この春に母方の祖父が亡くなった
何度かロングショットでは触れた事があるように、俺にギャンブルを教えてくれた祖父だ
パチンコも競艇も麻雀も競馬も何でもやる人だった
90歳を超え、世の中ではもう十分生きたと言われる歳だが、それでもやはり納得の死なんてない
危篤の際に病院で集まった親戚やら兄弟やらが口々に
「今夜が山場や。もう十分に生きたし、思い残すこともないやろ。安らかに眠って欲しい」
的な事を述べながら自己満足的な涙を流したりしているのを見て、僕はその場から消えたかった
何故、まだ死んでもいない人の前でそのような言葉を口に出来るのだろう
祖父の口や体には何やらわけのわからない管が付けられていて、確かに意識はないのかも知れない
だけど、時々ピクッと動く肩や腕に、
「何を言うとんや、俺はまだ生きてるぞ」
そういう意志を感じ、俺だけ違う感情で涙が溢れてきた
祖父は心身ともに強い人だった
神戸は湊川の下町で近所では有名なブリキ大工で、80を超えるまでせっせと職人として屋根に登って仕事をしていた
職人気質で無鉄砲で勝気、そして曲がった事は一切しない人だった
高校時代には鍛えまくって力勝負で同世代にそんなに負ける事が無かった自分より、まだ握力も腕力も強かったのを覚えている
俺の中では筋力のピークは今だという自信があったので、俺は一生祖父には勝てないのだと思った
母や家族に対しては、保証人になったせいで莫大な借金を背負ったり、貸した金が返ってこなかったりをして随分と貧乏な生活を強いたらしい
が、結果は雄弁に語っているのだ、どうあれこうあれ祖父は7人の子供と1人の妻を愛し抜き、どれだけ厳しい中でもきちんと生活させていた
自分が追い詰められると楽になる為に子供を切り離す親の方が世の中には圧倒的に多いのだ
母はギャンブル好きで御人好しな祖父を嫌っているけれど、俺はその両面を大好きだった
祖父がまだ危篤まで至らずに入院してる最中に、何度か見舞いに通った事がある
俺が大学に入る前から疎遠になっているから、かれこれ十数年ぶりの再開だった
『おじいちゃん、お孫さんが来たわよ』
看護婦にそう言われると、病人とは思えないテンションで笑ってくれた
「ヒロコの子供やで」
俺がそういうと、一際嬉しそうな笑顔で
「大きくなったなぁ・・・」
そう言って握手を求めてきたが、その手はやはり分厚くあの頃と変わらず力強くて驚いた
「俺はこんなに元気やのに、何でこんなとこから出してもらわれへんねん?」
そう言って、見る影もなくガリガリにやせ細った、うまく力の入らない足で立ち上がろうとする祖父を制止するのに随分と苦労をした
腕力は変わらなくとも、やはり体の自由が利くとは言い難かったのは確かだ
病室は陰気臭く、世界中の病室自体が病気を生産してるのではないかと思うほどに暗鬱としていた
隣からは久々の再会にテンション高く話す祖父に対し、執拗な咳払いが聞こえたので、仕切りのカーテンを音を立てて思い切り開けてやった
ポカンと口をあけるその病人に、「勘弁してやってくれや」と言うと、何かに操られたかのように不自然に頷いていた
少しでも病室が退屈じゃないようにTVカードを大量に買ってあげた
他に誰も見舞いに来てないのか、その程度の気遣いすらないのか、祖父のTVは一度もつけられた形跡はなかったからだ
とにかく昼間に家にいる事が無く外が大好きだった人なので、こんなもので満足できるとは思えないが、ただ漫然と時間と闘うよりはましな筈だ
祖父は嬉しそうにチャンネルを回し
「俺はサンテレビ(競馬や競艇中継のある神戸ローカル)だけ映ったらええねん」
そう悪戯な感じに言ったのを何故だか生々しく覚えている
やっぱりこの人と俺は血が繋がっているんだと、当たり前の事に少し嬉しかった
祖父のベッドには誰が置いていったのか少し前の新聞が置いてあった
ちょうど、去年の皐月賞の新聞だ
それを俺がめくっていると、祖父が申し訳なさそうに言う
「俺もなぁ、外にさえ出れて、ボートでも馬でもでけたら、お前に祝儀やってええかっこして小遣いでもやれるのになぁ」
この場に及んでまだギャンブルの泡銭を想い、それをはずむのをええかっこやと言い切れる事をなんてカッコイイのだろうと思った
普通の人が普通の場面で同じ事を言っていたら、きっとアホだと思っただけだろうけれど
時間が長引くと隣の人にも気の毒な気がして祖父を車椅子に乗せ、会談室に連れて行った
祖父は気分良く昔の事を沢山話し、度々握手を求めてきた
あれほどまでに自分の事を話す祖父は初めてだったし、その手はやはり力強かった
そんな中で、祖父と競馬について交わした最後の会話を思い出す
「このレース(皐月賞)は何を買ったんや?」
「コスモバルク」
「俺もそれやと思った。あれは勝気でええ馬や」
「性格がおじいちゃんに似てるよな」
その後、皺だらけの顔で微笑んで、もう一度握手を求めてきた
来年、1周忌で墓前にこう告げられたらいいな
『おじいちゃん、コスモバルクが勝ったよ』と
無鉄砲で勝気で不器用でエエカッコしいで御人好しで、
結局は負け組だとか、それを誰かがとやかく言うとしても
俺はその生き様を愛したい