伊坂幸太郎氏の小説を色々あさって読んでいますが、今回読んだ
「魔王」は今まで読んだ中で一番重い感じがしました。
・魔王/伊坂幸太郎・著(講談社)
ストーリー
人々の心をわし掴みにする若き政治家が、日本に選択を迫る時、長い考察の果てに、兄は答えを導き出し、弟の直観と呼応する…。未来にあるのは青空なのか、荒野なのか。世の中の流れに立ち向かおうとした、兄弟の物語。
少し幻想的な要素を感じました。でも、内容は非常に現在に即しています。現実世界の政治家に対する批判など鋭いところをついている。物語に登場する、カリスマ性を持ち理想的ともいえる政治家「犬養」に対峙する、民衆の過剰なまでの熱狂というか集団的陶酔に対しての危惧など、ただ読んだだけでは駄目で、これを読んであなたは何を思いますか?というような伊坂氏のメッセージを感じました。
現在調べるということは、PCで簡単に検索出来てしまうことで、PCをネットに繋ぐだけで過剰ともいえる情報を得ることが出来る。私もその恩恵を受けている一人ではありますが、この本で「自分で考えるということを忘れるな」ということと「自分の考えが集団に即さない場合、その意思を持ち続けることがはたして出来るだろうか」ということを考えさせられました。集団熱というものはものすごい力があります。みんなが走っていれば一緒に走りたくなるだろうし、集団が熱狂してどこかに石を投げれば、投げないと変な眼でみられるかもしれないと一緒になって投げたりする。個々の人の大多数が「本当はそんなにしたくないんだけど」と思っていても周りの様子を伺いながら周りと同じことをしていれば、それは一つの「集団」になります。(特に日本人は持続性はないまでも「みんながしている、持っている」という言葉に弱いらしいし。)
色々なものに流されないように生きるのは大変かもしれないけれど、自分で考えて納得したことだけして生きるというのはさぞや清々しいことだろう−と憧れます。
「魔王」が見えるという「兄」。「魔王」とは一体なんだろう。ムッソーリーニに代表される独裁者なのだろうか。私はその独裁者に力を与えるであろう、熱狂的支持者も「魔王」に思えましたが…。
最後、ちょっと尻切れトンボに思えたのは私だけでしょうか。私の理解力、想像力が及ばないだけでしょうか??(-_-;これから「弟」は何をする気なのだろう。大金を持ち、すなわち「力」を得た「弟」は「兄」との見えない絆によって一体何をしようとしているのか。
自分の想像力では全然補えず途方にくれています…