに声がおちついて昨年からメゾ低声系のポジションに就いている。当夜の彼は癒し系ポップ・ミュージシャンのライブステージの曲紹介といったおもむきの静謐なMCで言い収め、少年合唱団のナレーションとしては非常に斬新で訴求力に優れ実に印象的なイメージを客席に与えていた。
 パート4の3人のナレーションではついに曲タイトルのインフォメーションさえ聞かれなくなる。合唱団は今年、ここにポスト3.11を感じさせる少年らの「語り」を織り込んでカラーの刷新を印象づけた。MC団員をアナウンサーとしてではなく、ストーリー・テラーとして位置づける静謐で実直な語り口はFM合唱団の得意とするところであり、2011年の私たちの心情に寄り添って、必然的に2つの合唱団の定演イメージに類似を感じさせることとなった。

 エンディングのMCにはアンコール君が起用された。本来アンコールの発声を担当すべき団員がこのポジションに横転したということは、2011年の定演であの皆が心待ちにしている「アンコールしても…」のMCは行われなかったということになる。客席のリピーターたちの期待を出し抜いて「2011年からのフレーベル」の流儀を遂行する試みはこうして終演の瞬間まで付け入る隙も無かった。
 だが、彼のアンコールの声を聞き、あぁー!と即座に甘い声をあげ、胸をときめかす年配のご婦人がたや現役ママさんたちは全ての演奏会場に今日も厳然と存在する。こんなスーパー人気者のボーイソプラノなど日本中探しても結局彼一人しか居ない。だが、ステージに見るアンコール君の姿は真面目でひょうきんで心根の真っ直ぐなごく普通の男の子でしかない。モミアゲが偶然にも軽くクルリとカールしていたアンコール君の姿をかつて1度だけ目にし、「ああ、そうなのかもしれない!」と即座に想到したことがあった。畢竟、お客様方を幸せにできるのなら等身大の小学生のままでいる必要など無いのである。天然純正ボーイソプラノ100%の男の子である。だが、フレーベルの子たちが出演時可能なのは、ベレーの傾きに艶をつけるか、前髪をいじるか、シャツのフィッティングに留意するか、信頼できる団員にネクタイを直してもらうか、ズボンのはきこなしを工夫するか、オーバーサイズのソックスを選ぶか、靴の手入れを念入りにこなすか、メガネをかけるかのどれかしか無い。そうして現実にはそれらを少しずつ実践してきた団員たちもいるのである。どこにでもいそうな普通の男の子のままでいたら、アンコール君の場合、たとえそれが彼らしい姿ではあってもモッタイナイことと言えはしななかったか。この学年のメイン・ソプラノ・ソリストとしてはあまりにも出番の少なかった当夜のアンコール君のたたずまいを思い出すたび、私はつくづく「少年合唱団員である」という生き様の潔さや恬淡さに思わずホロリとさせられてしまうのである。


III. 組曲「地雷のあしあと」を児童合唱で初めて歌う

 パート1後半に配置された3曲は強烈な既視感のようなインパクトを私たちに与える。どこかで聞いたテノールの歌声を想起させる。だが、ステージに肩を並べるのはS組の少年たち…。どの曲にもすぐる先生の独唱のテイストがしっかりと息づいているのである。オープニング・パートの前半が今年1年のメインクルーの健闘を示す報告会であったとすれば、後半部分はフレーベルがこの1年、誰の指導する合唱団であったかを「具体的」に顕示する大変有意義な確認の会だったように思う。
 
 パート1の後に2分半強のインターバルの出し入れを形だけ挿み、パート2の同声合唱組曲「地雷のあしあと」が歌われた。1995年停戦のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で敷設放置された対人地雷の被害を告発するこの曲は、2002年の作品。合唱版は2008年10月に出版され、翌年1月に初演が行われている。子どもたちのMCにもある通り、こやま峰子の詩画集「地雷のあしあと―ボスニア・ヘルツェゴビナの子どもたちの叫び」(小学館2002年)を底本として編まれた曲集で、停戦年から作曲年まで7年間のタイムラグが存在するのはこのためである(現実の地雷除去作業完了は2019年頃になると聞いている)。
 「なぜですか?」「どうしてですか?」と高低の声部のユニゾンの掛け合いから始まるこの作品は哀情をたたえつつも慟哭・断罪を叫ぶものにはなっておらず、フレーベルの子どもたちの声質によくなじんでいる。選曲者は彼らの声を良く知り抜いていることが客席にもよく伝わってくる。冒頭に提起されたソプラノ>アルトの掛け合いの手法は曲集の各箇所に繰り返し散りばめられ、終曲のエンディングで「アルト>ソプラノ」の順に置換され安寧に結ばれている。また、モチーフとしてでは無いが、子どもたちの声へ執拗に現れる3連符や伴奏の連符のグリサンド(耳につく連符の存在理由は8曲中4曲目にあたる「真夜中のコンサート」で種明かしされることになる)や、毎曲の感情が高ぶる場面でスニークしてくる部分3部、シェーンベルグのホロコーストの合唱を想起させる2回のシュプレッヒなど、いくつかの聞き処を携えている。声部指定の無い「同声合唱組曲」になっているのは、一見して部分3部のパートが頻出し、童声だけでなく男声、混声合唱へのフレキシブルな対応が可能であるためあえて「女声2部合唱曲」とうたっていないためであろう。いずれにせよ、少年合唱の直截な声にも児童合唱の甘い声にもよくマッチする。フレーベルのS組メンバーは、彼らの持つ長所でもあり短所でもある愛らしいソプラノ、ツワモノ集団のアルトとその間を充填する頼もしい遊軍メゾのチームでこれに応じ、部分3部だけではなく不協和音も器用にバランス良く処理して聞かせた。「百万ボルトの痛み」の後尾リフレインが誘発するカウンターパートのトリプレットの歌い分けがアルトの諸君の身に付いているのも頼もしい限り。全音符以上に長さの振られたロングトーンは全曲で繰り返し要求されるのだが、これも雑作無く全てクリアしている。
 曲集の転回点にあたる4曲目「真夜中のコンサート」は、子どもがオモチャにしている地雷を取りあげようとして手を失ったピアニストの青年の物語である。先述列記した特徴的なアイテムが大挙して盛り込まれている。両パートとソロがそれぞれメロディーを支えて数小節にもわたるボカリーズを泣ききったかと思うと、アダージョ程で4小節続く3部のロングトーンがリタルダンドの指定で引っぱられていたり(すっごくカッコイイですっ!)と少年たちは小さい身体でよく対処している。3拍子で始まり3拍子で終わるこの極めて感傷的なナンバーはおしなべてショパン的であり、全曲中にしばしば見られる連符やグリサンドなどの正体が何であったのか、団員らは静かに教えてくれている。組曲「地雷のあしあと」は、腕をなくした青年が「地雷無き未来のヒナゲシ咲き乱れる大地」を逍遥しつつ夢の中に奏でるショパン・ピアノ演奏会の曲集だったのである。テンポ・プリモから流れ来るアルトのメインボーカルは、前曲「地雷をふんだ日」の後半冒頭に出現するアルト・ソロの超カッコいいヒロイックなボーカルとともに当夜の白眉にもなっていた。


IV. 少年たちは「ニュー・フレーベル」AB組の誕生を高らかに宣言する

 インターミッション明けには今年も団長挨拶が設定されている。(株)フレーベル館社長さんのご挨拶。2011年の今年は被災地の放送局が「アンパンマンのマーチ」を流し続けたことに触れ、曲が会社の誇りでもあり喜びでもあると言明。アンコールナンバーに本曲を据えるむね予告してようやく3.11以降の合唱団のスタンスが公のものとなる。

 パート3はAB組のステージ。タイミングは15分間で例年通り。A組2曲、B組込みで2曲、パートフィナーレ1曲の計5曲構成で、昨年減量したボリュームを堅持している。出来の良いステージだった。
 今夜出演のS組団員の基本隊列が画然と成立したのは2008年の第48回定期演奏会のこのAB組ステージでのことだ。その年のB組は比較的仕上がりが良好で、現在S組アルト側前列で歌っている団員らは、全員その年の定演で活躍したB組団員が成長した3年後の姿である。推し量って今夜のB組の頼もしい歌いぶりを見ると楽しいわくわくするような予感を抱かずにはおられない。
 ついこの春先まで、六義園の野外コンサートの客上げで「会場に来ている小さなお友だちは、僕たちと一緒に歌いましょう!」と声をかけられ、アルトのお兄さんたちに無理やり手を引かれ、しょっちゅうステージへと引っぱり出されていた弟クンたちがいる。今夜、そんな彼らがついにフレーベルのユニフォームを身にまとい、檜舞台へと上りつめた姿は愉快痛快、胸のすく光景だ。門前の小僧よろしくイチニンマエの顔つきで楽しそうに歌う彼らの晴れの姿。プログラムの最後へあるように、今年、合唱団は団員募集の対象年齢を従来の「3歳から12歳くらいまでの男の子」から「5歳から10歳くらいまでの男の子」に突如リデュースした。10歳側の上限はおそらく機動部隊の実態を反映したもので、5歳という下限の線引きは声作りやハンドルなど指導方針の表明と考えてさしつかえないだろう。プログラム文面に衝撃を受けた当日の定演リピーターたちの間でもこのことは当然話題にのぼる。ステージに並ぶB組の子どもらは、この新しい採用条件をクリアしてパスした新入団員なのだ。
 ソロ・シュプレヒコール…結果的に優秀なメンバーのS組登用を助勢するかたちで打たれ、やや背伸びしたきらいもあった近年の本パートのプログラムだったが、今年は穏当なものへと回帰している。一方で、パートエンドに、「にじ」「世界中のこどもたちが」「さよならぼくたちのようちえん」等で就学前後期の子どもらに絶大な人気をほこる新沢としひこの「生きているそれだけで」を投入し、当夜の話題をさらった。比較的ヘビーなスロー・ナンバーだが、選曲は「ニュー・フレーベル」のAB組の誕生を高らかに宣言するものである。おそるべし新沢パワーの効果も無視できないが、選曲者は合唱団の子どもたちの歌をよく知っており、この場面への配置は非常に巧妙で手堅く上手に仕組まれている。


V. フレーベル少年合唱団、新しい世界へ

 パート4は声高に宣言することをしていないが、実質は「震災と僕たち」を歌う会だった。ステージタイトルも「明日へ向かって」とうたわれている。フレーベルもFMも、東京に本拠を持つ2つのボーイソプラノの合唱団が定演にこうした視点を持ち込んで料理しているのは面白い。被災時すでに開催まで10日を切っていたTFBCの今年の定期演奏会にはバックボーンとしてもともとこの試みは存在していなかった。だが、1ヶ月遅れで演奏会を開催に持ち込んだTFBCは急遽開演MCを差し替え、各ステージへ巧みに復興への気概を盛り込んで客席に聞かせてみせた。フレーベル少年合唱団の51回定演が今回彼らなりの技能で扱ったのは、まくしたてるようなスローガンや悲嘆にくれた鎮魂の言葉の数々ではなく、分相応の穏やかな静かな力に満ちた楽しい合唱の数々だった。
 ここ数年来の定演で繰り広げられて来た華やかな演出やチャレンジといったものは一切見られない。少年たちの歌のみで勝負しようというモア・ソング・レス・トークの質朴さやつつましさだけがこのステージを成立させている。この道はいつか来た道と昔からのファンは言うかもしれない。だが2011年の私たちはあの不愉快でおぞましい気の滅入るような震災後の日々を思わずにはおられない。むしろ現在の合唱団のこの姿を「逆戻り」ではなく、新しい世界への助走ととらえたいというのが聴衆の正直な希望だろう。「聞いてください!僕たちの定演は180度方向転換したんです!」と彼らは言っている。つまりここでは従来の定演プログラムのパート1に盛り込まれることの多かったタイプの合唱ナンバーが完全倒置で配されている。「新しい世界へ」「あしたのうた」「ひろい世界へ」「アメイジング・グレイス」「ユー・レイズ・ミー・アップ」「Believe」…。

 合唱団の歌う「新しい世界へ」は2011年の晩春公開の演目の一つとして登場した。6月の六義園コンサートの2日目(最終日)、彼らはフォスター・ナンバーのキャッチとして「金髪のジェニー」を歌う段取りで2人のソリストをマイクスタンドの前にスタンバイさせていた。カルメン君らがソロ・マイクの前で居住まいを正し、今回の定演で「アメイジング…」のアルトソロを担当した団員くんがフォスターナンバーの曲名を列挙して踵を返す。先生は子どもたちを見渡して歌いだしのタイミングを待った。だが、流れてきたカラピアノの伴奏はアメリカ南部の歌とは似ても似つかない蹄鉄を打つようなリズミカルでアップテンポのワイルドなメロディーと、アーシーでエキセントリックな左手のランニング・ベースだった。団員たちは一瞬たじろいだが、すぐニヤリとしてはじかれたようにユニゾンの第一声を繰り出した!偶然にもカルメン君たちがマイクの前に立っていたことで、彼らのたわやかで透き通ったトップするボーイソプラノがストレートにコーラスをリードし、アウトプットのミスに気づいた観客も彼らの男の子らしいまっすぐな歌いこみにすぐさま引き込まれた。この最初の演唱をアルト側で担当したのはかろうじてメゾ系の団員を擁しアタマカズだけを揃えたという状況にいる数人の子どもたちだった。目前の矮小な身体から、あの「♪ぼくらは風…風…」にリードされる低声のフレーズが生乾きのまま骨太に鳴り響くのを聞いたとき、アルト贔屓な私は心中密かにガッツポーズを作り喜んだ。少年たちは、既に両手を広げるポージングでコーダを処理している。これはフレーベルの新しい境地へのブレイクスルーを告げる偶然の小さなハプニングだった。「新しい世界へ」はこうして予告も事前曲紹介も無く聴衆の前に示された。
 合唱団は2011年8月1日に横浜みなとみらい大ホールに於て開催の「ジュニア・コーラス大集合!〜希望を歌声にのせて〜」というファミリーコンサートへ参加している。『YOKOHAMAから、響け希望のメッセージ!』と銘打たれた少年少女合唱団の合同演奏会は、首都圏の児童合唱が2011年の今、どのような局面をむかえているのかを非常に分かりやすいカタチで示す興行だった。「男子の構成メンバーについては、非常にいびつな年齢構成」「曲想についてはメランコリックな、歌詞については朴訥だが観念的にすぎるナンバーの連発」「冒険が無く、穏当にまとめられた歌唱とこぎれいに揃った無味無臭の日本語」等々。最後に「あすという日が」を合同合唱して幕を閉じている。表立ったアピールは無いが復興支援のメッセージ性を担う演奏会なのである。フレーベル少年合唱団はこのコンサートで彼ららしい提言をしている。時代の趨勢に反し、「地雷告発」などというハードなテーマでコンサートを開演させていること。2011年6月の六義園コンサートでA組のみ解除していた終演のバウをこの演奏会では全てキャンセルしプレーンな挨拶に戻している(自分たちの出番を終えた時点で挨拶をした団体は他には無かった…)こと。出演団員氏名一覧の冒頭にソプラノ・メゾ・アルトの3チームから代表団員を一人ずつ挙げ、演奏中のMCをその順番で担当させていること(このときの「元気が出ました」君のMCはかなりカッコよかった)。夏の盛りであるのにもかかわらず、彼らは紺ベレー、イートンに紺ハイソという秋冬用の正装(タイは既に赤のボウタイに替わっている)での出演だった。このことから、合唱団が鎮魂と(他団体への)敬意の意思を持って演奏会に臨んだことがうかがえる。合唱曲から始まる前半をS組の童声部分三部14名という綱渡り的な員数でスタートさせ、最後半に等量のA組を流し込んで「アンパンマンのマーチ」などを歌っている。夏休み最中のお盆前の出演で、他団体のメンバー構成が「比較的力を入れて団員を揃えた」という印象であったのに対し、定演で活躍するようなコアのメンバーの顔ぶれが、レギュラーのアトラクション出演の際と同様、ほとんど揃っていなかったのが気になった。「新しい世界へ」はステージ前半「地雷のあしあと」の直後に歌われた。アルトにはメゾ系の上級生を何人か置いていたが、観客の目を奪ったのは小柄な豆ナレーター君の真剣な歌い姿だった。曲中に幾つか用意されている見せ場の一つは各パートの少年たちのハイライトであり、曲後半に顕れるゴスペル調のハンドクラップを伴ったアカペラ部分でもある。次世代の合唱団を担う団員たちの小さな堂々とした歌い姿は見モノだった。佳境部のアカペラに合わせすぐさま客席の手拍子が始まり、私は合唱団の歌うこの作品のパワーの大きさを思い知った。もう人々に「男の子は2つのことが同時に出来ない」とは言わせない。彼らは手拍子を高圧力で弾き出しながら、自分たちの歌にはブレを許していなかった。
 定期演奏会当夜、彼らの歌う「新しい世界へ」はすでに『フレーベル少年合唱団の「新しい世界へ」』と仕上がっていた。錯綜したピッチや音価の歌い分け。男の子らしいヤッツケのフレージングとブレスの調整。頻出する7拍程度のロングトーン。男の子なりのダイナミクスの仕立てなど、ポイントは一通り順道に押さえられている。彼らは常に淡々といつの間にか仕事をこなしてしまう。一方、ヤマ場であえてインテンポを放棄してボーイズライクに走らせるトリッキーなスピード感や、フレーズのトップ音を少年っぽい「さぐり」のテイストで鳴らしっ放しにし子どもらしい不器用さを仄めかすといった、「少年の歌声が大好き」な聴衆向けの仕掛けも撒き餌のごとくふんだんに用意されていて、全く飽きを感じさせない。8月の「ジュニア・コーラス大集合!」で目立っていたアルト過重のバランスの悪さには徹底的に手直しが加えられ、どの声部がメインのメロディーを担当しても歌詞が明確に際立って聞こえるようになった。鋭利なナイフのように下から切り込んでくるメゾの「♪今日からは自然といつも一緒」のフレーズなどメゾ系団員たちのニオイまで感じさせる歌い込み全開でたまらなくかっこいい!バルトークのピアノ練習曲のようにオクターブを「叩いて」ゆくピアノ伴奏は、一方で「涙をこえて」や「怪獣のバラード」「ともしびを高くかかげて」といったような懐かしい合唱ピアノのパーツの折衷形で、郷愁を感じさせ、聴衆を引きつけるものになっている。今後も何年か演奏会のレパートリーにしていって欲しい、「グリップ感」の期待できる曲である。


VI. 51回定期演奏会というのは誰のために開かれた催しだったか

 宮本益光の同声合唱版「あしたのうた」は、フェミニンなイメージで冒頭からハーモニーが交錯する可憐なワルツ。前曲「新しい世界へ」とのコントラストが心憎く、さっぱりと清涼でいてメランコリックな印象。少年たちは彼ららしい声質をよく駆使してチャーミングに歌い込んでいる。ソプラノのコーダのがんばりやアルトのセーブの効いたおっとりとした絡みなどキュート感満載であるくせに、聞き終わってどこかほんのりと哀愁の残るフシギ・ステキな演奏だった。

「ひろい世界へ」は被災1ヶ月後には既に小ホールでリリースを開始している。メイン音程で「元気が出ました」君の声などがビビッドに立ち上がってくる。豆ナレーター君らの幼げであどけないイメージを少年っぽいキリリとした語調の中で歌いきらせる処理がアルト・ファンにはたまらない!爽やかな出来栄えだ。クールでいてなおかつ幼少年チックな鳴りを基調としたボカリーズも、パキンとトップで折り返すソプラノのサビもよく出来ている。さらに沢山の機会を設けてこれからももっと歌い込んで欲しい1曲と言えた。

 続く「アメージング・グレイス」は、事前に「どうやら団員のソロが聞けるらしい」という情報が一般へと流出し、六義園コンサート最中にも曲紹介MCを聞きながらカルメン君が不覚にも(?!)ニヤリとしたのを決して見逃さなかった私たちは当夜、期待に胸はずませ定期演奏会へと足を運んだ。前述の通り2人の声で牽引する冒頭の二重唱が気品に満ち輝かしく美しく歌いあげられ、当日不覚にも(?!)ニヤリとさせられたのは客席にいた私たちの方だった。後味も品も良い彼ららしいソロの囀りは十分に納得のいくものだったが、演奏会をここまで堪能し、なんとなくスッキリとしない思いがつのったことも事実。今回なぜ団員ソロは一点豪華主義に走ってしまったのだろう?
 どの団員がどういう声質を持っていて、それが合唱の中でいかなる構造を担い、どう響いてハーモニーを構築しているのか、観客にとっての唯一の判断基準はソロの歌声やMCの口調からようやく伺い知れるそれぞれの子ども各自の音色や発声のクセというところにしかない。だから児童合唱団の演奏会といっても、ボーイソプラノ特有の振幅を持った鳴りを扱う以上、ソロやMCを出来る限り客席に供して聞いてもらうことは大変有意義なことだと私は思うのだが…。男の子のソロの重用は客席への顔見世サービスということよりはむしろ資料提供という意味合いを強く持っているのである。(とは言え、今一番旬で美味しい時期を迎えているアンコール君や「元気が出ました」君の独唱をナマで聞くことができなかったのは痛恨の一撃に類する大ダメージであった…(悲) 2011年のバレエ「くるみ割り人形」は、アンコール君の出演した日としなかった日では、パワー的にもハーモニー的にも、あたかも別の合唱団が歌っているのかと思われるほど全くもって違う出来映えだった。)
 
 アタッカ調に「アメージング・グレイス」から流れ来て、締めのナンバーは復興支援サッカーのBGMほかテレビCMでもおなじみの「ユー・レイズ・ミー・アップ」。全体的にフレーベル少年合唱団らしいメイン団員に頼った合唱にも聞こえるが、彼らなりの耳で合唱を聞きとりながら真剣にハーモニーを歌い定め積み重ねてゆく小学校中学年以下の少年たちの姿を見るのはなかなか心の保養にもなり良いものである。「この子にこんな大きな力が備わっていたなんて!」と保護者や担任でさえ驚いてしまったりするのかもしれない。波状的にクライマックスへと肉迫し、節度を保ちつつダイナミックな歌い上げを聞かせてくれた。曲がこの位置にすえられたことの妥当性がよくわかる出来映え。子どもたちの力やモラールを心底知りぬいた人が計画したステージであることはもはや明らかだ。

 アンコール君のちょっとお兄さんぽく大成した声のクロージングMCをはさんでA組の流し込みがあり、「Believe」が歌われる。フレーベルチックな声質のカラーが子どもたちの体温とともにしっかり打ち出されてラスト2にふさわしい演奏だった。ピアノ伴奏は合唱編曲版そのままであくまでもゴージャスに。だが、低学年の子どもたちの歌っている「Believe」を日頃あまり耳にする機会もない聴衆にとって、たまさかこの生え揃わぬ邪気の抜けたひたすらな「うた」によってもたらされたものは、「もしや、51回定期演奏会というのはこの幼い団員らのために開かれた催しではなかったか?」という驚愕の真実だった。彼らの歌声の背後から、美しいカリヨンの音のS組団員たちのハーモニーが漏れ出るがごとく染み出して客席へと達する。会の実質的な構造を可視化する、フィナーレへと至る1曲である。

 オーラスはピアノ・ブリッジをかましてB組部隊の追加をもたせ、終曲のニュー「アンパンマンのマーチ」へとつないでいる。今年はB組流し込みのBGMに定番の「アンパンマンマーチ」を使わず、「Believe」のインストを流用した。合唱団はこの日、ここに新しい編曲の「アンパンマンのマーチ」を用意する。伴奏の出だしの一音から華やかなトランスポーズが聴き取れる。ドラスティックでかなり攻撃的な演奏だ。AB組の子どもたちが「♪そうだ!嬉しいんだ!」と曲の頭から叫ぶがごとく歌い上げる。叫ばざるを得ないほど強烈に殊更ピッチ・アップされているのである。こうしたテコ入れの手法は、ドラマ「水戸黄門」が第42部のごく初期にオープニング主題歌へと施した色彩的な処理を彷彿とさせる。耳をすませば、上級生団員たちの美しいボーイソプラノが宝箱の中の天体のようにキラキラと光って息づいている。何よりもフレーベル少年合唱団・団歌のファンファーレを引用した前奏が誇らしげで実に心憎い。これは被災後全国で歌われた「アンパンマンのマーチ」ではなく、彼らだけのオリジナル編曲の「アンパンマンのマーチ」なのである。2011年6月29日、映画「それいけ!アンパンマンすくえ!ココリント奇跡の星」でリリースされたクライマックス・シーン(アンパンマンがジャムおじさんに新しい顔と勇気をもらい、哀ればいきんまんに反撃を仕掛ける場面)に挿入されている『ガンバレ!アンパンマン』というタイトルの付された「アンパンマンマーチ」のワントラックをフレーベル少年合唱団はレコーディングしなおしているらしいという情報が在る。サントラのインスト冒頭で映画のメインテーマのモチーフがセンス良くあしらわれている事実を知っていると、今回の「マーチ」選定の位置づけが明らかになる。それは同時に合唱団の舵輪が新たに切られたことを高らかに謳い上げる声明的なラストナンバーでもあった。

 アンコールには「手のひらを太陽に」と、すぐる先生の音頭で「アンパンマンのマーチ」のリプリーズが用意された。フレーベル少年合唱団は3番まである珍しいフルバージョンの「手のひらを太陽に」を、2011年7月27日リリースのCDセット「生きているから歌うんだ」(「手のひらを太陽に」創作50周年記念限定3枚組CD)のためにレコーディングしている(今回演奏されたのは穏当な2番までの短縮バージョン)。アンコールの2曲は今年彼らが手がけた2つのレコーディングの仕事の簡素な営業報告なのである。団員の撤収に至るまで、客席には「ようちえんのおともだち」の勇姿を見に来たと思しき小さな少年たちが一斉に叫びあげるアイドルの名を呼ぶがごとき強く高くおびただしい嬌声で充たされた。彼らは知っている出演団員たちの名を声尽きる限り叫び続けているのである。かつて中学生たちが定演の命運をになっていたフレーベルを知る人々にとって、この衝撃の出来事は「フレーベル少年合唱団、何処へ行く?」の諦観にも似た想いだったろう。だが、明らかに言えることは、1990年前後数年間の終演の瞬間に「もう来年の定期演奏会は無いのかもしれない」と思われる時期すら在った私たちの大好きなフレーベル少年合唱団が、2011年の今もここにこうして元気に在り、多くの人々に望まれ、愛され続けているというまぎれもない事実だった。


VII. 定演各所にちりばめられた試行の意味

 定式となりセレモニー化した「アンコールしてもいいですか?」の口上は現在もライブパフォーマンス中、アンコール君の代役団員たちの声で聞くことが出来る。こんなちょっとイヤミなセリフをお客様方がキャーキャー・ワーワーと感謝感激・大喜びのうえ拍手で大歓迎の意を表するのは、ひとえにアンコール君の人柄のなせる技なのだが、51回定演では行われなかった。
「アンコールしても…?」を割愛したのに対し、終演のバウは部分的に残している。今回は各列ごとの挨拶ではなく、各クラスごとの辞去+退出の3セット。B・A組には頭を下げるだけのお辞儀。S組のみバウが施されている。フレーベル少年合唱団は昨年の定演後、2011年の夏にかけて終礼のバウを全て取りやめていた時期があった。今回は部分的な復活なのである。このことから、51回定演で明らかにされたニュー・フレーベルへの試みは、過去数年間のすべてをご破算で否定しようとしているのではなく、子どもたちの身の丈に合った趣向で再構築していこうというスタンスによっていることがわかる。51回定演の上演時間増加のタネアカシは、どうやらこのへんの操作に在りそうだ。合唱団は12月に入ってからもライブステージのしめくくりをクラス毎に異なった挨拶を一斉にかける方式でトライしている。新しい試みへの模索は今現在もなお進行中なのである。

 定演の各所にちりばめられた合唱団の試行はこの他にも枚挙に暇が無い。
トリフォニー定演のメダマの一つでもあったオルガンの使用は今回無し。長らく定演の檜舞台として在ったイイノ・ホールが時を同じくし11月に建て替えのかたちで竣工を遂げている。あるいは、このコンサートがトリフォニーでの合唱団最後の定演になるのかもしれないと私は思ったのだが、そんな今年にこの趣味のよい良心的な企画が姿を消したのはやはり残念だった。

 当日の隊列の見映えはアルト側がフレーベルらしいマージンの置き方で美しく、センターをはさんだソプラノ側が比較的タイトに見えてアンバランスな印象を与えた。彼らはゲネプロの段階まで整列の調整を受けているはずなのだが、こうした現象がホンバンのステージに発生してしまうのは位置決めがシモ手側団員に念入りな一方、ソプラノ側の子どもたちに柔軟な対応を求め過ぎているからではなかろうか。アルト側の並びがフィックスすれば、それを基準にソプラノ団員たちも並ぶことができるだろう…というわけである。だが、大切なオープニングセクションのエンディングで比較的ステージ経験の豊富な団員がハケのタイミングを見誤るなどちょっとビックリするような光景を目の当たりにしてしまうと、カミ手側の子どもたちへの段取りの徹底がどの程度行われたのだろうと首を傾げざるを得ない。平日の午後に演奏会を開催する合唱団の事情もあってか念入りなリハーサルを繰り返しプローヴェする事ができないという彼らの泣き処も見え隠れし、ちょっと気の毒な感じもする。


VIII. 51回定演をめぐるS組アルトの在り方

 ステージ上に団員一人一人の姿が見えてしまう歌の仕上がりは、子どもの合唱を評価するうえで明らかなマイナスポイントとして捉えられてきた。そういう歌は所詮子どもらの思い思いの好き勝手な声の寄せ集めであって、指導者の技量の低さを物語る根拠として今日でもなお信じ続けられている。また、15分間から最長でも1時間前後の露出しか無いステージ上の歌い姿だけを見て児童合唱団の団員ひとりひとりの持ち味を検分することは不可能に近い。だが、2008年前後の見え難い一時期を境にして、フレーベルはその常識を鮮やかに逆転させて見せた。
 彼らはまずここ数年来ライブパフォーマンスへと単一チームで年間30ステージに及ぶ出演をこなしていた時期があった。平均して一年を通じ12日間に一度の出演という頻度である。それ以上にチーム全体のキャラクターがアルト部で特に際立って見えていたこと、団員一人一人の生き様がありのままステージ上にのっていた事がこのような見極めを可能にした。本定演の出来事ではないが、ステージ出演中、まぶたがどうしても重くて重くて堪らなく立ったまま意識が遠のくたった一人の小さな可愛い団員に、会場を埋めた観客が歌そっちのけで拍手までしてクギヅケになったことが幾度かあった。客席は大喜びである。現在のフレーベル少年合唱団は、そういう合唱団になったのだ。お客様方はもはや、団員を集団の構成要素や部品としては見ていない。フレーベルの子どもたち各自の歌い姿を心躍らせつつ眺め、合唱を胸の内で楽しく再構成し、心から幸せな気持ちになって演奏会場を後にしているのだ。(彼が歌いながら睡魔に襲われたのは、寒冷な雨に配慮した空調に対し当日のユニフォームがやや厚着だったからのように思われた…)

 このコンサートをめぐるS組アルト・パートの在り方は2010年までの「フレーベル少年合唱団の花形声部」というステータスを返上し、本来あるべき「縁の下の力持ち」という実力も品格も頭脳も経験も問われる非常に困難の多い立ち位置へと復旧した。ソロの歌声を聞く事も無く、MCに至っては一人の配当も無い。四半世紀にわたりフレーベル・アルトの大ファンとして暮らして来た私にとってそれだけは少し寂しいことでもあった。彼らの先輩アルトが数十年前の往時、飾らぬ人懐こい愉快な少年らが集う頼もしいチームとしてあった事は先述した。だが、過ぎし日の団員たちは2011年の少年らに多くの過重で扱い難い置き土産など残してはいない。それが彼らの拘りのない気性の魅力であり、彼らの歌の当為そのものだったからであるように思う。そこで51回定演のステージに見たS組現役アルトらの姿をはかることで、フレーベル合唱団にとっての世界観がどのような展望を持ちうるのか明らかにしたうえで拙文の筆を置きたい。

 当夜のセンター2段目で中心的な役を担っていた低声系の2人の団員たちのことは既に述べた。彼らはチームの中でもう何年もメゾソプラノに軸足を据えて来たのだが、ここ2年ほどはアルト側へのピンチヒッターとしての役割を持つに至り、現在は「メゾ・パートにも対応できるアルト」という位置についている。「アメージング・グレイス」のデュエットは彼の耳の優秀さを裏付けていたし、身体を味方に付けたコントロール力で魅せてもくれた。彼の右に立つ団員も「ソリスト」として十分な力を持っているが、(音域レンジのアビリティーはさておき)本来はカルメン君に近いメゾ寄りのボーイソプラノという位置でも十分実力を発揮できる団員のように思われる。2011年の彼が頻繁にアルト側のポジションに立つのは、「歌って誰かを支えたい」という少年の心根を先生方が静かに感謝しつつ汲んでいるからなのではないかと私は密かに思っている。ハートウォーミングでありながらも体格相応のまっすぐな素朴なボーイソプラノが魅力である。

 2段目センターの彼らの右で歌うのは、「元気が出ました」君。本定演最大の個人的な悔恨と無念と究極の憤慨は彼のソロやMCが聞けなかったことだった。カルメンのトレアドレ役で披露した2011年フレーベル筆頭アルト・ソリストのあの超カッコいい歌声と姿をできるだけ多くの機会にできるだけ多くの人に聞いてもらいたいと思うのは人情というものだろう。ステージ上の彼の瞳の奥に息づくお茶目で「いたずらっ子」そうなおもむきが歌の方には全く滲出して来ないというのも彼の歌が持つオーラのなせる技だと思う。

 彼の右隣に立つのはあの、北風小僧の寒太郎くんである!フルート形のシャンパングラスをシュッと擦って鳴らしたような彼のボーイアルト(声質的には少年らしいソプラノだと個人的には思うのだが…。少なくともMCでの話し方は王道のドラマティック・ボーイソプラノ系ド真ん中のものだ!)がアンサンブルの中でミルフィーユの透けた薄皮のごとく繊細に響き重なるのを耳にするたび、私は「少年合唱って、本当にイイなぁ」「フレーベルのアルトパートって最高にカッコいいなぁ」と心の底からわくわく元気になってしまうのである。もはや後列最右翼にも立つ高学年団員となり、諸所のステージに姿を見せる機会がめっきり減ってしまった寒太郎君へ心からたった一つのお願いがあるとすれば、それは彼の関わった合唱をもっと聞かせてほしかったし、これからも私たちに勇気を与え続ける歌を出来る限り長くたっぷりと歌い続けて欲しいという一言に尽きる。少なくとも、私自身が彼の歌から学んだ事は、計り知れないほど深く多く、貴重で満足のゆく物なのである。

 「皆ィな様ァ、お待たせェ致しましたァ〜。夢の国行きィ、発車いたしバす…」。現在のフレーベル少年合唱団にとって結節点のひとつとなった年…2008年リリースのCD『楽しい輪唱<カノン>』(キングKICG-247)と48回定演ステージでの衝撃のキャラクター・デビューからはや3年。人気者のあのプチ鉄君は今こうして寒太郎君の隣に立ち、すっかり上級生らしくなった頼もしい姿で歌っている。歌う姿を見るだけで人々が幸せな嬉しい気持ちにさせられるボーイアルトなど後にも先にも彼以外考えられない。そしてそれは「歌っている少年を見せる」ということだけで人々の心を十分潤して足りるという、私たちの少年合唱の原点へと立ち戻る画期的な出来事の端緒だった。「少年合唱は教育である」「少年合唱は芸術的陶冶である」「少年合唱は美の超克である」「少年合唱は宗教である」「少年合唱は精神のクロニクルである」「少年合唱は社会文化事業である」「少年合唱は…」…健康で円満そうで不敵な面構えのプチ鉄くんの登場は、私たちの脆弱な少年合唱の筐体へ綿埃のようにわんさかまとわりついていたすべてのものどもとの訣別へのあきらかな足がかりとなった。彼が合唱団にとってどうしても必要な、大切なかけがえのない団員であったことは、もはやここであらためて述べるまでもないことである。

 プチ鉄くんの右にしっかりと立ち位置をキメているのは、アルト・エッジでおなじみのあの団員くんである。フレーベルの高学年団員の隊列ポジションはきわめて流動的で見定め難く、ホンバン中の息子の写真を撮ろうとカメラを構えた団員保護者にも撮影ポイントが予見できないであろうほど徹底して並び順がシャッフルされる。ゲネプロでセンター団員のバミ位置を決めてやったら、ホンバンでは全く違う順番で子どもが並んでいた…というステージスタッフの悲鳴にも似た述懐を教えてもらったことがある。長期欠席でもしないかぎり、隊列の並び順が変わるということは殆ど起こらない都内の他の少年合唱団(テレビ収録の場合のみテレビ写りの良い子(美男子という意味ではない)がカメラ位置のセンターに来るよう直前にそっと入れ換えられる)とは異なり、彼らの配置は公演毎頻繁に動いている。だが、例外的にここ数年間、アルト右上のエッジに立ち続けている団員がいる。このポジションは数年前にドンホセ君などがやはり目まぐるしく交替を繰り返していたのだが、結局彼が角位置を占めるようになって落ち着いた。こうして今、私は開演時に彼がここへ立ち刹那のブレスを整える姿を認めると常に「ホッ」と安堵するまでになった。彼もまた、私たちリピーター観客にとって合唱団アルトの定位置に居て歌い続けていてほしい、闇夜を照らす灯台のような大切な大好きな団員なのである。

 アルト・エッジ君の前に立ち、低声一列目の最カミ手をつとめるのは今回もこの彼だ。昨年も偶然同じ位置にいて、真後ろにちょうどスーパーナレーター君がスタンバイしていた。二人の組み合わせの構図は「ヤバい」ぐらいカッコ良かった。私の記憶が正しければ、彼はこのステージに既に8年間も登場し続けている。日本国内の少年のみの児童合唱団の現役小学生ボーイアルトの中でも8年選手という子どもは彼以外には殆ど存在しないはずである。学齢期の少年が人と合わせ、人に聞かせる歌だけのために5年超のスパンで自分の時間を捻出することの厳しさは、どこの少年合唱団であってもOBであれば身にしみてわかることだろう。彼は声の素材自体もカッコよく、MCにも魅力が溢れ、彼が51回定演の下段アルトのエッジに居た事の合理性は十分に頷ける。

 彼の左隣にいるのは注目のボーイアルトである。かつて、この団員がB組ソプラノ側の隊列に胸を張り、ジルコンの両目をキラキラと輝かせながら怒鳴るがごとく歌っていたとき、彼の面貌は空を見上げるように晴れやかだった。やがて客席の私たちの目にも見えるほどあしざまな段階を踏み、彼が指揮者の前をソプラノからメゾ、メゾからアルトへと横滑りに配置転換されてゆくにしたがって、両目の輝きや開いた口の大きさは次第に変わっていった。彼が長い旅路の果てに低声の右端へとたどりついたとき、空ふりあおぐ勇敢でワイルドな歌声はもはや客席に聞こえてはいなった。わが世の春と群れたアルト側の上級生たちから本番中も鍛え抜かれ耐えしのんで彼は今、ここにある。「きみが頑張るなら、私たちも負けない」と、彼の立ち姿から今、観客が貰うのはただ勇気と力である。市井の人々がこんないじらしい小さな少年を前にそれでもなお、「少年合唱は精神的陶冶である」と強硬に説き続けようとするのであれば、そこに適う最も勇敢な児童の一人として、私は小さな体で真の勇気を体現する彼の歌い姿を真っ先に推したい。

 前列アルトの左から3番目に控えるのは豆ナレーター君。豆ナレーター君の「ナレーター」たるゆえん。…かつて幼い彼が数年のB組団員であった日々、MCマイクの前に立つ颯爽としたお兄ちゃんらの背後の隊列で同じMC原稿を小さな声、小さな唇で違わず唱えている姿を私たちはどのステージにも見た。それは、実に素晴らしい光明のひとときだった。いじらしい、ひたすらなその姿をたくさんの観客が目撃していただろう。彼はこうして今、フレーベル・アルトの高いベンチマークとしてここにある。日の光のような彼の歌い姿を楽しみに演奏会へ足を運ぶ観客もおそらく現実に存在していることだろう。もうあと何年か後の近い未来にアルトパートを颯爽と率いて歌っているのは間違いなく彼らなのだろう。

 豆ナレーター君の左に立つのは2011年現役S組アルトの中で最も小柄な団員くんだ。どこかウェービーな独特のヘアスタイルや一目で彼と判る表情を持つ色白の彼だが、自然体の彼がうっとりするような良い姿勢を保ってステージに臨んでいることは客席の私たちも見落としがちである。背丈から立ち位置が平均して指揮者の先生方の前に来る事も多く、今年度は特に目前へしばしば上背のある後輩A組の隊列がインサートされてしまうので、個人的な彼のファンたちは人影に隠れて見え難くなってしまうその歌い姿にきっといつももどかしく切歯扼腕してきたことだろう。骨格や表情通りのヒューマンな声を持ち味にしたイチオシのボーイアルトである。

 当日、彼の左のアルト前列角から5番目にいるのは、きっと合唱団を代表するカッコかわいいメガ美男子くん。だが、ステージ出演中の彼の歌い姿は、容姿の外見ではなく逆にむしろ「少年合唱団員である」という存在論的な視点で見るにふさわしい。彼が歌う様はメガ美男ゆえほぼ全ての聴衆の目に入りやすいものだが、私たちがそこから受け取るメッセージは「少年合唱団員とは何であるか」という一言につきる。ともに歌う周囲の団員たちの音楽を見極めようとし、目前に肩を並べた下級生団員らの挙動へ常に気を配っている。彼がその「少年合唱団員とは」の問いかけを自身にも厳しく課し続けていることは、いつも例外無くさっぱりと整った身繕いや美しい立ち居振る舞いなどを見てもあきらかだ。

 最後に私が2011年のフレーベル少年合唱団で一番好きな団員くんの紹介ができることを嬉しく思う。彼のアルトでのポジションはソプラノ(メゾ)との境界に当てられることが多く、51回定演のステージでも前列アルトかみ手から6人目の最も中央寄りで歌っていた。比較的立ち位置の安定しているボーイアルトである。声は外見通りの微かな木管系のテイストを持っている。日本人少年合唱団員の例外にもれず、本番中は眉間に皺を寄せたようなしかめっ面のまま歌っている彼も、歌の端々からは温厚で愉快で楽しいステキな男の子の日常を爽やかな息づかいとともに確実に伝えて来る。少年らしい快活な日々や、夢や涙や学びやガンバリの諸相が歌声を通じて鮮やかに再現される。そういう意味で真摯な歌を彼は歌っているのである。現在のフレーベルの団員には珍しいスィンギーな演唱。退屈な演奏には自ら歌いつつ遠慮なくあくびをかみ殺す。色白少年ゆえの上気した紅顔やピンチに追い込まれたときの顔色など実に少年っぽく、見ているだけでもう元気めらめらだ。
 「どこにでもいそうな普通の男の子」が天使の歌声とも例えられる少年合唱団の団員として歌うことの良さ、楽しさ、醍醐味を観客は彼の姿から味わうことができる。小学生の男の子らが様々な困苦を乗り越えて人々に歌を聴かせようと頑張っている。先生方や団員保護者やOB集団といった大人たちが真剣に彼らを見守り、歌がうまくいくよう祈り続けている。貴重で尊い合唱なのである。だとすれば私は先ず人々をシアワセな気持ちにしてくれる、彼の歌のような合唱をいつまでもいつまでも聞いていたいと思うのだった。
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2011/4/26

少年合唱団員になるには  

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▲キミには、どのユニフォームが似合うかナ…?(※図はイメージです)


◆あこがれの少年合唱団員になるには…◆

 もう何十年も合唱団のファンをやっていると、「フレーベル少年合唱団って、どうやったら団員になれるの?」と質問されることがあります。運営会社の名前を冠しているために「幼稚園の推薦状とかが必要なのですか?」と尋ねられたり、地域的な出演や団員募集の実績から「文京区に住んでいることが条件なのでしょうね?」と誤解なさる保護者の方もいると聞いています。ライバル(?!)のFM少年合唱団の運営会社が放送・メディアの企業ですから、春になるとラジオで「歌の大好きな男の子!僕たちといっしょに歌おうよ!」などとすてきなCMを流していたり、かっこいいホームページで団員募集をしていたりなどして、フレーベル入団を断念してしまう方もいるらしいのです。実は、この合唱団の申込手続は非常に簡潔なもので、先立つ段階で諦めてしまうのはとても勿体ないこと。…後述しますが、それぞれの合唱団にはそれぞれの良いところがあり、応募の前にご本人と合唱団の相性を調べてみることは私の経験から言っても、とても楽しく有意義な時間になると思うのです。タイトルと反してしまうようで恐縮なのですが、これは入団を決意するまでの時間をどう楽しむかという指南書になれば良いと思っています。

 一つだけ留意しておいて頂きたいのは、これが合唱団のファンが書いた言わば部外者からの情報であり、公式のインフォメーションでは無いということ。従前の募集を見て書いたもので、現状を反映していないかもしれません。エクスキューズではありますが、この拙文の主旨はコンサートレポートに盛りきれない内容の記録を残すことであって、入団勧誘というところにはありません。一生懸命歌っている現役団員さんたちに迷惑をかけるわけにはいかないのです。また、「少年合唱団」というと、どこも慢性的な団員不足に困りきっているという先入観がつきまといますが、団員不足と募集とは別モノ。…切り離して考えるべきだと私は思っています。 合唱経験の無い小さな男の子に週1〜2日の限られた時間で歌と徳を教えて演出やMC付きの2部合唱、3部合唱へと仕上げるのですから、受け入れる側には当然キャパシティー的・要員的な限界が生じます。人気者でひっぱりだこの合唱団です。新入団員を抱えつつ、合唱団は現役セレクトチームを毎週次々と出演や録音のお仕事に送り出して行かなくてはいけません。どんなに優秀な子が来ていても、どんなに団員不足にあえいでいても、右も左も分からない新入団員が何十人もいっぺんに入って来たら合唱団の運営に混乱が生ずることは想像に難くありません。その時々の合唱団の事情で私たちはあっさりと「お断り」されることを覚悟しておかなくてはいけないと思います。


◆応募要項の要旨◆(2010年以前のものです。現在の要項とは異なります)

 フレーベル少年合唱団の一般への公式な団員募集インフォメーションはここ数年、秋などに六義園のライブ中、口頭で1日だけ行われていました。アナウンスするのは一人の団員さんです。2008年度はヘーベルハウスのCMや「題名のない音楽会」のMCでおなじみのベテランアルト君が、コンサートの本番中、先生から募集要項を渡されてぶっつけで募集をかけました。突然の振りで緊張のあまり上気した面差しが少年らしい真摯さに染まり、痺れるほどカッコよかったです。ベテランらしく彼は最後までしっかりとアナウンスをして下がります。原稿代わりに手渡されていたプリントと同じ物を私は家に帰って引っぱり出し、ながめてみました。保護者向けの、大人の読むための書類でフリガナも無く、情報が表形式をともなってびっしり書かれています。小学生の彼があの場で必要な部分だけを上手に要約してしゃべったことが分かりました。恐ろしいほどたくさんの場数をこなして来たフレーベルの上級生団員の底力を見たような気がします。
 2009年度の告知はスーパーナレーター君の担当でした。あのカッコいい声で募集をかけてしまうのですから、お客様は大喜び!歌い姿じゃないのにその様子をカシャカシャと写真に収めている人もいます。彼のアナウンスの要旨は「僕たちと一緒に歌いたい男の子は、フレーベル館に電話してください」というものでした。実は、これが正解なのです。平日の午前9時から午後5時までに株式会社フレーベル館の代表電話にかけると、「何日の何時に来てください」という連絡があり、言われた通り出頭・審査された時点で彼はあこがれの「少年合唱団員になれる」らしいのです。公式には随時申し込みOKと解釈して構わないと思います。(現在はテスト日程の設定があります)

 プリント内容の要旨は、募集対象が「12歳くらいまでの男の子」で、「トイレなどの基本的生活習慣が身に付いている子に限る」といったごく最低限のゆるやかな条件があとに続きます(現在の募集対象は5歳ぐらいから10歳くらいまでの男の子15名程度です)。2010年度時点での年齢の下限は3歳。実力があって身の回りのことを一人できちんと出来るしっかりとした男の子ならば未就学児でも採るという姿勢は、彼らのステージにもよく表れています。上限は「12歳くらい」ですが、こちらの方がむしろ「あって無いようなもの」と言えます。プリントにある通り、従来の合唱団の練習日程は毎週水曜日の放課後と土曜日の午前中(B組の練習は土曜日のみです)と第3日曜日の午前中。「第3日曜日の午前中」とあるのは、午後に六義園コンサートの出演があったからです(現在のS/Aクラスの練習日程は水曜日の夕方と土曜日の午前中のみです)。土曜日と日曜日を練習や出演にとられてしまうため、小学校高学年以上の子どもたちにとってスケジュールのやりくりが無視できない問題になってきます。進学・スポーツ、中学に入れば定期テストの勉強や部活と、二者択一を覚悟しなくてはいけません。中学生が在籍できないFM合唱団の団員さんのお母様がたの中で「うちの子はFMを卒団したらフレーベルに入れてもらおうかな…」と冗談でおっしゃっていた方を何人か知っていますが、現実にTFBCから移籍してきた中学生団員が存在しないのは、そういう理由によります。「12歳くらいまで」という記述は、だから「声変わりの始まった子は採らないですよ」という婉曲なお断りと考えて構わないと思います。
 ただし、小学4〜5年生の新入団員というのはフレーベルに限らず特に珍しいものではありません。大切な下積みの期間が短い分、彼らのスキルアップのテンポは速く、団員としての自覚も身に付きやすいため、それなりに重宝がられたりもします。また、変声までの猶予が限られているという点では先生方も配慮してくださるらしく、即戦力としてコンサートに動員される場合が多いように感じます。事情があって他の児童合唱団を辞め転入してくるような少年たちもこのポジションにカテゴライズされます。中にはハンデのおかげで判官びいきのファンがつき、卒団してからもしばらく励ましのお便りをもらったりするような子もいます。


◆六義園コンサートが勧めです!◆

 緩やかな条件しかなくて、電話一本で申し込みが済んでしまう気楽さはご本人にとってもご家族にとってもアリガタイとは思いますが、私たちファンにとっては不安なこともあります。合唱教室のような和やかなイメージを感じさせてはいても、間違いなく有名な合唱団です。テレビCMや映画のサウンドトラックの吹き込み、毎週のように行われるコンサート。そして、フレーベルに限らず少年合唱団には練習や通団、選抜、規律や人間関係など子どもたちにしかわからないところでたくさんの逆境が手ぐすね引いて待ち構えています。…安易な気持ちからの志望はご本人はもちろん、あとあとご家族の皆さんも苦しめる事になりかねません。そこで、フレーベル少年合唱団ファン歴ン十年の私が自信をもってオススメするのは、毎月2日間行われる六義園の無料コンサートを親子で楽しく鑑賞し、息子さんの様子を見てから考えるという方法です。どうせ入団を前に悩むのでしたら、楽しく悩んでしまおうというのです。

 このツアーのポイントの一つは、合唱団の団員の様子や先生方のご指導を10メートル以内の至近距離でつぶさに見学できるところにあります。ステージといっても広場の玉砂利の上にマイクロフォンが立てられているだけの場所ですから、子どもたちの入場前の表情にはじまって、演奏後に彼らがホッとした様子で帰ってゆく姿まで。運がよければバックステージでの先生方と子ども達のやりとりなどを目撃できたりもします。出演しているのは、レギュラーメンバーですが、ときとしてインターンの小さな団員たちが試用のために補充され、歌う場面に遭遇できるときも。また、コンサートの客層もどうぞよく観察なさってください。フレーベルとFMでは、団員たちから夢を受取るお客様の構成が全く違います。実は、これが重要なことなのです。そしてこのコンサートの最大のポイントは、息子さんを合唱団の中に入れて一緒に歌わせることができるというコーナーがあることにつきます。チャンスを利用しない手はアリマセン。毎月の週末の2日間。ほとんど年間を通じてチャレンジOKです。

 六義園はJR山手線や地下鉄南北線の駒込駅、もしくは都営地下鉄三田線の千石から大人の脚で徒歩10分の場所にある名勝日本庭園です。窓口で300円払って入園しますが、東京都の運営する公園なので中学生以下の小さい子は無料。大人でも無料で入れる日があります。駐車スペースはもともと在りませんし、お子様のためにも公共交通機関を利用して徒歩で行かれることをお勧めします。六義園の正門の前に、入団後は毎週通うことになる合唱団の練習場があるからです。
 毎月のコンサートについては、「六義園 東京都公園協会」「六義園 公園へ行こう!」などと入力して検索すれば「お知らせ」のページの詳細情報から開催日時を知る事が出来ます。昨年度のコンサートの様子が小さな写真入りで紹介されていたりもするので、雰囲気もわかります。掲載が無ければ、当月の公演はありません。「場所:しだれ桜前広場」とあるのは、正門(JR駒込駅南口から見える染井門ではありません。シーズン開門でそちらから入場した場合は注意!)を入って最初の広場。植栽があって見通す事はできませんが、左右どちらの道を選んでもスピーカーやマイクロフォンの立つ、床几(長椅子)の並んだ場所がすぐ目に入ると思います。

 コンサートは少年合唱団のみの30分レギュラー。ソロ団員の出席状況で多少入れ替わることもありますが、2日間のプログラムは基本的に同じ物のリピートです。演目は季節の童謡から合唱組曲のハイライト、アニソン、はてはカンツォーネやオペラのアリアまで、日本庭園という場所にとらわれないバラエティーに富んだ構成です。この多彩さが、実は現在のフレーベル少年合唱団の持ち味なのです。あなたが今日、ここで耳にしたレパートリーのうち実に三分の一以上が、年一回の定期演奏会でも歌われるはずです。息子さんが入団したら、合唱団でどんな曲を練習してくるのかが、このコンサートを聞くとだいたいわかるようになっているのです。30分間に、およそ10曲前後が披露されます。いったん本番が始まってしまうと、団員たちが最初から最後までずっと険しいおっかない表情のまま歌っていて驚かれるかもしれません。けれどもステージが終わればもとの通りニコニコの素敵な少年たちに戻ります。コンサートは彼らにとって常に真剣勝負なのです。最後に人気者の担当団員さんが進み出てお約束の「アンコールしてもイイですかぁ?!」のセリフを叫び、お客様がたがワァーっと歓声をあげ拍手でこたえると気のきいた曲が1曲歌われて終演になります(父の日・母の日や祝日にちなんだ歌が用意されている場合はさらに1曲追加になります)。次に、前の列から順番で、その列の一番カッコいい系の団員さんが「気をつけッ!」と号令をかけ「ありがとうございました!」と唱えて挙げ伸ばした右手を胸にすくい、全員でバウをかけます。皆、同じ振りなのですが、もう何十回とこの挨拶でお客様を送って来た彼らは一人一人それぞれ身のコナシにこだわりがあるようにも見えます。右手にスナップをかけてみたり、背に当てた真っ白い掌をきれいに見せたり、自身のハートにふわりと手を当てる所作を強調してみたり、お辞儀の入りを丁寧にゆっくり始める子がいたりする一方、頭を上げるタイミングを溜めに溜めて動作をエレガントに見せるような王道の技をしかけてくる団員もいます。高学年の子たちは脚がきれいに見える角度を感覚的に知っているようなのもビックリです。みな、それぞれ美しくカッコ良く、もしくはプロフェッショナル・チックにさり気なく見えるよう頭を下げてわたしたちを喜ばせてくれます。最後のバウは、入団希望の男の子に是非見せておきたい印象的な場面です。スカートをはいた女の子がこのお辞儀をすることはマナー的に殆ど無いからです。男の子の合唱団にしかできない挨拶なのです。カッコいいユニフォームをまとってすらりとコウベを垂れ、王子様のような挨拶をする我が子の未来の姿が目の前の光景に重なって見えたとしたら、その瞬間、お父様お母様にとってもどんなにかシアワセなことでしょう!


◆客上げに参加する◆

 入団希望の坊やたちにとって、もう一つの欠くことのできないイベントは、コンサートの後半、突然やって来ます。
「それでは、次に『アンパンマン』から、「アンパンマンのマーチ」を歌います。会場に来ているお友だちは、僕たちと一緒に歌いましょう!」(多少の語彙の差し替えはありますが、これがデフォルトのアナウンスです)
というあっさりとした団員MCがあって、客上げのコーナーが始まります。客引き担当の団員たちがサッと隊列を離脱して、観客の中に入ってきます。息子さんが入団希望なら、参加させてください!ご本人が勇気りんりん(^-^ ) でやる気マンマンなら、第一関門突破です!演奏が始まって、ご子息が楽しそうに歌い「ユニフォームを着ていない団員」の一人に見えたら一応GOサイン点灯と考えてよいと思います。あとは帰宅してからでも翌日でも「お兄ちゃんたちの合唱団に入ってみる?」と聞くだけです。登壇を渋ったり、歌う段になって尻込みや気後れが出たら「要観察」ということになります。ここらへんの兼ね合いはお子さんの性格を熟知していらっしゃるお家のかたの判断が必要になってきます。入団してから舞台勘を得たり、度胸がついたり、大好きな先輩や友だちができたため突然血道を上げて通団しはじめたりすることはどこの合唱団の団員にもまま見られる現象だからです。

 担当の団員たちは、コンサート時間の押しの兼ね合いもありますが、およそ10秒間〜15秒間で客引きのあらかたを終えるよう実地訓練を受けています。客席に子どもの姿を認めるとサッと寄って来て、
「歌う?」
などと声をかけてくれます。物欲しそうにしていると、黙って手を引いてくれる場合もあります。小学生くらいの子どもでしたら自分から出て行ってもいいのですが、そろいのユニフォームがばっちりとキマったカッコいいお兄さん団員に声をかけてもらったり、手を引いて合唱団の隊列の中に押し込んでもらったり、肩に手を置いて位置決めしてもらったりするのはなかなか良い光景です。こちらの合唱団に限った事ではないのですが、ご本人さんも、入団すれば何年間かは「僕は○○先輩から声をかけてもらった」と、感慨深げに記憶している場合があります。また、「僕らといっしょに歌わないか?」という何気ない団員の言葉が、私たち大人にとっては非常に重みのある言葉として響くこともあります。

 最近の客上げは、先生方がスタンバイしていらっしゃるカミ手側(合唱団に向かって右側。六義園正門に近い側)の方がスタッフの指示が通りやすく、団員さんたちに比較的機動性が出るので、開演10分前にしだれ桜前広場に行ってそちら側の床几を取るか、ご本人さんがステージを見にくそうならば右前方の立ち見場所を押さえておくとベターだと思います(もちろん演奏中でも場所移動は自由に出来るラフなミニ・コンサートです)。この位置ですと、確実にアルト系団員さんたち(今現在、全アルト・メンバー各自の人となりがステージ上で観客を楽しませることの出来るレベルにまで達している少年合唱団などというのは日本中でもおそらくフレーベル少年合唱団だけだと思います。しかも全員なぜかカッコ良くてイケメンです!?)の客引き射程圏内に入りますし、自分から出て行くにも容易だと思います。もちろん、ソプラノ側でも、その他の場所でも、団員さんの目に入れば声をかけてもらえるはずです。たいていの場合、団員の帰投を促すためなのかスタンバイ中に曲の前奏が流れはじめてしまうので、どうしても早めに手を引いてもらうか自分で出るかしないと、タイミングを逸して気後れすることがあるので気をつけましょう。

 また、時としてたくさんの男の子が、客上げされるときもあります。入団めあてで参加されるご家族にとっては、「えっ?!」と思われる一瞬になるかとも思います。けれど、彼らはライバルなどではありません。手を引かれて出て行った男の子の顔を良く見てごらんなさい。団員の中にソックリの子がいたりします。団員たちもそろって、ニヤニヤしていることがあります。出て行ったのは団員の弟さんや親戚の子たち。ときには私服姿のB組の団員さんが混じっていて大笑いしたこともあります(彼らは習慣から手を後ろに組んで歌うため、ベレーをかぶっていなくても団員であることがすぐにわかります)。私は六義園コンサートのこういうラフさはとてもハートフルで素晴らしいことだと思います。もちろん、六義園散策の親子連れの子どもたちも分け隔てなく大歓迎で客上げされていきます。

 いっしょに歌うのは殆どが「アンパンマンのマーチ」です。手を後ろに組んで歌う姿勢がデフォルトになっている団員たちも、この曲では必ずハンズフリーの指示が下りていて身体を左右に振りながら声を揃えます。いっしょにスイングしながら歌うと、新入団員の気分を味わう事もできます。
 非常にごく稀に客上げの記念品が配られることもありますが、これをもらえたら超ラッキー!記念品はアンパンマンのシールなど、彼らの出演やレコーディングがらみのグッズであることが多く、コンサートで配られていれば最近彼らが何らかの仕事を担当してきたのだと推察できます。
 「アンパンマンのマーチ」は定期演奏会などの大きなステージでもエンディングに歌われる曲で、入団を決めている子どもたちにとって、これが卒団までに何十回と大小のステージで歌う同曲の記念すべき第1回目の演奏になります。曲は「勇気りんりん」や「アンパンマンたいそう」などに差し変わる日もありますが、同じ「それいけ!アンパンマン」の挿入曲でも「サンサンたいそう」や「ハ行で笑うばいきんまん」などを歌うことはまずありません。(例外的に「崖の上のポニョ」を客上げの曲にしていた時期があります。)
 写真・ビデオの撮影は全く自由なので、どうか思い出に息子さんの「一日団員」の勇姿も激写してください!(他の会場ではそのために「どうぞ前に来て写真を撮ってあげてください!」と団員さんのMCが入る事もあります。結婚式みたいですネ…(^_^; 園内全域にわたって三脚・レフ板の使用だけは制限を受けていますのでご注意ください)
 もちろん、フルコーラスを暗譜して行く必要などはありません!客上げはお家のかたの方を向いてスイングしていれば良く、歌えなくても良いのです。入ったばかりの出来たてホヤホヤの団員がドングリまなこで口をモゴモゴさせながらステージに立っている姿はほほえましく、お客様も大好きです。入団後A組以上の配属になれば半年もしたらどうせすぐにビックリするほどたくさんの難しいレパートリーをぺろりと覚えてしまうので、圧倒されるのはご両親の方…ということになります。

 この客上げはコンサート最後の10分間の中で行われる段取りになっていて、様々な事情からスキップされてしまう場合があります。野外コンサートなので天候コンディションからコンサート自体が途中でキャンセルになることもあります。先生が指揮の最中にメゾ側に立つカルメン君にほんの一言二言耳打ちすると、1曲歌い終えた後に小さな彼がパッと進み出てきてお客様にコンサート中止のアナウンスをかけます。100%ぶっつけです。その場の状況判断でMCを考えてしゃべっているのです。彼らの演奏会は店じまいですが、カルメン君のまた別のかっこいい一面をみることができてお客様は満足して帰ります。入団に備えて客上げを待った息子さんには次の機会を用意してあげるか、見切り発車で入団を決めるか、話し合って選択する必要があります。「コンサート、途中で終わっちゃったけど、どうする?」と聞いて、ご本人が即決で「また来たい!」と言ってくれたらおそらく間違いがありません。


◆コンサートが終わってから◆

 コンサートを見終わって、「これなら入団を考えてもいいかな?」「詳しい情報が知りたい」と考えたのでしたら募集のプリントを頂きましょう。先生方やスタッフの方は、終演後の撤収でとりこんでいらっしゃる場合があります。様子を見て、声をかけ、分けていただくと良いでしょう。書類を切らしていたり、作成中の場合もあるかもしれません。いつ頃どこにうかがったら入手できるか、尋ねてみましょう。
 児童合唱がブームだった頃と違って、最近は応募・テストとも「随時・可」という少年合唱団が殆どです。また、プリントを読んで「これでは無理」と応募をとりやめる事もできるはずです。あきらめる勇気も必要。来年、再来年に本人の成長や気持ちの出来るのを待って応募することもできます。いずれにせよ今すぐにと一刻を争う必要があるとは思われません。

 演奏会が終了して団員さんたちがはけてしまったら、六義園の正門を出て右はす向かいにフレーベル館の本社がありますから前まで行ってみましょう。アンパンマンの赤い看板が目を引くのですぐに分かります(フレーベル館のアンテナショップが階段を下りたところにあって、見るだけでも楽しいので寄って来られたらよいと思います!)。このビルの上階で団員たちは日々の歌唱訓練を受けています。ここまで来ると、大きい息子さんなら、毎週、どのようなルートを通って練習場にたどり着くのか、事前にイメージすることができます。注意して探すと駐車場入り口側の右の植栽の中に会社の標札パネルが立っているのがわかります。「株式会社フレーベル館 froebel-kan co,.ltd」とロゴ書きで大きくステンシルされていますが、会社名と並んでその下に同じ大きさのちょっと柔和なゴシック体で「フレーベル少年合唱団」とハッキリ表示されているのが目を引きます。合唱団がフレーベル館のほこる大切な事業部門である事を思い知らされる光景です。TFBCにもFMセンターの1階ロビーに「TOKYO FM少年合唱団」という表示はありますが、もっとコンパクトで、放送局のたくさんあるセクションの一つという扱いです。


◆フレーベルとTFBC◆

「息子を少年合唱団に入れたいのだが、フレーベルが良いか…それともFMが良いか…?」
贅沢きわまりないステキな「お悩み」です!(笑)
毎週の通団の便を先ず考えてみてはいかがでしょうか。TFBCのフランチャイズのステージは地下鉄の半蔵門駅から大人の足で徒歩5分のFMセンター2階にあります。練習には駅の直上に立地するビルに通うことも…!歩く距離はフレーベルの半分以下になりますが、最寄り駅は半蔵門だけで、あとは少し離れた有楽町線の麹町があるくらいです。ご自宅の場所からそれぞれの合唱団練習場へのアクセスを比較検討してみてください。どちらの合唱団も電車通団の場合は水曜日の練習後に帰宅ラッシュの混雑が待ち構えています。

 フレーベルにもTFBCにも、それぞれ互いに代え難い魅力があり、団員との相性、団員保護者との相性といったものは明らかに存在します。
 FM合唱団のホームページに今後の出演予定や、発足以来の過去の出演実績(「合唱団の歴史」)が掲載されています(古い記録はかなり省略されています)。ご覧になられたかたは気付かれましたか?…そうなのです。FMは本当にクラッシック演奏会への出演が多いのです。ラジオ局の児童合唱団なのに、番組の仕事よりも目立ちます。大人の私たちが見たら尻込みしてしまいそうな高名な指揮者のタクトで、世界中の人が認める有名なオーケストラとともに、足もすくむ大劇場のステージに立って彼らは歌っています。また、モーツアルトの歌劇『魔笛』の三童子やクリスマスオペラ『アマールと夜の訪問者』のアマール少年役、プッチーニの『トスカ』の牧童の影ソロと少年僧、ブリテンの歌劇『ねじの回転』のマイルズや『カーリューリバー』の梅若丸など、首都圏で開催されるオペラのメインキャストの常連として、演技の質の高さも含め継続的な評価を得て団員たちは「子役」としても活躍しているのです(彼らの子役としての技量は、前述のラジオCM…例えば『団員募集30秒:いっしょに歌おうよ!編』のキャッチ・ナレーションなどを聞いてもよく分かると思います)。フレーベル少年合唱団の野外コンサートでしたら、客席でビデオカメラを構えたパパ様を前に団員が大テレで歌っている…といった幸せいっぱいのステキな光景をごく普通に見る事もできますが、TFBCのクラッシックコンサートでパパ様の代わりに客席に並んでいるのは、1枚数万円もするチケットを買ってくださったお客様がたです。どういうお客様にどんな曲を聴かせるか…歌を歌って誰をシアワセにしたいのかによって、それぞれの合唱団が得意とする分野は全く異なり、当然ですがご指導のポイントも曲の仕上がりの方向性も団員のカラーまでも違って来ます。お子様がはたしてどちらの方に向いていて、ご両親がどういう歌を歌わせたいのか、どうぞよく考えて結論を導いてください。

 現役団員さんの中にも実は「フレーベル少年合唱団だからこそ、この子は見いだされ、人気者になれたのだなぁ…」と思われる団員さんがいる一方、「FMに行っていたら、役の来ないアルトじゃなくて絶世のドラマチック・ボーイソプラノとして大活躍していたにちがいない…」と私が個人的に確信するようなタイプの子もいます。けれども、誰も声に出しては言いませんが、「つらいかもしれないけれど、負けるな!キミがステージで頑張っている姿を見ると勇気がわく。」と客席の隅から心の中で黙って応援し続けてくれるようなお客様がそういう子にも必ずつきます。いったい何がその子の幸せになるかわかないと思うのです。
 ただ、「そうは言っても…」という感情があるのも人間です。二つの合唱団の間で、過去に何人もの団員の「移籍」があったのは事実です。彼らは移籍先の合唱団で心機一転、たくさんのお客様を喜ばせるような活躍をし、ボーイソプラノ生活をエンジョイしていきました。卒団の頃には、その子がもとは他所の合唱団にいたことなど誰も覚えていません。このような生き方もあるのだなぁと私は思っています。結局、どちらの合唱団に入るかは単なる巡り合わせであって、ご本人が幸せな少年時代をおくれるかどうかとはあまり関係が無いような気がします。

 入団とはかかわりのないことなのですが、「レコーディングに行ったら他所の合唱団の子はみんな家から弁当を持って来ていたので、フレーベルと違って普通、お茶もお弁当も会社からは支給されないのだと初めて知りました」といった内容のOBの証言から判明するアンビリーバブルなデラックスさ(愕?)や、自分のステージ衣装の管理に各自が気を使うFM合唱団に対し、ユニフォームの管理が合唱団主体らしく、終演後、撤収が非常に身軽で迅速なことなど、この合唱団ならではのチャームポイントといったものもあります。
 どちらの合唱団も定期演奏会は都内のきちんとした音楽ホールをおさえているため、ご家族へのチケット・ノルマのようなものが当然発生します。団員構成によって多少の変動はあると思いますが、フレーベルでは5ケタ単位の金額ノルマと予想しておかれると間違いないように思えます。
 また、どこの少年合唱団も男の子ばかり上から下まで何十人もいるいわばバトル集団(えッ?!)ですから、切った張ったの騒ぎは日常茶飯。先輩風を吹かせる上級生たちは本番中でさえヤンチャなシンマイ団員にニラミをきかせていますし、先生方もそれなりに厳しいご指導で子どもたちを引っぱっていらっしゃいます。「少年合唱団」というと、どこか天使の会衆のようなイノセンスや可憐さ、はかなさをイメージさせたりしますが、それは所詮、聴いている側の私たちの勝手な思い込みに過ぎません。何時間も美しい姿勢をキープしながら立ちっぱなし。腹式呼吸のまま声を統御し続けるという「肉体労働」です。スタンドプレーは必ずや悪い結果をまねき、誰か一人のちょっとしたミスが全員の苦労を一瞬にしてぶち壊す過酷なチームワークでもあります。体育会系の集団にならざるを得ないのです。しかも、お客様は「子どもダマし」のきかない大人たちだったりします。入団後の息子さんの前にはその他、夥しい試練のフルコース…失敗や挫折や緊張や恐怖や諦めや別離や苦痛やらが連射式ミサイルのように待ち構えています。たくさんのお客様や戦友たちやご両親の支え、もちまえの体力・頭脳・性格の良さで卒団までの困苦を乗り越え、かわし終えたとき、彼は同じぐらいたくさんの抱えきれないくらいの心の「強さ」と「やさしさ」を確実に手に入れることになります。そしてこれらはみな、彼が「僕も合唱団に入って歌ってみようかな」と最初の日に思ったりしなければ…彼がごく普通の小学生として少年時代を終えていたとしたら…決して得ることの無かった貴重な財産であると言わざるをえません。
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2010/12/12

フレーベル少年合唱団 第50回記念定期演奏会 遥かなる航路のあてどに  定期演奏会

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フレーベル少年合唱団 第50回記念定期演奏会
2010年11月17日(水) すみだトリフォニーホール
開場 午後6時 / 開演 午後6時30分
全席指定2000円


第50回記念定演はどんな演奏会だったのか

 昨年刷新されたフォーマットにのっとり、開幕のウエストミンスター・チャイムが団員代表のミューベルによって鳴らされた。今回はオルガンバルコニーではなく、ぐっと観客寄りの舞台面フロアでのスタンバイ。見栄えの良いコンソールステップから団員たちを観客本位のステージレベルに戻す試みは、今回の定演全体を通じて見られた傾向の一つだった。ベルのアサインメントは継承されていたが、担当メンバーの顔ぶれは昨年とは異なっていた。彼らはチャイムをつつがなくシェイクし終え、ベルキャストをカシドス・ネイビーのユニフォームの胸に沈めてぺこりとお辞儀する。リンガーとしての所作は申し分なかったが、聴衆は漠としたかすかな所在の無さを覚えた。昨年は確かに存在した「礼っ!」の号令を発する上級生が今年のチームには居なかったのである。コンサート開幕を告げるこの心許ないイメージの現出は実に象徴的な出来事だった。非常に大雑把で乱暴な言い方だが、フレーベル少年合唱団第50回記念定期演奏会というのは、呼号発声の任を解かれた一人の団員の進退をきっかけに、ここ3年間の彼らの合唱を読み解く実に有意義なひとときだったように思う。

 2008年夏の日々。彼らは酷暑の中、未だ半袖シャツにXYサスペンダーを吊り、きっちりと首を絞めたリボンタイに、白ハイソを履いたまま玉の汗で歌っていた。彼らがMCで「小さい組」と一見(いちげん)の観客に紹介する出演用のAB組団員を流し込み、最後にフルメンバーを揃えると、全隊は3〜4列にもなった。総勢45名を越す男の子らが六義園の緑深いアジサイの植栽の前にずらりと勢ぞろいした。だが学年構成は注視するまでもなく少年合唱団のメインクルーとして期待されているはずの高学年・中学生のベテラン団員の頼もしげな姿を決定的に欠いており、比較的体格の優位なアルトの一角を除いて全員がとても幼く頼り無さそうに見えた。内外の観客や関係者たちが「今は小ちゃい子たちしかいないから…」「低学年の子が中心で…」と率直に申し述べ、フラットフロアに立つ彼らは全員の背丈がまるで揃って矮小で、客席の床几からは奥の子の顔が殆ど見えてこなかった。それでもただ一つ、現在の私たちが彼らのことでよく知っているのは、若干の出入りはあったにせよ、今回の第50回定期演奏会を支えたのは2年後の彼らだったということだ。定演のステージ袖でスタンバイするアルト団員へ仮に総動員をかけ「2008年の夏に六義園のコンサートで歌ったお友だち?」と尋ねれば、「この子が?!」と思うような低学年の団員を含めて間違いなく全員の挙手があったはずだ。「僕はそのときは未だ入団していませんでした」という団員がほとんど居ないことに驚かされるはずである。着用ユニフォームは現行の夏のスタイルとまるで違っていたのに、あの夏の少年たちは今日ここで歌っていたのだった。

 続いて2008年の秋口、そういう彼らにもついに転機が訪れた。優秀であるかもしれないがステージ経験が決して潤沢とは言えないひとりの男の子がソプラノ最上段左端角のエッジに配属され定位置についたのである。配置は体格を見込まれたものであったはずだが、声質はアクリリックで硬質な、セクション違いのメゾソプラノ系だった。本人がはたしてそれを望んでいたものなのか、「わが少年時代の全てを合唱に捧げて悔い無し」と思っていたのか、客席には判らない。腫れぼったい目をした鼻閉気味のスマートな少年が、そこそこの経験を積んだ僚友に混じり下級生や新入団員たちがわんさか群れていたソプラノ・パートのニューリーダーを期待されてそこに立った。こうして彼がレギュラー位置になる最後列のコーナーから団員たちのユニフォームの背中をまぶしそうな眼差しで見下ろし眺めまわしたとき、フレーベル少年合唱団に劇的な変容のときが訪れた。あたかもコーナーのキマったルービックキューブがカタカタと音をたて突如として完成して行くように、その人選がチームとしての合唱団を一挙に確固として魅力的なものへと止揚させていった。ソプラノ声部は安定を取り戻し、リードパートに必要で十分な声量を、我が世の春と充実を謳歌しはじめるアルト声部とのバランスの中で獲得した。たとえステージ経験は豊富でも外見上は小さな小学1年生というカルメン君を遊撃手としてソプラノからメゾまでのワイドレンジの中で使えるようになった。アルトの少年たちはパートのカラーとして押し付けられていた「ソプラノの顔つきをしたアルト」という不自然きわまりない立場から解放された。こうして彼らが少年らしい立ち姿で自分たちの歌を歌うようになると、団員各自の持ち味がステージ上で鮮やかに発現しはじめた。その日から2010年までの2年間、彼はくる日もそこに立ち続け、歌い続けた。フレーベル少年合唱団の歌声が、2008年の夏以降、格段に面白く魅力的になったのは当時の定演レポートにもはっきりと見て取れる。2008年定期演奏会も佳境にさしかかったパート3、ついに彼は期待の中、年を置いて復活したソロを担当した。精悍なボーイソプラノの立ち姿をマイクの前で披露し「すっかり面白くカッコよく変わったフレーベル」を客席へと印象づけた。記念すべきその曲は甘美な別離と追慕を歌いあげる『アリヴェデルチ・ローマ』だった。背後に控えた合唱団は「さようなら!ローマ!」と元気な嬌声をあげつつ、新しい航路へと舵を切ったのだった。

 今夕、50回定期演奏会の開幕ベルチームにもはやアリヴェデルチ・ローマ君の姿は無かった。
きりっとした彼の呼号が聞けなかった理由は開演5分も経ず、明らかになる。定演オープニング恒例、フレーベル少年合唱団の「団歌」が演奏された後、年度リーダーのステータスに恥じない頼もしいきちんとした印象の一人の団員が毎年開会宣言のMCを担当する。当夜、ついに進み出てきたのはアリヴェデルチ・ローマ君だった。持ち味は不変だったが男の子の声は変調をきたしており、台詞が嗄声したり裏返ったりしないよう注意深く組み敷くがごとく留意して話す姿が印象に残った。メインキャストの数名の団員を1日にいくつもの役柄で重複して使う事の多い現在のフレーベル合唱団の中にあって、50回定演を通じ、彼が聴衆の前に一人で立ったのはこれ1回きりだった。
 ボーイソプラノとしてのこの団員の姿は唯一、非売品『ファインプレーを君と一緒に〜Go!Go!ジャイアンツ〜』(2007 8164P-8164)のCDジャケットにほんのチビ団員同列の小さな扱いで写っているにすぎない。日本通運の環境CM『環境を守る仕事』篇の冒頭メインボーカルを担当したのはカルメン君の方だった。結局、彼のソロの歌声はCDにもCMにもならず市販されたものとしては全く残らなかった。だが、彼の率いていたチームの歌声は少年らしいひたむきさに溢れ底抜けに楽しく出色だった。この数年間、フレーベル少年合唱団が彼の先導によって勝ち得た「K君トーン」とも呼ぶべき先鋭的な音色は、ディズニー映画『魔法にかけられて』(日本語吹き替え版)の冒頭に歌われる「真実の愛のキス」や「デストロイオールヒューマンズ!日本版」のテーマソング(セガ)、実写版『ゲゲゲの鬼太郎:千年呪い歌』(松竹)主題歌のあたりから次第にハッキリとした形をとりはじめ、2009年発売のDVD『アンパンマンとはじめよう! お歌と体操』のシリーズで明確なものとなる。2008年制作のCM『CHARMY(チャーミー)泡のチカラExtraClean(エクストラ・クリーン)「ロボット篇」』(ライオン)に聞かれる極めて真摯でドラスチックな歌声は、ここ3年間のフレーベルのトーンで仕上げられた代表的な仕事である。アリヴェデルチ・ローマ君の声は今後いかに変わっても、彼が根幹を作り、率いた部隊の歌声は、こうしてカタチあるものとして「フレーベル少年合唱団」の名のもと、永久に残ったのである。


天馬と不死鳥と明日〜厳しい局面の中から

 2010年10月。定期演奏会の開催までついに1ヶ月の猶予をきり、例年秋口に少年たちがステージ上で繰り広げる定演の広報が今年は全く行われないことに、さすがのコンサートリピーターたちも首をかしげはじめた。野外コンサート等で配布される定演のチラシも一向に姿を見せず、そうこうしているうちに10月もおしつまってようやく会社のサイトにエフェメラのコピーが掲載され、英文タイトルに一見して判る誤植があったことから遅延が判明した。団員配当のチケッティングは11月にずれ込み、合唱団が出演ステージで初めて定演広報を打つのはカウントダウン2週前を切る11月5日のアルカキット錦糸町のクリスマスイルミネーション点灯式でのことになる。  
   
 全てのことがらが滞っているように見えた。例年夏には仕上がっているはずのプログラムナンバーを、少年たちは秋になってもなお危なっかしく自信なさげに綿あめのような声量で歌っている。『君はペガサス(1991)』『フェニックス(1989)』『Let's search for Tomorrow(1989)』…今回パート1で歌われた曲群はそもそも昭和時代に学校教育を終えた人々には馴染みが薄いものである(最近の中学校の合唱祭プログラムのようだ(笑))。ブツ切れでピッチに不安を残す子どもらの歌を最後まで聞き届ける気になれない六義園の聴衆は途中から次々と歩き去ってしまう。夏の段階で合同練習のため現役団員たちの歌声を聞かされたOB諸氏は(1980年代末からの危機的状況の中で少年たちに寄沿って歌った経験を持っていてさえもなお)、今回「…これはちょっとマズいことになった」と焦慮したに違いない。…『ハレルヤ・コーラス』?OBは蚊の鳴くような現役諸君の声にどう対峙するつもりなのだろう?いっそのこと『アヴェ・ヴェルム』『大地讃頌』も四部合唱に?…トンデも無い!危険すぎる!元・弾丸ボーイソプラノの男声陣にどこまでセーブを要求しようというつもりなのだ?!以前、六義園枝垂桜前に並んだ少年たちの声で、ハレルヤコーラスの再リメイクを聴いた。合唱に少しだけ力を入れているミッション系小学校の4年生のあるクラスの男子だけを集めて歌わせました…と、そういうレベルの出来でしかなかった。OB会のブログが、現況隊列の遠目の写真入りで「人数が少ない」と諦観の中で紹介した。彼らの状態を知るおそらく多くの大人たちが10月中旬の時点で「50回定演」の安寧な開催を危ぶんだはずだった。

 定演当日、フィックスしないローマ君の声と、ほっそり並んだコア団員単列スレスレの少年たちの圧縮された員数を見て観客はさらに震え上がった。彼らがもし定演前最終の11月のアルカッキットや10月末の六義園のコンサートを聞いていなかったとしたら、歌いだす直前の彼らの姿を憂慮から正視できなかったろう。だが、先月後半の合同練習を都合で欠席したOBたちは、トリフォニーの音響特性を手なづけ大音量で歌う小さな現役諸君の姿を突如ゲネプロで目の当たりにして腰を抜かすほど驚愕したに違いない。…彼らの歌はホンバン半月前を過ぎて何の前触れも無く電撃的に仕上がっていたのである。乾燥してぼつりぼつりと切れていた潤いの無い不自然なマルカート気味のフレーズは『君はペガサス』のどこにも存在していなかった。メンバーの殆どがすでに4年間をトリフォニーの大ホールで歌い、会場の残響やPAのかかりかた、客席への声の届き方を感覚として会得している。正確に聞こえる音長とロングトーンの置き方、流し方を身体で覚えているのである。こうしてナカツギのMCをアルト側から「元気が出ました」君がバトンタッチで担当する。彼の声にも姿にも、もはやあの「アルト・パートのヤンチャな弟分」の面影は伺い知れなかった。甘カワさが抜け、頼もしいものへと変わっていた。2008年夏の団員一人ひとりの成長もまた、現在のフレーベル・パワーの源の一つなのである。かつて退屈すぎて六義園の観客に「人気」とは言えなかったパート1の3曲は様変わりを遂げていた。男の子独特の体臭を感じさせる少年合唱らしい爽快な歌い込みが魅力的で、あっという間の15分間だった。『Let's search for Tomorrow』の彼らが苦手とするコーダの執拗なリフレイン…何回目のリピートなのか混乱してしまい、やっぱり両パートが声を聞きあって幾度も引きそうになってしまうというお約束のニヤリもあったが、パート1は児童合唱の定期演奏会の開幕ステージとして遜色の無いものに止揚されて終わった。


数年後の団員らが私たちに託しに来たもの

 パート1の退場からパート2の入場にかけて、合唱団はMCを聞かせながらA組(かつて出演レギュラーの「セレクト組」の下位に属する2軍待機クラスを意味していたが、現在は在団期間がやや短く、実力も分相応のステージ実習中の出演メンバーをさすようになってきている。団員募集要項の記載上は入団テストで振り分けられる2つのクラスの間の線引きは明確だが、毎週の練習時間や場所、通常出演中の配置・ユニフォームや待遇などには特に区別らしきものは見られない。)のステージ衣装の引き抜き(早替え)をおよそ25秒間ほどの短かさで行った。A組団員の衣装替えについては昨年の『カルメン』での手際の良さに驚かされたが、今回すっきりしたベスト・スタイルでシモ手ソデから突然走り出て来た彼らの姿はビジュアル的なセンセーショナリズムを感じさせる。(セレクト組の団員たちは、この間バックステージでレンガ色ブレザーのユニフォームに着替えている)

 合唱団は昨年人気の良かったAB組のソロに勢いを得たのか、今年は『おはようゆでたまご』のシュプレッヒとパート・ラスト『とんでったバナナ』のリードボーカルにフレッシュ・メンバーのチームソロを大挙して投入した。春の段階で早々と実戦部隊は組織され、毎月の公開演奏を通じ繰り返し徹底した実地訓練が重ねられた。このためヘビーなファンの中には、当日のソロの誰がどんな声質と発声の仕上がりで、誰がテンポを持ち崩しやすく誰がパートナーとの相性が良いかといったことまで知る人もいる。プチ団員らは気づいていないだろうが、上記の来歴からパート2の曲群はきわめて「六義園の客層」向けに仕上がっているとも言えた。
 恒例の「アンパンマンのマーチ」のかわいらしいインストが奏でられ、B組の幼王子たちがステージセンターに導かれると客席は今年もひとしくほだされて心の底から嘆声を漏らした。上級生団員の存在がある以上、私たちはAB組諸君の愛らしい姿や所作に心を奪われがちだが、毎年の定期演奏会の彼らのステージには、「カワイイ!」ゆえに漫然と聞き流す事のできない重要な見どころも存在している。AB組単独ステージ鑑賞に存在する失念出来ないポイントは、今年のアルト前列メンバーの顔ぶれを俯瞰して帰納するとわかりやすい。日常はポイントとなる役柄やMCなどを殆ど受け持たない低学年アルトだが、彼らの声質やステージで追いつめられたときの立ち居振る舞い・表情というものを私たちは一応心得て知っている。前列アルトのほとんど全員が、過去の定演のAB組コーナーでスポットの当たるキーマン役として起用された経験を持っているからだ。そういうわけで、現在のアルト前列の団員たちというのは、ただ単に低めの声が出やすいといった観点からだけでなく、指導者からの信頼を得て難易度の高いこのパートへと配属されていることに気付く(2010年現在の前列アルトが全員「超イケメンでカッコカワイイ」のは偶然?!…です、たぶん)。メタファーじみた言い方だが、私たちは、未来のフレーベル少年合唱団を聞くために今年も注意深くAB組ステージに耳を傾け、記憶にとどめておく必要があるのだ。


レパートリーの急速な完成

 夏休み以降の我々をやきもきさせたプログラム・チラシ・チケット等のエフェメラのデザインは、セレクトチームのステージ・ユニフォームと同じレンガ色の地に墨色でステンシル書体の英文タイトルをあしらった、グラフィティー調の意匠で統一された。ストリート・テイストでインパクトの強いフォントはFROEBELの「F」と「L」の活字を3段で貫通させ(件の誤植は団名とは関係のない部分)、黒みをたたえたカーニングを施すなど今年も出版社の仕事らしいスマートさが光っている。縦に打ち抜かれた2文字のフォルムはコロネードやスラムのアパート群の非常階段・バルコニーの外観を想起させ、昨年の定演エフェメラのテーマが(カルメンの)赤バラだったことから、50回定演では「ウエストサイド物語」をモチーフにしたものであると想像できる(イメージはおそらく映画版『West Side Story』のタイトルロゴからの借用?)。私たち聴衆が、「ウエストサイド」の2曲を心して聞くべきと教えてくれているのだ。
 プログラムは5ステージの構成。各ステージの曲数は、目立たぬよう実に巧妙に間引かれている。彼らの遅々とした仕上がりを計算してのセーブがニュアンスとして感じられる。

 ところで、50回定演の曲群が1ヶ月間という極めて短期間のうち劇的に仕上がった理由はいったい何だったのか、ここで考えておきたい。
 有力な手掛かりは、件のアルト・チームを基軸にパート3のステージ上で見出される。彼らが調和的なソプラノの組み上がりに抗って2年前、こつ然と実体化したチームである事は前述した。だが、彼らがきわめてアウトロー的な魅力を放ちつつステージに上っていたが故に、押しなべて短命パートに終わる予感も終始つきまとった。「フレーベル少年合唱団のアルト」が外見上は見るからに質朴な一匹狼の集団ゆえに内部崩壊していくさまを目算するのは決して困難なことではないようにも思われた。2009年の春未き日々、頼もしい最後列のボーイ・アルトたちがドンホセ君やイケメン軍団を除いて隊列を離脱してゆくと、予感は俄に現実味を帯びはじめたかのように見えた。上級生らは一人、また一人とライブパフォーマンスのステージに姿を見せなくなりはじめ、2010年の夏を過ぎて、メインクルーの抜け落ちた合唱団右ウイングは、もはやかつてのアルトの呈をなしてはいなかった。

 毎年、「世界の名曲(ポピュラー)を集めて」のコンセプトで打たれるLove, foreverと題されたパート3は、ラテン2曲とウエストサイドの2曲の後にブラックミュージックから1曲の計5曲のノミネート。メインはウエストサイドの「マリア」と「トゥナイト」だけというつましいチョイスだが、当夜歌われた20曲を越える総演奏曲目のちょうど正中には「マリア」が据えられている。プログラム全ナンバーのセンターど真ん中に、キーとなる曲をしのばせておくという手法が垣間見えた。

 2曲目から、私たち観客が毎年心待ちにしているリリックなソロの投入が始まった。
 3曲目、ウエストサイド物語を代表するラブ・バラード「マリア」のレチタティーヴォを「フレーベル少年合唱団のボーイアルトここにあり!」の無頼さで歌い出したのは、スーパーナレーター君だった。クラクラするほどのテラ萌えのカッコ良さに観客はしばしグーのネも出ない。たおやかで微かな振幅のコントロールされた少年のソロ。だが、朗唱ゆえに彼の「ナレーター」としての声の魅力がホール音響に増幅されて届く。初夏のライブ出演以来、ステージに姿を見せていなかったスーパーナレーター君。定演の隊列へと戻って来てくれていたのだ。私たちは演奏会の分水嶺にあたるこのナンバーを聞き、ようやく当夜のアルトが彼のリードで蘇生されていることに気付く。ソロを終えて帰投した団員の隣に対峙して立つのは北風小僧の寒太郎君の、やはり久方ぶりの立ち姿。この2人のマッチングは見ていても実に痛快だ。ナレーター君の集中度にありがちなワウ・フラッターを原隊復帰したドンホセ君や寒太郎君、「元気が出ました」君、イケメン軍団の諸君が手際よくフォローして鳴らす。カムバックしたこれら上級生アルトが触媒になり、パート全体が二重の意味でビルトイン・スタビライザーの役を果たしている。…近年のソプラノパートはアルトの声量に伍して歌う習慣を経験的に身につけている。身を挺してまでたっぷりと歌おうとするローマ君。彼をかばうよう声を寄せ高らかに歌い上げるアンコール君。彼らに率いられた、真剣な形相のソプラノの少年たち。最後にアタッカを思わせるパッセージのひとくされをカルメン君が安定した「夜のソロ」でさえずってみせる。こんなテクニックを何処で勉強してくるのだろう!TOKYO FM少年合唱団ふうの涼しげな発声がテイストとしても、彼自身の持ち味としても文句無しに発動し見事な出来映えだった。
 「定演1ヶ月前に急激に仕上がった合唱」のカラクリは、「マリア」を通じ、このようにハッキリと実感することができた。また、パート1の冒頭から鳴り続けているキリリとした少年っぽいアーシーな声作りの臨界点が何によってもたらされたのかを学ぶ事もできた。パートエンドで前半の部の最後になる「We are the world」では、一時期のフレーベルが失っていた清楚にブルージーなノリを、芯のある柔軟な小学生の身体から鳴る音質とともに楽しめ、オクターブで聞かせるマイケル・ジャクソン調のサビも高低両パートの統御力からか的を得たものになっている。彼らは定演直前のメンバーの復帰で心からゲンキになれたのだ。彼らの歌声がゲンキだからこそ、私たち聞いている者の心もゲンキになれたのだった。


クリスマスの白 と 長い時代の終わり

 「こども店長」こと加藤清史郎の出演する(株)ダリヤのテレビコマーシャル、SALON de PRO「みんなで染めても/泡島なお美さん」篇(15秒)のオンエアが2010年10月に始まった。CMの中で加藤はついに合唱隊員へと扮している。興味深いのはメゾソプラノ前列に収まった第60回紅白歌合戦出場歌手「こども店長」のそこそこに訓練された歌声と、ホワイトを基調にした少年合唱団ふうのコスチュームに身を包んだ姿だった。2001年生まれの加藤の「団員」としてのこの風采は、ちょうど同年代のメンバーが多数所属する現在の少年合唱団の相貌や訴求力と重なるところがある。生成りのベレーにセーラーカラーの軽快なブラウス、映画撮影のために染めたらしいブラウンの髪、純白のフォントルロイ・パンツの裾から白い靴下を覗かせている。トレードマークの赤いブレザーや右膝の絆創膏は無いのだが、微妙に中途半端な丈ではかれた白無地のスクールハイソックスは同じだった。50回定演の後半の部で、フレーベルの団員たちが突如この「微妙な丈ではかれた白無地のスクールハイソックス」に履き替えて登場したのはニヤリであった(使っていないうちに団員の背が伸びた?)。テレビコマーシャルに於ける「少年合唱団のコスチューム」のステレオタイプといったものが、現在もなお白装束のバリエーションに頼りつづけていること(白っぽいユニフォームのアドバンテージは旭化成ホームズの『ヘーベルハウス/みどりのそよ風』篇(30秒)に出演した団員の姿を思い出すと納得がいく)。合唱団が今回、クリスマスソングのステージの符丁として上着に代えてベストをあてるなど、ホワイトの強調は、もはや明白だ(昨年度の定演では、フィナーレからアンコールのB組でソックスを前ぶれなく白いものに履き替えさせている)。そしてまた、このシルエットは2008年夏の彼らの白っぽい立ち姿の記憶へと繋がっていく。

 パート4のクリスマス・メドレーはセレクトのリンガーズをステージ側にフィーチャーして、オルガンバルコニーに脇田先生サイドを配する。一見してフォーメーションから音楽を先読みしやすく、(ベルをキャスティングじか置きで放置する必要も無くなり)、また開幕MCにソプラノのアンコール君の声を起用して華やかな雰囲気を添えるなど、秀逸な演出でスタートした。実質演奏時間10分強のコンパクトなステージながら緩急や明暗を押さえ、フィリング盛りだくさんのブッシュ・ド・ノエルを完食したかのような満腹感を覚える。
 今年はベル担当の隊形をオープンに設定。このため、客席から団員の表情がよく見えるようになり、彼らが緊張の極限でクラッパを打つ姿がいじらしく、胸を打つ。多くのステージで演奏してきた経験からそのフォームはキリリと引き締ってかっこが良い。彼らの持っているベルは保育用品会社の児童合唱団らしく、正式にはハンドベルではなく、ゴム製クラッパの「ミュージックベル」と呼ばれるタイプ。このため、とてもスイートで可愛らしく屈託の無い響きが楽しめる。少年の一途な心に担われた華奢な腕がこれを鳴らすと、クリスマスの朝の真っ白い静かな情景を思わせる音色になるのが不思議だ(アサインメントは一人1本が原則の配当だが、音数の都合なのか両手使いの子もいる。見ていても感情移入できてわくわくする)。
 メドレーでつづられているのは、今年の1月にこちらで紹介したクリスマスコンサートの拙文にあるフレーベル・クラッシックのレパートリーから「ハレルヤコーラス」のみフィナーレのステージに転送し、「おめでとうクリスマス」(正題:We wish you a merry christmas. 1970年代の初頭にJ組の団員たちが「♪おめでとうクリスマス」とケナゲに歌っていた曲は磯部先生がお作りになられた「ツリーをかこんで」というタイトルの作品で、本曲とは全くの別物である)を加えたもの。冒頭の「神の御子は今宵しも」をベルとオルガンのみのアンサンブルで切り出し、ワンコーラス後にいったんベルをタチェットでしずめてから少年たちが歌い出す。この段取りは、リンガーがテンポジュストで演奏できないことのへの巧みなカバーだとは思うのだが、実際の場で聞いてみるとクリスマスプレリュードらしい輝きが招来されて好印象だった。また、10小節目からユニゾンを解く編曲譜を用いているために、曲の途中から件のアルト声部が激萌えの頼もしい低声を繰り出して来るというサプライズ的な攻勢も良かった。続く「きよしこの夜」はリンガーをそのまま1番のソロへ転用。パリ木ふうでアタックの強い高輝度のボーイソプラノ・アンサンブルが鳴り響く間にコーラス隊をステージフロアへと落とし込ませる計算された運び。子どもたちの制服を明るめのものにしているのは、舞台上をクロスして移動する彼らに少しでも多くのサスペンションライトをはらませるためなのかもしれない。かくして「練習した曲を一通り歌ってオシマイ!」というフレーベル少年合唱団の定期演奏会は、ついに終わりを告げたのだ。近年の新譜にあたる「おめでとうクリスマス」はピッチホールドやパッサージオの抜けに不安定があり、アゴーギクも未成熟感を与える。英語歌詞(イギリス民謡)ののっけだけを体よくリフレインして済ましている印象が残り、定番レパートリーとしては歌い込みの余地を残している。「もみの木」は英語の歌詞で歌いはじめて日本語歌詞にスイッチする彼ららしいフォーマット。次の「もろびとこぞりて」とセットで聞くと、昭和時代のフレーベルと現在のフレーベルのトーンの違いや共通点を堪能する事が出来てうれしい。昭和の末、少年たちは「もみの木」を深い頭声から「♪ぼーびーのきー」と歌い、「もろびとこぞりて」を「♪ぶーるぅびどぉー、こずぅーりーてへー」と真剣に奏でていた。今夜の「もろびと…」にも同様のフレージングの切断や息漏れが散見される。50回を記念する定演に、こうした再構築を今の子どもらの「歌」と並列してさりげなく滑り込ませておくのは面白いと思う。「荒野の果てに」でソリスト・チームをリコールしてボリュームをセーブしつつ、ラストの「ジングルベル」で伴奏をピアノとベル・アンサンブルに切り替えて上手につないでいる。「ジングルベル」でやっていることは通常のクリスマス出演のバージョンのものとあまり変わらないのだが、伴奏が生ピアノになったというだけでなく、日頃歌い飛ばしていた日本語が明瞭で丁寧かつ繊細なものになり、集中を伴いチームカラーに統一性が生まれたように思えた。


新旧の団員の見分け方

 もろもろの事情からユニフォームの上にぴっちりとコートを羽織った団員があなたの目の前に2名。片方は昭和49年生まれの小学3年生で、もう片方は平成13年生まれの3年生。コートを脱がさずに両君を見分けるのはさほど困難なことではない。所属を聞いて「B組」なら昭和時代の団員で、「セレクト」という回答なら平成生まれに違いない。「団歌」を歌わせて、1番が終わったとたん、突然2番を歌い出したら平成生まれで、1番のあとにファンファーレを抜いた前奏の後半部分を鼻歌で歌って2番に進んだら100%純血種の昭和の子だ。合宿の思い出を語らせてあれこれ珍事件が出て来るか否かを楽しみながら判断する趣向はOB向きで良案に思われるかもしれないが、昭和49年生まれでも小学3年のB組団員に珍事を語れるほどの合宿体験があるとは思われない。
 一番手っ取り早く、質問を発することも無く判別するのには、彼らのベレー帽のかぶり方を見ることだ。かつて、日本中の少年合唱団といわず多くの児童合唱団の子どもたちがステージ中はベレー帽着用だった。だが、フレーベル少年合唱団のベレーのかぶり方は、早々にベレーを廃止してしまったLSOTやVBCとともに、「東京の少年合唱団」の名に恥じないオシャレで一見してわかるセンスの良さをたたえたものだったように思う(東京少年合唱隊もビクター少年合唱隊もフレーベルも、それぞれベレーの着帽方法に個性があった)。あなたの前にいる2人の団員のベレー正面に金繍のf字がキラメきながら縫い取られている様は全く同じだ。だが、頭の大きさに比して明らかに小さめの紺ベレーをペタンコのまま後頭部に引っ掛けるようにかぶっている方の子が、間違いなく昭和49年生まれの3年生ということになる。
 
 パート5のGreat Memoryを一見して気づくのは、この「ベレーのかぶり方」だった。客席からも垣間見えてしまう舞台裏?OB諸氏が現役チームに向かって「キミらのベレーのかぶり方は俺たちのかぶり方と違うぞ!」と気安く言えない状況があるのではないか?現役団員たちが、先輩方のかつてのベレーのかぶり方を知る由も無いという現況があるのではないか?頭に載くモノは同じ紺ベレーでありながら、両者の間にはあきらかな不連続が感じられる。…パート5は、単刀直入に言ってそういうステージなのだった。
 シフト交替の流れの中、本日のメインイベントの大役MCを担って進み出てきたのはスーパーナレーター君だった!ピリッ、ピリッと切り込む滑舌の良さ。キリリと引き締った子音。ふわりと微かに漏れる男の子らしい甘い音色。総じて明瞭ながら少年の艶を感じさせる絶妙の嗄声。ベネチアングラスをたたいたような余韻。どう見ても動かしてもスポーツ大好きな闊達な男の子にしか見えないキャラクターの強さ。濁りの無い山の手標準語の美しさ…。合唱団が彼を「日本一の少年MC」の確信のもとに投入しているのはもはや明白だ。客席からは拍手とともにどよめきが起こってしまったりするのである。合唱団側がこのステージにどういう位置付けを与えようとしてしているのか、意向はこの人選で明らかにされている。

 冒頭の「はるかな友に」のOB隊アカペラは、今回は低声に厚みをつけたサービス精神旺盛な鳴らし方で良く出来ている。「このオジサンたちは、思い出を語りに来たのではなく、現役たちの応援に来てくれているのだ」ということが、男声合唱オンリーの段階で既に相当な説得力をもって客席に届いていたのだった。5年以上のインターバルを置いてOB合唱を聴いた聴衆にとって、この第一声で聞かせた「私たちはここで与えてもらった幸福な少年時代のお礼に来た一団です」という名刺代わりのコーラスは、饒舌で恩着せがましい解説MCなど一切不要にしてくれていた。形勢の悪いパートへの配慮やリカバリー、現在進行中の合唱を正確に把握して統御をかけようとするレスポンス。「これなら、現役たちの合唱も同様にフォローしてくれるだろう」という安心感から、客席は作為無しに「はるかな友に」へとあふれんばかりの拍手を送っていたのだった。

 ところが、この頼もしいOB隊が1曲歌っただけでヤッツケ仕事とばかりあっさり撤収していってしまうと、観客の思い描いていた幸せなステージの輪郭は俄にぼやけはじめ、行き先不透明なよくわからないものになってしまう。子どもたちの声に差し戻されたモーツアルトの「アヴェ・ヴェルム…」、「大地讃頌」いずれもここ数年の彼らのレパートリーでありポピュラーで人気のある作品でありながら、なぜこれらの曲が歌われてゆくのかコンサートの流れが見え難い。開演のベルとともに私たちがおちいった、あの、よく分からないがどこか心許ない感覚が、パート5へと還流してくるのである。    
 とはいえ、少年たちは実はこの2曲を非常に誠意をもって丁寧に歌っている。「僕はもうどうなってしまっても構わないから、フレーベル少年合唱団の歌を聞く人に届けたい!」という責任感あふれる頼もしい歌い上げで、彼ららしい底力を感じさせてもいる。高低のメインクルーたちが決起して最後の絶唱とばかりぐいぐいと合唱を奮い立たせる。Great Memoryの名に恥じない胸のすくような演奏だったが、ステージの組み立て方の難しさを思い知らされるプログラムだった。


上級生団員の微笑の意味するもの

 演奏会最後の口上を担当するのはカルメン君である。彼らしい淡々としたナレーションの運びが印象的だが、明日からのフレーベル少年合唱団を支えて行くのが他ならぬカルメン君たちのグループであることを合唱団はここで示唆しているのである。「ハレルヤ・コーラス」にはOB組の隊列が戻り、少年たちは再度連合を組んで曲を仕上げる。pf、パイプオルガン総動員のトゥッティだが、少年たちの声を引きだすために男声パートが目立たぬようテクニシャン的なふるまいを潜行させていた。ソプラノ側からはローマ君やアンコール君たちに率いられた独自のトーンが立ち上がり、アルト側からはナレーター君を擁した少年らが応酬する。両者間隙の隊列センターを、カルメン君たち中学年グループがマイルドに充填し、King of Kings!へと追い込んで行く。この3年間のフレーベルの歌声が、ここに召喚され、再構築されているのだった。だからこそ彼らはスタートから気持ち良さそうに歌い、アルトの諸君はハッキリとした輪郭のカウンターパートを繰り出す。「とわに!とわに!(and He shall reign for ever and ever)」と各声部がカノンで積み上げる第2テキストのクライマックスに聞こえる団員一人一人の声の収束はもうトリハダもの。あなたの大好きな団員さんの声も明瞭に聴き取れたはずである。3小節の前奏の間、メサイアの慣習から起立をしはじめる観客はここには一人も居ない。今日の演奏が「ヘンデルのメサイア」ではなく、もはや「フレーベル少年合唱団のハレルヤ・コーラス」になっていることを実感できる一瞬だった。

 アンコール君がお約束の美声で「アンコールしてもいいですか?」の台詞を高らかに唱え、合唱団がフォーメーションに隘路を渡して隊形を整えなおすとビスの演目が告げられる。緊張感に充ちるスケルツァンドふうの聞きなれた前奏がステージグランドから繰り出され、少年たちの「とっておきの一曲」が「ソーラン節」であったことを知る。この演奏会が「2008年夏の少年たち」からの贈り物であったことを再認識する。彼らはあの夏の日々…降り注ぐ蝉しぐれの中で「ソーラン節」を歌いだしていた。レパートリーは2008年7月の夏休み直前、NET系列の『題名のない音楽会』で公開収録される。佐渡裕の指導のもとハンドクラップの後に腿を打つ独特の演出が施され(同年8月24日地上波オンエア)、曲はライブステージへと戻って来た。出演が彼らの合唱を良い方向に変えたことは、もはや疑うまでもない。合唱団がアンコールの演目筆頭に『ソーラン節』を選んだことは、今回の定演が「あの夏に成立した僕らの隊列」のトータルレビューであったことを暗示しているのだ。だから、団員らの歌はライブパフォーマンスとして見ても実に手馴れていてソツが無い。各自が自分の鳴らしどころをわきまえていてここぞとばかり聞かせて来る。「ライブレコーディング=即・商品化可能」なクオリティーの高さ。彼らのチームの終着点が、ここに示されているのである。

 当夜の合唱団を支えた大人たちを加えてオールスターキャストのアンコール2曲目「アンパンマンのマーチ」とオーラスの「団歌(リプリーズ)」にはB組が加わった。合唱は元気いっぱいの我鳴りに覆われ、ヤル気まんまん早とちりのプチ団員もいる。目を奪われたのは、日頃おっかない顔をして歌っている、常に後輩のステージ進行に厳しい上級生団員たちが、B組の可愛らしい粗相を見てもなお安堵し、無言のまま心底ニコニコと隊列を見下ろしたことだった。定期演奏会の最後の2曲は「僕らのチームの終着点」から一転、「明日からのフレーベル少年合唱団をキミらに任せる!失敗を恐れるな!元気に歌え!」という意味合いのものに変わった。終曲が「団歌」になったことは実にシンボリックである。バトンタッチをする側、受ける側、見守る側、…三者の全員がそろって、今歌っているこの曲がまぎれもなく確信を持って「ぼくらの歌」なのだと吟じるのである。
 近年の定期演奏会に比べて明らかに短尺の1時間45分(休憩含む)の興行。終演は8時を15分ほど過ぎたあたり。横隊列ごとのバウがあり、それぞれのチームを代表する団員たちが各自の持ち味を生かした呼号をあげ、客席は今年もまた嬌声をあげつつ惜しみない拍手を送った。

 フレーベル少年合唱団第50回定期演奏会は、かくして「懐かしむ会」にはならなかった。2008年の夏に生まれ、ローマ君が率い、多くの楽しい団員たちが支え続けて来た素晴らしいチームの仕事がひとまず終わり、合唱団がまた新しいフェーズへと少しずつ流れはじめていることを、記念すべき演奏会終演の余韻は告げているのだった。
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2010/1/7

フレーベル少年合唱団の2009年クリスマス  コンサート

フレーベルウインターコンサート
平成21年12月19日(土)・20日(日) 13時〜13時30分 
無料 六義園(東京都文京区本駒込)

ほか

ジングルベル
 2009年11月6日金曜日、午後5時1分。東京都葛飾区錦糸町。この日の東京の日没は16時41分だった。突然暮れ落ちた駅前北口の一帯に突如イルミネーションが灯り、ボードウォークになった野外ステージの上に団員たちがコトコトと列を作って並ぶ。フレーベル少年合唱団のクリスマスシーズンが始まる。掲げられたサインボードの標記は未だ「2009Christmasイルミネーション点灯式」だった。彼らはクリスマスのために用意してきたレパートリー4曲を歌った。「サンタが町にやってくる」「赤鼻のトナカイ」「きよしこの夜」「ジングルベル」。MC抜きのトータルタイミングは7分半で、カラオケ伴奏のため、尺も曲順もフィックスしている。「ハレルヤ・コーラス」も「うれしいたのしいクリスマス」も「わらの中の七面鳥」も「ツリーをかこんで」も、かつてのフレーベルを想起させる曲群はここには見られない。歌い終えるとソプラノのアンコール君がバウの号令をかけ早々に店じまい。2時間のステージを定演でこなす彼らにとってこれは一瞬の出来事だったにちがいない。だが、月をまたいだ途端、彼らの週末はクリスマス関連の出演一色に塗りつぶされることになる。レギュラーの野外演奏会の他にアンテナショップ等フレーベル館の会社関連のコンサート、マチネ・ソワレの両方を抱えるバレエのステージ演奏が3回…。多忙な彼らへ舞台上で先生方から即断即決の指示がとび、少年たちはニコリとそれに応える。

 「ジングルベル」が歌われると合唱団の今年のクリスマスナンバーは聞き納めということになる。もっそりしたマントケープの裾を一瞬ふわりと躍らせて拳をあげ、「ヘイッ!」「ヘイッ!」と呼号を挿み少年らは歌い上げてゆく。長いアッチェレランドの末、彼ら自身も最早どこに楽譜の終止線が引かれているのか混迷するほどに曲が加速すると、ひときわ張った最後の声で「ヘーイ!」と呼ばわり、ひとときは終わる。曲数の少ないクリスマスナンバーにピリオドを打つため設置されたこの曲と演出は実に良く計算されていると思う。
 通常の30分1本のプログラムでは、この4曲の前に短尺の「雪」(雪やこんこ)と「お正月」が導入セクションとして配され、クリスマスの曲の後は「歌えバンバン」と「おもちゃのチャチャチャ」の2曲がイメージを壊さぬよう注意深く並べられている。次に「北風小僧の寒太郎」「リサイクルレンジャーの唄」と磁界がぐっと合唱団のテーマカラー寄りにはたらき、結局「勇気りんりん」と「アンパンマン・マーチ」を客上げで歌ってから「線路は続くよどこまでも」をアンコールに聞かせる。最後まで聞くと、演奏会が通常の「フレーベル少年合唱団コンサート」の12月バージョンという位置づけであったことが判明する。昭和の頃、年末商戦まっただ中の日本橋三越本店の中央ホール…天女像階段にビッチリと並んだフレーベルの少年たちがクリスマスソングを毎年のように何曲も何曲も繰り出していた[*1]のに比べると、今の合唱団が実に手堅い、身の丈に合った演奏会の持ち方をしていることがわかる。「勇気りんりん」のMCで「会場にいるお友だちには、僕たちからのクリスマスプレゼントとして、アンパンマンのシールをさしあげます。」と「元気がでました」君が述べていたり、「線路は続くよどこまでも」のアンコール前MCにプチ鉄ヲタ君自身が楽屋落ちチックに起用されたりという、コンサート・リピーターの聴衆にも十分楽しめる演出がたくさん仕掛けられていることでもそれは明らかだ。

 秋は存外終わりを迎えず、今年は11月いっぱい、彼らはまだ紺ベストに赤ボウの軽快なスタイルで歌っていた。宵の風吹く点灯式でもイートンにマフラーだけは巻いて季節感を醸してみせたが、さすがにマントケープは仕舞われたままだった。半ズボンから出た少年らの脚が秋口のオレンジ色のライトに照らし出され颯爽として見えた。

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*1
これはほんの一例でしかないが、1983年12月25日12時30分からのライブでは「きよしこのよる」「諸人こぞりて」「神の御子は今宵しも」「荒野の果てに」「もみの木」「ジングルベル」と「ハレルヤ・コーラス」(!)が歌われた。(「ハレルヤ…」以外は現在も堅持されているTFM少年合唱団のクリスマスシーズンの部分オーダーと殆ど同じであることに驚かされる。)その日動員されたのは小学3年生から中学1年までの団員がおよそ50名。当時の三越のライブは15分間が標準だった。


きよしこの夜
 12月の六義園コンサートの2日目にはソロ入りのスペシャル演目を聞く事ができる。昨年のアルト・ソロ(厳密には「アルト団員によるソロ」)はアングリカン・チャーチの聖堂で聞くトレブルというレベルの充実した出来映えだった。枝垂桜前広場に集まった人々が寒さを忘れ、その歌声に吸引されるがごとく耳を傾けるさまを私は昨日のことのように思い出す。だが隊列に彼の姿は既に無く、今年は4人のアンサンブルがその役割を担った。曲目は「きよしこのよる」。フレーベル版の「きよし…」は冒頭ワンコーラス目が英語で歌われる。合唱団は今年そこに選抜メンバーを配した。担当はソプラノのアリヴェデルチ・ローマ君とカルメン君。アルト側はスーパー・ナレーター君と「元気が出ました」君。まさにフレーベル2009年組イチオシの贅沢なカルテットの到来と言える。(TFM少年合唱団のクリスマスシリーズも、「きよしこのよる」ではソプラノ声部の歴代トップソリストがソロをつとめるという慣例がしばらく続き、聴衆をうならせている。)今回のフレーベルの重唱は無駄を排しスッキリしたソプラノに対し、キャラクター・マックスのアルトが素材そのものの旨みを押し出して乗り、かなり「通」好みの味に仕上がっていた。
 合唱団が六義園でこのゴキゲンなアンサンブルをたった1回だけしか打たなかった事情はよく分からない。だが、少なくとも2009年六義園クリスマスにこの4人の団員がステージ上で揃ったのは、20日(日曜日)の1度きりだった。前日のプログラムでは、そもそもメインになる上級生団員の出席が鈍く、「2010年春からのフレーベル少年合唱団のカードは、こんな感じになる?!」といった間引かれた印象の隊列が目を引いた。合唱団はこの冬もチームの顔ぶれが全く一定しなかったのである。メインキャストの顔ぶれを不安定にする首都圏の少年合唱団にありがちな諸般の事情については、以前にも述べた(今年は新型インフルエンザがらみの事情もあった)。また、団員が私学のミッション系小学校に通学する場合も少なくない都内の男子合唱団では、クリスマスコンサートの日程が学校のクリスマス行事とバッティングする危険性もあり、メンバー確保はさらに困難を極める。

 微妙な状況で成立した貴重なソロがふるまわれ、曲が合唱に運ばれると状況は変わってくる。歌詞は日本語に置き換わり、あらゆる意味でギアチェンジが行われる。と、その旋律を我がものと引き取って歌っているのは合唱団前列に控えた2年生ぐらいの団員たちなのである。昨年のクリスマスでも、最前列に立つ小さな彼らの顔ぶれはほぼ同じだった。両手で数えれば足りる数名が抜け、そのわずかな間隙を数名が埋めている。最前列の基本構成は不易といえた。ここでは2009年現在のフレーベル少年合唱団の編成が明らかになっている。1年を経て、隊列の後ろからは入れ替わり立ち代わり成長した団員たちが散逸している。だが、小さくて優秀な最前列の子どもらは 有能な後輩を少しだけ受け入れ、ポジションをキープしたままだ。フレーベル少年合唱団の隊列は今、後列からじわじわと痩せているのである。隊列が痩せているのに合唱がやせ細らないのは、消去法で見て前の列で頑張っている1〜3年生の子らの様々な力量のおかげとしか思えない。彼らの歌い姿を真剣に眺めてみたらいい。全く無駄の無い発声を保てる子。アルト側には冷静な目で合唱の運びを見ている子や、低声でありながら身体を微小にローリングさせている子(彼はときどき欠伸しているように見えてしまうのだが実はハートで下の旋律を歌っているのだ!すばらしい!)、指揮者のメッセージの一切を汲み尽くす子らが常駐している。ソプラノ側最前にいる諸君の歌い姿からは「フレーベル合唱団のコアは僕たち」という頼もしい自負が見え隠れし、この歳で既にベロシティの自重に意識の殆どを傾けて歌う子さえいる。毎回の出演で必ず定位置に居て歌ってくれているのは、あのフレーベル・カルメン君。低学年セレクト隊の歌のクオリティーを象徴するかのような立ち姿が実に頼もしい。

「きよしこのよる」の2番が持つ穏当なロングトーンやボリュームの制御、少年らしい声のデザインは、あきらかに小学2〜3年生の団員によってつけられた厚みだ。だが、客席の私たちは聖夜を謳うこのクリスマスナンバーの最もきらびやな部分にすっかり目を奪われてしまっている。幸せそうにそれだけを眺めている。サンタクロースはそもそも人目につかぬよう、そっとクリスマスプレゼントを配ってまわるものなのである。


サンタが街にやってくる
 舞台の上と下、指揮者の前と後ろ、聞かせている人々の気持ちと聞いている人々の気持ち…同じ演目に対する両者の思惑が一致するときに素晴らしい音楽が生まれると私たちは思う。だが、興行が子どもの合唱で男の子の場合、一概にそうは言い括れない場面に遭遇するときもある。フレーベル少年合唱団がクリスマス・シリーズのコンサートで比較的冒頭近くに歌うことの多い『サンタが街にやってくる』がその格好の例だ。
 この曲の伴奏カラオケには、おそよ40秒間にも及ぶ長尺のディキシーバンド調の前奏が施されている。当然のことながら、プレリュードのその長さは聞いている私たちの待機の限界をわずかに超えているし、歌っている団員たちにも冗長な待ち受けを強いている。そこで、合唱団はこの部分の団員たちに演技上のジャズ・バンドの吹きマネを求めていた。「エア・ジャズバンド」というわけである。これが今流行の「エア・ギター」や「エア・コンダクター」あたりだったら全くノリノリで多分サマになっていたはずなのだが、少年たちは果たせるかな大テレなのである。4〜5年生のお兄ちゃんたちは「これもお仕事」という自覚があって、ハニカミつつ消え入りそうになりながらエア・トロンボーンあたりを担当している。もう、1年生ぐらいの団員たちでさえ、照れ笑いしながら「せんせい、ぼく、こんなの恥ずかしいよぉ…」「これ、やっぱりやらなきゃダメ?」と指揮者へと懇願するがごとく目で訴えている。
 結局こういうことがさんざんあってから、団員らの思いに根負けしたらしく合唱団は今年、この演出をきれいさっぱり止めてしまった。イルミネーション点灯式では、身体を左右に振るだけの仕立てで、クリスマス本番では、ソプラノのカッコいい系の団員くん2名がドーナツ鈴を振ってみせるという穏当な趣向や、最後に全員そろって「メリー・クリスマース!」と叫んでくれるというサプライズでも魅せている。クリスマスの匂いが実に良く感じられる演出で全くソツが無い。お客様も満足して聞いているように見える。
 「おっかない顔して歌っている、どこにでもいそうな男の子たちばっかりなのに何でこんなにカワイイんでしょう?フレーベル少年合唱団って?」…聞きはじめて何年にもならない頃の私はすぐさまそれに気づき、当時、合唱団を担当なさっていた様々な方々に尋ねた。「…男の子しかいないからじゃないですか?」…皆が首を傾げながら言った。だが、私は日本にある他の合唱団のステージも知っている。「男の子しかいないから、カワイイ」ということは決して無いのである。判然としないのだが、フレーベル少年合唱団の人懐っこい、ホッとするようなカワイらしさがどこからもたらされるものなのか、私の疑問はもう何十年も全く解けないままでいる。昨年までの子どもたちが、『サンタが街にやってくる』のイントロで羞恥に首の付け根まで真っ赤にしながらサービスしてくれていたあの姿が、かわいく愛らしく思い出される。

♪あなたから…メ〜リ、クリスマぁース!
♪わたしから…メ〜リ、クリスマぁース!
彼らがこの歌を歌う度、今でもちょっぴり過剰な抑揚で叫んでくれるシュプレッヒシュティンメの部分が、あのエア・ジャズバンドの演技とセットで仕掛けられていたことを私は思い起こし、とても幸せな気分にひたれるのである。


ユニフォーム解説
クリックすると元のサイズで表示します 日本中の少年合唱団のクリスマス向けステージ・ユニフォームはイロイロあれど、やっぱりフレーベルらしいオリジナリティーを楽しめるのがこれ!ズボンのコーデに残っていることから知られるように、レンガ色ブレザーをクリスマス・ステージに使っていた年もあった。(正式にはこのマント・スタイルはクリスマス専用のものではなく、通常12月から2月にかけての野外ステージで着用される)
 絵のマフラーはシャーベットグリーンのメロン色。この他にスミレ色のものがあり、隣同士の団員が同じ色にならないよう交互に配される。団員の交替で日によって若干隊列が異なるため、2日続きのコンサートでも、同じ団員が同じ色のマフラーを巻いているとは限らない。スミレ色の方がやや寒色系で可憐なふっくらした印象。メロン色は暖色系になり明るく甘いクリーミーな立ち姿になる。オキニの団員さんが、その日どちらのマフをしてどんなイメージで登場してくれるのかを楽しみにするのも一興。
 絵の中の団員の体側の部分にツレが出ているのは、彼が中からケープをつまんでいるからだ。この服には基本的にスリーブが無く、こうしておかないと、ジングルベル等の拳をあげる動作や最後のバウで速やかに手を出すことができないため。全員がやっているのではなく、こういうプリペアを経験で知っている高学年のお兄さんたちに多く見られる仕草とも言える。腕が挙がると中に着ているものが見えてしまうので、かなり悪条件の出演で無いかぎり個人持ちの防寒着を中に着込むことはまれ。ワイシャツにイートンの正装がマントの下にきちんと身繕いされている。
 マントケープの着付けはブランケットの角が正面に来るよう施されるが、低学年の団員クンが裾を引きずりそうになりながら歌っている姿はとても可愛らしい。また、特に背の低い団員には腰丈で軽く動きやすいもの(2007年まで着用されていたマントケープの使い回し。当時の合唱団には長パンツのアイテムが無かったので、半ズボンに合わせるためマント丈が短めに設定されていた)が支給されるようだ。現在のパンツは前述の通り側章入りが基本だが、A組ベースの団員にはイートン用のややカジュアルなパンツが宛がわれる(4〜5年前よく見られた半ズボン+白ハイソのチョイスは2009年現在、まず無いと言ってよい)。昨年あたりから黒モカシン[*2]とズボンの裾の間に覗くソックスが墨色に変更されたため、トータルで垢抜けた大人っぽい印象になった。

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*2
意外と話題にのぼらないのが、団員たち着用の靴。…本来は合唱団のユニフォームで「個性」を出せるものといったら髪型と靴ぐらいしかない。だが、シューズの趨勢が「コイン・ローファー」と呼ばれるモカシンタイプになっているのが現在のフレーベル少年合唱団の際立った特徴だ。一見してごく稀にカジュアル系のスリッポンを履く子やマジックテープの子もいるようなのだが「ビットの無い黒モカシン」というのが基本線。他の少年合唱団には見られないハッキリした傾向と言える。よく見ると、お兄さん団員たちはきちんと申し合わせたようにビーフロール付きのコイン・ローファーを履き、上級生らしさを印象づけている。


リサイクルレンジャーの唄
 冬、彼らがマントケープを身にまとい「リサイクルレンジャーの唄」を歌うとき、私は子どもらの様子を眺めつつ心から穏やかな気分にひたることができる。年明けて3月になれば再び合唱団のユニフォームからマントがとれる。その頃にはまたステージの子どもたちに闘いの日々がやってくる。

 「リサイクルレンジャーの唄」は2006年の秋口に合唱団による一般公開が始まった。翌年2007年の10月に合唱団の吹き込んだCDと楽譜が図書資料の付録というかたちで発売される。合唱団はすでに3年間超のロングスパンでコンサートの度に必ずこの曲を歌ってきている。12月のステージに並んだ団員の中には、すでに演奏回数100回に迫る勢いで「リサイクル…」を歌ってきたツワモノたちがいるに違いない。
 典型的な「チャンチャカ演歌」だ。脇田先生のお付けになられたのだろう前奏の最後には「旅の夜風(愛染かつら)」や「誰か故郷を想はざる」と同じ懐メロのブリッジ・モチーフがばっちりハメ込まれている。「レンジャー」というのは、この場合、レスキューや森林保護官のことではなく、日曜朝にテレ朝でオンエアされているような子ども向け特撮テレビドラマのキャラクターの符丁を意味する。環境保育の切り口をいわゆる「戦隊もの」のキャラになぞらえて啓発するチャンチャカ演歌調の「エコ・ソング」というのが、乱暴に言って「リサイクルレンジャーの唄」の概要になる(何だかめちゃくちゃ!(笑))。楽譜等販売されているものの著作権標記は「作詞・作曲/ソルトマン」だが、JASRAC上のデータや合唱団の演奏会プログラムに書かれた作詞・作曲者は、塩田力という福岡県大野城市役所の職員さんだ。大野城市の公開している楽譜を見ると、曲は当初「戦隊ヒーローものテレビドラマのちょっぴりヒナびたテーマソング」というイメージを狙って作られたものであることがうかがえる。だが、おそらく出版のために譜面がフレーベル館へとまわり、少年合唱団が歌う事を前提にアレンジの手が加えられると、作品は少年の心の仄暗い部分を感じさせる、マイナーコードの(原調D-moll:ニ短調…いかにも、である)、どこか哀愁を帯びた表層をまとうことになったと思われる。これが現在、ステージで毎回歌われている「リサイクルレンジャーの唄」なのである。
 オリジナルの構成は5番まであり、各コーラスがペットボトル・リサイクルの「ペットレンジャー」、紙のゼロエミッション化を目論む「グリーンレンジャー」、空き缶リサイクルの「カンレンジャー」、4番が蛍光灯・乾電池等の重金属系のゴミ(「水銀0使用」が当たり前の現在、乾電池に有害物質が含まれているとは思われないが…)をリサイクルせよと主張する「安全ジャー」、そして5番がリサイクルの優等生であるガラスビンを歌った「ビンレンジャー」…。5番まであるのは、テレビの「戦隊もの」のメンバーが基本的に5色のスーツカラーでキャラクタライズされていることへのオマージュである。彼らが「くるくる回すぜ」などと歌っている歌詞の中、5番だけなぜか「クルクル回すわ」「生まれ変われるわ」「まぶしすぎるの」などと女性語になっているのは、戦隊チームに必ず一人だけ女性キャラが含まれるというテレビの約束事を忠実に踏襲してのことであろう。
 曲の中点にあたる3番になると、それまでの花も嵐も踏み越えて…の「チャンチャカ演歌」の伴奏が突然ひらりと装飾的でメランコリックなバラード調に転ずる。秀麗なコンバートの中、子どもらしい印象を残す2人の少年のソロがカットインしてくる。今聞いてもこの人選には、心から感服させられてしまう。当時の合唱団には、経験豊富で優秀な上級生団員がまだ何人も残っていた。声をかけさえすれば彼らは雑作無くレコーディングをこなしただろう。だが、ここではそれまでのソロに無かった、現在の少年たちの声に通じるテイストのボーイソプラノが起用されている。2009年度のチームのオリジンとも言える味を、このソロから感じ取ることができるのは嬉しい。センターに2人重ねて定位させたスタジオマイクは、怒りの余韻を引きずる少年たちのドラマチックな歌声を忠実に拾っている。「泣きのプチ・アルト」とも言えるペーソスたっぷりの彼らのソングトラックは、この曲が悲壮なヒーローたちの物語であり、我々がまさしく今その戦の佳境にいることを思い知らせてくれるのである。

 「リサイクルレンジャーの唄」のトータルタイミングはCDのもので205秒。…3分以内の曲が大勢をしめる日本の少年合唱団の録音の中では比較的長尺の部類(当日、「リサイクル…」とともに歌われた「北風小僧の寒太郎」のタイミングはわずか90秒間程度しかない)に入ると思われる。理由はよく分からないが、合唱団はこれをライブへと乗せるにあたってリストラし、ソロ入りの3番と内容的に疑問の残る4番をきれいさっぱりスキップしてカラオケ伴奏を作ってしまった。定演など、フレキシブルなピアノ伴奏のステージでもそれは変わらない。私は今でも秀逸な「泣きのアルト・ソロ」の入る3番が無くなってしまったのを残念に思っている。少年合唱団が3・4番と引き換えにライブ・ステージへあげてきたのは、後奏のオチで叫ぶ「ヤー!」の声に合わせた「ダメ出しポーズ」だった。お客様は毎回大喜びである。明らかにリピーターと思われる観客を含め、たくさんの大人たちが、この演出に声をあげ興じるさまは、いつどこのステージに行っても目撃することができる。最後の瞬間のタイミングに合わせカメラのシャッターを切ろうと待ち構えているお客さんもいるほどである。「リサイクルレンジャーの唄」は、今や「アンパンマンのマーチ」や「勇気りんりん」とともに、フレーベル少年合唱団の大切なテーマソングの一つになっているのである。

 「ダメ出しポーズ」の正確な所作は、「ヤー!」と叫ぶとともに自身の右脚を比較的大きく踏み出し、胸の前に両の手刀をバツ印に交差させて5秒間保持するというもの。バツの位置も以前はオデコのあたりだったが、現在は胸元に下りているため、サービスなのだろうか団員たちの顔がよく見えるようになった。
 例の前奏が鳴ってステージ上の団員たちが居住まいをただすとき、ポーズに備えて2つの準備動作が行われる。一つは脚を踏み出して腕を前に振った背後の団員たちにぶつかられないよう、前列が前にズレて後ろに空間をつくること。(前の団員にズレてもらう段取りが刷り込まれているために後列の団員たちが、定演などの雛壇の立ち位置でステップを踏み外しそうになる場面を見る事がある。)もう一つは、迅速なポージングのために最初から両手を体側に下ろしておく事である。だが、ステージ上には演奏が始まってからも周囲の団員へ「手を下ろせ」と目配せしている者や、肘や手で客席に分からないよう周囲の子をつついて注意を促したりしている団員たちの姿をよく見かける。フレーベル少年合唱団はもう50年近くも手を後ろに組んで歌ってきたのだから。経験の豊富な上級生の少年たちほど身体に染み付いているこの姿勢を何とかふりきって掌を下ろそうとする。見ていても実にいじらしいのである。「勇気りんりん」「おもちゃのチャチャチャ」など、他にも手を後ろに回さない演目はあるが、スイングやハンドクラップなど他の付随動作があるために自然と手がフリーになるよう工夫されている。
 かつて、この「リサイクル…」が舞台に乗りはじめた頃、団員たちの下ろした両手はバラバラで無秩序だった。グーを握っている子。指の間が開くほどパーにしている団員。OKマークや望遠鏡を指で作って下ろしている子。ソーラン節の演出よろしく両手を太腿の前に当てている子。半ズボンの裾を掴んでしまう子たち。指先がピンとのびて直立不動の東海林太郎の子ども版のような団員もいる。そして、あとはやっぱり手を後ろに組んだまま最後まで歌ってしまう子どもたち…。その後ご指導が入ったらしく、最近の隊列では、軽く握って脱力で下ろす正統派の姿勢が増えた。歌う時の姿勢だけではTFM少年合唱団と見分けがつかない場面もある。だが、2009年の今も、やはり彼らはこの「フレーベル少年合唱団らしくない」物腰と闘いながら「リサイクルレンジャー」を歌っている。もう何十ステージとこの歌を歌ってきた団員らが、毎回どうしても手を後ろに組んでしまう様子を見ていると、様々な局面でパラダイム転換を遂げ、素晴らしい変容を繰り広げてきた現在のフレーベル少年合唱団が、実はまだその難しいプロセスの途上にあることを思い知らされてしまうのである。彼らは未だ、変わりきれてはいないのである。

 地球温暖化の現在にあっても、さすがに12月ともなると野外ステージの衣装にはマントケープが付く。嵩のあるマントは子どもたちにとって決して軽快なアイテムではなく、最後の転調がかかってキーがes-mollに上がると上級生の団員たちは内側からドレープをたぐってラストのポーズに備えはじめる。最前列の小さなセレクトたちは、曲の終わる直前に慌ててそれをやろうとする。微笑ましい光景である。だが、いずれにせよ彼らが演奏中に両手を下ろしているか、後ろに組んでいるかは最後まで本人以外の誰にもわからない。けなげにも腐心しつつ歌う彼らに、忙中閑ありのひと息つける日々が訪れたのだ。
 私は彼らがマントケープを身にまとい「リサイクルレンジャーの唄」を歌うとき、心から穏やかな気分になれる。年明けて3月になれば合唱団のユニフォームからマントがとれる。フレーベル少年合唱団のあどけない少年たちに再び闘いの日々がやってくる。


北風小僧の寒太郎
 2009年現在のフレーベル少年合唱団では、厳密なクリスマスソングに類するレパートリーだけでは尺が持たないことは前述した。『北風小僧の寒太郎』が毎年12月に歌われるのはこのためだ。NHK「みんなのうた」出自のこのレパートリーは、歌そのものもそうだが、少年の叫ぶ「カンタロー!」の声が老若男女の聴衆を惹きつけてやまない。ぜひとも男の子の合唱団の声で聞いておきたい演目の代表格と言える。
 団の「寒太郎」のシュプレッヒコールは通常8名以下の団体戦で仕掛けられる。だが、合唱団は今年この慣例をいったん保留し、出席団員のメンバー構成を見て捻出したと思しきバリエーションに富むキャストを投入して見せた。昨年の「寒太郎」担当者の残留組を左右2×2で配した回もあった。六義園のクリスマス前最終のライブでは1番のコールを「元気が出ました」君が担当し、2番コールをアリヴェデルチ・ローマ君が叫び、コーダではオリジナルには無いトゥッティーの構成で全員が「カンタロー」と叫ぶといったようなドラマチックなサプライズまで用意した。

 昨年の布陣によるアルト側の配当は4名。3名は比較的活躍していた子どもたち。…だが、12月6日の駅前コンサートで合唱団は今年先ずその3名を休ませ、さらにソプラノ側のメンバーも全休して原隊に戻していた。「カンタロォー!」は今年、たった一人の声によるスタートとなったが、それはかつてどこかで聞いた声色に酷似していたのである…。

 1977年8月17日。ビクター少年合唱隊は青山のスタジオへと終日カンヅメ状態のままレコーディングに入っていた。曲は「北風小僧の寒太郎」。「カンタロー!」と叫んだのは、6年生メゾの久世基弘。当時、彼はフォークソング調の曲をソロで牽引するような隊員だった。人々はユーモラスな仕上がりを期待してプレイバックを聞いた。だが、予想に反し、録りあがった叫び声の招来したイメージは「少年の澄みわたったリリシズム」だった。このことは、その後の久世が変声までにこなす数々の仕事を見ると明らかになる。『ガラスの迷路』『過ぎ行く時と友だち』。…フランスの寄宿学校を舞台にした少年らの愛憎劇や、夜ごとにお前は彼女の窓辺に恋歌うたってる…という内容の曲群を彼は頼まれて歌って行く。VBCはその後、現在にいたるまで「寒太郎」のソロに、単独CD吹込経験を持つような実力のある隊員たちを数年ごと繰り返し投入しリバイバルをはかろうとする。だが、かつて久世の叫んだ「カンタロー!」を凌駕する少年はついに出ずじまいだった。

 フレーベル少年合唱団2009年のクリスマス…プログラムはすすみ、後半にさしかかると一連のクリスマスナンバーは途切れ、聞きなれた「北風小僧の寒太郎」の前奏が流れてくる。進み出てきたのはアルト団員が一人だけ。冒頭の4小節が歌われ、彼がマントケープの裾から掌をにじり出し口に当て叫んだ声は…
 それは実に衝撃的で忘れられない一瞬の出来事だった!寒風に吹き殴られる田舎の野良のあぜ道、ビル風吹きすさぶキラビヤカで消耗の激しい都会の底冷えの舗道…滲んだ埃っぽい涙が目じりを刺して…だが、その声がどこからかカツンと鋭くかすかに響いてくる!「カンタロー!」 …彼の声は、そういう声なのだった。飾りもシナも細工も無く、アルトのメインストリームに属さない声質。季節はまさに年の瀬の空の下、ただ情念の限りを尽し叫んだような一言を私たちは聞き、震撼させられることになる。それは今年最高の彼らからの「クリスマスプレゼント」と言えた。

 私たちの大好きな「フレーベル少年合唱団のアルト」を今年、実質的に底支えしているのは、MCに多用される人気者の団員たちではなく、実はこの寒太郎君をはじめとするカミ手側後列に控える頼もしい少年たちなのではないかと私は見ている。歌う訓練を受けた男子小学生なら誰でもできるという楽しいポジションではない。華々しい役回りも殆ど廻っては来ず、来たとしても「いや。僕はいいよ。」と他の子に譲ってしまったりもし(←これはステージに見る印象)、ごく一部のソプラノ団員から本番中に「そこ、間違ってるだろ?!」と叱責の視線が差し向けられることすらあり、ただひたすら目立ってはいけないアルトの旋律を真摯に支えている…。私はそんな苦労人の彼らを心から尊敬してやまないのである。だが、団員たちははたして自分の積み重ねてきたものの高さ重さに気づいているのだろうか?北風とともにどこからかやってきて、春になるとどこかへフッと行ってしまうひとりぼっちの男の子…彼らがそんな北風小僧の寒太郎にそっくりな団員人生をおくってきたことに、私はちょっぴりほろ苦いものを感じてしまうのである。

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2009/11/21

フレーベル少年合唱団 第49回定期演奏会 創立50周年記念公演 〜美しく夥しくも嬉しい裏切りの中から〜  定期演奏会


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フレーベル少年合唱団 第49回定期演奏会 創立50周年記念公演
2009年10月28日(水)
すみだトリフォニーホール
開場:午後6時 開演:午後6時30分
入場料:2,000円(全席指定)

「気をつけッ!ありがとうございました!」
 パート4のAB組ステージの終わりに早々とリトル団員たちのバウ&(簡易の)スクレイプ[1]が行なわれた。通常、フレーベル少年合唱団がこれをやるのは完全撤収の場面。「僕たちの出演はアンコールも含めて今日は全て終わりました」という符丁なのである。合唱団を好きになって何度か演奏会を訪れている人ならばよく知っているお約束事。「じゃぁ、A組の子どもたちは次の『カルメン』ステージに出ないの?!」とえらくガッカリしていると、ソデに引っ込んだばかりの彼らがすぱん!と瞬時に衣装替えし浮浪児役で飛び出て来る!「や!やられたー!」と思う。ぼんやりしていると嬉しい裏切りが次々手ぐすねひいて待ち構えている。彼らが演じているのは他でもない命をかけた男とオンナの究極の裏切りの物語「カルメン」[2]なのだ。「ハバネラ」のソロをいさめ、少年たちがフォルテッシモで歌っている…「♪気をつけろ!」。だが、小さなフレーベル・カルメン君はバラの花をピシャリとステージに投げつけるのだ。50周年記念公演のエフェメラ[3]が出来上がり、深紅にグラデーション・マッピングされたアブナい一輪バラの写真がボンとあしらわれているチラシを目の前に差し出され、手渡されたときの私の驚愕といったら…!
 
 彼らがオペラ「カルメン」の「衛兵の交代」(プログラム表記は「兵隊さんと一緒に」:今回、少年たちはこの曲でパート5を開演している)に出演したのは4年前の2005年4月、墨田区民オペラでのこと。物語はあきらかにそこから始まっているのだが、6年ぐらいでほぼ全メンバーが交替するフレーベルにとっては、かなり以前の話なのである。
 さて、実際問題として日本中に10団体ほどあるという少年合唱団(男子のみの児童合唱団)の中でもおそらく圧倒的に音楽劇の上演回数が少なく、少なくともこの25年間は演出舞台以外の演技というものを定期演奏会のステージにのせてこなかったのがフレーベル少年合唱団なのである。彼らも、また彼らを取り巻く人々も、明らかに男の子のみのオペレッタの演技やハンドル経験というものを持っていない。少年たちはそれでも、何とか自らの履歴を頼りに自前の日本語版「カルメン」をゼロから演じてみようとした。それは、フレーベル少年合唱団の50周年記念定期演奏会が、何故「第50回定期演奏会」ではなく「49回定演」なのかという来歴をも想起させる。ときは1959年の初夏、合唱団第一期生として、とりあえず近傍から集められてきたお世辞にも合唱経験豊富とは言えない36名の少年たちの姿を目の当たりにして、初代指導者のポストを任されることになる磯部俶が「定期演奏会を開催できるまで数年かかるから、それを(フレーベル館が)待ってくれるなら合唱団を引き受けてもよい」という内容の条件を担当者に呑ませて就任した逸話は比較的良く知られている[4]。フレーベル創成期の第一期生たちもまた、完全なゼロからのスタートだったのだ。大切なのは、先輩がたがとりあえず2年と2ヶ月でそれをやり遂げてしまったこと。私たちは昨年の定期演奏会で歌われた「ジャンボゴリラと竹の子」を観て気づくべきだった。今回のカルメンのメインキャストをセリフ陣に配した昨年の「ジャンボゴリラ…」が、実は「来年は、もっとスゴイのをやりますヨ!」という少年たちからの予告メッセージであったことに私は終演後ようやく気づくのである。

 タイトルロールのカルメン&ミカエラ、またエスカミーリョ・グループ、ドンホセなどのメインキャストには、ソリストクラスの団員がここぞとばかり投入されている[5]。ハイライトとも言える詠唱ナンバーは「ハバネラ」と「ミカエラのアリア」(「ミカエラ・セレナーデ」)を「神様のおくりもの」君[6]がヒロイン二役の大車輪で担当。「闘牛士の歌」はエスカミーリョ役の「アリヴェデルチ・ローマ」君[7]が朗々と繰り出している。彼らの歌いもまた3ヶ月前にほぼ「即・上演可能」の水準で仕上がり、この夏を終えた段階でアリヴェデルチ・ローマ君は、声が落ち着いて色艶が入るようになり、神様のおくりもの君からは幼い発音が抜けた。ソリストを擁した少年たちは最後に惨殺場面こそ見せなかったものの、嬉しいカーテンコールからアンサンブルを客席に回すという荒業を仕掛けて聴衆を煽ってみせた。

 トリフォニーの客席をうめた人々は満足げに団員らの歌い姿を脳裏へと反芻しながら家路についた。だが、実は彼らはプログラム上、カルメンを7曲しか歌っていない。演者は身長150センチにも満たない男の子が30人ぽっちで、歌も動きも背嵩もスカスカ。ソロをとれる子どもは限られ、その他の役者連も少年たちだから、ずっと怖い顔で表情も硬かったりする。それなのに人々は何故あれほどまでに幸せな気分にひたれたのか…そこには2つのファクターがからみつつ作用しているように思える。そのために私はここで再び、あのアルト・チームの子どもらのその後を見ておく事にしたい。


だから君は行くんだ微笑んで…
 昨年、私がここに「アルトの花がひらくとき」とまで書いたあのチーム。今春までのフレーベル少年合唱団の右翼には頼もしい5名の先輩方が入れ替わりスタンバイしていた。彼らはアルトパートの堅牢な外殻であっただけでなく、また合唱団の歌とMCとステージハンドルを一手に引き受ける頼れる存在だった。たとえ上演中でも先生方が簡単な指示を出しさえすれば、彼らは豊富なステージ経験と知恵と歌の実力によってかなり複雑なMCをその場で考えて発したり、ぶっつけでソロや指揮をとったり、詳しい団員募集のアナウンスをしたり、客席をまわってプレゼントを配ったりということをやってのけた。テレビやレコーディングの仕事での露出も多く、「題名のない音楽会」ではアルト側からカメラがまわった。

 平成20年度のセレクト・アルトには、この先輩方のもと、さらにチャーミングなメンバーがひかえていた。…筆頭は昨年の定演でも人気者だったプチ鉄ヲタ君だろうか。彼はまた特徴的な声質の持ち主でもある。「出発合図」の後、指向性のアマいステージマイクは、横に避けているはずの彼の声を鮮明に拾ってしまうことが多かった。合唱団がこの春に吹き込んだCD『アンパンマンとはじめよう! お歌と体操(1)』(バップ:VPCG80642/7月24日発売)の「トイレにいこうよマーチ」などでもアタックの強い彼の声が楽しめる。

 声質ということで言えば、「カルメン」でも進行役ナレーションに単独抜擢され担当したスーパー・ナレーター君もまたアルトの所属。合唱団には代々、美声ナレーターと呼ぶべき先輩方がいるのだが、今回の彼はほんのりとハスキー気味で発音にコケティッシュさと明瞭さを兼ね備え、アルトの声質を生かし落ち着いたムスク系のMCが「いつまでもこの子の話し声を聞いていたい」と観客に思わせる。浅黒い顔に少年らしさを感じさせる外見とのギャップが実に痛快だ!かくして都内各所のコンサートで彼のカッコいいナレーションを聞いた女性客たちが、初恋の乙女のごとく吐息をつく光景を私は多数目撃することになる。

 彼らとともに「セレクト・アルトの末っ子」ともいうべき魅力的な役割を演じている少年の存在も忘れられない。彼の声質もまた幼少年らしい可憐さを湛えたもので、「カルメン」では声の嗄れかけたベテラン・ボーイソプラノと闘牛士のアンサンブルを組む。MCでは粘度の高い甘カワ系のナレーションを繰り出すこともできる。「題名のない音楽会」のオンエアでは、団員インタビューの最後に彼へとマイクが回り、ひとこと「元気が出ました」と述べた。この「元気が出ました」は、ボーイ・アルトとしての彼のステージでの生き様を実に言い得ていて名言だった。さすがテレビ局の編集なのである。

 常駐のセレクトメンバーはここまでだが、さらにこの隊列の下にA組ベースのイケメン軍団とも言える、体格のしっかりした少年たちがずらりと配された。歌い姿の実にキマった惚れ惚れする程カッコいい少年たちである。客席から見る限り、自らの貢献度や魅力というものをさほど自覚して歌っているように見えないのが非常に惜しいところだが、一昨年の定演を見て私が「アウトロー感満載でケタ違いに面白い。楽しみだ!」と評した彼らがついに本格配備され歌い続けた1年間だった。そして彼らの下にはもっとヤンチャでキカン坊そうな低声A組団員たちが添い、昨年度のアルト・パートは非常に魅力的な「ニオイ」を放つチームとして成立していた。

 「プチ鉄ヲタ君」「スーパー・ナレーター君」「元気が出ました君」…少年合唱団の演奏を個々の団員の活躍から論じることは児童合唱のファンとして決して好ましい行為ではないというのは私も良く承知している。だが、少なくとも近年のパフォーマーとしてのフレーベルのスタンスが、単なる「歌う男の子の隊列」(大切なのはあくまでも「歌」で、それをどういう子たちが歌っているのかは副次的な問題に過ぎない)から「真摯に歌う少年らの子どもらしい姿を見せ、楽しんでもらう場」へとシフトしてきたのは、紛れもない事実だ。アドリブのようにして押し込まれた、伴奏も指揮も無いぶっつけの短い演奏に、客席の人々が感極まってハンカチを取り出し涙をぬぐう修羅場のごとき場面に遭遇したことがあなたにも、あなた自身にもあるかもしれない[8]。「ここでこの子をこう使うのか?!」とステージ上の先生方の審美眼に度肝を抜かれ恐れ入った経験もあるだろう。夏から秋にかけての駅前コンサートで「もっと前に来て僕たちが歌うのを見てください!」「前の方で写真を撮ってください!」と団員が客席に呼びかけるシーンに出くわした方はいないか?一見して団員保護者と思われる方にそう声をかけられたことのある観客もいるはずだ。不器用で無愛想かもしれないが、歌に臨む少年たちの等身大の姿を見せることによって、フレーベル少年合唱団は格段に面白くなり私たちを喜ばせるようになった[9]。それゆえ、団員一人ひとりの歌が人物像を伴って客席からよく見え、彼ら個々の息遣いがハッキリとした輪郭を取りはじめた。…だがしかし、それだからこそ、合唱団は今秋のような危険を冒し発表のときをむかえることになるのである。


アンパンマンはキミさ!いつでもキミさ。
 フレーベル版「カルメン」には、ちょっとだけコミカルなナレーションが進行役として施され、それを「子どもたち」役と兼務でスーパー・ナレーター君が受け持っている。だが、メガネ頼りに彼がファイル原稿を読み流し、際立って明瞭な日頃の発音からはやや後退した出来で筋を語るという事態に私たちは遭遇することになる。考えうる状況として原稿を我が物とする余裕を合唱団は今年、持ち得なかったのではないかと私は考えている。また、当夜のアンコールにはレギュラーの「勇気りんりん」と「アンパンマン・マーチ」の前に「 I've Been Working on the Railroad(邦題:線路は続くよどこまでも)」が歌われた。曲の最後に、車掌さんの到着合図がピー・ピッ!のホイッスルとともに発せられる。このセリフは、あきらかにプチ鉄ヲタ君が担当することを前提として企画されたものだ。だが、定演当日、彼は期待されていた、あの「車内放送のコワイロ」をやらなかった。「夢の国、到着致しましたっ!ご乗車、ありがとうございましたッ!」…それはステキな彼のふだんの声でしかなかった。「これは何故?」と思ってしまったのは私だけではあるまい。

 私たちの大好きなフレーベル少年合唱団もまた、首都圏の子どもらの例に漏れず今秋、苦渋の事態に陥った。夏休み明け直後に健康そうな黒い顔をひな壇に並べた少年たちは、9月中旬を過ぎるとはやくも舞台に上がれなくなりはじめ、通常マックス3列横隊でステージ幅いっぱいに並んで歌うべき営業で、実際わずか15人しか集まっていないということもあった。パワーと見栄えの不足を補うため、とりあえず背嵩のいった子たちをセンターにリバースし立たせるという苦し紛れの応急処置まで繰り出されるようになる。それは今回の定期演奏会のわずか2週前の出来事だった。団員の復帰は遅々として進まず、頼みの綱の上級生たちはなかなかステージに戻って来ない。演目の殆どが数ヶ月前にほぼ仕上がっているとは言え、演技等最も大切な追い込みの時期に、肝心のメイン・キャラクターで旗振り役の少年たちの姿がそろわない。そして現実問題として実際、前述の通り合唱団のアルト・パート(低声部という意味ではなく、厳密な意味での「アルト」)は演奏会の後半にいたってもなお舵取り役団員らの暖機が殆ど起動せず、彼らはしっかりふんばって歌ってはいたのだが、結局パートとしての生彩を欠いたままの状態で記念定演を終えた。ソプラノ声部の方がダメージを免れた。「カルメン」の配役の中で、メイン・キャラとしてではなく「子どもたち」役でがんばった団員の中には日頃コーラスの核となりうるソリストクラスの団員が、2学期に入ってからもずっとベストコンディションのまま何人もキープされていた。例えば当夜の終演でも通常通りの出番で発声した「アンコール君」は、その他のコンサートでも「アンコールしてもイイですか?」をあの天然純正ボーイソプラノとも呼ぶべきクリアな声で叫び続けている。アルト声部と違って、コア団員を役にとられてしまってもなお、このような子どもたちの活躍で「カルメン」のソプラノ・パートはきちんと鳴り続けたのである。

 同様のことは、合唱団全体に対しても指摘できるのかもしれない。メインの上級生が入れ替わり立ち代わり欠場したこの2ヶ月間、ひたすらな姿でフレーベル少年合唱団の隊列を守り抜いたのは、学年は高いが短い団員歴しか持たない「中途入団」とも呼ぶべき少年たちや中・低学年の団員たちだった。…ステージメンバーとして常駐し、紺ベレーのかぶり方が上手でチャーミングな、ひな壇最前列に配される中堅の小さな団員たち…。彼らは先輩方の抜けた隊列を歯をくいしばり支えつつ、自らは10月28日に向い着実にコンディションを整えていったのである。背丈や声量や経験がほんの少し足りないという理由から、ささやかな偏見でもって彼らを眺めていた私にとり、これもまた喜ぶべき大きな誤算と素敵な「裏切り」の贈り物だった。


さあ行こう歌声が流れる…
 緞帳の下りないステージになってから、毎年私たちファンをやきもきさせていた入場は改善されていた。人数的なものに助けられてはいるが、彼らは今回15秒以内にスタンバイを完了させている。他所の少年合唱団と比較しても遜色の無い手際の良さを獲得したと思う。他にも、オルガンバルコニーへの隊列の流し込みや、「アンパンマン体操」「アンパンマンのマーチ」を使ったAB組ステージへの行進入場など、明確な根拠と経験に裏打ちされた工夫が整列場面にも生きていた。

 今回のプログラムは合唱曲のチョイスをパート1に配してから、前回評判の良かったパイプオルガン伴奏のステージを前倒して置き、休憩をはさんだパート3に定番の「世界のポピュラーソング」のステージを充てている。ファイナルステージの「カルメン」の衣装替えと体力回復を見込んだのか、パート4へはAB組のステージをかまして上手に時間を稼いだ。フィナーレはアンコール3曲を歌い、劇場掲示の予定通りほぼ120分間の演唱で興行をはねている。

 全体のパート構成自体はごく穏当なもので、各パートに配当される曲数がほんの少しだけ抑制されているためにプログラム上はやや「食い足りない」印象を受ける。だが、それぞれのパートの後半にはちょっとした演出やサプライズなどの工夫が施されており、私たちを楽しませてくれた。パート1後半の四季の歌4曲は、洒落たハーモニーと伴奏で編曲された気のきいたアレンジの楽譜を選んでいる。ユニゾンばかりで歌ってしまっていた一時期もあったため、昨年の定演のパート1でのハミングやボカリーズなど少年たちの頑張りがフレッシュな驚きに感じられた。今回のアレンジのチョイスはおそらくそれを自信とした上でのものなのかもしれない。狭母音は総じてクリアに整えられ、音価通りのロングトーンも効くようになった。トリフォニーの最初の2年間、噛み合っていなかったホール音響は既に彼らのものとなり、ボーイソプラノの肌理を生かした繊細なフィニッシュを聞かせてくれている。終曲の「冬の夜」には早くもキレのいいソプラノ・ソロの投入が見られる。その起用と伴奏が低声の少年たちのコントロール力とあいまって、客席を温もりに満ちた安堵感で席巻しつつ最初のステージを終えている。

 パート2のオルガンステージは今年もセレクトメンバーがホリゾンに後退。ハーモニーはミュートされて素材の実力が際立ち、舞台のイメージも上手にリセットされ始まった。これがあの「アンパンマン体操」や映画「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソングを♪ゲゲゲのゲーと歌っている同じ合唱団?…思い込みを裏切る、清新で少年の骨格を感じさせるピュアな声作り。「あたしはポリフォニー系のトレブルしか『ボーイソプラノ』とは呼ばないんだよ」などと気安く言い放ってしまうような人たちは、この演奏を前にどういう言い草をするのだろう。地明かりの照明を落とし、彼らの紺ベレーのチョボがスポットライトに射抜かれ、くっきりとしたシルエットでオルガンバルコニーのコンソール壁面に写るさまは当夜のコンサートの見所の一つとも言えた。
 今年は「アヴェマリア」の聞き比べの趣向もあり、一曲だけ「天使のパン」の挿入があってから、前触れもなく隊列がステージフロアに下りてくる。何が始まるのかと思ったら、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「アヴェ・マリア」の冒頭にはついに長い長い試用期間を経たセレクトメンバーのハンドベルがブリリアントに鳴って合唱を従えた。オルガンとベルのアンサンブルもまがいものでなく心地よい。今年の定演の開幕には、1ベル代わりにオルガンバルコニーから白手袋の団員代表の手でモノホンの「ベル」が鳴らされていて、それがこの「カヴァレリア・ルスティカーナ」のインテルメッツオ導入部分へとつながってくる仕掛けになっているように思われた。

 休憩を挟んだ第3ステージのアペリティフは「ベサ・メ・ムーチョ」だが、MC後に「ゴッドファーザー」が歌われた。短いイントロの出し抜けのソロ先攻。日ごろ彼らのステージでこの曲を繰り返し聞いてきている私たちは、よもやソロが入るとは微塵も思わず、予想すらできず、漫然と客席にふんぞりかえっていて度肝を抜かれた。これは非常に衝撃的な展開だった。…「嬉しい裏切りオンパレード」の50年記念定演にさもありなんである。お客様はソロが引き取ろうとした途端、曲の終わりが待ちきれずとうとう拍手を始めてしまう。

 次のパート4でも同様のサプライズが用意されていた。A組単独のステージにして既にユニゾンでガナる小さな団員たちがおり、そちらの方に目を奪われていると、突然ノビコフのソ連歌謡にドカン!と幼年ピオニールばりのソロが投入されたりする。全く予断を許さない。フレーベル少年合唱団のソロは絶対にセレクトメンバーが担当すると思っているようなヘビーなファンほど仰天の具合は激しい。圧倒されている間に聞き慣れた「アンパンマンマーチ」の前奏が鳴って彼らが歌ううち、今度は流れ込んできたB組団員にステージ・センターが乗っ取られてしまう。このパート4は、たった一列の小ちゃな小ちゃな少年たちに大舞台が制圧され、客席がポカンとしている間に6曲が披露され終わっていたという驚愕の15分間…演奏会というよりはゴキゲンで小癪なステージ・ジャックと言えた。私にとって、当夜のあまたのシーンの中、最も爽快で幸せな気分にひたれたのは、A組隊列の前に並ばされニコニコと胸を張って歌うB組軍団の堂々とした晴れがましい姿を見たときだった。彼らにぜひ明日のフレーベルの歌声を託して欲しいと思ったのはおそらく私だけではなかったと思う。


群にはぐれた子ツバメたちは、何を見てきたか
 さて、「裏切りの定演」であるとすれば、やはり負の「裏切り」についても触れておかなくてはならないと思う。今回、アンコールの3曲を含めて、私たちはトリフォニーのステージに33曲ものレパートリーを聞いた。全くもって不足は無いのだが、活動の報告会という側面も持つ定期演奏会に「どうして歌われなかったのだろう?」と思われる作品群が3タイプある。
 先ず挙げられるのは、この一年間、全てのコンサートで必ず歌われてきたため、まず間違いなくプログラムに盛り込まれるだろうと考えられていたもの。「リサイクルレンジャーの唄」はこれまで3番と4番をつまんだ短縮版を殆ど全てのライブパフォーマンスで供してくれていたが、バラード調の美しい3番を担当するソリストとともに今回はついに聞くことが出来なかった。
 次に、従来の定演の流れで、当然歌ってくれるものとして考えられていた企画。「僕たちの活動報告」のコーナーが姿を消した。今年、全国ネットのテレビで流れたCMソングやサウンド・ロゴの中には一見(?一聴?)して「あ!フレーベル少年合唱団の声!」と判るものがいくつかあった。合唱団は今年も引き続きCMやCDレコーディングの仕事に忙しく飛び回っているはずなのだが…。ホール入口で、試供品のガムやキッチン洗剤のおためしサンプルを手渡されたりするかもしれないとわくわくしながら当日を待った来場者には、ちょっと予想外の結末だった。
 そして、運良くばアンコール曲などのカタチで聞く事ができるかもしれないと予想されたものに「あかさたなはまやラップ!」や「崖の上のポニョ」がある。フレーベルではどちらもユニゾンの演奏であり、ライブ中も「オマケ」の格づけだったため決して必然性の高い演目では無かったが、客席の感触は極めて良好なレパートリーだった(年配の聴衆に、少年たちのラップが毎回大ウケなのには完全に意表をつかれる)。定演の1ヵ月後に発売予定の『アンパンマンとはじめよう! お歌と体操編 あそぼう!ことばリズム』 [DVD](バップ VPBE-18422) に挿入される「あかさたなはまやラップ!」(CD版の発売は、さらに1ヵ月後の2009年12月中旬:バップ VPCG-80643)は、合唱団がドスのきいた地声でラップをまくしたてる異色のナンバーだが、前回定演のカノン・ステージがCD『たのしい輪唱<カノン> 』(キング KICG-247)の実質的なプレミア公開であったことを考えても「あかさたな…!」だけはひねったカタチで演目にのぼるのではないかと予想されていた。

 会場がトリフォニーに移ってから数年続いた、ステージユニフォームの目まぐるしい「おめしかえ」で魅せる趣向は、今回、カルメンのコスチューム替えを射程に入れたものなのか目立たぬようイメージ的に抑制されていた。ただ、「キャバレーの雰囲気」「バーテン軍団」「カマーバンドしてる意味が希薄」「ジャケットの裾(スソ)が何か変!」…等々と毎年ネット上でコテンパンに叩かれまくっているレンガ・ジャケットは、今年は黒ストローの中折れ帽が新たなアイテムに加わりさらにパワーアップ(笑)!!彼らミニ・マフィアというかアルトのイケメン軍団やメゾ位置にスタンバイするリトル・セレクトの子どもたちが、目が隠れそうなほど中折れを深めにかぶって客席を睥睨する姿は、シニョーラをもてあそぶヤサ男の色気芬々で、最終ステージのカルメンの伏線ともなって秀逸だった(たぶん、フレーベル以外の日本中の少年合唱団の男の子には、こういうナチュラルな着こなしはできない?!)。

 ユニフォームの更衣が全てのクラスでわずか2回に留まっていたのは、通常営業のフレーべル少年合唱団を知る我々にとって、意想外の事態だった。5年前の突然の刷新があってから、合唱団は長年継承してきた単一不変のモデル[10]から突然解放され弾けたかのようにステージ衣裳を多様化させる。無帽・紺ベレー・今回投入された中折れの3種の帽子、赤・黒の二種類のボウタイとネイビーベロアのリボンタイ、エコ対応のノーネクタイ、メロンとスミレのマフラー、Y字のサスペンダー、プルオーバーの紺ベスト、今回着用のイートンジャケット、レンガ色ブレザーにワンピーク・チーフ、冬季のブランケットコート、イートン用にしつらえられた紺パンツ、ブレザー用の側章パンツ、おそらく2種の紺半ズボン、ソックスは白・黒のハイソックスにSA組はこの夏、20世紀じみて不評だった白ハイソックスをリーマン仕様の黒いクルーソックスへと鮮やかに差し替えた。自前のワイシャツと黒革靴を除いて、これら多種多様のアイテムを日によって細かく組み合わせて着せる。2日連続の出演でさえ、翌日のコーデを微妙にズラし、昨年と同一日程で開催されるコンサートも気候天候に合わせパッケージ自体を差し替えるなど、そのバラエティーは千変万化だ。暑い夏の午後、駅前で歌う無帽・ノータイ・ワイシャツでクルーソックスをはいた半ズボン姿の少年たちの一団を見て、それがまさかフレーベル少年合唱団の2009年の隊列であるとは元指導者でさえ俄に言い当てられないことだろう。現役団員のクロージング面でのふるまいは、ファルセットで響く少年たちの澄んだ歌声だけをお目当てにコンサートへ足を運んだ人々には、さぞや裏切りともとれる居心地の悪さであったに違いない。だが、ここでもまた私たちは、合唱団が聴衆のため、単なる「歌う男の子の隊列」から脱却しつつあることを実感することになるのだった。

 「創立50周年記念」の冠のある定期演奏会だ[11]。だが、私たちファンが想い描くような「片耳の大鹿よ」や「天使の羽根がふってくる」や「北国の春」や「ハレルヤコーラス」といった演目、またOB合唱団の単独ステージ…それらは、もはやプログラムに上がっていなかった。1000名を超えるというOB諸氏にとって、これは「俺たちの歌った日々は、いったい何だったのだろう?!」とホゾを噛む思いだったろう。かろうじて「創立50周年に寄せて」とサブタイトルのついたセクションに含まれていたのは、ビゼー「カルメン」のハイライト版だけだった。これは「50周年」でなくても良いのでは、関係無いのでは、と思わせた。手渡されたプログラムを一見して、私たちはそのラジカルな決断に驚く。…だが、裏切りの物語「カルメン」が進むにつれてフレーベル少年合唱団の「50年目の今」が、彼らの歌い姿からどんどん、どんどん見えてくる。愉快なほど明らかになってくる。私たちはじき明るく晴れやかな気分になっている。長の年月、「ぼくらの歌」を客席で聞き続けた私たちは決してOB諸氏の想いを裏切ることはない。ステージの幕が下りるたび、私たちは思い出すだろう、あなたがたがいてくれたからこそ、フレーベル少年合唱団が今日も人々にやすらぎと勇気を与え、ここにあるのだということを。

 1999年11月17日午後6時30分。私は人いきれのする芝公園abcホールのアルト側席のポジションにようやく腰をおろし、突然、何の前触れも無く団員の9割が小学3年生以下の隊列になってしまった第39回定期演奏会のステージをぼんやりと眺めていた。当夜のB組にはユニフォームが無く、舞台はシンマイ団員たちの着る思い思いの私服でにぎやかだった。この演奏会は実質的には磯部先生の追悼演奏会だったが、ひな壇へと溢れんばかりに居並ぶB組メンバーたちの姿がなぜか強く私の心を引いた。創立40周年記念のその定演が、実は10年後の今夜の予兆となっていたことに、私はプログラムをたたみながらようやく気づく。あの夜のB組がそうであったように、フレーベル少年合唱団は夥しくきらびやかで楽しい「全くもって新たな隊列」をその後の10年間で用意することになる。

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*1  バウ・スクレイプ
 当夜のバウ&(簡易の)スクレイプは、実はこれまでの定期演奏会の終演に施されたバウとは若干違っている。掲げた腕で胸をすくいとるとともに、自分の右脚をわずかに前方へと滑らせ5秒間のホールドをかける優雅さを強調した所作へと進化させた。この目立たぬバージョンアップは2009年1月にはすでに完了している。背丈があり、相対的に脚の長い上級生の方が、このバウでは動作がダイナミックになり見栄えがする。

*2 「カルメン」
 正確には、ビゼー作曲、歌劇『カルメン』の「ハイライト版」であることが、冒頭の団員ナレーションで告げられている。また、テクストはオリジナルのフランス語ではなく、日本語翻訳版。MC台本は、おそらく合唱団の創作。伴奏は1台のピアノがフル・オーケストラ並みの鮮やかなサウンドで大活躍する。
 日本人ボーイソプラノで歌われる「ハバネラ」は『∀ガンダム』のサウンドトラックなどを吹き込むTFBCの大塚宗一郎が1996年に本田技研工業のスポーツクーペ「プレリュード」のCM用にレコーディングしたものが記録として残っている。当時、大塚は11歳だったが体格的には比較的小柄だったため、半音階をポルタメントで落とすなどのテクニックを駆使し「愛の小悪魔」という舌足らずなイメージを上手に表現している。
http://www.youtube.com/watch?v=JVJs_yso9Mc

*3  プログラムについて
 今回の定演チラシやプログラムの表紙を見た人の殆どが、のっけから度肝を抜かれたに違いない。なんと言っても本業が出版社。センセーショナルなイラストの配し方。シブいフォントも使われていて、簡素なつくりのペラの印刷物ながらキレの良さが光っていた。ただ、指揮の寺澤先輩とピアノの中村先生のお名前がどこかに入っていても良かったのではないかと思う。

*4  創立25周年記念演奏会プログラム(1983年)ほかによる

*5  女形たち
 例によって少年合唱団のため、ソプラノ・アルト設定の配役4名は女形で扮装。何かキャラ的にありえなくもなかったので、ちょっと笑ってしまいました…ごめんね。この役を引き受ける彼らの度量の大きさは通常のステージにも見えるような気がします。ふだん、合唱団で歌っている険しい表情の彼らは頼もしくって大好きです!

*6 「神様のおくりもの」カルメン君
 「カルメン/ミカエラ」君と「エスカミーリョ」「ドンホセ」君たちの間の学年ギャップがとてつもなくセンセーショナル!たぶん学校に行ったら「エスカミーリョ」君が6時間目の児童会活動をやっている時刻に「カルメン」君はもうとっくに下校してお家でおやつを食べているぐらいのアッと驚く学年差だ!そういう彼らが非情な恋のカケヒキを演じるというのだから…。少年合唱追っかけ歴の長い人でもこういう年齢差のキャスティングはおそらくお目にかかったことは無いだろうし、これからも未来永劫に無いだろう!今回のカルメンを目撃できた人はかなりスゴいものを見たと言ってよい。
 さて、何が近年フレーベル少年合唱団の在り方を大きく変えたのだろう。
あなたも「小学1年生の男の子は小学1年生の歌しか歌えない」と思い、「1年生の男の子は、1年生なりのMCにしか使えない」と思い込んではいなかったか?「小学2年生の男の子が演ずる劇は『えんそくにいくんだ』や『おたまじゃくしの101ちゃん』であり、オペラ『カルメン』になることは無い」と決めつけてこなかったか?中学生の団員から居るフレーベル少年合唱団にあって、私たち聴衆もそして、おそらく歌っている少年たち自身も「少年合唱団というのは、小学校高学年の男の子が上手に歌えてナンボのものだ」と信じ込んではこなかったか?定演プログラムの隅っこに、カルメン君の名が「ついで」のように載ってから5年…合唱団はなんとパワフルで魅力的なパフォーマー集団へと急成長を遂げたのだろう。たとえそれが小さな男の子たちの歌うステージであろうとも、周囲の人々のもっていきかた次第ではたくさんのお客様に夢と力と勇気と(そして十分なクオリティーの合唱を…)確実に届けてさしあげられることに合唱団は気づいてしまったのではないか?カルメン君の出現が結果的に、彼だけでなく、たくさんの中・低学年メンバーたちの歌い姿を輝かせ、早い時期に信頼度の高いセレクト組へと押し上げ、歌う「ちから」のポテンシャルを励起させたと考えられはしないか?フレーベル少年合唱団が50年間耐え抜いて得た、貴重な「神様のおくりもの」が、私たちの前に見えてきはしないか。

*7 アリヴェデルチ・ローマ君
 メゾ・ソプラノ系の特徴的な余韻を持ち味にしている彼は、夏休みが終わると同時にアルト・ソロでも遜色ないほどに声が野太くなり声量も出て、もともと期待されていただろうソプラノ声部の牽引力という役割を確実に果たすようになった。スレンダーなうえ常におっかない表情で歌っているためシッカリ者のソプラノと思われそうだが、ステージの姿を見る限りちょっぴりお茶目なところもあって憎めない癒しキャラ。題名のない音楽会で、佐渡先生から「脚を叩きましょう」と言われて見せた屈託の無い笑顔に「このお兄ちゃんもステージで笑ったりするんだ…」と、かなりビックリした人も多いはず。いずれにせよ、2009年現在のフレーベル少年合唱団の実働部隊全体を実質上率いているのは、アリヴェデルチ・ローマ君をメインに据えたボーイソプラノ群である。

*8 単なる「歌う男の子の隊列」からの脱却
 例えば2009年5月17日 六義園コンサートの二連アンコールなど。

*9 合唱団の年間出演回数
 フレーベル少年合唱団はその来歴と境遇ゆえにかつて長いこと、「たとえ客席に聞く人がいなくとも僕らは歌い続けるのだ」という謹厳実直なバックボーンの児童合唱団だったように感じる。だが、彼らは今、「客席にお客様がいるからこそ、僕たちは歌い続けるのだ」という合唱団に変わりつつある。
 この1年、一般公開した単独出演ステージは雨天による中止を除いても30回前後にのぼった。単純計算で年間を通じ12日に1度は都内のどこかで30分間以上のコンサートが開かれていることになる。今後、この頻度はさらに増え、年間40回を数えることになるだろうと思われている。それゆえ彼らが練習場を飛び出しステージ上で実戦から歌を学び、パフォーマンスの過程で歌の心を学んでいることは、もはや否定できない事実となった。

クリックすると元のサイズで表示します*10 旧ユニフォーム
 圧倒的多数のOB諸氏が袖を通し45年間にわたって団員たちの身を包み続けてきた旧ユニフォーム!創立50周年ということで思い出そうとネット上を探しました。新旧のユニフォームを紹介しているサイトもあるにはあったのですが、「あまりにも実物と違い過ぎるー!」と悲しくなってしまったので、記憶を頼りに自分で描きました(うっ!)。これでほぼ正確なハズです。シャツの襟の形状も再現したつもりなのですが、解像度を落としたらディテールが消えてしまいました(要はヘタくそ! orz)。昔は、この半ズボンの丈を見てさえ「うわ!長過ぎる。ぶかぶかしてて、古くさい。」と思ったものです…懐かしい。自分の記憶にある色でジャケットが描けたので満足しております(Macで描いているので、ウインドウズPCで見ると色が濁ってると思います)。描いていて思ったのですが、このユニフォームって美醜の問題というよりは、かつて歌っていた団員たちの心の体温のようなものを感じる。私にとってはながめていてなぜかホッとする「癒し」のアイコンといえます。

*11 消えた赤いfマーク
 毎年の定期演奏会で必ずホリゾントに掲げられていた赤いfマークは、会場がシューボックス化して緞帳が下りなくなると姿を消した。50周年でも掲示されていない。フレーベル少年合唱団が国内の他の少年合唱団よりもかなり早い時期に「第○回定期演奏会」というステージハンガーを舞台上に吊らなくなったのは、このカッコカワイイ赤いfマークが代用されていたためと考えられる。おそらく仕込みの簡略や、バトン使用料削減などの理由から、どこかへ行ってしまったこのfマークが再び日の目を見て少年たちの背後に掲げられることは今後も無いだろう。

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2009/3/3

フレーベル少年合唱団の六義園コンサートとは、いったい何だったのか  コンサート

フレーベル少年合唱団 早春のコンサート
2月14日(土)・15日(日)各日13時〜13時30分
六義園しだれ桜前広場(文京区本駒込)
無料(入園料別途)

少年たちがブランケットを脱ぎ去る
 2009年(平成21年)2月の聖バレンタイン・デーの午後、フレーベル少年合唱団は月毎レギュラーの六義園コンサートを行った。前日吹き荒れた春一番の残り香か、花々のかすかな芳香の中で首都圏の気温は優に20℃を超え、開演時の文京区本駒込の温度計の目盛りは25℃を振り切ろうとしていた。いつものように六義園エンタランスのさざれを静かに踏みしだきながら少年たちが現れると、彼らのコスチュームの移変は誰の目にも明らかだった。2007年の2月24日25日(この頃はまだ午後2時のスタートだった)、昨年2008年の2月16日17日、…毎年2月のコンサート。彼らは紺ブレ長パンツの上下にブランケットを着込み、メロンとスミレのマフラーをピッチリと巻いて「早春コンサート」とは名ばかりの寒風の中で目を細め「北風小僧の寒太郎」を歌っていたと記憶する。今回の「早春のコンサート」でもオープニングに「雪の降るまちを」を歌い、次いで「早春賦」を演目へ組んでいた。だが、合唱団は防寒着をあっさりと脱ぎ置いて、赤ボウに紺ベストの合着のスタイルをフォーマル標準の側章パンツに組み合わせ颯爽と登場した。引き抜きのような彼らの早変わりは爽やかで男の子の合唱団独特の軽快なステップを感じさせる。同時に、これはフレーベル少年合唱団が蓄積してきた膨大な野外コンサートのノウハウを表してもいて頼もしい。MCの少年は「今日は暖かいですね。」という一文をさりげなく織り込んで観客をくすぐるのだが、翌日には一転して「今日は寒いですが…」といった内容にすげかえていく。
 冒頭の隊列が「白手袋をして不規則」なのは毎回オープニングのファンファーレでハンドベルを担当する団員たちがいるからなのだが、意外なことに一見の観客にとってこれが良い意味でビジュアルセンセーションになっているようなのである。いずれにせよ、彼らの六義園コンサートのフォーマットとして開会宣言代わりのセレクトメンバーのハンドベル演奏(曲目は回によって異なっていることもあり、土日でも違っていたりする)を聞くことができる。ここで面白いのは、この合唱団独特の姿勢のため、最近のハンドベル担当の団員たちは白手袋を握りしめるか、はめたままで30分間歌い続け、客上げの子どもたちの手を引いたりMCを繰り出したりまでしているということに観客が殆ど気づいていないということなのかもしれない。


六義園コンサートとMC団員たち
 曲紹介のMC担当はたいていの場合毎回異なり、同じ月の土曜日と日曜日では同じ基本原稿をダブルキャストで受け持つ。土曜日の開幕のMCを現役リーダー格が述べれば、日曜日には昨日出席できなかった現役トップソリストが同じ原稿で片をつけるといった具合。土曜日にソプラノの中堅団員がした曲紹介は日曜日にはまた別のソプラノ中堅団員が担当すると見てよい。六義園コンサートが基本路線として持っている、「土曜日と日曜日、同一内容の2回のマチネ」という構成が、実は非常に重要な意味を持つ。一つは1回の演出で2人の団員を相乗的に育てられるというマルチな利点。もう一つは男の子の合唱団にありがちな病欠や学校行事による突然の欠席に備えられるというフェールセーフな利点である。少なくとも、観客にとっては同じ構成の演奏会であるのにもかかわらず土日で違う少年の声や姿を楽しむことができるのだから、おトク感満載の連続来場サービス特典ということになる。

 この日、MCマイクの前に立った団員の中には、マイクホルダーのクリップの可動を確かめて、過度にマイクヘッドを下げながらしゃべるという姿が散見された。六義園コンサートのマイクセッティングは常に2基のスピーカーに供応する位置へ施される。2ウェイバスレフのフロントメインが彼らの背丈より高い位置にスピーカスタンドをかましてセットされ、隊列の斜め後ろから伴奏を振りかけるという構成になっている。スタジオに入れば彼らもキューボックスを通じて伴奏を聞くだろう。だが六義園では彼ら自身が伴奏音をそこから聴き取らなければ歌えないし、観客も曲を理解できない。必要最低限の構成で成立したミニマムなユニットの中で、MCの少年たちは自分の声がどうしたらハウらずに済み、落ち着いたしっとりした音で鳴らす事ができるのかを耳や体で雰囲気として知っているのである。(スピーカーの位置が十分に遠いときやマイクホルダのピンチのきつい時、マイクスタンドの低さがマックスの場合には下級生たちはそれをやらない)。おそらく彼らが年間のステージパフォーマンスを通じ経験の中から無意識のうちに繰っているのが、このプロ仕様のバウンダリマイク顔負けな「マイクロフォーンの下向け」なのである。


連結式の解消から見えた「ぼくたちの合唱団」
 低学年の小さな子どもたちが低めに立てられたマイクスタンドの首をさらに下へとネジって自分の声を入れようとする姿は、昨年までは演奏会後半でしか見られない大変貴重なシーンの一つだった。
 かつてフレーベル少年合唱団の六義園コンサートの基本構成として、A組セレクトの部隊のみが演奏会前半を担当し、途中からプレーンA組が合流して最後まで流すという連結式のキャスティングが堅持されていた。しだれ桜のはるかカミ手側の藤棚の近くで、矮小な列を作って入りを待つプレーンA組の小さな子どもたちの頼りなさそうな姿を記憶している人も多いことだろう。だが、その愛らしい隊列は2008年以降の六義園にはもはや存在しない。無くなってしまったのはプレーンA組ではなく、A組セレクトの方だととらえるのが穏当であるように思われた。合唱団がおよそ20年もの間保ち続けていたこの2分隊の編成が、現在のフレーベルの学年構成の上ではもはや成立し得なく(成立し難く)なってしまったと考えてはどうだろうか。

 フレーベル少年合唱団が2008年の夏休み明けにチームの要となる12歳以上の団員をほぼ完全に失うということは、実は客観的な年齢構成の概算により2004年から2005年の段階で部外者にもほとんど明らかになって知られていた。平成20年…チームを牽引する6年生団員はおらず、最上級生の中学生団員たちは夏休みを終えれば一斉に変声をむかえる。そのとき合唱団に残っている上級生は、片手の指で数えれば終わってしまうくらいわずかな人数の10歳から11歳の小学5年の子どもたちでしかないということを2005年の私たちは覚めた頭で計算し震撼させられた。彼らが、子ウサギのように群れているイタズラっ子そうな目つきの低学年の子どもたちを引き連れてフレーベル少年合唱団をどう仕切るのか、その無謀で「バカげている」としか思えないような状況を私は考えないようにしたかった。それが実際、2008年の夏休みをまだ終えないほど早い段階で避けられない現実となったとき、少人数の、重圧に押しつぶされ消えてしまってしかるべきはずの男の子たちは、もたらされた責務をひょいと両肩に担い、うっとりするほど頼もしい楽しげな真摯な立ち姿で私たちの前に現れたのだった。高低のトップソリストを隊列の両翼に従え、アルト側のエッジに暖かい安定感のあるヘッドクウォーターを布陣し、ソプラノ後列の左翼には誠意あふれる声質の少年たちを配しながら。それは『芳しい』と呼べるほど鮮やかで魅力的な出来事だった。彼らは降ってきたただならぬ試練を少年らしい柔らかな心できちんと受け止めて支えきったのだ。今年度のフレーベルが俄然面白くなったのは、そういう彼らが「プレーンA組」に甘んじていたはずの小さな団員たちを「僕らのチームメイト」として大切に相手にしながら歌っているからだと私は思う。


林を抜け、僕らのハーモニーが聞こえる
 六義園コンサートへの批評の代表的なもの2つに、野外演奏であることの意義を問うものと、カラオケ伴奏の是非を問うものがある。前者について言えば、そもそも残念なことに少年合唱の最も美しく爽快な瞬間を聞き逃している。あなたは知っているだろうか?森の中、深い茂みを抜けて聞こえ来る少年たちのコーラスの美しさ、楽しさ!六義園で試してみたらいい。そろいのユニフォームに身を包んだ子どもたちの姿や、それを幸せそうに取り囲む人々の輪から少し離れ、庭園の奥深く、だが子どもたちの声が木立を分け、木々の緑の梢を抜けハッキリとやってくる場所を注意深く探して静かに耳を傾けてみたらわかるというものだ。だが、もう長いこと少年合唱を聞き続けてきた私自身ですら、その驚くべき瞬間を最初に体験したのは、追っかけを始めてからすでに十何年も経ってしまった後のことだった(…しかも、そのとき歌っていたのは私が個人的にかなり良く知っていた少年たちで…それほど極端に想定外な出来事だった!)。私たちの誰もが、歌っている子らの表情や姿見たさに今日も彼らの隊列の前に当然のように陣取る。それは決して悪いことでも無駄なことでもない。だが、ボーイソプラノのハーモニーの美しさ、清らかさ、温もりが森や林の中では何倍にも増幅されて聞こえることをあなたも体験しておくべきだ。フレーベル少年合唱団がもともと株式会社フレーベル館の社会還元事業として位置づけられている以上、私たちはそれが安易に地域の六義園へと結びついているととらえがちだが、彼ら自身もまた、かつて人工物で取り囲まれた神田小川小学校の校庭で毎月コンサートを開きたいなどとは(可能ではあっても)決して思わなかったろう。


カラオケ伴奏をめぐって
 カラオケ伴奏の是非については、ここでさらに2つのことが言いたい。彼らは今年の「早春のコンサート」のアンコールの客上げで「崖の上のポニョ」を歌った。伴奏に使われたのは合唱譜のピアノパートをなぜたものではなく、正真正銘のメイド・イン・映画版宮崎アニメーション・サウンドトラックのカラオケ音源だった。大橋のぞみがスタジオ録音に使い、全国1000万人の観客が劇場のタイトルロールを前に胸震わせて聞いたあのサントラ音源だったのである。上級生団員たちがあまり奔走するまでもなくステージ上手に集まってきてくれたたくさんの「ちいさなお友だち」が、そのCDの冒頭の4秒590msのイントロを聞いただけで弾かれたように歌いだした光景は今さらここで書き記すまでもない。誰の脳裏にも容易に描き得るだろう幸せなワンシーンなのだった。ナマ・ピアノやナマ・キーボードの演奏で子どもたちが歌うことは、決して悪いことだとは思わないし、大切なことだとも思う。だが、目前で歌う子どもたちを見下ろしつつ心底ホッとした安堵の表情をたたえて歌うアルトの上級生団員らのユニフォームの肩が一番大切なことを言っていたのである。「うれしいなぁ!ありがとう!僕たちは伴奏が何で鳴っていてもいいんだ。僕らの仕事は聞いてくれている人たちを幸せな気持ちにしてあげることだから。」

 現在でもときたま不都合の出ることがあるが、かつてフレーベル少年合唱団の六義園コンサートはCDの音飛びやハウリングなど、PA機器類のマシントラブルのオンパレードだった。初期の頃の団員たちは、こういうハプニングがあると、ただならぬ躊躇をためてから演奏自体を放棄してしまうことがあった。指揮者が何か指示なり対応なりを示してくれるのを待っていたのである。だが、現在の団員は既にこうしたハプニングの中で六義園デビューをはたしてきた老練の少年たちだ。伴奏が落ちれば平然とアカペラで歌ってボーイソプラノの素材そのものの声を見せつけてくれるし、CDが音飛びすれば、注意深くそのパターンを聞いてなんとか合わせてみようと試みる。前述の通り、マイクホルダを下向きにしてハウリングを避けようとする団員たちもいれば、マイクのリモートスイッチを疑ってみるような上級生もいる。現在のフレーベル少年合唱団は、オーディオ関係以外にも、およそ考えうる限りの様々なハプニングの洗礼をしだれ桜の前で受けながら今日ここに立っている。2008年の今、先生方が棒を振らず、5年生の男の子に指揮をさせて1曲を聞かせきるほどに団員が成長したのはこのためだ。六義園で起きた信じられない程多くのトラブルが、彼らをこのように頼もしく育てあげたのはもはや疑いようもない。コンサートの最中、自らもパートの中心として歌っているのに、客上げやハプニング等、一人でも多くの手が必要になれば誰からの指示が無くても隣の団員の肩をぽんぽんと叩いて目配せし「おい、行くぞ!」「よし!やろう!」とばかり隊列を飛び出て行く少年たちの姿は見ていても常に颯爽として頼もしく清々しい。そして隣で歌う3年生団員がその数秒間の一部始終を傍視しつつ未来への記憶にとどめる。フレーベル少年合唱団の最も美しい瞬間が、またここにも見られるのである。


プログラムに関する若干の分析
 毎月のコンサートには簡潔なタイトルがつき、次に副題としてのテーマが掲げられる。2009年2月のタイトルは「早春のコンサート」でテーマは「和を楽しむ」だった。また、場合によってその下にプログラム・コンセプトの紹介が添えられることもある。今回は「日本の歌を中心に」。これらは毎回、オープニングMCでアナウンスされる。だが、2月14日15日の実際の構成は、ハンドベル>「雪の降るまちを」>OpMC>「早春賦」>MC>「おてもやん」「会津磐梯山」「ソーラン節」>MC>「どこかで春が」「春よ来い」「うれしいひなまつり」>MC>「宝島」「勇気りんりん」「アンパンマンマーチ」>EdMC>「春よ来い」>アンコールMC>「崖の上のポニョ」>ボウとなっている。確かに日本製の曲ばかりだが、一般的に考えられている「日本の歌」直球路線のプログラムにしていない。特に「宝島」から後半とアンコールが、テレビと映画のアニメ音楽のラインナップになっている点が目を引く。
 Op>本編>Ed+アンコールの大きな三部構成。これが六義園コンサートの誠意ある基本構造だ。今回の本編は団員MCをはさんでそれぞれテーマを持たされた3曲ごとのユニットからなっている。最初が「日本の民謡」で次が「春の童謡」。最後が「アニソン」。典型的な3-3-3構成だが、そこにはフレーベルならではの縦糸がさりげなく織り込まれている。「日本の民謡」の3曲はいずれも昨秋の定期演奏会でも歌われたもので、とくに最後の「ソーラン節」はNET系列の『題名のない音楽会』でオンエアされたものの改良バージョン。このコーナーは「僕らの活動報告」といった趣向で裏打ちされているのである。そこでは「僕たちの歌ったコマーシャル・ソングです!」というような真正面からのアプローチになることもあれば、今回のように、全体のテーマに沿ったものをさりげなく配して済ます場合もある。プログラムの中央に位置する次のコーナーには、メインテーマ通りの曲が並ぶ。最後のコーナーはややひねりの利いた選曲。こうした部分ではフレーベル少年合唱団のテーマソングとも言うべきアンパンマンの番組挿入歌や「リサイクルレンジャーの唄」「星のうわさ」などの彼らの所属がらみの作品がちりばめられている場合が多い。

 前述の通り、1回のマチネに動員される少年は6名。2日間でのべ12名がマイクの前に立っている。今回のコンサートでは、珍しいことにソロやアンサンブル入りの演奏が供されなかった。また、団員による指揮も行なわれなかった。学校行事の影響をモロに被る秋口や、風邪の流行や中学受験など不確定要素の増える年明けの2ヶ月間などは、演目のためにソリストを確保しておきたい男の子の合唱団にとって頭の痛い時期にあたる。しかも、演奏会が必ず週末の2日間(たいていが連続の土日曜日に設定されている)にあたるため、春の運動会にはじまり、夏は学校の林間学校、秋は学芸会やその他の文化・体育行事、早春の式典行事、さらには学校公開や模擬テスト、私立の学校に通っている子どもの土曜授業など、年間を通じキャスティングのやりくりや見通しは決して良いものとは言えない。最悪なことに小学生の男の子の健康自己管理能力の水準といったら限りなくゼロに等しいものと相場は決まっている。どこの少年合唱団でもごく当たり前に見られることは開演ギリギリに楽屋へ駆け込んでくる団員。鼻水、嘔吐、瀉痢、失禁に鼻血など出血のオールスターキャスト。こうしたぐずぐずな水モノ状況をおしてソロや演出の少年を捻出する先生方はさぞや大変なことだろうと同情の念を禁じえない。
 現在のフレーベルでは団体戦の重唱は比較的聞かれるが、厳密な意味でのソロは非常に少ない。2日間のコンサートで日曜日にのみ独唱がプログラムに上がるということもある。演奏会全隊のチームカラーは、出演しているソロ団員のメンバーで日によって微妙に異なる。市販されているCDで言うと、今回の初日は「ゲゲゲの鬼太郎」サウンドトラックの声質、2日目は「きかんしゃトーマスのテーマ」のセリフ部分や、「リサイクルレンジャーの唄」の3番のカンレンジャーのアンサンブル(「トーマス…」と「リサイクル…」の曲全体の色を決定づけているのはセリフ担当とソリストの声なのである)に声質が似ている。


観客は六義園コンサートをどう聴いているか
 合唱団は六義園でもまた、終演に列ごとのボウ(&スクレイプ)を見せる。フレーベル少年合唱団の音楽が六義園で観客にどう聴かれているのか、この場面を見るにつけ思い知らされることがある。挨拶の開始は、冷静な目を持った横列ごとのコール担当の号令で始まる。
「気をつけッ!」
男の子が少年合唱団員らしいきりりとした通りの良い声で一言叫ぶと、…何と団員たちといっしょにお客様が姿勢を正すのである。背筋を伸ばし少年たちと相対するのである。私は、この美しい一瞬を目前で幾度と無く目撃し、ただ中に身を置いて来た。お客様は漫然とそこに腰を下ろし、また立っていたのではなく、どうも心の中で「少年たちといっしょに歌っていた」ようなのだった!合唱団がなぜ六義園で「客上げ」の企画にこだわり、誰もが知っている曲の中にオリジナリティーのあるナンバーを苦心して織り込もうと努めるのか。毎回、数多くの観客たちが見ず知らずの少年らの姿をなぜ我がことのように熱心に写真に収め続けるのか。そしてフレーベル少年合唱団の少年たちがどうしてこんなにも人々から愛され可愛がられているのか。六義園コンサートの30分間は観客にとって「私も合唱団とともにここに歌った小さな思い出の時間」なのである。

 少年合唱団のコンサートの観客にとって、途中入団の少年のステージデビューの目撃者になれるということもまた最高の役得の一つだと思う。六義園のコンサートは、少しずつ繰り入れられる中途採用団員たちのために繁くステージデビューのシーンを提供してくれている。しかも、それは豆粒のようにしか見えない大ホールの遥か遠方の舞台ではなく、幸運な事に観客や新入団員保護者の至近で展開されているのである。今回、少年たちの終演の挨拶は直立のボウではなく、簡易の「ボウ&スクレイプ」だった。見慣れぬその団員が未だとってつけたようなかぶりかたの紺ベレーの頭を垂れてサッと彼の右脚を伸べたとき、春風のように温暖で爽やかな感動が私の固くなりかけた側頭をそよがせたのだった。

 あまたの物語を持つボウの後も野外イベントらしい撤収が彼らには待ち構えている。挨拶の列がハケるとまず担当団員は白手袋着用の上ハンドベルの回収があり、その後は先生方が先頭に立ち、現在はアルト側の上級生が列を牽引しフレーベル館へ帰投する。ここではどの保護者にも我が息子の「バックステージ」を観察する絶好のチャンスが与えられている。ショッピングセンターのイベントや劇場出演の終演後には決して見ることのできない「一仕事終えた後の様々な想いをたたえた」愛息たちの表情を脇からそっと読む事が出来る。日本中のボーイソプラノ合唱団でも極めて稀な全保護者向け月毎デラックス特典なのである。


六義園コンサートとは、いったい何だったのか
 最後に、フレーベル少年合唱団の六義園コンサートとは、いったい何であり続けてきたのかを考えてみたい。毎年のフレーベル少年合唱団の定期演奏会の客席には同じ在京のボーイソプラノの合唱団であるTFM少年合唱団の団員の姿を見かけることがある。彼らにとって水曜日の定演の開場時刻がちょうど訓練日の帰りにあたるらしく、保護者のピックアップを待って来場するのに良いタイミングなのだろうと思う。私は定演潜入中(?)のFMの団員たちをこれまでに4〜5人は目撃したことがある。そういう彼らをつかまえて、どういうつもりで聴きに来たのかを尋ねると、全く他意の感じられないくったくの無い表情で「楽しみに来ました」と言われたりする。さすがFMの団員たちだけあって、実に的を得た発言だと思う。彼らは音楽技術やステージコンセプトを探りに来たのではなく、心から「ステージを、歌を、演奏を楽しみに来た」と言っている。フレーベル少年合唱団が演奏会で一番大切にしていること、観客が聴き取らねばならないことを、ライバル合唱団の彼らは良く判って聞いているのである。

 タマゴと砂糖とバターと薄力粉が手に入ったら、必ずマドレーヌを作らなくてはいけないとは、誰も思わないだろう。また、酢豚の野菜を下茹でするか、油通しするか、固いもの以外は何も下ごしらえしておかないかは調理人に任せるべきだし、戒律の定めにより「酢豚」自体が食べられないという人も日本にはおよそ7万人いる。フレーベル少年合唱団の六義園コンサートは「変声前の男の子」という素材をどう料理して見せるか聴かせるかという意味では、私たちの楽しい「食」に酷似している。もしこの愛らしい小さなひとときを外見で区別するとしたら、それは調理が設備万全のワークトップ・キッチンで行われるか日本庭園に面した簡素なギャレーで行われるかでしかない。六義園コンサートをめぐって行われるだろう頻々な批判が有るとすれば、それは前もって味に結論を用意するかどうかだけのことだ。ドンツユ入りの小麦麺を北はホウトウから南は沖縄そばまで食べてみて、どれも全部「おいしかった!」と大喜びするか、「薄色で甘くないダシに柔らかい麺を入れ、稲荷鮨を添えたもの以外は『うどん』とは呼べない」と大人げなく言い張るのかの違いだけである。このように、かつての定期演奏会がそうであったように、「何がどう調理されて出てくるのかわからない」「季節ごと、日ごと、状況に応じていろいろやってみる」のヌーベル・キュイジーヌな楽しみこそがフレーベル少年合唱団の六義園コンサートの醍醐味として浮かび上がってくる。

 初代指揮者である磯部俶が、1959年から60年に著した合唱団の極めて初期のレコードのライナーノーツにフレーベル少年合唱団をして「いろいろとやってみる」と書いているのを読んだことがある。
「きちんとした理論とメトードを確立した上で、計画通り粛々と運営を進める、演奏を展開する」とは書かれていない。この一文には、毎週末、遊びたいのを我慢して頑張って歌いに来ている少年たちや、それを楽しげにとり巻く大人たちの等身大の姿が見え隠れする。その人たちが思いきり少年合唱を楽しめるように「いろいろとやってみるのだ」と磯部は書いているのである。私たちは六義園に集う団員たちの姿を見るにつけ、初代指導者の想いは現在のフレーベル少年合唱団にも驚くほど不変のまま引き継がれていることに気づく。「ぼくらのため、聞いてくれる人のため」、彼らは今日も「いろいろとやってみる」気概を大切にしだれ桜の前へ隊列を作っている。
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2008/11/17

痺れるようなサプライズの果てに〜フレーベル少年合唱団の2008年定期演奏会  定期演奏会

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フレーベル少年合唱団第48回定期演奏会
2008年10月8日(水) すみだトリフォニーホール
開場 午後6時 / 開演 午後6時30分(終演 午後8時30分)
全席指定2000円

サプライズから報告の会へ
 演奏会最後の撤収の場面、B組の団員代表が号令をかけようとして、誤っておそらく毎週の練習の終わりの挨拶をしてしまいそうになる。B組だから…。でも、錯誤があったにせよ彼は「いつもの僕らの合唱団」を真剣に見せようとした。(*1)フレーベル少年合唱団第48回定期演奏会というのは、実はそういう誠実な演奏会だったのではないかと閉幕後に気づかされる。
 昭和時代の終焉とともに、フレーベルBCは定期演奏会に様々な演出を仕掛けはじめることになる。当時、合唱団を担当なさっていたW女史は「定演の幕が下りた瞬間にまず考える事は『来年の演奏会ではどんな趣向で楽しんでもらおうか』ということ」という内容の話を繰り返ししていらした。現在の定演でもウツワのカタチだけ踏襲されているトータルコンセプトの「今年のテーマ」があり、その下に私たち観客をアッ!と言わせる展開や見る者の情緒に直接訴えかける演出が用意されていて、ともかく「定期演奏会を見れば現在のフレーベル少年合唱団がどんなものであるか」は分かっても、「日頃のフレーベル少年合唱団の活動を知っている人が、定期演奏会の内容だけは予想がつかない」というある種の「サプライズ演奏会」的な面で楽しませていた時期があった。私はそれを心から楽しんで見て、わくわくしながら聞いた観客の一人だったからそういう定演を否定する気にはなれない。ただ、最近の定期演奏会は「ビックリの歌声」を聞かせる演奏会から次第に「今年一年間の活動を報告する」演奏会へと良い意味でシフトしてきていたと思う。

 アンコールのナレーションを急く団員が、隊列上段の方から前方に並ぶ団員の肩を突き飛ばしてフレキシブルマイクの前に踊り出て来る。「これはありえない!」と一瞬思わせる(例えばFM合唱団だったら、ひな壇を下りて来る団員のために美しく身体をかわす少年たちのシステマチックな姿を観客に見せる)のだが、彼の台詞が例の「アンコールしてもいいですか?」だったために全て合点がいくのである。客席からは笑い声とともに拍手が起こる。あっぱれ!演出なのだ!このように今年の定期演奏会には舞台慣れしたフィーリングの感じられるMCが聴こえた。ミニ・コンサートとは言え真冬の寒風吹きすさぶ中から盛夏の酷暑の炎天下まで毎月コンスタントに2公演ずつ。年間合計20ステージに届こうとする野外ライブパフォーマンスを団員のMCで(それだけでなく、往年の少年合唱団の映画ばりに、アルトの団員がカッコ良く指揮をとる演奏に遭遇できるときもある!わくわくする!)打ち続けて来た継続の賜物が、当夜のこの客席サービスの中にある。彼らはおそらくおびただしい回数の「アンコールしてもいいですか?」を言い続けて今夜の終演へと至っているのだ。

 アンコールには「リサイクルレンジャー」ほか計2曲が供された。アンコールに「リサイクル」テーマというのも、児童合唱団の定期演奏会としてはかなり異例の選曲なのだが、「…レンジャー」の最後の、あの「ダメ出しポーズ」が男の子っぽくヤンチャにキマって客席は大喜び。この曲はフレーベル館が2007年10月に出した環境保育の実例指導書「心を育てるリサイクル」(ISBN9784577803127)の所収で、少年合唱団の歌う範唱CDが付録としてバンドルされている。だから、「リサイクルレンジャー」のCDを手に入れようとすれば、自動的にこの本を買うことになるし、CD化された「リサイクルレンジャー」を歌っているのは世界中でまだフレーベル少年合唱団だけでもある。株式会社フレーベル館の事業としてのフレーベル少年合唱団が、会社へのお礼と報告のために催す定期演奏会という図式が、このアンコールで明確に、だが非常にさり気なく誠意を持って提示されているのである。

アルトの花がひらくとき
 2年前の定期演奏会の感想で、私は「新アルトはチームとして非常に魅力的なものを持っている。このチームが後年どういう使われ方をするのか見届けたい。」と期待に胸膨らませて書いている。だが、昨年のレポートは一転し「上級生として信頼されて行くに従ってフレーベルのアルトはチームとしてではなく全体のカラーの中へ穏当に収斂されてしまった」と酷評した。「つまらなくなった。」と書いているのである。その少年たちは今年、どうなったのだろう?

 合唱団はパート2のトリで前半の部の最後でもあるセクションに日本の民謡を3曲だけ歌った。パート2は前半が「今年の活動報告」と銘打って、彼らの担当したCMソングや映画主題歌(*2)などを披露。昨年同様の「これは何のCMの歌でしょう」という地方の少年合唱団のステージ・テーストを強く感じさせる印象的なコーナーがあり、その後にかなり唐突な印象を与える「民謡」のナンバーがわずかにくっつけられているという構成になっている。これはもちろん前半の部のフィナーレに「ソーラン節」を配置するための布石でもあり(*3)、「題名のない音楽会で歌いました」というMCが無くても殆どの観客にとっては「その放送は見た」というステータスのものだった。実際、客席は手拍子膝拍子(?)で大いに演奏を堪能し、私たちは大変満足して休憩時間を迎えることができた。少年たちの目論見は見事に大当たり!でも何故、何のための日本民謡集だったのか。『報告会』であればソーラン節だけでよかったのではないのか?

 疑問に答えてくれたのは、昨年私が「ソプラノの顔をしたアルト」と評した、その少年たちの今年の隊列だったように思う。
2曲目に「おてもやん」がある。歌いだしの団員らの声は息を呑む一瞬の弱起の中からフォルテのかかった一点突破のような後舌母音の深い共鳴に担われ、鋭利に立ち上がってくる。彼らの体格はまだ小さくて、弱い横隔膜を繰りながら息を押し上げるため、自分たちのお腹をグイと前に出してふんばろうとする。私は同じその姿を1980年代の初頭、フレーベル少年合唱団のステージで繰り返し見た。当時、彼らは九州民謡を何曲か携えて歌っていた。きっとマレーシアのツアーでも歌ったのだと思う。「おてもやん」はその稀有な歌いだしの声から、強烈な印象のレパートリーの一つだった。48回定演で彼らはそれを再現して見せた。「僕らの歌」は終わってなどいなかった!これも活動報告だったのだ!そして2008年の今、私がすみだトリフォニーのステージ上に聞いたのは、あのアルトのハーモニー。チームとして共鳴する彼らの音。歌っている子たちの身に付けるものは、もはやマリンブルーのジャケットではない。だが、立ち姿は、山本健二先生の前で自ら「手打ち」や「乱れ打ち」をやりながら頭をかきかき「おてもやん」を歌っていた、懐かしい匂いのする、温和で枯れていて、一寸だけ照れて火照って、チームとして安定し、見る者・聞く者をあたたかい気持ちにさせてくれたアルト団員たちの姿そのものだった!この定演は他でもない、かつて連綿と続いていた「フレーベル少年合唱団のアルト」を愛するファンにとって、十何年ぶりかに訪れた夢のような至福のときだった。 だから彼らの音楽への迫り方は禁欲的なまでに正攻法だと言える。他の合唱団の真似をしたり、「新生フレーベル」的な気負いのある声で歌ったりせず、あくまでも先輩たちが極めていた団員としての生き様を追及して、このようになったのだと思う。
 もちろん、彼らのブレスは殆どの子で非常に高く上がってしまっていて、声質的にも生来のアルトとは思えない子もいる。また、今年のセレクトAアルトの最大の弱点として、彼らが本来いるべきポジションであるプレーンA組合同の編成に戻ったとき、チームとしてはもちろん、音楽としても上手に他声部へ付き添いきれないということもある。(だから、これは、彼らが優秀な低声部の後継者を2008年10月の今、ほとんど持っていないという決定的な弱みでもあるのだ。基幹メンバーの欠席したコンサートのフレーベル少年合唱団の歌い姿は、まるで別の合唱団を見るようだ。)だがそれでも、今年のセレクトAアルトの出来のよさは群を抜いている。少年合唱というのは、やはりチームのなのだ。

 彼らの持つ連帯感は、隊列の自然な美しさというところにも現れている。
フレーベルの整列というのは、実はどのクラスもとてもラフなもので、客席で見ていても(…そしてホリゾン側から見ていても!)あまり美しいというものでは無いのだが(*4)、今年のアルトにだけはそれが見られない。彼らの並びの正確さはおそらく鍛えられた「耳」と幸運に見守られた「連帯感」によるものであり、同じアルトの誰が自分から見てどの方角の何センチの位置で歌っているか感覚的に把持されているかのような美しさだ。このため、セレクトAだけの隊列を見ると、どの子までがアルトで、どの子からがメゾなのか視覚的に知られてしまう。今年のフレーベルのセレクトAアルトは乱暴に言って、そういうチームとして私たちを喜ばせている。
 パート3のおなじみ「世界の名曲」のコーナーで、レンガ色のユニフォームを着て歌っているあいだ中、アルトの少年たち(…と、ソプラノの左翼の子達の一部もそうだったのだが)は全員、手を後ろで組まず、体側に落としていた。そのカッコよさ!見た目の爽快感!個人プレーでは無く、各自がしっかりと「フレーベル少年合唱団」の上級生団員を演じ、今年は一人ひとりが自分の持ち味を生かしてチームへと止揚されている。見せるエンタテイメントとしての立ち姿の美しさ。各自のキャラが立っていて、明確な、だが、イヤミの無い主張をしながら隊列を作っている。「背が伸びちゃって、声がオジサンっぽくなってきたからアルトにでも下りなさいよ」という「でもしか転落アルト」の編成でないことは明らかだ。受験、進学、他のお稽古ごととの競合、「ゆとり教育」の揺り戻しから土日祝日へと怒濤のように還流してきた学校行事…ベストの状態はおそらく来春までも維持できないのかもしれない。だが、少なくとも当夜のアルトの歌いは他の追随を許さないと思われるほど惚れ惚れとするものだった。鳥肌がたつほど美しい声質で私たちを甘く苦しめる団員がいる。ピッチ保持力やリズム感などを日々の研鑽を通じて勝ち獲たと思われる子もいる。それをチームとしてのコアに据えず、メタボリズム的に組み込んでソリッド感を出すという心憎い人員配置になっている。彼らがどういう日常生活を送っているのかは、私たちにはわからない。だが、ステージ上の彼らのスマートで凛々しい姿からはこの年齢層の男の子にありがちな気分の悪い「増長」が殆ど見えてこない。しっかりと『夢』だけを見せてくれるのである。

 ステージMCの要員としての使われ方を見ても、それは明らかだ。アルト基幹メンバーのほぼ全員が、一人ひとり出て行ってマイクの前に立っている。全員が歌だけでなく少年らしい地声の喋りでも観客を魅せている。また、アルト団員がステージでのたいていの事態へ臨機応変に対応できる上級生としての冷静な判断力や行動力を責任感とともに身につけていることが客席からもよくわかる。フレーベルの高学年生たちは、ときに未就学児の団員を擁しながらステージに上がり、さらに保育図書の会社の合唱団であることから客席に幼い観衆を抱える事が多い。小学5〜6年ぐらいの少年たちが、ライブ中の経験を通じ想定外の出来事や指揮者から発せられる突然の指令にも機転を利かせ対応できるよう育っていることは決して理解し難い事ではないと思う。また、演奏中の彼らが垣間見せる菩薩のような慈悲深い穏やかな眼差しは、こうした日常の歌い姿から導かれてくるのかもしれない。

さりげなさの統御
 開演前、観客がチケットをもいでもらいロビーに入ってゆくと、ふつうの児童合唱団の演奏会では配られることの無い「ビオレUうるおいミルクA」のお試しサンプル15ml(試供品)を唐突に手渡されたりする。合唱団の歌うテレビCMを知っている観客ならば、もう笑いの止まらない大ニヤリのサプライズなのだが、それをステージでの紹介の前にやってしまうというさりげなさ。そしてアンコールナンバーに黙って「リサイクルレンジャー」をしのばせる心にくさ。当夜のコンサートには、このフレーベル少年合唱団らしい「さりげなさ」が随所に見られた。

 そううたってはいないが、演奏会のちょうど2週間後発売になる新譜CD「楽しいカノン」の挿入曲を聞かせる「輪唱」のコーナーが挿入されている。いわゆる「プレミア公開」なのだが、日本の児童合唱団らしく発売「予定」のものに対して宣伝がましいことを全く言わなかった。「うれしい楽しいクリスマス」を彼らの声で聞いて気づいた事があった。合唱団はこの曲を昭和時代に「レコード」にも吹き込んでいる。降誕祭らしい華やかさや、橇遊び的な躍動感にあふれる仕上がりだった。それに対し、今回のカノン・アレンジは伴奏もツェルニーのピアノ練習曲といった風情の「さりげない」ものだった。これが非常に良かった。ピアノが子どもたちの声を邪魔せず、タッチの間隙から上手にボーイソプラノを響かせてやっている。コーナー冒頭は「かえるの合唱」だった。少年たちはフォーメーションを入れ替えてみせる。4声のカノンなのだ!通常、フレーベル少年合唱団は、可愛らしいドライ気味な頭声で揃えたコントロールのかかった声作りと、頭声の中にカツンと響く声の混入を認めた、男の子らしい生活感に満ちた素材を大切にする声作りとを上手に使い分けてステージに上げている。当夜のカノンのステージには後者の声が選ばれていて、それが4声に分かれて届くという心憎い演出になっていた。伴奏のセーブと相まって、少年たち一人一人の声が愛らしく、ときに頼もしく、あるいは楽しく客席へとやってくる。自分のお気に入りの団員さんがいれば、その子の声を合唱の中から聞き取る事だってできるのだ。2曲目の「メトロノームの発明者メルツェルに」も4声。2声に後退するあとの2曲では、プチ鉄ヲタふうの演出などでカバーする(コレがめちゃくちゃにカワイイ!)。合唱団は今回のCDで全体量の3分の一強にあたる13曲を担当しているのだが、定期演奏会ではその中から曲がさりげなく、だが上手に注意深く選びとられていることがわかる。

 回を重ねてすみだトリフォニーの音響特性を学んだ少年たちのトーンには心地よく制御が効いているものも多かった。パート1の最後を飾る「瑠璃色の地球」のラストノートの美しさ。アイドル歌謡を感じさせない真っ直ぐな少年らしいナイーブさ。低声域から上って添ってくるアルトのさりげなさ!PA拡声がややドラスチックなために、日本の少年合唱を聴き慣れない人には「おや」と思われるのかもしれない。日本にいくつかある少年合唱他団のライブ整音を聞いて比べると当夜の音響の妥当性が理解できる。ギリギリではあるが私は許容範囲内であると思う。この日もパート3で毎年お楽しみのソロがあった。それを聞いて想起したのは1989年4月2日に日本青年館大ホールで聴いた大浦広というボーイソプラノのソロ(スタジオ録音のヴァージョンはセット売りだが商品化されている。フレーベルの団員ではない)。強烈な印象が残っているのは、振りをつけて歌いながらその子自身がマイクの正面に来るよう、ポジションをずらしていたことだった。彼は他のレパートリーでも演奏中マイクの高さを片手で変えている。教会の聖歌隊出身でクラッシックの発声で歌う小学3年生の男の子がそれをやったことで「日本の少年合唱団のPA拡声」は既成事実になったと思う。今日のいかにもフレーベル的な愛らしいソロがトリフォニーの音に沿った形で拡声されていたのは嬉しかった。

オー・ハッピー・デイ
 パートとしては最後の、…ステージとしては最後から2番目の位置に「アベ・ベルム・コルプス」と「アヴェ・マリア」があった。少年合唱団のステージ演目としては決して斬新なものではないのだが、当夜のセレクトAは60ストップ規模の本格的なパイプオルガンの伴奏で、合唱団のスタンバイ位置も聖歌隊よろしくオルガンバルコニーのコンソール際ぎりぎりまで寄って歌ってみせるという観客本位のことをしている。彼らの「聖歌隊」としてのコンディションは良好で、ディナーミク、ピッチ感ともに穏当な、説得力のある演奏を聞くことができた。曲数が2曲と少なく、じっくり聞いたという感じにはなっていないことから、ヒトコト言いたい人もいるのだろうか。合唱やソロのPA拡声にしろ、オルガン使用にしろ、必ずそれなりのコストがかかることをおおかたの聴衆はおそらくあまり意識しながら聴いていないと思う。トリフォニーの大ホールで指定席2000円ぽっきりという破格なチケット代が何を意味するのかもよく考えてみたいと思った。

 宗教ナンバーとしては、この他にパート3の「世界の名曲」でもジョージ・ハリスンの盗作問題を通じ有名なゴスペル系の「オー・ハッピー・デイ」が歌われている。以前、定演の似たようなコーナーで「アイル・フォロー・ヒム」を聞いた強烈な記憶があるのだが、選曲の元ネタが分かったようでちょっとニヤリとさせられた。少年たちの歌いにはウーピー・ゴールドバーグばりのガラッとした咆哮は無く、70年代ごろのフレーベルの先輩らが何故か身につけていたブルージーなフィーリングも既に過去のものとなり、ややぎこちなく、早く言ってしまえばドライな印象。ただ、ここでもアルトの追唱は完璧で、実にマイルド(「弱い」のではなく「マイルド」)な歌い上げからコーラス全体をあたたかくカバーしている。

 一時期、やや気になっていた煩雑な出ハケは今回解消されていた。ただ、男の子ゆえの跫音に配慮しているらしい非常にゆっくりとしたスピードの歩きを保った入退場だけが印象に残った。彼らは「アヴェ・マリア」のステージのあがりにオルガンバルコニーからひな壇へオープンのまま移動する様子を見せているのだが、この少年らしい爽やかな行脚は「歌以外のところも見せて客席を楽しませる」男の子の合唱団のコンサートならではの趣向だったと思う。

 痺れるようなサプライズの果て、今日の定期演奏会のステージで聴衆の見たもの、聴いたものは、フレーベル少年合唱団の日々の立ち姿の中からもたらされる良心に満ちた歌声。私は冒頭に「今年一年間の活動を報告する演奏会」と書いた。
…だが、実際に私が得たものは「報告」という無味乾燥の復命ではなく、夢のように幸せな音と少年たちの歌い姿の横溢。このひとときを聴衆へプレゼントしてくださった先生方になんと言って御礼したらよいのだろう。不幸にも多くの人々が他人を不愉快にさせてしまう子どもを生み育ててしまうこの世の中で、他人を幸福にして余りある男の子らをここに送り出してくださったご家族の皆様へ、心からの感謝と激励の言葉を申し述べていたい。

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*1 フレーベル少年合唱団のコンサートならではの楽しみの一つに、終演時のボウがある。同じ振りに見えるが、実はここにも団員一人一人の個性があって、最後の瞬間までたっぷりと私たちを魅せてくれる。ボウの優美な団員を探すのも一興。実に意外な子が宮廷貴族さながらのやわらかな美しい挨拶をしていたり、白馬の王子さま顔負けのりりしい姿を見せてくれたりする。ちょとウキウキ!

*2 サウンドトラック版の「ゲゲゲの鬼太郎」は実にフレーベルらしい声質で良かった!映画館の座席でむしょうに身震いがしたのは妖気でゾッとしたからではなくて、この歌声が劇場の広いスクリーンに大音響で響いていたからだった!オキニの団員さんたちの声がストレートに押し寄せてくる感じ!2007年から2008年にかけて、彼らは映画サントラの児童合唱を何本か担当しているが、どれもインパクトのある歌声で銀幕を飾っている。

*3 「ソーラン節」とともにオンエアされた「歌えバンバン」が当夜のプログラムからドロップされていたのはとても残念だった。一時期、定演のアンコール曲として用意されていた頃もあったこのナンバー、放送では前の方のマイクが子どもの声をけっこう拾っていて、わくわくするようなハーモニーだった(声質的にも現在のフレーベル少年合唱団のトーンに合っている)だけに惜しいような気がする。

*4 ステージ整列については、最近改善が見られるようだ。子どもたちのフレキシブルなふるまいが頼もしいと思う。

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2007/11/19

日本で一番「イキのいい」少年合唱団の一夜の物語  定期演奏会

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 これは2007年の今、日本で一番「イキのいい」少年合唱団の隊列に並んで歌っているというのに、それが自分たちのことであるとはおそらく思っていないステキな少年たちの一夜の物語。
平成時代もあと2ヶ月で20年を迎えようとする年、その少年合唱団の名前を挙げようとするのは、決して困難なことではない。
平日の開催。午後6時半開演。夜9時終演という定期演奏会。こんなハンデのある時間帯に、まがりなりにも1800席規模の都心のコンサートホールを様々な層のお客様でそこそこにうめて2時間超を聞かせきる。国内のどこの少年合唱団ならほかにできるというのだろう。
 ほかにも考えてみるべきだ。この1年間、(ミニミニではあるにせよ)単独・一般公開の年間コンサート実施回数が一番多かったボーイソプラノの合唱団の名前は?
録音担当を含む全国展開のテレビCM出演本数の一番多かった少年合唱団は?
国内・非インディーズレーベルでの商品CD吹き込み曲数・枚数最多の男の子の合唱団の名前は?
12月発売、最新版の「千の風になって」のCDを吹き込んでいる児童合唱団はどこ?
どの質問にもフレーベル少年合唱団の名前一つを挙げれば事足りる。

 私たちが男の子の合唱団のコンサートを聞くとき、歌っている団員の姿を見ること自体が演奏会の大きな楽しみの一つであることを思い知らされる。国内で最も「イキのいい」はずの彼らは、歌い姿に全く攻撃的なところや脂ぎったところが無い。はるか神田小川町時代からこの合唱団が持っていた無骨さや前にしゃしゃり出て来ることをしない質朴さが、当夜も魅力的に彼らの隊列をまとめあげる。
 プログラムがミソだ。その少年たちのふるまいはさらにハッキリとしてくる。おそらくこの1年間に吹き込んだCD・DVD(*1)の曲や放送されたCMソングを全てしっかり歌うだけでも定期演奏会の四分の一分量のワンステージを消化することができただろう。だが、一番たっぷりと歌った「ファインプレーを君といっしょに~GoGoジャイアンツ」でもダイジェスト版という慎ましいチョイス。CD版ではフルコーラスを供している「緑のそよ風」でさえハイライトのみという非常に抑制された披露にとどまっている。あとは代表的なCMソングのほんのさわりの部分と曲紹介MCがパート2ステージ冒頭、「ぼくらの活動報告」という地味なタイトルのついたコーナーであっさりと扱われ、ISO14001関連の保育関連書籍「心を育てるリサイクル」(フレーベル館・10月)に収蔵された「リサイクルレンジャー」等の曲目がその後に歌われている。プログラム全体は、この合唱団が1990年代からさかんに打ってきたトータルコンセプトの構成を踏襲して(今回は「星=わたしたちの環境」ということだった)スリムに組み上がっている。出色なのは現状の団員たちの体力をよく知った上で上限ぎりぎりのプログラムの量がはかられていることだった。そして毎週、男の子らと激闘を強いられている指導者がその中から考えつくのだろう、ちょっとした演出の工夫がさりげなく目立たないようにちりばめられていて、年少さんの男の子をステージにあげながらお客様にきちんと満腹感を与えて帰すという一見矛盾するような難しい作業を逆転の発想でなしとげている。
 その簡単な例は、緞帳の下りない終演処理の秀逸さに見られる。例え野暮ったく見える危険性はあってもチームとしての折り目の正しさや礼儀の良さをハッキリと見せて客席を納得させるステージ手法は、もちろんこの合唱団の専売特許では無い。だが、未就学児から中学生までを抱えるフレーベルは終演後、その年齢ごとの隊列をボウ&スクレイプでたたみかけるように片付けて鮮やかに退場していった。あたかもボーイスカウトの一団がビーバー>カブ>ボーイと下の隊からイヤサカを唱えテントを撤収していくような心弾む楽しさ、少年らしいシズル感の良さを演奏会の最後の瞬間まで提供してくれている。マイクスタンドに以前のようなブームを使わず、作為的にフレキシブルをかまして放置する(*2)。A組プレーンのアルトがバミテープを使わず整列位置を勘案する姿を見せる。B組の子どもに常動的な振り付けをさせて揺さぶる。…等々、定演を飾る「さすが保育出版社の合唱団」と言いたくなるような演出手法は枚挙に暇がない。

 毎年様々な発見のあるポップス系コーナーは今年もパート4への配当。レンガ色の新しいジャケットのお披露目(*3)があり、プチ・ダンディで痛快だったのだが、お楽しみはそこまで。常連のお客様方が密かに楽しみにしている「ソロ」煽りのウレシイ暴挙(?)も無く、最近のフレーベルのフォーマット通りユニゾンで押すちょっとモッタイナイ展開だった。「機関車トーマスのテーマ」など斉唱で仕上げた作品がCD化もされ評価されている中で、ユニゾン自体が特にどうこうというわけではない。課題として見えてきたのは、こじんまりとまとまってすっかり落ち着いてしまったセレクト・アルト使い方。今日のこのコンサートでの彼らの歌いぶりをみると2年前、当時まだ貧弱なプレーンA組の団員にすぎなかったこの少年たちがなぜチームとして非常に魅力的に見えたのかはっきりした。もともと魅力的な声を持ってセレクトにのし上がってきたアルトは現在のフレーベル少年合唱団には何人もいないように見える。良い声は持っていても体力的にあやしいものがあったり、集中力がもう少しあればという子がいたり…その中で何とかがんばって歌っている苦労人に見える子や、先生方がそれとなく目をかけてやっているらしい感じが見え隠れする子や、僅かな経験を大切にして歌う職人のような子や、もう歌っているツラガマエ自体が不敵で素敵でたまらないという子まで…イロイロなタイプの男の子の姿が客席からもしっかりと見えた。様々な子どもたちが混在していた魅力。
「少年合唱団って、結局はチームなんですよ」と、かつて技術的にはとても高いレベルだったよその少年合唱団の6年生団員から繰り返し説かれた。だが、上級生として信頼されて行くに従ってフレーベルの方の彼らはチームとしてではなく『フレーベル少年合唱団』全体のカラーの中へ穏当に収斂されていく。
 この子供たちに比べると現在のプレーンA組のアルト(ほとんどユニゾンなので隊列の中央から右側にいる男の子たち)はアウトロー感満載でケタ違いに面白い。「ソプラノの顔をしたアルト」という役柄を押し付けられているセレクトの上級生に比べ、彼らのハジケ方は「歌っている男の子の姿を見せて人の心を癒す」という日本の少年合唱本来の持つ楽しみ方を最大限に許してくれている。残念なことに訓練が足りず、彼らは2時間半にも及ぶ長丁場の待機でさすがに疲れてしまうのだが、それでもセレクトに彼らが添ったときの立ち姿や声の通し方は実に魅力的だ。

 今回の定期演奏会で、合唱団はステージ後半を中心にめまぐるしい衣裳替えを行なった。ベスト&ボウと靴下のコーデを含めると、少年たちは各ステージ毎に違った格好で登場して歌った勘定になる。現在の団服へとステージユニフォームが切り替わったとき以来、「昭和30年代ブームの今、なぜわざわざ流行最先端の団服を廃して地方の学校制服みたいなデザインの服に替えてしまったのだろう?」とずっと思い続けてきた。だが、当夜の徹底した「お召し替え」を見せられた今、フレーベルのやっているのは少年合唱団の「着せ替え遊び」などではさらさら無い、彼らなりの明確な主張だったのだということに今さらながら気づきはじめている。同様の主張はステハン・スタッフの絞られかたにも見られる。指導者ステージのステージハンドは明らかに人数不足だ。だが、団員たちは新しいユニフォームの背中で言っている。「僕たちは一度、あの僕らの大好きなフレーベル少年合唱団と訣別するんです!」と。
 日本のボーイソプラノの合唱団シーンは、20世紀の後半に幾度もの「訣別」を経験して面白くなってきた。ビクター少年合唱隊が1970年代の初頭「僕たちは日本版ウイーン少年合唱団なんかじゃない!」と、外国の少年合唱団の後追いを止め、フォーマルのステージ衣裳を脱ぎ捨てて鮮やかな黄色い半袖トレーナーをまとったとき。ビッグ・マンモスが80年代に「歌って踊れれば日本中の子どもたちをもっと楽しませることができる」と、合唱をすてユニゾンで歌い始めたとき。90年代に暁星小学校聖歌隊が「文部省学習指導要領よサヨウナラ!」とばかりNHK学コンの金賞校へ颯爽と躍り出たとき。明らかに日本の少年合唱は良い方に変わり私たちのボーイソプラノは格段に面白くなっていった。そして今、私たちのフレーベル少年合唱団は、あの心休まる慈愛と温もりに満ちた紺碧の団服を脱ぎ置いて、精一杯変わろうとしている。
 その兆しは六義園の冬から春のコンサートのステージに、彼らが新団服基本のネイビーを保つマントケープと長ズボンのいでたちで歌い始めたとき、既にもう顕れていて明らかだった。45年の長きにわたりトレードマークであり続けた団服をたたみ、ステージハンドに先日まで隊列で歌っていた団員たちだけを使って…。「サヨウナラ!神田小川町の子ツバメたち!つらいけれど僕たちは、もうあそこに戻れない。」
棒を振っている人が合唱団の優秀なOBなのだから、その思いは気まぐれや思い付きであるはずもない。

 日本で一番「イキのいい」少年合唱団の一夜の物語はこれで終わり。「イキのいい」と言っても魚だけとは限らない。しかも一つだけ思い違いがあった。「月夜の蟹」はナカミが薄く、美味しくないものと相場が決まっている。脱皮をして、産卵の時期でもある。どちらもフレーベル少年合唱団の現状に当てはまるはずなのに、彼らの歌う姿は新鮮で美味しかった。今度聞くときはもっとお腹を空かせて来ようと思う。とっても楽しかった。ごちそうさま!

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*1)「デストロイオールヒューマンズ!日本版」のエンディングテーマは、おそらくフレーベル少年合唱団が今年録音した唯一の商業用DVD収録作品(セガ・2月発売)。ジャケットに「暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています」とレートC相当の警告文がついているため、おそらく今回は演奏することができなかった。

*2)フレキシブルスタンドを未就学児に調節させ…あるいは調節できないまま本人が知恵をしぼったり見切ったりする一瞬の愛らしい姿を全て見せる。一方で中学生がこれをいともタヤスく操ったり中堅の団員たちが当然の事のように下級生へ気配りしたりというそれぞれの年齢の姿の鮮やかな対比までをパッケージとして楽しませた。

*3)どうもカマーバンドをしているらしいのだが、側線入りのズボンなのだから、やはりジャケットの襟底からバンドが覗くようにしめる方がダンディーというか男の色気が出ると思うのですが…
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2006/10/23

フレーベル少年合唱団 第46回定期演奏会  定期演奏会

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 かつて座席数400の土曜日の芝公園ABCホールですら満席にできなかったフレーベル定演も、21世紀に入ってからホームグランドのイイノホールをたて続けに満席にし、昨年はついに席数を100席追加して紀尾井ホールへ。そこでもさらに満席状態になりました。毎年頂いていた「ご招待」のハガキはもう何の意味も果たしません。団員さんのお母様にムリヤリ席を融通していただいたりして何年か座ることができました。今年は一挙に1801席のすみだトリフォニーへ場所を移しての開催。全席指定。合唱団が定期演奏会の客席を全席指定にしたのは昭和時代の終わり頃の定期演奏会以来およそ18年ぶりのことです。観客は2階席まで入りました。昭和時代最後の最盛期は25周年記念定演の1983年頃のことです。当時は団員や会社のコネが無くてチケットをとるとちょっと厳しい席にしか当たらないほどの盛況でしたが、その再来を見るようでした。プログラムもしばらく続いて来た賑やかなタッチのものではなく、ミッドセンチュリーモダンなシックなデザインに変わって内容も無難に整理されました。

 プログラムに並んだ演目はフレーベルらしい懐かしい匂いのするものが多く、定期演奏会のステージにふさわしいものになっています。わかりやすく言うとOBのお兄さんたちが暗譜で歌えそうな曲が各所にちりばめられていて、タクトを振っているのが合唱団のOBでもあるのですから当然なのでしょうけれど、誠意と言うものを感じさせました。しかし、その聞き知った曲の間から私たちにもたらされたのは、この少年合唱団が今後、何を克服していけば良いのかという明快な道筋でした。

 第4部になると、これもフレーベルお得意のスクリーンミュージックのナンバーをセレクトチームの子どもたちが主としてソプラノ声部のソロをフィーチャーして聞かせます。お客様は大喜びでした。本来これらの曲は叙情性や物語性にあふれ、メロディーラインは比較的低めで、ひばりがさえずるような華やかなboy sopranoとは無縁のものです。低めのメゾかアルトの子どもたちに歌わせたい作品群でした。肝心のアルトの子どもたちは演奏中どうしていたかというと、ソプラノのソロの団員たちの歌声にうっとりと聞き入っていました。それは、彼らが本当はどうしていたいのかをきちんと話してくれているようでした。

 現在のアルト声部のコア団員たちの基本隊列が出来たのは2年前の2004年のことです。当時、偶然ですが、私はこのアルトの団員たちをかなり近くで見たことがありました。小さかった…というよりは子どものことなのですから当然背丈の問題ではなく、どの子も頼り無さそうな肩の線を見せて立っていました。ただ、彼ら新アルトはチームとして非常に魅力的なものを持っていることがわかりました。このチームが後年どういう使われ方をするのか見届けたいと思ったものです。
ちょうどその時代にはFMの合唱団のアルトで面白い動きがありました。「ぼくたちは日本一のボーイ・アルト」と自ら公言してはばからないアルトやメゾ低声の男の子たちが自信に満ちあふれたパート展開を繰り広げていた時期でもあって、2つの合唱団の低声部の違いが際立って見えていました。あちらでは本来メゾソプラノが歌うべきソロのポストをアルトの少年たちが奪い取って来ては我が世の春とばかりに歌っています。テレビの公開クラッシック番組でソロ出演した子どもたちもメゾとアルトのチームから選ばれてきていました。そこで私はフレーベルのアルトの子どもたちもあと何年かしたらチーム的に精神面でも肉体面でも変化があるのだろう…合唱団全体の声のカラーもボリューム感も全く違ったものに変化を遂げるはずと思っていました。

 定期演奏会当夜、フレーベル少年合唱団はフィナーレに児童合唱組曲「火のくにのうた」(プログラムでは「ひのくにの歌」と表記されている)を持って来ていました。この曲も先輩方が以前にレパートリーにとりあげていた作品です。20世紀の終わりに児童合唱のひな壇に立っていた全国の子どもたちの多くが今でも前奏を聴いただけで「どっどどどどーどどどどー」と歌えるでしょう。かつて、フレーベルの定演のステージで「火のくにのうた」を歌った団員たちが2006年の私たちに予言し、教えてくれていたのは、2006年のフレーベル少年合唱団のメルクマールとは何かということでした。目にも鮮やかなコバルトのお揃いのジャケットをずっぽりとまとって歌いながら、彼らは「なんで21世紀の僕らの後輩たちはソプラノとアルトが同じなの?」とイタズラっ子そうに言います。「ハレルヤ・コーラス」のときも彼らはトリフォニーの客席はるか後方でそうつぶやきます。美しい、きらびやかな、シャンペンシルバーに輝く至福のひとときでしたが、それでこれからこの合唱団がどういう声を作って行ったらいいのかがよくわかりました。

 今回の定期演奏会に出てきた少年たちは明らかに片足を「新生フレーベル少年合唱団」突っ込んだ状態であると言えます。愛すべきB組の子どもたちは相変わらずの見事な出来とキュートさで私たちをクラクラさせてくれるのですが、A組にはいくつかの揺さぶりがありました。まず、一見して分かるのは無帽での登場やベストを充てた団服のバリエーションなどのクロージングの面。さらに手を後ろに組まずに歌う姿を見せるなど合唱団が何十年も維持してきた約束事の部分的保留ということがあります。どれも彼らが「ちょっとだけやってみた」という段階にあることは明らかなのですが、私たち聴衆にとっては「今後のお楽しみ」ということでもあります。
 勿体ないと思うのは、フレーベル少年合唱団らしいおっとりした「出はけ」が緞帳の下りない大きなホールの会場になってちょっと目立ってしまっていたこと。バリエーションもありません。観客は同じひな壇にぞろぞろと並ぶ少年たちの様子を2時間15分のうちに何度も鑑賞させられることになります。もう一つはとても難しいことではあるのですが、少年たちが、すみだトリフォニーの音響特性を上手に使いきっていないことです。1年目のステージなので、これらは毎年繰り返し使ってみていろいろ研究してくださると面白いと思いました。
 アンコールに「シング」を入れましたが、あとは定石通り「勇気りんりん」と「アンパンマンマーチ」を歌って8時45分に終演。休憩時間を含めれば年少さんの団員からいる少年合唱団の演奏会としてはかなり長尺の部類に入ると思います。
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2006/4/14

恐竜の時代へタイムスリップ / フレーベル少年合唱団第45回定期演奏会  定期演奏会

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 フレーベルのファンを自称する人ならば、今回のこのコンサートは「スグル先生の、この1年」を聞きに来たということだけに収斂される演奏会ではある。「団歌」、中学生っぽい「フェニックス」と来て、「未知という名の船に乗り」まで来ると、もうそういうファンはすべて納得済みで「これ以降の曲は団員達からのサービスとして聞かせてもらうよ」というところが正直な感想だったろう。「未知という名の…」と「気球に乗ってどこまでも」は、フレーベルが決定的な危機状況に陥る前の、いわば「パックス・フレーベル」の至福を謳歌していた時期を象徴する2曲。そして、「アンパンマン」系の曲を2曲入れてありはしても、プログラム全体の色調は1970年代のフレーベルを強く意識させる。あの、苦しかった時期の合唱団を想起させる構成は徹底して排除されているのだ。

だからこの演奏会を「スグル先生の、この1年」とだけしか考えていなかったファンにとっては、それで満足しただけのコンサートになってしまったことだろう。フレーベルの奇跡は再び訪れた。けれども、今の彼らはまだ、それ以上のものにはなっていない。「往時の幸せだった頃のフレーベルがよみがえった」だけであることを感覚として感じた古くからのファンは、それならば来年の定演に、かつてのフレーベルを凌駕する、メリハリのある、日本語のクリアな、男の子の体温や汗を感じさせる、それでいて気品のある演奏を見たに違いない。次のステップが明確に具体性をともなって客席からも見えたはじめての演奏会なのだった。

東京の他の少年chorの定演同様、フレーベルも今年、ついに定期演奏会の開幕の数秒間から「緞帳がスルスルと上がる、あの一瞬の高揚感」を放棄してしまった。団員たちが自分のベレーにつけた傾きを真剣な面持ちで確かめ、真っ白いソックスをしっかり膝下まで上げずに団歌の前奏を弾き出されてしまった一瞬の後悔の気持ちを、残念ながらもう、フレーベルの開演前後のステージ上に感じる事はできなくなってしまった。ここ数年、イイノ・ホールを満席にして立ち見を出し続けてしまい、音響構成的にもキャパシティー的にもホームグラウンドとしての使用をあきらめざるを得なかった。今回は約100席を追加してTFBCも定期演奏会で使っていた紀尾井ホールに会場を移す事になる。新しいフレーベルが狙っているboy soprano然とした清心な声質を紀尾井ホールが十分に響かせてくれたのは嬉しい。

だがしかし、かつてのフレーベルに比べ明らかに見劣りのする部分もある。この合唱団のアルト声部と言えば、以前はチームとして非常に魅力的な体臭を放つセクションだった。定期演奏会のときも、フレーベルのアルトの少年達を「見に」行くと言ってはばからない人さえいた。その年月、私は等身大のアルトの団員たちを小川町のフレーベル館の練習場で何度も見て、その歌声を聞いた。「色気より食い気」の飄々としたお兄ちゃんたちや、それを見ながら背伸びをしてみるヤンチャ坊主たちが入れ替わり立ち代わり入って来て歌っていた。彼らのチーム自体が「うたごえ」そのものだと言えた。私は今もそれを決して忘れない。でも、今のフレーベルにはそういうアルト・パートは存在していない。老練で極上の声質の子ども達はソプラノやメゾに配されていて、アルトで歯を食いしばりながら合唱団を支えているのは小さい可愛い男の子たちだ。乱暴な意見だが、この団員構成はむしろ逆でもいいと思った人も皆無ではないと思う。
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2005/5/29

子どもが幸せだった時代  CD,レコード

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 東京タワーをバックに何やらヤンチャそうな子どもたちが自然な表情で写っている。
そこに写り込んでいるおじさんは、一定年齢以上の日本人だったら聞いたことのある童謡をたくさん作り続けた作曲家ご本人だ。
そう、このレコードは、日本を代表する作曲家が、自分とその周辺の童謡作家たちで作った曲を中心に、それを人々がどのように歌って欲しいのか、(Wikipediaによると)自分の持っている合唱団の子どもたちに実際に歌わせて録り上げたものだ。児童合唱団版のシンガーソングライターみたいなものなのだ。

 写真を見たらわかる。昭和30年代だ。確実に、だが少しずつ、豊かになりはじめた時代。でも、家の中はまだガランとし、このレコードで子どもたちの着ている制服の縫製ははなはだちゃちなものだ。

 作曲家が自分で作って、自分で棒をふり、自分の大切にしている子どもたちに歌わせたその歌の数々は、それでも慈愛に満ちている。どの曲も優しい気持ちにあふれ、子どもたちはそれを無邪気にいたずらっ子そうに歌っている。

 ラストナンバー「棚をつくりましょう」で「ぼくが日曜日に台所の棚を作りますよ、ね、お母さん」と男の子が歌っている。当時、台所の棚は、通販やホームセンターで買ってきて使い捨てのスパナで組み立てるものではなく、小学校高学年の男の子が、木工作の趣味みたいにして面白がりながらクギを打って作るものだったのだ。そして歌は、最初にこうことわっている....「もう一つ棚をつくりましょ」と言っている。棚が一つも無いような家ではなくて、必要な最低限のものがあり、そこには日用の調味料の置いてあることがあっさりと歌われている。塩の缶、醤油の瓶、海苔や煎餅の缶....食品は化学製品の密閉容器や小分けのパックではなく、皆ガラス瓶や缶に入れられストックされていたのだ。だから、この家に来る前の塩や醤油や煎餅や海苔も、店頭では当然パックで売られていたのではなく、大きな瓶や缶や大皿やカメに盛られ入れられて売られていたのだ....。彼が、そういうものどもの並ぶ台所の棚をもう一つ作ると公言しているのは、新しく作った棚にこれまでの調味料と併置して、それ以降の時代、怒濤のように台所へとなだれ込んでくるたくさんの品々を迎えようというささやかな予言になっているのだ。

 何もなかったのに、子どもたちがあの時代、なぜ幸せだったのかをこのレコードの歌は教えてくれている。
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2004/12/23

BS日テレ『それいけアンパンマンクラブ』で第44回定演放映  オンエア

 男の子に「マイク通りの良い声だね」と褒めてやることがある。マイクやスピーカーやヘッドホンの通りの良い声というのは確かにあると思う。新生フレーベルの声は、マイク通りの良い声だ。それだけでなく、テレビ画面に写った合唱団の印象は良好。テレビ写りも良かったのだ。ステージに近いところで見ていたのに、ナマでわからなかったのは、子ども達の表情が比較的良い事。少年合唱団の演唱中の表情が良すぎるとそれはそれでイヤミなのだが、そうではなく、想像するよりもはるかに楽しんで歌っている団員の姿がそこに写し出されていた。小学生の男の子が歌っている場に身をおいていると、だんだん子どもの顔が見えなくなり、ついにはそれが大変な所行であるということも忘れて辛口の評価を与えがちだ。だからモニターを通して子どもの歌っている顔をもう一度冷静に見てみると、彼らは意外にも歌うことを楽しんでいるのがわかる。

 これはBS放送で、それなりのクオリティーで収録されたものだが、その中から見えてきたのは、テレビ写りのあまり良く無い新ユニフォームだった。BSだから濃紺がかろうじて沈まずに写っているが、地上波放送だったらちょっときついところがあったろう。以前のユニフォームだったらこんな心配は皆無。結論は私の中では出てしまった。テレビ写り同様、やはり学校制服のカタログから選んで決めたようなお手頃感が免れ得ない。TPOにあわせて旧制服と併用することはできないのでしょうか?もはや?
 
 バーターで撮られたものであるにせよ男の子の合唱団の定期演奏会の記録ビデオなどという非常に使い難い素材をさすがテレビの編集だけあって上手に使っている。曲の選び方、画の選び方、切り方、ソツがない。フレーベル少年合唱団の定期演奏会のライブのオンエアは1985年ごろ、FM東京の番組以来のことか?
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