夏目漱石の『夢十夜』をちょっと読んでいたら、第6夜の夢の話にこういうのが出てきた。
「運慶が護国寺の山門で仁王をきざんでいるという評判だから、散歩ながら行ってみると、自分より先にもう大勢集まっていて、しきりに下馬評をやっていた。・・・・・」と以下、運慶の話が続く。
実は、私は予備校と大学時代の3年間、この文京区にある真言宗のお寺・護国寺の近くに住んでいた。大学3、4年の時は、護国寺横の豊島ヶ丘皇族墓地の正門の目の前の木賃アパート(下は車庫)の2階に住んでいた(隣は「音羽シューレ」)。護国寺の山門までは歩いて5分ほどの距離だった。
そういうこともあり、私は早起きでもあり、週に2,3回散歩に行っていた。
山門の前は、結構な坂の石段で、石段横には確か躑躅の生垣があったように思う。
秋など本当に綺麗な景色で彩られるお寺だった。
しかし、護国寺の山門の仁王像といわれると、あまりピンと来ない。
最近は仁王像というものに物凄く興味があるのだが(特に運慶など)、護国寺の山門は立派な門だったが、仁王像があったかどうかと聞かれると、記憶は全く無い。
もし運慶の仁王像があったとしたなら残念なことである。
私は、夏の寝苦しい時など、よくここの本堂周囲の回廊でよく寝たものである。
その回廊の向うには、正面向かって右側の回廊で寝ると、その向う側には山県有朋の墓が見えた。また本堂の裏手は、墓地群だった。
最初のうちは、少し気味悪いが、慣れると、これほど涼しくて気持ちい場所はなかった。
早朝、寺の僧侶も不審な人物が寝ていることに気づいたはずだが、一度も眠りを邪魔された事はなかった。
ここにはまだ幾人かの有名人の墓があった。
またこういう事もあった。大学卒業後、偶々この近くを歩いていた時、葬儀の凄い行列が音羽通りの江戸川橋方向から1kmほどはあるのではと思うほど続いているのを見たこともある。誰の葬儀かというと尾崎豊の葬儀だった。
その頃は、私は尾崎豊と言われても全く知らなかったが、今はまあそこそこ知っている。
何にしろ、懐かしい寺である。
本を読んでいて、「護国寺」という名を見て懐古してしまった次第である。

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