「ダービーって特別なレースなんだろ?」と君が言う
君は競馬を始めて数年、血統や騎手も随分飲み込めて、G1だけだが殆ど欠かさずにやってる
だけど、君はダービーがどれくらい特別なのかを、まだ本当の意味ではわかっていない
G1だけをやっていた頃は、僕だってわからなかった
どんなレースでも儲ければ楽しかったし、ソレは儲けるには配当が低過ぎるレースだからさ
何より、賭けるにはあまりにも馴染みが薄く頼りない、得体の知れない面子が集まるんだ
ずっと好走続きでも、ただ弱い相手とやってきただけかも知れないじゃないか?
実際に、その中の何頭かは後に条件戦で永遠に苦しみ続ける馬たちなのだ
そして、上位馬の中にその後もG1で通用するような馬だって殆どいないのだ
だけど、ある秋の日に、君はたまたま誰かと何かのG1を見に競馬場に通ったとする
それは菊花賞でも天皇賞でも何でもいい
とにかくその日行われるG1じゃない他のレースになんて特に興味の欠片もなく行ったとする
その日の新馬戦で、何故だか妙に気になる馬と出会う、君は衝動的にその馬の馬券を買う
結果はどうだかわからない、それが超名馬である確率なんて3連単を1点で当てるより低いだろう
そして君はすぐに忘れてしまう、その馬やレースのことなんて忘れて毎日を今まで通りに生きる
しばらくたったある日、たまたまスポーツ新聞の一面が目に飛び込んでくる
『あぁ、今日はダービーか。まぁいいや、知ってる馬もいないし』
そう思って視線を外した瞬間、何か妙な違和感を感じる
それからもう一度、新聞の出馬表を眺めてようやく思い出すのだ
『あの日の馬だ』
君は再び衝動を感じる、運命だとすら思う
新聞を詳しく読むうちに、既に知っていた筈のいろんな事、それを初めて肌で感じる
ダービーが一生で一度のレースであること、全ての馬はその日の為に生まれ鍛え上げられること
多くの同期生たちはデビューすら果たせぬまま散ること、どんな穴馬でも背負った期待は大きいこと
そんな晴れ舞台を、君はどうしても自分が応援してやらねばならぬ気持ちになる
全然興味のなかったレースなのに、珍しく一人で馬券を買いに行きたくなってしまう
君はそれまでずっとオッズと照らし合わせて連勝馬券ばかり買ってきた
たまに単勝を買ったとしても、それは強度的でなく、勝負しない時の手段であった
通ぶった誰かに、単勝のほうが確率は高いしテラ銭も少ないとか聞かされても気にしたことはない
むしろ、そいつらは連勝馬券が当たらないからそんなことを言うんだろうとさえ思っていた
確率がどうであれ、低い配当だし、感覚的にずっと割に合わないような気がしていたのだ
だけどその日はどうしても馬連のような連勝馬券でなく単勝馬券でなくてはならない気がした
この馬だけを買いたいのに、他の馬券は邪道に感じたし、裏切りのように思えたのだ
君はそんなことが人生で初めてだったと、後から気付く
オッズの確認をしなかったのも、「単勝」馬券しか選ばなかったのも
ずっと人生で何をするにもそこに意味を求めて、理由という名の保険を用意していたように思う
結果はどうだかわからない、ダービーの馬主になるのは一国の宰相になるより難しいだろう
そして君はすぐに忘れてしまう、その馬やレースのことなんて忘れて毎日を今まで通りに生きる
やはりG1だけに参加して、オッズも選ぶだろうし、単勝なんて買わないだろうと思う
だけどきっと君は知る、本当の特別さを知る、『ダービーはダービーなんだ』と
誰もが一度きりの人生というダービーの中に身を埋めている
ある日巡り合うあの日の馬の仔が、再びダービーを目指すときに思い出すかも知れない
それでは一体、僕にとってダービーがどう特別なのか?
例えば僕が、7月の始めのある新馬戦で、あの日の馬の仔に必然と偶然で知り合ったとする
それほど競馬に強い興味が持てなくなった僕が、全ての新馬戦をチェックしてるわけではなく
その馬の馬体が、写真でも一際目立っていて、走りそうだと目を付けていた馬だという必然と
そのデビューが、たまたまTV中継のある夏の手前の、阪神のレースだったという偶然
パドックでのその雄大な馬体に、返し馬での回転の遅い重量感あるフットワークに
父のソレとは全くかけ離れている、そんな違和感を持ちながらも、似ていないことに不思議と魅かれる
レースでの捕獲しようと加速する意志や動きに、確かな父の面影を見て、好きになれそうだと思う
そして僕は、次第に何の根拠もなく「大丈夫だ、来年はきっとこの馬でいける」と思い込む
だけどその馬はデビュー間もなく故障してしまう、―長い長い空白―
7月の始めにもう翌年の本命を決めるのは、確かに馬鹿げているし、リスクも大きいように思う
そこから翌年の5月の終わりまで、ダービーへの最大の猶予期間、それは短いようでやたらと長いのだ
その間に幾多の馬がデビューし、翌年へ向けての闘いを繰り広げる中で、本命はずっと休んだまま
それでも僕は少しも焦らない、経験からあのレベルの馬はせいぜい良く出てもあと数頭だとわかる
12月の2週目、朝日杯が終わり、そこまでの全てのOP戦を見て、その思いは確信に変わる
朝日杯の三着馬は僕の本命が新馬で相手にしなかった馬だし、上位二頭も強いが勝てなくはない
そして、この後で行われる伝統の名門ラジオ短波賞に向かう組にたいした馬はいないのだ
それに、これ以降のデビュー馬は、日程を逆算すれば余程の力がないと本番には間に合わない
おまけに、僕の本命馬は故障が癒え、年末のオープン特別でターフに戻ってくる予定なのだ
何もかもが順風であるように思う、このまま無事にとだけ願う
翌12月の3週目、G1の行われない盛り上がりのない週の新馬戦を、僕は何気なく目にする
たまたま惰性で見た中継の、何の興味もないそのレースに、目を釘付けにされ、度肝を抜かれる
ヤバい、それは明らかに誰の目から見ても異常で、一目に10年に1度の化け物とわかる
かなり厳しい評価をする専門誌も含め、全紙がその新馬戦に満点を与える
案外そういう事って数年に一度たりともない、スグに最強だ何だ騒ぐようで、実際は冷静なのだ
瞬く間にその怪物はスターダムにのし上がり、連勝を重ね、期待以上の凄味を見せる
対象的に、僕の本命は締まらない体を持余して、復帰後は煮え切らないレースを続ける
それでも僕は信じる、必ず絞れたら変わる、そして本番には間に合う
信じた通り、本命はTRを快勝して皐月賞へと駒を進め、ついに怪物と対峙する
戦前、僕は条件が合わないということで本命の印を下げる、ここは4着くらいで充分だと思う
結果はシャレになってない、条件が合わないからといっていくらその分を差し引いても足りないのだ
冗談じゃないと、アホらしくさえ感じる
例えるならば、それは、全盛期の江夏が少年野球で全力投球をしているようなもんだ
仮に試合中に肩を壊したからといって、その恩恵に与れる可能性すら高いとはいえない
きっと前が詰まった挙句に骨折したとかいっても、予後不良や落馬じゃない限りは勝てない差だ
そのレースを目の当たりにして、僕はきっと思う
こんな馬を生きている間にあと何度も見られるだろうか?
僕は過去3走その怪物に文句なく◎をつける、その馬の負けに賭ける奴を邪道にしか感じられないから
余計にその思いは強まるだろう、その馬の単をダービーで買えるのは人生で一回きりなんだ
「本当に強い馬なら1倍だろうと◎を打つんだけどな」
普段から口先ではそう言ってる癖に、結局はビビッて◎を打てない連中と同じになりたくない
彼らはリスクが怖いのだ、だから強い馬を勝つと信じて買うよりも、負けることを恐れて買わない
だけど、さすがにこんな馬を逃したら次にいつそんな恐れを払拭できる馬が現れるかわからない
この馬でも、まだそこまでじゃないとか言う奴は、前世でキンツェムでも見たのだろうか?
きっと、そういう奴は永遠に口先だけ立派なことを言って、何も認めないのだろう、くだらない
だけど僕はどうしても引っ掛かる、去年の7月に決めた、あの本命馬のことが気にかかる
歴史的名馬のダービー単を握るチャンスが一度きりなように、あの本命馬のダービーも一度きりだ
どちらの単を買うべきだろう?どちらを買わなかったら後で後悔するだろう?
二頭も単を買うぐらいなら僕は競馬をやめる、そういうのって結局は選んでいない、つまらない
ならば勝負師ぶって馬連で確実に仕留めに行くべきか?どちらが来ても喜べる準備すべきか?
それとも怪物に◎だけ打って馬券は違う馬から行くか?
だけど一生一度の本気の舞台に本気で応えないなど失礼だ、逃げ道つくるならば買わない方がましだ
どうする?一体、どうしたらいい?僕はわからなくなってゆく
だけど本当は、僕には答えが出ている、『ダービーはダービーなんだ』と
怪物がここを勝てば菊花賞で3冠を信じてやればいい、有馬記念で最強馬として受け入れてやればいい
そして世界の舞台へと、素直な期待と祈りを篭めて送り出してやればいいじゃないか
この後の全てのレースで、応援してやればいい話なのだ、それで充分だ
例え故障してこの後がなかっても、僕はソコまでの全レースで最大限の評価をしたと自負できる
本気で挑む一年越しの本命馬に◎を打って、僕は単だけを握り締めて応援する
勝ったなら感動する、2着でも強いと褒め称える、例え惨敗したって・・・きっとそんなこと考えない
例えば、それが、僕にとってのダービーだ
日本には沢山のG1があるように感じるが、実は海外にはもっと多くある
その殆どにはG1としての意味がなく、名前だけのG1レースである
だから、日本の競走体系というのは比較的整備されていると思うし
まだ減らしてもいい位だが、効果的に意味を失わない程度にG1が配置されてるとも思う
だけど、そんな多くのG1を含む全てのレースはたった一つのレースを際立たせる為にある
結局は長い長いプロローグとエピローグに過ぎないのだ
青葉賞やプリンシパルSが、わざわざ「ダービーTR」と銘打たれているけれど
実は、3歳春までのレースは、所詮は全てがダービーTRなのだ
いかにそれがG1競走である朝日杯や皐月賞やNHKマイルCだと言っても
ダービーという一つの目標のためだけに設定された練習試合なのだ
そしてラジオ短波賞が「残念ダービー」と呼ばれるけれど
実は、菊花賞だってJCだって有馬記念だって、所詮は全てが残念ダービーなのだ
公式戦は全ての馬の生涯においてただ1回である
どの生産牧場のどんな貧弱な血統の馬で極論は商売であれ、生産者は皆、我が仔のように思う
馬主も調教師も騎手もコアなファンも、丈夫に育ってくれと願い、ダービーを勝ってくれと願う
そして、その全ての思いを込めた一年の総決算は年末でも年度末でもなく、真夏の入口に行われる
数週後にはスグに、次の新しい世代が凌ぎを削る、旧世代になる前の最初で最後の大勝負
名伯楽になるほど反動を嫌うし、脚元や精神状態に気遣うために、全ての馬、特に期待馬とあれば尚更
生涯にメイチに仕上げられるのは数少ない、だけど、ダービーだけは絶対に言い訳のないよう仕上げる
他のどの大レースにだって叩き台や経験の意味が篭められていることがある、でもココだけは違う
ここが一つのゴールとなり、そこに向けられたシュート<真剣勝負>であり、つまりはガチンコなのだ
それは、環境や血統や臨戦や成長の言い訳を許さない、渾身の仕上げで挑んでくる極限であり
そういった何もかもを含んで、全てに与えられた命の重さという本当の意味の平等を教えてくれる
だからこそ、到底勝ち目のない馬でも、せめて出走させようという気持ちで登録があり
週中に出るだけからあわよくばに変わり、ギリギリの仕上げで生涯最高の3着フロックを度々見せる
ダービーは例えスローペースであれ、それは攻撃的なスローペースであり他のソレとは意味が違う
ベガに完全に交わされた後でも、騎手がGまで諦めずに追い、トップロードが懸命の鞭に応え伸びた
それどころか、無謀な仕掛けをし、余す脚や気力などある筈のないオペラすら最後まで差し返した
何処まで行っても2着や3着が変わらない状況でも諦めることがない気迫と、それに応える仕上げ
The Derby is the Derby.
人生において、馬券にしても受験にしても結婚にしても破産にしても、そこまでの意味や価値はない
いかに大一番だと言えども、何度だってチャンスはある
野球をやる誰もが、生涯の大舞台と思い焦がれる高校野球でも最大3回はチャンスがある
だけど、ダービーは決して二度と演奏されることがない、たった一度のラブソングなのだ
ファン・生産者・調教師・騎手・馬主・種牡馬・血の宿命といったありとあらゆる執念を背負い
何より自身の熱量を抑えきれない思春期の馬たちが一度きりのセッションを奏でるダービー
人生におけるあらゆる勝利をモノにして、地位も栄誉も金も充分に持つ馬主が素直に言うのだ
「最後に、ダービーだけは獲りたかったね」
海外でのG1勝利も手に入れて、多くの名馬を手がけた調教師が意識する故に言うのだ
「どんなレースだって勝ちたい気持ちは変わらない、決してダービーだけが特別ではない」
そして一年に普通の騎手の2倍も3倍も勝つような名人が、レース後に興奮してこう言ったのだ
「ダービーは、やっぱり特別でした」
今までの馬で一番強かったのは?速かったのは?好きだったのは?
そう聞かれても迷ってしまい正直答えられない
影で努力したフェブ・宮記念・スプリンターの勝ち馬を称えてやりたい
速かった皐月賞・安田記念・天皇賞秋の勝ち馬を称えてやりたい
運がよかったマイルC・秋華賞・MCS・阪神JFの勝ち馬を称えてやりたい
夢を実現させたオークス・宝塚記念・エリ女・朝日杯の勝ち馬を称えてやりたい
強かった天皇賞春・菊花賞・JCDの勝ち馬を称えてやりたい
華があった桜花賞・JC・有馬記念の勝ち馬を称えてやりたい
だけど、一番素敵な馬は?そう聞かれたら私は迷わずこう答える
「すべてのダービー馬ですね」
鍛えて最強馬を作る理念の元に、坂路のインターバルが生んだ究極の造馬が病床に伏したテキに届ける
「もう、大丈夫だ、今日はそんなに差をつけなくてもいいぞ、ミホノブルボン2冠達成!!」
引退を間近に控えた名伯楽が、脆弱体質の仔の力を見抜き、熱発後にどうしてもと立たせた舞台を祈る
「コンコルドだ、コンコルドだ、大外から音速の末脚が炸裂する、フサイチコンコルド!!」
地方巡りを続ける地味な色男が、唯一度の桧舞台で穴をあけたサニースワローの血筋の仔で主役になる
「先頭はサニーブライアン、もう、これはフロックでも何でもないぞ、サニーブライアン2冠達成!!」
大差出遅れから道中で逃げ込み態勢に、ゴールしても息一つ乱さなかった伝説のクリフジ
きっとダービーを勝つためだけに生まれたのだと、速すぎた逃げと生涯に溜息のトキノミノル
まだ永遠の名馬になるなど誰も思っていなかった、不滅の五冠馬のナタの斬れ味シンザン
ハイセイコーが4本足ならうちのも4本足だよと、国民の夢を狩る悪役から好敵手へとタケホープ
たった一度の完全犯罪で天馬を出し抜いたのは貴公子ではなく皇帝だったクライムカイザー
超ハイペースをヨレながらも逃げ切らせたのは闘争心ではなく恐怖心、怖がりな韋駄天カブラヤオー
妻に先立たれて以来、殿一気に拘った男の影を彩った天使が天馬を召しての贈り物ミスターシービー
坂手前で鈍る脚も「大丈夫だ、焦るな」と、名手に口癖のEASYを教えた最強馬シンボリルドルフ
レコードの逃げ切りに、歴史上で初めて自然と競馬場に響いたコールは「ナカノ」アイネスフウジン
手綱をピクリとも動かさぬまま、走るのではなく跳ねているかのように駆け抜けたトウカイテイオー
名手最後のチャンスの鬼神追いに、力でなく脅威の集中力で応えてみせたウイニングチケット
大外の外は何外?たった一頭だけ別世界で走り2500mのダービーを演じて魅せた怪物ナリタブライアン
千切らない馬と騎手が、そこまで千切る必要はないというほど渾身のタメ斬りしたスペシャルウイーク
関係者の悲願を馬の嘶きではなく「オレガイチバンダ」と男の咆哮で祝福したジャングルポケット
唯一ダービーに匹敵する意味や価値があるものといえば、それは青春、即ち人生だけである
『青春とは、人生とは、払い戻し期限が切れてから気付く大口的中の勝馬投票権だ』
時が支配しているからこそ、ダービーは風のように儚いのだ
そう、素敵なのだ
今年のダービーは、私たちにどんな旋律を聴かせてくれるのだろうか?
Do you like Derby?
Yes , I love Derby.
◎アドマイヤフジ