三陸を訪問  紀行

被災地でボランティア活動をしたいとずっと考えていたのですが、行ける環境が整わずなかなか実行できないでいまいた。今回予備自衛官の訓練を八戸基地で受けることになり、その途次に実行することにしました(訓練は9月7〜11日です。)。

何のボランティア団体にも所属していませんので、まずどこに連絡すれば良いかも分かっていません。そこで「東日本大震災、ボランティア」でインターネット上を検索しましたら多くのサイトが現れました。その時点で震災発生から既に5ヶ月以上経過しており、それ程の募集は無いのだろうと思っていたのですが、現地では様々なことで人手を必要としていることが分かります。報道では、現地でボランティアを断っているということが大きく取り上げられていましたが、それは特殊な状態の場面でのことだと考えます。

どこで何の手伝いができるかと迷っている時に、陸前高田の松の木のニュースが流れて来ました。そこで何とか現地で松の木を使ってレーザー加工をしたいと考えました。思えば私が自信を持ってできることはレーザーに関することですので、何とか実現させたいという思いが大きくなったのです。

それでも日々の作業にかまけて、現地の担当者と連絡する術を探ることを怠っていました。出発の1週間ほど前になって初めて或るボランティア団体に電子メールを送ったのですが、3日前になって漸く返事が来ました。忙しく活動している中、何度か返事を要求してしまい申し訳なく思っています。

その返事によりますと、直接仮設住宅の有る所に連絡した方が良いとのことで、改めてそちらに電話しました。するとイベント関係の手配をしている団体がそこに有るのでそちらへということになり、出発の前日にその方と話すことができました。これでやっと日程を決めてやることができるという思いで出発したのです。


往路栃木県内東北道にて
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八戸への途次、岩手県内の東北道沿いのお客や取引先を訪れながらゆっくり行くつもりでした。ところが福島県内で携帯電話が鳴り、その担当の方からです。高田松原の松に加工するのでなければ無意味になるので、その材料を準備してから来て欲しいとのことです。慌てました。私は、皆さんが松の木の何がしかも持っていなければ、手持ちの思い出の物にお好きなことばを彫って上げられれば良いとしか考えていませんでしたので、自分で材料を調達することなど全く頭に有りませんでした。しかしそんなことは当たり前のことで、自分の甘さにつくづく情けなくなってなってしまったものです。

材料を調達してから再度訪陸することは諸事情により無理なことですので、何とかしようとまずは陸前高田森林組合に連絡しました。ところが高田松原は防風、防砂林なので森林組合の管理するものではないとのこと。その松の倒木を瓦礫として処分するために集積してある場所は有るのでそれでも良ければということになりました。急遽そのまま陸前高田に向かい、夕方4時半頃森林組合の仮設事務所に到着。その集積場に行きましたら、長さ2〜3mの丸太が山積みに。これではレーザー機に入るものではありません。そう告げますと、別の場所に30〜40cm程度のものが積んであるとのことで案内してもらうことになりました。

海岸方面に進むに連れ、残骸の様なものが増えてきました。大船渡線の鉄橋も完全に落ちています。震災までは普通に町並みが有った場所に残っているのは鉄筋・鉄骨建てのものばかりで、それらも使用不能の状態に見えます。東京や川崎の、まだ建物の立っていない埋立地の様な殺風景が続きます。ことばは出ません。それまでかけていたカーステレオのスイッチを切りました。


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陸前高田ユースホステル(中央の建物)の前に1本だけ残った高田松原の松。このユースホステルに昭和47年(高校2年生の時)2泊しました。思い出の場所です。
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陸前高田駅のホーム
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カーナビには交差点の周りの商店等が示されていますが、車の目の前には何も有りません。
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そんな町中を過ぎて集積場所に到着。


海岸から3km近くの場所です。
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あちこち当たり前の様に車の残骸が残っています。
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しかし、それでも花は咲きます。
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丸太を一抱えもらって陸前高田を離れました。

丸太を手に入れたのは良かったのですが、それを板にするためにはどうするかがまた問題でした。電話帳を調べて八戸市内の木工業の方に連絡を取り、何とかやってもらえることになりまして非常に助かりました。生木に近い状態でしたので、大変だった様です。

八戸に到着したのは夜11時でした。

<続く>

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