この巻では、秦末の反乱に始まり、項羽と劉邦の戦い、そして、劉邦が漢を興し武帝が即位するまでが描かれる。
若く自信満々で、戦争にめっぽう強い項羽。
自分は有能ではないと思うからこそ、優秀な人材を登用し、重用する劉邦。
項羽は、倒した敵軍を殺し、街を滅ぼした。それが、純血で強い楚軍を維持する道だと、彼は信じて疑わなかった。
だが、その結果、殺され、滅ぼされると思った敵軍や民は、楚に対して決死の抵抗をした。
一方の劉邦。新しい有能な人々を重用し、征服した街の人々を守り、征服した軍を新しい軍として迎え入れる。純血ではないかもしれないが、どこまで拡大するかわからない軍隊を持つ劉邦と、最初の純血の軍隊しか持たない項羽。徐々に、勝敗は劉邦に傾く。
そんな自分勝手な項羽に対する描写は、あくまでも冷たい。
それなのに、なぜか、項羽の最期は涙を誘う。
心理戦を得意とする韓信が、垓下に籠城する項羽軍を追い詰めるため、周りで楚の歌を歌わせる。「我が故郷の楚の軍も、みんなもう敵に降伏してしまったようだ。これでは、援軍は期待できない」と、項羽を心理的に追い詰めようとしたのだ。むろん、これが有名な四面楚歌。
哀しげな楚歌が流れる中で、項羽が歌う。
力は山を抜き 気は世を蓋(おほ)う
時 利あらず 騅(すい)逝(ゆ)かず
騅の逝かざるを 奈何(いか)にせん
虞や虞や 若(なんじ)を奈何(いか)にせん
最後は、烏江のほとり。
船で河を渡り、そこで江東の王となることを薦められるが、それを恥として受け入れず、愛馬である騅をその人に譲った。そして、最後は二十六人となった部下たちとともに壮絶な白兵戦で散っていった。
私としてはカッコいいと思ってしまう項羽のこの諦めのよさも、やはり、十八史略の批判の対象だ。
杜牧という詩人は、「生きてさえいれば捲土重来が可能だったかもしれないのに」と、烏江で詠んだという ーこのとき、捲土重来という言葉が初めて使われたー。
う〜〜む、どうやら、私には男を見る眼がないらしい。
劉邦と項羽だったら、絶対、項羽に惹かれてしまう気がする・・・。
それに、その後の劉邦がいかん。
天下を取った後には、これまでの素晴らしい人間力はどこへやら、寵臣たちを疑い殺していくのだ。愛人の子に、皇太子を変えようとしたりして、糟糠の妻がヒステリーになるし。。。その結果なのか、糟糠の妻である呂后と呂一族は、劉邦の死後、権力をほしいままにし、恐怖政治をしく。ま、その間、権力闘争に終われて、大きな戦争がなくて、国民はほっとしたらしいのだが・・・。
呂后の死後、あっという間に呂氏は粛清され、しばらくは、地味めなおとなしい皇帝の下、漢は政権固めを行う。そして、武帝が登場する。
(続く)

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