昔、憧れていた元女性の近況を昨日偶然下記URLのネットの記事で知った。(最近の写真はこの記事に何枚も写ってます)
http://www.jpap.jp/1020/interview/index.html
私は、28年ほど前の高校卒業した年、受験に失敗し、東京で予備校生として浪人生活を送っていた。浪人中の数少ない楽しみの1つがラジオ番組だった。
その年(1981年)から文化放送『ミスDJリクエストパレード』というのが始まり、そのDJの一人に私と同じ年生まれの千倉真理という女性がいた(誕生日は私より20日遅いだけ)。
彼女は大変可愛い声で、顔がわかるまで美人かなどうかな?なと想像していた。本屋で立ち読みしたラジオ雑誌を見たら、顔も物凄く可愛かったのでそれ以降尚更その番組に嵌った。
それで、その番組が9月か10月頃に主催した女子大生のミスコンテストに、同じ予備校の寮仲間2人とともに出かけた。1つの大学の女子大生ではなく、東京のお嬢様たちが数多く通う大学6つを選び、そこのミスを集めてコンテストをやるということだった。
確か会場は、小田急線の二子玉川園を下車して少し歩いたところだった記憶がある。
女子大生の所属大学は、青山、成蹊、成城、白百合、慶応、上智だった記憶がある。
勿論、お嬢様の多い大学ばかりで、そのコンテスト以降1週間ほど、相当な美人で無い限り、綺麗に見えないほどのレベルの女性が揃っていた。
私の目当ては真理ちゃんだったので、番組の時間中、観客席の方から真理ちゃんに一生懸命手を振ったり、「真理ちゃ~ん」と声をかけていた。
コンテストが終わってから二子玉川園に行くと、偶然真理ちゃんが切符を買っていると頃だった。3人で思い切って、一緒に帰りませんかと誘ったら、何とOKしてくれた。
電車の中で色々しゃべりながら、渋谷まで同行した(真理ちゃんは世田谷に家があったが、その時何か用事があるらしく渋谷まで一緒に行くことになった)。確かラジオ番組で真理ちゃんがよく会う武田鉄也さんの話などを聞いたと思うが、今では内容は忘れてしまった。
その後、リクエスト葉書を送ったら、返信葉書でもないのに、覚えていたらしく、お返事の葉書をもらい有頂天になったのも覚えている。サインのMariのMがハートマークのように書かれています。その葉書は今でも持っており宝物です。(^Q^)
彼女は、その『ミスDJ』をその後数年続け、また他にも色々出ていた。エッセイも書いていたのを覚えている。そしてその後のことは、私も会社に入ったりして忙しくなり、知る由はなかった。
だが昨日たまたま見つけた真理ちゃんに関する記事や、さらに色々検索して調べてみると、その後、外務省職員の方と結婚したようだ(福島という姓に変更)。そしてイタリア、タイ、カナダ、フランスなどあちこち転勤し、何年か前に帰国。今は実家の
千倉書房(私も学生時代お世話になった有名な出版社です)の編集関係の仕事をされているとか。
写真など見ると、やはり少し老(ふ)けましたが、年相応に美しい大人の女性になったなあという感じで、何か懐かしく、嬉しい気持ちにさせてくれました。
中年男のちょっと恥ずかしい思い出話でした。

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