ふとした気まぐれから、本屋などで、なんとなしに知らない本を手に取り、興が向けば素直に読む−こんなことを繰り返しておりますがそんな中で、
「この作家との出会いは、私にとって目には見えないけど、すごい影響を及ぼすだろうな!」という作家に出会えることほど、嬉しいことはありません。
最近、そうした「これは!」という作家と出会える機会に恵まれておりまして、一人小躍りしております。いしいしんじさんも私にとって、「唯一」の作品を感じさせる、貴重なお一人であります。
・プラネタリウムのふたご/いしいしんじ著(講談社)
ストーリー
星の見えない村のプラネタリウムで拾われたふたごは、ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部となった。彼らが生まれながらに定められていた役割とは何か。
いしい氏の物語を読んだ後、どうしてこう、この本について上手く語れないのだろうと思います。胸がいっぱいになって、うまく言葉が出ない。「この部分に感動した」「この展開に胸が打たれた」と、一言で言ってしまうにはあまりにも足りない、もっともっと色々伝えたいのに、上手く言葉が出てこない−こんなにもどかしくなる作品も私には珍しいです。
一つテーマになっているのが
「だまされる素質もしくは才覚」のように思えました。プラネタリウムというのは、嘘の星を鑑賞する場所で、手品師というのも、本当の魔法使いがチョチョイと魔法を繰り出しているのではなく、タネがあり、技術があり、素質があり、そんな中で一瞬のきらめく時間を私たちに提供してくれる。詐欺などは全く別の話として、だまされる素質とは、四角四面に生きるのではなく、余裕というか、人生の振りがゆるゆるとあり、優しさと純粋な幼さを持つ人のことかしら?と私なりに考えたりして。嘘は時に優しさであり、人を救ったりする。そんなことに改めて気付かされました。
先日読んだ
「ポーの話」でも
ガツンとやられましたが、私はこの「プラネタリウムの〜」の作品の方が、にじみ出る優しさのようなものに常に包まれる感じがして好きです。この作家はストレートではない。様々なエピソードを通して、それが幾重にも蓄積されることによって、大きな何かを伝えようとしている。そんな風に思えるのです。
優しいのに、とても切ない。淡々としていながら、人の温度のような暖かさを感じる。いしいしんじという人の織りなす物語には毎回圧倒されてなりません。
今でも、一人で作品を思い出す度に、やわらかく、あたたかく、穏やかな気持ちになる一方、眉間に皺が寄り、泣く一歩手前の顔になってしまうのです(^^;ゞ私にとってはそんな物語でした。読む機会を得、とても幸せです。
今思い出しても
様々なシーンが胸によみがえります。