会社の先輩が、歴史のマンガを貸してくださった。
名前は聞いたことはあったけれど、全くイメージがわかなかった人物、古田織部が主人公の「へうげもの」というマンガだ。
まだまだ、完結にはほど遠く、8巻までしか刊行されていないのだけれど、一生懸命、師匠である利休に追いつこう、数寄の道を究めようとしながらも、数々の失敗でしょげてしまったりする若い織部がとてもかわいらしく描かれていて、すっかり織部ファンになってしまった。
著者は、かなり緻密にいろんな歴史書を調べていると思われる。
本能寺の変は、光秀を追い詰めつつ、裏で糸をひいていたのは利休と秀吉だったという設定(秀吉は実行犯でもある)。秀吉の関与については「信長の棺」や「秀吉の伽」に近いし、光秀と家康の関係や黒人小姓弥介の存在などは、例の「本能寺の変 427年目の真実」とかぶるところがある。
織部・利休といった茶人だけでなく、信長・秀吉・家康の人となりもとてもリアルに感じられるし、松永久秀の平蜘蛛茶釜との爆死や、北野の茶会で評判をよんだ百姓のノ貫、狩野派に対抗する長谷川等伯の苦悩などなど、ディテールにいたるまでよく書かれている。
小説のほうが、自分で頭の中にビジュアライズできる時は強いけれど、あまり自分が知らない世界でそれができない場合には、やはり絵の力は強い。古田織部の本があったとしても、なかなか理解ができないだろうと思うので、このマンガは、ホント「買い」だ。ベルばらやオル窓、三国志など、すばらしい作品のマンガはいろいろあるけれど、「へうげもの」もそれらに勝るとも劣らない!
で、まだ古田織部の半生、ちょうど半分くらいかなというあたりなので、待ちきれなくなって、その後の古田織部を知るために手に取ったのが「千利休より古田織部へ」という本。
千利休の死後、秀吉の茶頭となった織部。若き日々に信長の影響を受けた織部は、ミニマリズムの利休の侘び茶とは異なり、絢爛豪華な文化を生み出した桃山文化を牽引する。完全なものよりも崩れた歪み・沓形を評価したという意味で、バロック的といってもいいのかもしれない。
織部が、利休ほど認知されていない理由。それは、徳川家からお咎めを受け自害したことから、史上から抹殺されてしまったことによる。利休と秀吉については誰もが知っていることなのに、織部と徳川については、そんなことも、知らなかった・・・。これも、徳川300年の間に三成が悪者になっていったと同様の徳川史観が形成されてしまったせいなのかもしれない。
織部の咎は、はっきりとはわかっていない。この本の中では、豊臣をつぶしたいと家康が思っていたのに、織部が必死の和議工作を行っていた、それをスパイ行為とみなされた、と書かれている。しかし、それだけで、歴史から抹殺されてしまうだろうか?
ふと個人的に思っただけだから何の確証もないのだけれど、徳川政権が目指した規律ある社会と、織部が目指す華美で歪んだバロック的な価値観が合わなかったということはないだろうか。小堀遠州や本阿弥光悦ら多くの弟子を持つ織部の影響力をそぎ徳川の美意識の方針を示すことが必要だったのではないだろうか・・・?
マンガのタイトル「へうげもの」とはひょうげる・ひょうきんでとっぴなことを言う。家康の新しい時代は、「へうげもの」を認めない文化だたのではないだろうか。
秀吉が、自らの権勢を示すためには利休ではふさわしくないと思ったように、どういう美を打ち出すのかというのは、当時の新政権にとって、重要な課題だったのかもしれないと思うのだが、どうだろう・・・?
織部については、歴史から消されてしまっていたため、今やっと再び世に認められ始めたところなのだという。侘び・寂び・禅・ミニマリスムという一方の美は、日本の美として世界に認められてきている。このORIBEのような、傾き(かぶき)・バサラ・歪みのバロック美もまた、ひとつの日本の美として、広がっていくと、私たち日本人も、もっと楽しくなるだろうな、などと思った。
しかし、徳川時代の楔が解けるまで、ずいぶん時間がかかったものである。
とにかく、「へいげもの」、かなりお勧め!★★★★★
たぶんかめば噛むほど味が出そうなので、自分用にも取り急ぎ8巻まで購入するとともに、7月に出る9巻の予約もしたのでありました。

9