「止まっちゃいけない、走り続けねば!(期限に間に合わなくなる)」
読書録
バリバリ読んでます!
と言いたいところですが、実際はチマチマ読んでいます。
今回読んだのは「夜は短し、歩けよ乙女」で大変感銘を受けた、今、万城目学氏と共に注目の京都人…
森見登美彦氏の
「新釈・走れメロス」です。
別に太宰治好きではないのですが、氏の文学では読んだことがあるのはまさに「走れメロス」しかないのですが(教科書にて)前作の「夜は短し〜」をあんまりに気に入ってしまったので、その勢いで借りてみました。
今回はオムニバス形式の文豪新釈短編集。
第一話・山月記(中島敦)
第二話・藪の中(芥川龍之介)
第三話・走れメロス(太宰治)
第四話・桜の森の満開の下(坂口安吾)
第五話・百物語(森鴎外)
この中で実際原作を読んだことあるのは「山月記」「藪の中」「走れメロス」の計三話。
中島敦氏は高校の時の夏の課題図書で彼の本を読むかサマセット・モームの「月と六ペンス」を読むかの選択があり、周りの友達みんなが中島敦を選んでいるのを見て、みなと同じことをするのがなんとなくイヤで、ただそれだけの為に「月と六ペンス」を選んだ私。結構天の邪鬼なのです。どうでもいいですが、その「月と六ペンス」、その頃の友達(高校三年当時)読みたい〜と言われ貸し、その友達から「芥川龍之介集」を借り、そのまま今に至りますアレ?物々交換になっちゃってる!?
「藪の中」はその「芥川全集」の中に入っていたり、その他に好んで買った氏の全集に入っていたりして読みました。
芥川龍之介、実は好きなんです。あの奇想天外な物語、気楽に伝奇として読めませんか??全然読みにくくないと思うんですけど。「藪の中」を読んで「幽霊まで供述してらあ!」と手を叩いて喜んだのを覚えてます。私の読み方は多分正しくないです。
太宰治「走れメロス」は教科書で読み、特に何も感じませんでした。ただ、中学の時「人間失格」という題名に惹かれ「読んでみようかなあ!」と当時通っていた塾の先生に相談したところ「オマエは影響されやすいタイプだから、これは読まない方がいいと思うよ。」とアドバイス頂き、素直に読むのを止めました。それ以来、彼の文学には全く触れておりません。なんとなく〜暗い雰囲気があまり好みではない。あまり読んでないので実は分かっていなクセに…偏見かも?
坂口安吾氏のものはちゃんと読んだことは一度もなく、以前変わった物語を集めた短編集の中に妙な話が入っていたような。「アンゴウ先生!アンゴウ先生!」と誰かが呼んでいて、その肝心なアンゴウ先生は「ワーシがそのアンゴウ先生でアール!」みたいな(違ったか…??)変チクリンなしゃべり方をしていて…まだ十代だった私にはとても話しについていくことが出来ず途中で挫折した覚えが。私の中の坂口安吾は「アンゴウ先生!」なのです。
そして
森鴎外と言えば教科書で読んだ「高瀬舟」。喉が切り裂かれた描写が本当にリアルで、読んでいる間ずっと鳥肌を立ててしまった。何故、みんな平気で読めるの!?と周りとコソコソ見回したりして。森鴎外といえば私の中では喉が切られてヒューヒューいっている印象。怖い。
と、偉大な文豪についての思い出話はこの辺において、この森見流・新釈について。
全然期待していなかったのですが、非常に面白かった!
まず、舞台装置が京都で出演者にやたら「詭弁論部員」が多い、ということから、一部の人にはお分かりのように、前回の「夜は短し〜」と設定を同じくしておるのです。なんということか!ウレシイ!
その点でも私にはたまらないものがありました。何が一番良かったかというと、全く興味のない太宰氏の「走れメロス」こそ、(無駄に)熱い友情、方向性の間違った誠意の示し方、他の人にはとても描けないであろう、あまりにもバカバカしい展開…全てにおいて私好みでありました。ああ、こんな風にしちゃうんだ!こんなやり方があるんだ!と、机に突っ伏しながら、脱力しました。素直に脱帽。太宰氏、草場の陰からカンカンに怒っているかもしれませんが、これで原作読む人いるかもよ!?ということで、きっと許してくれると思います。(←テキトー)私は原作より好きです。というと、私の脳の緩さ加減が露見してしまうことでしょう…。
他もそれぞれ雰囲気がなんとも森見氏らしく、とても味わい深く読めました。あー、面白かった!次の作品も期待してます。