2009/6/1  20:37

【映画感想】消されたヘッドライン ☆☆☆☆  ラッセル・クロウ&ポール・ベタニー

今度こそ、なるべく脱線しないように、ちゃんと映画感想を書こう。

うーん、でも、ネタバレしないで書こうとすると「サスペンス映画としてよくできている、久々にドキドキハラハラした」ぐらいしか書けないのよね〜。

で結局、キャラ語りとラッセル語りになるわけですが。というか、ほとんどラッセル賛美です。ファンですから。覚悟して読んで下さい(笑)。

ラッセルがこの役のために、とくに新聞記者をリサーチしたりしなかったと言い、「ずっと取材されてきたから、彼らのことは分かっている」と言った…と聞いて、私は最初、冗談か皮肉かと思ったのですよ。だって、ラッセルを取材してきたのって、だいたい芸能記者やゴシップ記者で、「真面目な」政治記者とは違う…はずでしょ?

でも、下リンクの記事を読んで、「おお、そういうことか」と納得したのでした。

http://cinematoday.jp/page/N0018041

「役作りのためのリサーチはまったくしていない。もう30年も取材されてジャーナリストたちと付き合ってきたから、その経験を応用した。」

脚本を読んでカルの人物像にいたく惚れ込み、休暇を返上してオファーを快諾した。役を深く理解し、意外な共通項を感じたという。


これを読んで分かるのは、ラッセルは脚本に書かれている「カル・マカフリー」という人物に惚れこんで、「カル」をよく理解して演じたいと思ったのであって、現実の一般的平均的な「ジャーナリスト」をリアルに演じたいと思ったわけじゃない、ということです。だから、現実の新聞記者については、雰囲気とか習慣とかのごく表面的なところがわかればいいので、それは今までの知識で十分、ということなのでしょう。

ラッセル・クロウは、今までに幅広い役柄を演じてきているわけですが…全部が全部じゃないけど、彼の役に多いのが、どんな職業であっても、「プロ」として信頼できる、安心して任せられる、という雰囲気を持った人物です。

一番典型的なのがジャック・オーブリー艦長(「マスター・アンド・コマンダー」)ですね。陸の上ではいざ知らず、ひとたび海に出れば、嵐が来ようと敵が来ようと、艦長にすべて任せておけば安心、一生ついてゆきます、という感じ。

警官のリッチー(「アメリカン・ギャングスター」)も、人質交渉人のテリー(「プルーフ・オブ・ライフ」)もそうです。いやいや、株式トレーダーのマックス(「プロヴァンスの贈り物」)やCIAのホフマン(「ワールド・オブ・ライズ」)ですら、個人としてのモラルや資質にはいささか問題があるにしても、こと自分の職業に関しては、「自分のやっていることがよく分かっている人たち」でした。

それはひょっとして、ラッセルが俳優としてプロであること、こと演技に関しては、自分のやってることがよ〜く分かっているヒトだってことが関係しているのかなと、改めて思ったわけです。

「カルを仕事上完璧主義者だと思っていない。多分、怠慢な方なんじゃないかな?そういう意味で僕たちは似てるかもしれない。カルは自分の外見へのこだわりもないし、知的虚栄心もない。でも自分が書く言葉に対してはすごくこだわっている。」

これって、ラッセルの役作りの特徴を表しているようで、面白いと思いませんか?「完璧主義者」っていうのは、「プロ」とは違うんです。ラッセルは以前、「ぼくは労働者階級の出身だから、いかにして撮影を時間内に終わらせて予算を節約するかってことにも気を遣う」という意味のことを言っていて、それも彼らしいなあと思ったのですが…名優ではあるけれど、芸術家っていうより職人タイプなんです。

完璧主義じゃない、怠慢な方(つまり、融通が利いて、状況によっては手っ取り早い方法を選ぶという意味だと思う)、虚栄心はない、でも、結果としてアウトプットされる仕事の質にはものすごくこだわる…

ああ、こうして書いていると、これ、どんな職業にもあてはまる良い方針のような気がしてきた。


また、上の記事でラッセルは次のように語っています。

「僕たちは、報道の内容に判断力を持ち注意をはらう必要がある。今の時代は、ニュースもそのネタも、新聞の販売部数の上下に左右される時代だからだ。特に最近腐敗してきたと思う。この映画はとてもタイムリーだと思うんだ。大事な政治的視点について情報の公開をしようとしないことや、ジャーナリズムと政治のあいまいな境界線、ジャーナリズムの道徳について語り、戦争を私有化する恐ろしさにも触れている。」

最近、アメリカのジャーナリズムの問題に関する記事をよく読むのですが、よく言われている問題のひとつに、記者がその取材対象である政治家と個人的に親しくなることの功罪があります。

ホワイトハウス記者クラブが大統領を主賓としたパーティを開き、記者と政治家たちが和気藹々と会話して、酒飲んで親しくなって、「オフレコ」で話を聞く。そういう「内部の輪」の中にいることで、良い情報が入る可能性は高くなるけど、個人的に親しいがために見えなくなることはないのか。ジャーナリストに必要な客観性を失うことにはならないか?

カル(ラッセル)とスティーブン・コリンズ議員(ベン・アフレック)は取材のために親しくなったわけじゃなくて、たまたま元から友人なわけですが、やっぱりその「親しさ」が後で諸刃の剣になってくるわけです。優秀なプロであってさえ、相手が友人となると…

この映画、民間軍事企業ブラックウォーター社の問題だけを扱っていると見せかけて…純粋な娯楽サスペンス映画として観客を振り回しながら、実はいろんな問題に触れている。そして、あちこちかきまわしたあげく、そのどれにもポジティブな解決をつけずに終わっている。それを批判する人もいるみたいですが、私はこれでいいと思うのです。現実の世界でも、ブラックウォーター社の問題にも、ジャーナリズムの危機にも、何の解決もついていないのだから。

「フィクサー」のように、現実は現実として、映画の中だけは「巨大企業の犯罪が暴かれてめでたしめでたし」という、スカッとしたハッピーエンドにしてしまう手もあったと思いますけど…(いや、「フィクサー」のラストは、あれはあれで好きですが。基本的にハッピーエンド大好き人間ですから)でも、この映画にそれはふさわしくない、これはこのラストが良かったんだ、と思います。



2009/6/5  23:17

投稿者:Kumiko

ええ、マキシマスは軍人としてプロだし、「ミステリー、アラスカ」のビービイ保安官なんかも入れたかったのですけどね。でも、この二人の場合、映画のほとんどの時間、自分がプロとして選んだ職業以外のことをしているでしょ?マキシマスは意志に反して剣闘士にならされてしまうし、ビービイさんはアマチュアであるアイスホッケーをしているし。だからあえて外しました(笑)。

高貴な血筋の人というのはプロになったりしない、何に対してもアマチュアでありながら、何をしても優れていることが理想とされたから(これは昔の英国の価値観で、古代ローマじゃないですけど)、コモドゥスもそういうつもりだったんじゃないでしょうか。(つもりなだけで、全然優れてないけど。)

ははは、「ヘヴンズ・バーニング」(笑ってごまかす)…あの映画の場合、ラッセルはプロでも、監督がシロウトだったのでしょう。

「消されたヘッドライン」って、ネタバレしない範囲で映画の内容をよく表しているいい題名だと思います。映画をヒットさせる上で最良の題名かと言われると、それはわかんないですけど…意味もわからず「ステート・オブ・プレイ」とかつけるよりずっといいですよ。

2009/6/5  20:05

投稿者:じゅうばこ

職人気質っていうと、マキシマスもなんかそうじゃありませんか?(笑)そう考えるとコモドゥスはまた、その対極にいるような…

ラッセル本人について私がそれを感じるのは、下積み?時代でも彼は大こけの映画ってありませんよね。多分そんなにうまく行かなかった場合でもそこそこきちんと客が来てファンがつく映画にしている。途中で投げないし、ふてくされない。これが私の彼をとても好きなひとつで、プロだなあといつも感じます。
ほら、Kumikoさんが絶対だめな「ヘヴンズ・バーニング」だって、私は好きですもん、それなりに(笑)。

もう一回見てからと思ってて見に行けないまま書くんですが、私はこの映画(消されたヘッドライン)でラッセルのこれまたしばしばあらわれる、マイナス方向、消極的パワーみたいなものに魅せられてました。
彼の演じる人って、前向きに突進して行くだけでなく、どこか「引く」ところに真の力を発揮するし、そこが魅力じゃないでしょうか。今回も「消す」というところにカルの真髄が顕れているような。
そういう意味でも、あのタイトルいいですよね。

2009/6/4  0:01

投稿者:Kumiko

よったろうさん、こんばんは。

私も、なるべく予備知識を入れずに楽しむ主義です。でも、本当にまったく知識がなかったら観に行くかどうかを決められないので、これはめったに味わえない贅沢です。ラッセルの映画ならどんなものでも必ず観に行くので、「消されたヘッドライン」はこの贅沢をかなりの部分味わえた映画でした。

本当に、「これのどこが面白くないんだろう?」と思っちゃうことってありますよね。興味の方向が違うからしょうがない、と言って終わりにしたいところですが、わりと、本当〜に、映画のテーマの根幹にかかわる基本的な知識が欠けたまま「つまんない」と言っている人が多いような気がするんですよね…本音を言ってしまえば。「ミスト」で、宗教オバサンのカーモディ夫人がユダヤ教徒だと思っている人がいてびっくりしたみたいに。

ラッセルって、インタビューを読むと、役や映画全体をすごく深く理解していると感じることが多いのですよね。まあ、私はファンだから、ラッセルのインタビューは丁寧に読んでいるからそう感じるのかもしれませんが。

2009/6/3  2:11

投稿者:よったろう

映画の感想と前振りも含めて興味深く拝見しました。
最近コラムニストの出版した実話原作を映画化した二作品を見たばかりで新聞業界の内幕など、そこに従事する人の大変さを十分見たと思っていましたがこの映画はフィクションなのにもっと生々しかったです。
多分フィクションだからそうなんでしょうね。

いつも映画の内容など調べずトレイラーも見ないで第一印象を楽しむのですがついついドラマを観てしまってサスペンスとしては正当に評価出来ませんでした。
なので他の人の感想が気になったのですが余りに自分とかけ離れているものが多くとても残念に思っていました。
ドラマより上手に今の報道の現状など描いていたので。
kumikoさんの感想をよんで安心しました。
アメリカンギャングスターの時に他の方の映画の感想を読んでとても感じたのですが映画の内容のどこが面白くないかがわかりませんでした。
消されヘッドラインを見た直後はまた同じように言われるんだろうなぁと思い一緒に見た人に「これ面白かった?」って何度も確認しちゃいました。
多分興味を示す方向が他の人と違うんだろう?と要約自分の事が分かってきたみたいです。
ラッセル・クロウって言う役者さんは本当に面白いです。
kumikoさんがおっしゃるようにプロに徹した合理的なキャラクター。
納得です。
次回作のロビン・フッド?ノッティンガムはどんなキャラクターなんでしょうね。楽しみです。

そうそう、私が大好きな「ミスト」もダラボン監督の最高傑作だと思ってたのにあんなに嫌われてるとは。
「ミスト」は宣伝が変だったのでkumikoさんの感想読まなければ見てなかったと思います。


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