最近、人と接し、刺激を受け、親切にされ、心配し、心配され、その人の為を思い、その人に心を砕く…などというような、対人関係のことを考えます。
例えば、この前、銀座のプランタンに行こうとして、電車に乗り換える際手持ちの袋を落とし、気付かずそのまま行こうとしたら、同じ車両にいた女性が「落としましたよ!」と言ってくれたことや、電車に乗って、連れと並んで空いてる席ないかしら?と車両を見回していたら、怪しい(←失礼)おじさんがわさわざ席を詰めてくれて「ここ座りなよ」と言ってくれたことやら。
全く知らない人ですら親切をくれるんだ。
朝などの電車ではみんなイライラしていて、感じの悪い態度に接することも多い。自分もその人たちと同じような不機嫌な顔をしてツンツン歩いているのだろうと思う。
でも、そんな中にも親切はあって、金髪に髪を染めた今時の若者が、エスカレーターに乗ろうと間に入りたそうだったから少しだけ間を作ってあげた。その若者は丁寧に私に頭を下げた。なんと礼儀正しいにいちゃんなんだろうかー人は見た目で判断してはいけないなあ〜と思った出来事でした。
先日会った友達はいつも私に未知のジャンルの本と触れる機会を与えてくれるし、美味しいお菓子をお土産に持ってきてくれたりする。いつも当たり前のような感じで私を支えてくれる母に母の日のプレゼントを渡し、喜んでくれるその顔を見る嬉しさ。いつもいつも色々心を砕いてくれている義母に、TE氏の弟のお嫁さん(同い年の義妹)と一緒に相談して、母の日のプレゼントを一緒にあげようと画策するサプライズを起こす前のウキウキした気持ち。TE氏ファミリーと美味しい焼肉を囲む時、その日は会えないと思っていたTE氏の末の弟が来た時のワッと浮き立った気持ち。おしゃべりしながら食べ、姪の成長振りに驚き、可愛い仕草に眼を細めるひと時。
全て一人では味わえないことばかり。
私は一人でいる時間や、周りに気を使わず一人で何かする気安さをとても心地よいものだと思っているけれども、一人っきりで生きるのは絶対無理だ!ともシミジミ思う。人が大勢いたら摩擦も沢山あるけれど、それを越えて得られる信頼関係は尊い。
人間っつうのは、
プラスもマイナスも関係ないのよ、
とにかく誰かが必要。
そういうことですよ!
と、かの天才アラーキーもそうおっしゃっておりまして、最近私もそんなことをしみじみ思ってみたりして。昔はあんまりそんな風に思わなかったんですけどね。人生は夏休みと一緒と言った人がいる。数え切れないくらいある、長い長い〜!と思っていたら気付いたら結構経っちゃっていて〜あれ!?もうこんなきちゃった!?という。上手い例えだなあと感心した覚えが。
色々な経験をして積み重ねて、あーだこーだ思って、修正したり、戻ったり、曲がったり、人に影響受けたりして、時には与えたりして、生きている。
良く分からないですが、そんなことをつらつら考えた母の日でした。