三陸を訪問(4)  紀行

9月14日午前11時から午後4時の予定でレーザー実演加工をすることになっていました。場所は陸前高田の市街地から8km位離れた高台に在る岩手県立モビリア・オートキャンプ場です。ここには仮設住宅が168個建てられています。

前日人に合うため仙台に行きそこで泊まったものですから、早朝6時にホテルを出発。11時から始めるには準備を含め、初日は10時までにはと考えていたのですが、9時半には到着でき十分に間に合ってほっとしました。

挨拶を終えて機械を設置している間にボランティア団体の担当者が、案内の放送を始めたのですが時間を間違えて10時からと言っています。え、と思っている内に案の定数人の方が来られて待っています。わー、という間に注文用紙が重なっていきます。黙々と順に作っていくのみです。気が付いたら既に午後2時半で、昼食は摂らずにそのまま続け、終わったのは午後5時頃でした。

翌15日も同じ様な状況で、合計で約380個の木札ストラップを作りました。その数を約14時間で、全て異なる内容を浮き文字で彫り、対面しながら1人でこなしている状況は、木札ストラップを作った人なら容易に想像できると思います。それでも金銭のやり取りが無かったので助かりました。色々な要望を言われることも当然有ります。笑顔を絶やさずできたかが気になるところです。

営業している宿泊施設で陸前高田から最も近いのは大東か千厩で、千厩の方の旅館に宿泊しました。陸前高田・千厩間の最短ルートは気仙沼を通るものです。2日目の朝、予定より少し早めに出て気仙沼港を経由しました。気仙沼駅は土地の高い場所に在るため、その周りの建物群と共に津波の被害は無かったようです。大船渡線も気仙沼までは運転されている様子。

港の方に降りて行くと流れて来た瓦礫で壁面が壊された建物ばかりとなり、港の周りはやはり完全に流失した箇所が広がっています。


気仙沼市内
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そんな中、酒場が営業を始めていました。
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陸前高田に入って嫌な光景を見ました。何処にでもこんな輩はいるものだなと思いながら後を走っていたのですが、良く見れば八王子ナンバーです。タバコを吸いながら、そのタバコを持った右手を窓から出して前を走る地元の人の車を煽っているのです。許せないのでここで曝します。

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陸前高田の東側の海岸は殆どが防波堤になっているのですが、そのあちらこちらで煙が上がっています。何だろうと思ってそこで火を燃やしている人に聞きましたら、瓦礫や遺品を焼いているとのこと。その後何も言うことはできませんでした。

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防波堤の上に残されていた標章。震災発生の時からずっとだったのかは分かりません。地元のボランティアの方に手渡しました。
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町そのものが無くなってしまった場所に立って、1人の力は無に等しいと思いました。しかし精神での応援は被災した人達に強く働きかけるのだろうという思いも同時に持ちました。今回、生活にすぐ役に立つことではないので、不安を持ちながら行きました。そのことを率直に告げたのですが、高田松原の松で作ったストラップをずっと持ち続けることで強い気持ちでやっていけると言ってくれました。


仮設住宅の人達と
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被災者の方々が仮設住宅で笑顔で生活していることに、多少の安堵を覚えました。生活そのものは国や県の支援を受けながら被災した人達自らが作り上げていくものかも知れません。しかし被害を受けなかった私達は、心の応援をしていくことが重要です、日本人として、人間として。少なくとも被災地やそこの人達を侮辱したりからかったりする様な言動をしてはならないのです。

今回私の作ったストラップを喜んで使ってくれる陸前高田の人達に「こちらこそ有難うございます。」と言います。


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2013/10/19  11:57

投稿者:宮川 啓

とても素晴らしい活動ですね。自分も行動しなくてはと思っています。励みになります。

http://marukid.exblog.jp

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