衆院山口2区(下松、岩国、柳井、光、県東部地区))補選は、米軍再編、米空母艦載機部隊の岩国移転を最大の争点にたたかわれた岩国市長選挙に、自民党衆議院議員を辞して福田良彦氏が出馬し2月岩国市長に初当選した福田良彦市長(37)の議員辞職にともなっておこなわれるものである。
岩国市長選では、岩国移転を進めた自民党候補が勝利したが、今回の補選はその挽回をかけたいわば延長戦と位置づけてもよいだろう。
福田内閣にとっては発足後初の国政選挙となり、予想される総選挙の前哨戦として全国的に注目されている。
民主党は前回衆院選で、同区で敗れ たが比例代表で復活当選した平岡秀夫氏(54)の擁立を決定した。
自民党候補は、国土交通省出身の前内閣官房地域活性化統合事務局長の山本繁太郎氏 (59)で、一騎打ちとなっている。
平岡氏は当選3回。しかし、民主党が入手する世論調査では、「わずか数ポイントのリード」(幹部より)との結果も出ている。
今回は共産党が立候補を取りやめ自民対民主の一騎打ちになったことに注目が集まっているが、今回の共産党の決断に関して「ありがとう」と私は頭が下がる思いで一杯である。
福田政権は、日銀総裁の人事やガソリン税問題などでかなり追い詰められており、原油高に伴うインフレの懸念などが支持率をさらに低下させている情勢下で行なわれる補選になってきている。
この選挙で自民党が負ければ、衆院解散総選挙が早まるといわれているようで全国から注目されている補選でもある。
民主党の平岡さんは、ネクスト法務大臣ともいわれ共謀罪に反対してこられた民主党リベラル派の重鎮でもあり、憲法改悪の動きにも慎重な姿勢をとり続けてきたリベラル派の代表的な国会議員である。
したがって、共謀罪反対と憲法擁護を掲げてきた私は、平岡さんを全面的に支援したいと考えている。
これまで共謀罪の攻防戦は何度もあったが、この法案を現在積極的に推進している鳩山法務大臣は私のすむ福岡を選挙区にし、民主党の平岡さんはネクスト法務大臣といわれている国会議員であり、平岡さんは共謀罪に反対してこられた国会議員でもあるので、共謀罪新設策動を目的とした公安警察の陰湿な嫌がらせを受けてきた私、そもそも共謀罪に反対してきた私からすれば、この関係性は決して偶然ではない気がするのだ。
平岡さんの勝利は、私の政治信条や私の立場・私の全存在をかけた選挙になりそうなので、全身全霊をかけて民主党の平岡秀夫さんを支援したいと考えている。
というのも、民主党の平岡さんの勝利によって、小泉大フィーバー選挙中の2005年を境にして始まった、共謀罪・サイバー規制法新設を先取りするのを目的とするような公安警察による嫌がらせを覆す流れになるからである。
実をいえば、これらの歴史的流れは偶然ではないと私は確信している。
何故なら、自公政権だけではなくて、私への公安警察の嫌がらせの材料(2003年設置の例の監視カメラ)を提供せしめたともいってよい霊友会信徒の石原都知事(創価学会は邪宗の信徒石原慎太郎を支援していることからして大謗法の邪教団体に成り下っていることを示す。いよいよ10年続いた自公政権は終焉のときを迎えている!石原は2005年に開業した新東京銀行の失敗で、美濃部や鈴木以上の借金財政をもたらした都知事だという汚名をきせられて都政運営を終わることになろう。これは現罰以外考えられない。)が自らの失政でそうとう危機的になっていることも含めて、公安警察による悪意のデマゴーグの流布によって、私を散々苦しめてきた公安警察の雇い主である石原都政や自公政権が自ら墓穴を掘って苦しめられて転げ落ちいてく様が突き出ているからに他ならないからである。
こういう流れになったのは、私が信心を取り戻したからであり、現証を権力側=自公政権、自公政権を支えている創価学会側に見せつけるための諸天の働きゆえからである。
学会の大好きな御文に、『四条金吾殿御返事』いわく「夫(そ)れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり」(全集一一六五n)また、「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」(同一一六九n)とあり、「仏法は勝負」ということがわれわれの信仰の証なのであるが、
御書の中で仰せの「仏法は勝負」とは、道理を根本とすることが大前提となっている。
それは、理・文・現の三証の上からも明らかである。
つまり、正しい道理と文証とによって正邪を判じ、そして現証によって決するのである。
したがって、道理の上から一切の教法や思想を見れば、おのずとそれらの高低、浅深の相違が判別される。
私がかつて支援した新左翼運動(この世は娑婆世界だから西方浄土があるあの世を彼岸化しようという浄土宗門に似ているのが、マルクス主義。彼らは、資本主義を分析し批判するが現実には、浄土宗門同様に自殺者や死人を運動体から出したり、一度として運動家は心が安穏な日々はない。つまりこのような人たちと縁すれば、苦痛・苦悩・怒りといった安らぎのない人生で終焉してしまうし、不幸の人生に陥ることになる。私が支援した新左翼運動の人たちは理論的には精緻な事柄をいいあてても、即それを主張するものが、現時点で安穏な生活や市民生活さえ行なえないのであれば、それは人生にとって幸福とはいえないと断じられるのではなかろうか?つまり、この世を娑婆世界・堕地獄だと彼岸化してあの世を極楽浄土と言わしめている浄土宗門とマルクス主義は表裏一体の思想だといえるだろう。というのも、それらに縁すれば、地獄のような日々を現世でおくらねばならなくなるからだ。げんに、大阪の某新左翼運動家は、共産主義になれば労働者は幸せになれると客観性も何もない「観念」的言葉で嘯いたが、それはあの世を極楽浄土といいなして、現世(現実)を地獄のような苦痛の日々と嘆き苦しむ浄土宗徒と同類の姿を彷彿とさせるものである。マルクスの経済学批判や洞察は、それ自身は精緻な体系をもつが、それを信奉する人たちは諸人堕地獄のような生涯を自らおくらねばならないのは、その思想が「不幸」の思想以外にないからなのである。マルクス自身の生涯を見ればわかるが死ぬ直前までマルクスは苦痛の生活を強いられたのも、トロツキーがスターリンとの政治闘争過程で虐殺されたのも、山本宣治や小林多喜二が修羅界の警察に殺されたのも、某党派の創始者が政治闘争で虐殺されたのも、その運動と思想が「成仏」できない体系をもっているからである。もちろん、抑圧する側である修羅界も三悪道だからその人生も同様にとても不幸である。結果として特高警察や軍部体制は敗戦によって一度は叩き潰されている。信心を離れるのと前後して、そういう不幸の「種」をまき散らかす人たちや修羅界の人々と縁をしたことや、自分自身を「不幸」の道に叩き込んでいくことになるという実体験を経験させられたことは、私の「業」がそれだけ深かったことを意味しているし、それが私のいままでの「宿命」だったということでもある。日蓮大聖人の『曾谷殿御返事』に「日蓮又日本国にして此の法門を弘む。又是には総別(そうべつ)の二義あり。総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず。輪廻生死(りんねしょうじ)のもとゐたらん」(御書一〇三九頁)とあるが、私が信心を一時捨て「成仏」できない不幸の思想に縁したことを過去世として今の現在を作り出しているからであり、今私が信心を取り戻した現世によって、未来は決するというわけなのだ。こうした法華経のとく現在・過去・未来といったものの見方ができない浄土宗門やマルクス主義は現実にはありえない、経験することもできない「あの世」や現在とは覆るイデオロギー体制を観念的に思い描くことで、現在と未来をとらえられずそれらに縁した多くが不幸の人生に陥りなかには「この世」に絶望したり悲観したり逆に「抗議」の意味で自ら命をたったり、修羅界の人間たちによって「この世」から抹殺されてしまうのである。ただし、私には信心の道と縁していたし両親が信心しているから、私は諸天の加護により自殺や殺害されずにすみ逆に修羅界の警察権力側から死人が続出しているのである。日本の歴史でいっても、百姓一揆は一向宗をよりどころにして自滅したが、それらを抑圧した修羅界の織田信長も自界叛逆難で滅ぼされている。徳川時代は、キリスト教をたてにした天草の乱も鎮圧されて終わり、数百年後キリスト教や聖書をたてにするアメリカによって長崎・広島の原爆投下が行なわれ、それがきっかけで日本は敗戦している。また、イスラム教やユダヤ教を操って世界支配を戦後行なってきたキリスト教右派が権力を掌握するアメリカは自界叛逆難のごとく、その現場で戦争に明け暮れている日々だし、それらに抵抗しているイスラム教の民衆も阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれているかのようだ。すべては、間違った思想をそれぞれが信奉しているからに他ならない。敗戦後の東京裁判などにおける「天皇の戦争責任」があれだけ内外で叫ばれながらどうして回避されたかといえば、昭和天皇の母親である貞明皇后が日蓮正宗を信心されていたから、そのときの情勢がそこまでいたらしめないですむように諸天のご加護があったということなのだ。諸天のご加護は、信心するものにはどの人にも「平等利益」があるという実例をあげているのであって、私はあくまでも国家神道の復活や、靖国賛美を展開したがる天皇制「右翼」ではないので誤解なきよう。とどのつまり、新左翼も公安警察も過去、現在、未来がない人たちはそれぞれが六道輪廻をグルグル回っているということになるのである。)の高低、深遠も仏法から判別できたゆえに決別できたといことである。
もちろん、抑圧する権力側は「修羅界」の生命でしかないから、彼らも安穏な日々をおくることなどできはしない。
福岡県弁護士会の人たちのサイトで紹介されていた「公安警察批判本」に関する話題のなかで、公安刑事の家庭が暗く、不幸である実態が暴露されてもいた。
このように、様々な教法や思想に高低、浅深の相違があるならば、必然的にそれらを基とした一切の主張や価値観にも、現実的な勝劣、正邪の別が顕れてくる。
したがって、特に道理をもって根本とするのである。
大聖人の仏法における道理とは、教理的には五重相対であり、従浅至探して顕された文底下種独一本門が、一切の道理の根本となる。また、信仰的には、文底独一本門の所詮である本門戒壇の大御本尊、およぴ大御本尊と二而不二である唯授一人の血脈に対して、深く信順することが道理の本である。
同抄では、たとえ主君(ここでは四条金吾殿の主君である江間氏)が威圧し、弾圧しようとも、文底下種の妙法を固く受持していくならば、封建的な主従の世界に在っても、道理の上からおのずと勝負は決すると示されたのである。
つまり、当抄の意は、四条金吾に対して、主従の秩序を無視し、主君と対等に渡り合って勝負を決せよなどというような、低次元の御指南ではない。主従の道は貫きながらも、各々の持つ教法の浅深が、道理の上から、宛然(えんねん)として現実世界に顕れてくることを説かれたものなのである。
つまり、仏法では、まず道理の上から妙法は勝、その他の一切の教法や思想は劣と判じて、勝法である文底独一本門の妙法を受持することが大本であり、それを「仏法は勝負をさき」とお示しなのである。
さらにいえば、仏道修行における敵とは、正法に背く邪法邪師の邪義であり、それを粉砕して正法を宣布し、平和な国家を建設することにあると知らなければならない。
ところが、学会の池田名誉会長のスピーチにおける「仏法は勝負」の意味内容は、全く異なっている。
すなわち、上記のスピーチのように、概(おおむ)ね「仏法は勝負であるから、仏法を行ずるには必ず敵がいて、その敵と勝負をする。
そして、勝負である以上、勝つか負けるかであるから、必ず我々は勝たねばならない」というものである。
つまり、公安警察ではないが、柔道や剣道のように、学会は仏道修行にも必ず敵を想定するのである。
学会は、邪宗身延に参拝する霊友会信徒を支援したりしながら、その主敵は日蓮正宗と民主党になっているのである。
そして、「勝つ」という一念のもとに、その敵と戦い、そして必ず勝っていかねばならないと池田以下学会員たちは解釈しているのである。
換言すれば、現象世界、すなわち目に見える表面的視野における勝負を意味するのである。
学会の池田名誉会長は、他のスピーチの中でも、
▼「仏法、信心は、永遠に前進であり、永遠に闘争である」
▼「勝負とは絶対的なものである。勝つか負けるか。中間はない」
▼「勝ってこそ仏法、勝ってこそ信心なのである」
▼「『仏法は勝負』であり、『勝つ』ことが正法の証明となる。また、勝ってこそ新しい『歴史』はつくられる」
▼「正義は歴史が証明する」
▼「私は一切に勝った」
などと発言している。
これらからも判るように、学会の池田名誉会長は、現象世界の一面が、物事のすべてであると考えている。
つまり、学会の池田名誉会長は、精神よりも表面的な事象、心法よりも見てくれの色法(しきほう)を大事とし、また執拗(しつよう)に執着しているのである。(自公政権の犬である公安警察の嫌がらせの類も学会と同様であり、権力側は私の書き込みそのものへの反論はおろか、ネット右翼らの分断策動を見ながらほくそ笑み、例のごとくデマを展開して嫌がらせを繰り返すのである。)
したがって、「仏法と申すは道理なり」との仏法の大前提は、池田名誉会長には全くない。
故に、この「仏法は勝負」をいう場合も、「勝てば官軍」が第一義であって、それによって真実の宗教になると考えているのである。
そのため、一切の事象においては、創価学会として、また池田氏自身として、けっして負けてはならないのである。
さらにいえば、表面的に勝つためならば、たとえ裏工作であれ、謀略であれ、公安警察のごとく非合法的な盗聴・盗撮であれ、手段を選ばないという創価学会の思想も、公安警察同様ここに窺(うかが)われるのである。(だが私はピンピンしているのに対して警察組織から関連する事柄で警察官の死人が出たり、自公政権や石原都政がボロボロになっているのは、仏法上では私が勝っているということである。)
同時に、小説『人間革命』や様々な著作、スピーチなどでも判るように、歴史の改竄(かいざん)やすり替え、歪曲をすることなども、あえて厭(いと)わない。
すべてが、池田氏自身の、絶対化を指向するための擬装である。
要するに、池田名誉会長の「仏法は勝負」に対する解釈は、元となる道理を等閑(なおざり)にし、かつ、皮相的な現象面に執(とら)われ、戦闘的に一切を制覇していくことにあるという、全く異質のものなのである。
このような思想は、広範な仏教中に説かれていない。
ましてや、大聖人の文底仏法の考え方であろうはずはない。
まさに池田教の思想であり、それによって歪曲された解釈というよりほかにないであろう。
こんな創価学会に支援されて権力を維持させている自公政権や石原都政の命運は尽きたも同然ではなかろうか?
したがって、この選挙は、自公政権を大きく左右する選挙になるし、解散総選挙が早まるともいわれているので、絶対に民主党の平岡秀夫さんを勝たせなくてはならないと私は訴えたい。
ちなみに、東京都杉並区では結柴議員とその支援者である実方さんは公安警察を国家賠償請求訴訟で告訴しているので、私もその陣形にはいって、公安警察を追求していきたいと考えてもいる。
すでに、私は結柴さんたちが行なっている「国家賠償請求訴訟」への問い合わせも済んでいる。
また、公安警察が悪質な嫌がらせを実行すれば、私は公安警察(警察庁警備局・福岡県警察警備部・公安三課)を国家賠償請求で告訴する方向を検討しており、今具体的な情報を収集中である。
これまで権力側は、共謀罪新設を前にしてやりたい放題・でっちあげもなんのそのでやってきたが、鹿児島県警の不祥事露呈以降、完全に彼らの悪事が露呈し権威は失墜しはじめているし、彼らの後ろ盾である自公政権がぐらついてきていることをチャンスにして流れを覆していきたいと考えている。
そもそも、公安警察は、共謀罪・サイバー規制法を新設するために私をターゲットにしているが私は信心をしているから、その他の新左翼活動家や新左翼OBとは違うことを理解できないのが「愚か」だといえる。
三浦で共謀罪世論策動という目論見が露見し、そんな策動が展開できないほど現在の自公政権が失政で窮地に立たされているのも、公安警察の策動があまりにも「えげつない」からであり、三浦逮捕以来、私がこの策動を粉砕してほしいとの願いで信心しているからである。
そして共謀罪に反対してこられた平岡さん、ネクスト法務大臣の平岡さんに絶対選挙に勝ってほしいと毎日信心してきたから、自公政権側はかなり追い込まれているといえるのだ。
信心を取り戻した私は、「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり。利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり。をを心は利あるによろこばず、をとろうるになげかず等の事なり。此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまほらせ給ふなり。」という日蓮大聖人の弟子だから、公安警察の陰湿な策動に私は動じず、2005年以降、逆に公安警察の策動に関連する事柄でストーカー警察官は自殺したり暴走族を追っかけていた交通機動隊員が逆に追い掛け回されて殺されたり、郵便局に強盗で押し入る警察官が全国指名手配になったり、福岡県警機動隊員出身の警察官による女性強姦が発覚したりと不祥事がやたら激化しているのは、ひとえに私が信心しているからに他ならないし、仏法上すでに公安警察の幾度とない策動は「粉砕」され、私は仏法上公安警察に「勝利」しているわけなのだ。
そもそも犯罪者ではない=逮捕の用件に値しない=つまり起訴すらできないものを「犯罪者」呼ばわりし(ファシスト石原都政下の2005年以来、今は東京に住んでもいないし法大生卒業生である私に対して、何度も私を犯罪者よばわりしてテレビ「報道」しておいてその実犯罪者として逮捕できないのは、それがデマだということは公安警察も百も承知しているからである。起訴も立件も不可能なインチキなでっちあげをやった公安警察に対して著名な人権派弁護士と相談の上、私はきっちりと情報を集めて公安警察を相手に国家賠償請求を行なうことを検討しているので公安警察は今後覚悟せられたい。)テレビ報道し(これはもろプライバシーの侵害にあたるので指示させている公安警察を国家賠償請求で告訴する用件は十分ととのいます。その際は、報道機関をよんで記者会見も検討しています。そこまでしないと私の「名誉回復」はできませんから。)、個人の名誉を意図的に傷つけ、私を挑発することで、ことを起こさせようという公安警察の度重なる策動は、幾度もなく「粉砕」されているだけではなく、繰り返し嫌がらせを策動してきた警察権力側に策動と関連する事柄でそれぞれ死人や殺人者が現職警察官に出たことは、警察権威失墜という現証に跳ね返り、雇い主である自公政権や石原都政(ブレーンは警察権力関係者たちだから)もろともズタズタになっていくばかりということにつきよう。
だから、私を零落させようと公安警察が策動を展開すればするほど警察組織そのものの権威失墜に跳ね返っていくばかりなので、もう公安警察はことの重大さに気づいて、意図的な嫌がらせはおやめなさいということに尽きよう。
でないと私には、諸天のご加護があるので、警備公安警察側に必ずや窮地に立たされることが起こると思うからである。
公安警察が私を挑発しているのは、インターネット規制と言論抑圧を共謀罪新設の既成事実化・予行演習的に行なっているためだろうが、そもそも公安警察は何とか私をギャフンといわしたいからであり本当は私を逮捕し弾圧したいからだろう。
彼ら公安警察は、左翼を逮捕したり嘘でもいいからでっちあげ弾圧するのが奨励されており(でっちあげが露見しても、警察組織内部では昇進していくともいわれている。事例 菅生事件の犯人は公安警察官戸高公徳
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/sugoujiken.htm、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E7%94%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6、
http://www.jcj.gr.jp/oldtime/old1965.html情報を集めるだけで昇進のかてになったり賞状がもらえたりするそうだから、警備局のお達しだけではなく、私を全国の公安警察が狙っているのかもしれない。
実際、警視庁公安一課の公安デカは公務執行妨害を狙って直接私に口汚い罵声を浴びせて私を挑発してきたことも度々あったが、その際私は彼らの狙いがわかっているから「公安お疲れ」と対応したり彼らの挑発に対してまったく相手にしなかったこともあり、現在私は、公安警察の嫌がら策動や威嚇に関するすべてを公安警察の犯罪として暴露するために情報収集中だと公表しているためなのか、私服の公安刑事はなりをひそめ制服警官を配置するとように切り替えている(詳しくいえば公安デカは制服にわざわざ着替えて威嚇してくるともいえよう)
公安警察は、そんな回りくどいことしないで、文句があれば私に直接会いにきなさいと何度も行ってきたが(公安警察は、自ら会いにくるのは警戒しているのかもしれない。なぜなら公安警察の非合法的犯罪の数々を情報収集中だと私は公表しているし、公安警察に対する国家賠償請求訴訟も辞さないといっているからである。そんなに公安警察は私に対して文句があるというならば、私は話をつけるためにあえて警備安警察にでむいていこうかと考えるほどである。)、それはなく実家への「盗聴」「盗撮」「Nシステム設置」、「嫌がらせの無言電話」や「嫌がらせ電話」を早朝かけてくる嫌がらせになっているのが不憫でならないほどである。(あなたたちの嫌がらせの効果はありません。なぜなら、私が過去に支援していた某党派関係者たちが私を超えてブログやサイトを設置しはじめているから、公安警察は私を叩いてもなんら意味がないからです。むしろ、逆にここまで私に公表されているのは非合法を手がけるあなたたち公安警察にとって面目丸つぶれゆえに、むしろマイナスではないでしょうか?私はかまいませんが、あなたたちの権威がどんどん失墜していくことは、果たして警察組織にとってプラスなのでしょうか?あなたがたが嫌がらせをやめれば、諸天の加護による警察関係者の死者続出や警察の不祥事露出や権力の危機になるのはさけられるでしょう。)
公安警察は、私が九州と法大の間で、不思議と私がいないときに弾圧・逮捕がなされたことは単なる偶然ではなく諸天のご加護があったからだと認識すべきだろう。
私は警備公安警察の部署に抗議の電話を行った際、「私たちは地方公務員です。貴重なご意見ありがとうございました。しかし抗議を受け付けることはできません」という対応をされたこともあるが、たとえ仕事とはいえやり口が「陰湿」すぎやしないか?
警視庁現役警察官だった友野のストーカー殺人や、鹿児島県警でさえああいうことなわけだから、これが警察の姿だといってしまえばそれまでだが、この体質のままで共謀罪新設なんぞやられれば、警察にとって気に入らない人が弾圧・逮捕されるのが日常茶飯事になったり、友野のような警官にピストルで射殺されまくりの世の中になり、戦前以上に、かえって「治安維持」は恐怖政治の世の中になりかねないだろう。
その意味でも公安警察がほくそ笑む現代の治安維持法=共謀罪新設、戦争体制化の道に日本国を絶対向かわせないためにも、共謀罪新設に反対してきた民主党の平岡秀夫さんを勝たせなくてはならないという決意で、私は全存在をかけて山口2区補選における平岡さんの勝利を訴えたい。
※平岡秀夫 - フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B2%A1%E7%A7%80%E5%A4%AB
※衆議院議員 平岡秀夫ホームページ
http://www.hiraoka-hideo.jp/
※「共謀罪TV」アーカイブス
http://black.ap.teacup.com/kyobozaitv/38.html
※民主党ウエブサイト【衆院法務委】平岡議員、共謀罪の問題点を鋭く指摘
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=108
※平成17年11月、国会における「共謀罪」に関する平岡議員の質問に対する自公政権側の回答
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b163067.htm
※共謀罪新設反対 国際共同署名
http://www.kyoubouzai-hantai.org/news/kokkai.htm
※BLOG版『ヘンリー・オーツの独り言』
「共謀罪」の解凍・復活を許すな!
http://henrryd6.blog24.fc2.com/blog-category-14.html
※東京新聞 よみがえる亡霊『共謀罪』 『ロス疑惑』呼び水に?
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2008030602093003.html←この記事は重要です。
※平 成 新 編 日 蓮 大 聖 人 御 書
『四条金吾殿御返事』大白法・平成17年4月1日刊(第666号より)
http://homepage3.nifty.com/y-maki/gosyo/kaisetu/128.html
※平 成 新 編 日 蓮 大 聖 人 御 書
『曽谷殿御返事』大白法・平成5年8月1日刊(第391号より転載)
http://homepage3.nifty.com/y-maki/gosyo/kaisetu/005.html
※『創価学会の思想について』第4章 池田大作の妙法観とその誤り(下)
http://www.fsinet.or.jp/~shibuken/MAJI/M2/2-4.htm
※『創価学会による被害者の会』自由の砦
http://www.toride.org/index.html
※福岡県弁護士会『弁護士会の読書』
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2004/11/post_525.html
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2007/01/post_1317.html
※福岡県弁護士会『弁護士会の読書』てっぺん野郎
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2003/12/
※『JanJan』国家賠償請求裁判を知っていますか? 闇の権力の正体
http://www.news.janjan.jp/area/0711/0711025003/1.php
※無所属区民派!『けしば誠一・新城せつこ』
http://www.keshiba-shinjo.net/component/option,com_frontpage/Itemid,1/
※日本ジャーナリスト会議(JCJ)ホームページ
あの日あのころ
『戦後、警察犯罪の原点―菅生事件―
忘れてたまるか「戸高公徳」』
http://www.jcj.gr.jp/oldtime/old1965.html←戦後、警察犯罪の原点―菅生事件についてです。重要です。
※<書評> 『日本の公安警察』(青木理・著 講談社現代新書)
http://www.bekkoame.ne.jp/i/ga3129/368syohyou.htm
※日本の警察
不祥事に揺れる26万人の大組織「警察」。日本の警察に何が起きているのか、警察犯罪とは、公安警察とは、スパイ養成法とはなど、警察の現在の姿について。
http://shinshomap.info/theme/japanese_police.html
※監視カメラは何を見ているか 大谷昭宏 著
http://shinshomap.info/book/4047100595.html
のぞかれる私生活。裁かれる心の中。気鋭ジャーナリストがえぐり出す警告の書。共謀罪、監視カメラ、官による情報操作とは何か。
第1章 共謀罪がやってくる!(ゾンビのように甦る"共謀罪"法案;人の心を支配する危険性 ほか)
第2章 狙われる非暴力集団(自然豊かな島を襲った基地計画・三宅島;非暴力の座り込みで逮捕 ほか)
第3章 安全社会のカラクリ(防犯カメラは安全防備か?;"監視王国"ロンドンでも防げなかったテロ ほか)
第4章 首輪をつけられるマスコミ(加害者の人権だけを守ってきた司法;メディアの功罪 ほか)
第5章 超監視社会の行きつく先("無菌社会"を望むのか?;人の心に踏み込む法律 ほか)
なお、このブログは共謀罪反対と公安警察の数々のでっちあげ犯罪を暴露してきた私個人の運営・管理によるもので、内容の一切については民主党及び平岡秀夫議員、創価学会、日蓮正宗、革新系市民団体、福岡県弁護士会とは全く無関係である。