相次ぐ警察権力の不祥事が後を絶たない。なぜこうなっているのかといえば、公安警察が私をターゲットにしているからである。
このことについて仏法の立場から提起したい。
警察権力の不祥事について面白いサイトがあるのでまずは紹介しておく。
1、『演出される正義の警察官』
かつて「ニッポンの官僚は優秀だ」と言われていたが、
いまだにそんなことを信じる人はどこにもいない。
ニッポン警察も「優秀だ」と言われた時期があったが、現在はどうだろう?
テレビでは「正義の警察官」の活躍をドキュメントした番組が、ウンザリするほど放映されるようになった。出演する芸能人たちは一様に警察賛歌を口にし、司会者は「みなさんの安全は警察に守られています」と番組をまとめてしまう。
※2003年頃から、司会者と芸能人が出演することはなくなり、現在では完全なドキュメンタリー形式となっている。
“正義の警察官”は、こうしてお茶の間からすり込まれていくのだろう。
http://www.web-pbi.com/propaganda1.htm
2005年の『警察特番9/3 ドスペ!激録・列島縦断警察24時 』テレビ朝日のなかで私を対象にした誹謗中傷が開始されたことが特筆に値するが、このことは再三述べてきたので、今回は要点だけのべると、公安警察の狙いはサイバー規制・共謀罪(戦時立法であるアメリカ愛国者法の日本版)のてことして私を2005年9月以来ターゲット(郵政選挙の年)にし挑発してきたということである。
なお、この番組内容について私はテレ朝に直接電話をし内容とともに名誉毀損で告訴する旨を伝えたがテレ朝側は担当プロデューサーから後日電話をかけるという口約束のみで今日まできていたが、2007年3月をもってこの報道スペシャル番組はなくなった模様である。(証拠隠滅と辻褄あわせのつもりだろう)
毎回私が遠出をするときにあわせて、この報道内容を基盤にした嫌がらせ報道を六度も公安警察はやらせてきた理由は、私を分断・孤立化させつつ、「切れさせて」逮捕し弾圧しながら、菅生事件の直後の破防法、緒方盗聴事件と同時進行していたスパイ防止法制定と同様に、共謀罪・サイバー規制のてこにしようと策動しているというわけである。
また公安警察は、自公政権与党の基盤のひとつである創価学会の旗を掲げて、イラク反戦運動を独自でやった私が憎くて仕方がないのである。
私もよく覚えているがアメリカ大使館前でイラク戦争に抗議していたアラブ人夫妻が公安警察から憎悪され、職場に嫌がらせ的な捜査としょうする悪評の流布と(孤立化と分断は公安警察の最も顕著で陰湿な手口)、居住地から最寄の駅の電柱に、アラブ人夫妻の顔面をカメラで写して別でカラーコピーした紙にこの人は犯罪者ですというデマを横書きしたデマビラを張り巡らされたり(電柱の管理は誰がやっているかを理解すれば犯人は理解できるであろうし、尾行して居住地と最寄の駅までつかむような特殊作業を仕事にしているのが誰かを理解すれば犯人は誰かは明らかだろうし、個人の写真をとるのを得意とする特殊作業になれたひとたちは誰かを直感的に思い浮かべれば、あの人たちが嫌がらせしたのだなと分かるはずであるが、これらの表現で具体的にどういう人たちか理解できるだろうから、私はあえて直接的な名前は伏せておくことにしておきたい。ヒントは、私を憎悪して嫌がらせしている特殊な組織で、このエントリーで主題になっている方々です。もっというと、破防法成立やスパイ防止法制定のために菅生事件や緒方盗聴事件などを演出した人たちで、今回はテロ騒動を演出して共謀罪制定を策動している方々のことです。)、それでもアラブ人夫妻はイラク戦争への抗議活動をやめなかったから、今度は、日本テレビの深夜ニュースでこのアラブ人夫妻はアルカイダだと名指しされ(公安警察が指示したのはいうまでもない)た事例さえあるが、アラブ人夫妻は名誉毀損で日本テレビ側を告訴し日本テレビ側は敗訴している。誰が一体ここまで嫌がらせをしたのかといえば、公安警察であるのはいうまでもないし、そういう嫌がらせをお仕事にしているのが公安警察官なのである。公安刑事たちはたんにデモの際の交通整理的な警備活動ではなく、集会や抗議活動などで目立った人や新たな人を対象にその後徹底してマークしたり、やめさせるために個人を狙い撃ちした陰湿極まりない嫌がらせを決行するがための監視と観察と撮影、盗聴・盗撮・三桁の人間を使うような尾行(日本共産党のビラ配布をしていた公務員や僧侶の狙い撃ち的逮捕に伴う裁判で暴露され、テレビ朝日のサンデープロジェクトで暴露報道されたが、サンプロは予定を切り縮めて一回きりの報道と翌週は与野党議員による共謀罪論議でごまかされた。なおサンプロの公安特集の次の日の月曜日、テレビ朝日の株主のひとつである朝日新聞社長の子息が「大麻所持」で逮捕されたニュースが一瞬報道されたので、これで警察権力から圧力をかけられたのだろう。)を日常的に行なっているのである。
(ここで言及しておくと過激派である中核派がゲリラ路線をやめたから、私などが狙われるようになったといっても過言ではなく、中核派などがゲリラを展開していればそちら方面をおもにキャンペーンして私などの嫌がらせを露骨にされることはなかったのかもしれない。なお、これ系の運動に多少かかわっても自民党政権の官房長官になったり東京都副知事になることが可能なのも、日本の民主主義を実証する憲法があるゆえである。なお、公安警察に問いたいが過去の運動歴等を歪曲して悪辣にテレビ報道させるのは、いかなる法的根拠をもとにしているのかぜひ回答していただきたい。昔こんなことをやっていましたよなどと故意に歪めた不当なキャンペーンは、果たしてどのような刑法にもとづいてやらせているのか、また、それらを具体的にどのように処罰されなくてはならないのか?そもそもそんなものはあるのか、などについて公安警察は明確に答えていただきたい。)
というのも、私は今年8月16日と9月7日の土曜日の二度にわたって数日関西方面に出かけたが、いつものテレビ報道を行なうことで、公安警察は私を挑発し「切れさせよう」とつとめていたからだ。
9月9日月曜日、某JR車内で挑発が繰り返されつつ車内放送で何度も嫌がらせ的コメントがかけられたが、私は徹底的に無視したため、何事もなかった。私をずっと挑発していた年寄りの女性は、「ここまでいわれて黙っているのは精神病だからだろう、きちがいだからだろう」などと罵っていたが、そんなのにいちいち相手をして怒ればそれこそ、「ほらきちがいが怒った」とばかりにわめいて警察権力をよんだことだろう。つまり相手をすれば、公安デカが出てくるように仕掛けられていたことだろう。またしても残念でしたね、公安警察!である。
また今回、「あいつは頭がおかしい」というような報道をけしかているふしがある。そういわなければ公安警察は気が治まらなくなっているのである。なぜなら公安警察の狙いを理解しているから私は挑発にのることは一切ないし、私がテレビ報道されればその直後に必ず警察の不祥事やデマキャンペーンと関連する内容の警察官の犯罪事件が毎回おこってきたからであり、それらを私から指摘されてきたのは公安警察自身だからである。
これらの新展開は、今年8月16日直後にやられた公安警察の嫌がらせに対して、私が残念でした公安警察!とこの前指摘したから、彼らは歯軋りし地団駄踏んで、今度は彼らの目的である弾圧(公安警察は私を逮捕したいということ)そのものを見せつけてきたというわけである。
しかし今回も私は挑発に乗らず無地に帰途についたというのが事実である。なぜなら私は今回、日蓮大聖人の御書を携えて出かけていたから、何があろうとも微動だにすることはなかったからだ。
公安警察よ、君たちは信心をしているものがどれだけ強いものか改めて実感したまえ!ということである。
公安刑事のなかには、国士舘大学在学中は右翼三島思想にふれ、国士舘大学卒業後公安刑事の職務について、その後民青の公安スパイを自殺に追い込んだと著書で吐露していた元沖縄県警公安刑事で創価学会員だと自分で暴露しているふてぶてしい島袋だとか、関西大学生協職員の革労協解放派活動家の公安スパイ女性との肉体関係がばれて辞職した元大阪府警公安三課の日蓮正宗信徒の元公安刑事(革労協・解放派機関紙『解放』に関西外国語大学卒業から公安警察就職にいたる経歴や名前や部署などや具体的なスパイ化の実態や肉体関係にせまるいきさつ等を暴露されたため大阪府警公安三課にいられなくなり辞職させられた。現在は警備関連会社を経営している模様。ちなみに、警備会社は警備公安の天下りがほとんどである。)などがいるぐらいだから、公安刑事諸君のなかにも仏法の関係者はいることだろうから公安警察組織のなかでそれらの関係者を募って、なぜ警察の不祥事や警察官の自殺が絶えないのか、お前たちが嫌がらせをやる前後に警察の不祥事はすべて起きてきたのか、そしてお前たちを雇っている自公政権がにっちもさっちもいかなくなっているのか、仏法に照らして自問自答すると、その恐ろしさが分かることでろあろう。
仏法とは、平等利益であること、法華経の行者を破壊しようと策動するならば、それらを策動する側が自滅していくことが如実にわかるだろう。
なお、9月7日土曜日の旅は携帯電話で友人に告げることもなかったためか、公安警察は途中で気づいて、テレビ報道をするのが一日ズレた模様でもある。(私はいわば全国指名手配なみに扱われているらしい。そのため現地の大阪府警の警察官に凝視される一幕さえあった。これが報告されて報道になった可能性すらあるだろうか。)
つまり今までは私が九州を離れる際にあわせて嫌がらせ報道をやらせていたが、今回は、それがズレて私は余裕をもって旅に出られたわけである。が、現地で気づいた公安警察はそれさえも腹立たしく、気に入らないためか、後日の嫌がらせを強化してくるのでさえあった。
これまで彼ら公安警察はお決まりの嫌がらせ報道をしてきたが、その直後に警察官の不祥事が必ず必然的に起き、警察の不祥事を伝える報道が行なわれてきたが、今回は、直前に起きたようである。
というのは、9月7日の新聞、つまり私が出かけた当日の新聞記事に、いくつかの警察官の不祥事をスクープし問題提起した内容が報道されていたからである。
私は関西についてその新聞を手にしたときは、直前に警察側に罰が出るようになったのだなぁと実感したほどであった。
というのも、実は2008年8月29日金曜日夕方から夜にかけて某(民主党)国会議員の地元後援会に両親と私は出席する予定と、その日の昼すぎに某政党(社民党某支部)事務所に立ち寄る予定があった際、事務所に私が立ち寄った直後に事務所内の電話に無言電話が入ったこと(公安警察はつけているぞといわんばかりの対応の素早さ)、某政党事務所から帰る際、実家に携帯電話で通話したのだったが、ノイズ(テレビ等の音と雑音とかき乱すような不協和音の混じった嫌がらせ的雑音。これは2005年からひどくなっており、盗聴・盗撮の証拠をつかむため市民団体に調査してもらおうと考えているし、場合によっては誰がやっているかつきとめるつもりである。もちろん盗聴法によって合法化されたが、事後報告がないから、合法かどうかさえ怪しく、やり口は嫌がらせに近いのできっちりとした証拠をとって緒方靖夫さんの判例に基づいて告訴したいと考えている。)が激しく入ってきたこと、後援会の帰りに警備パトカーにつけられたこと(私が立ち寄ったコンビ二の駐車場にパトカーがわささわざ立ち止まってなかに乗っている制服警官は私を凝視し、私を確認し私がコンビにを後にするあとを追うかのように私の真横を通り過ぎていったので、つけまわして威嚇してきたということである)、などから2008年8月29日金曜日に公安警察は威嚇・嫌がらせを一日中行なったといえるが、なんとその当日の昼すぎに千葉県警の警察官がピストル自殺をしていた事件―またしても警察の不祥事が起こったからである。
つまり、これまでは公安警察の嫌がらせの直後に警察の不祥事は必ず出ていたのが、今回からは、公安警察が嫌がらせを策動する直前あるいは同時進行的に警察の不祥事が起こり始めたのである。
したがって、2008年9月7日土曜日関西に出かける当日の新聞に、警察の不祥事がバッティングして報道特集されたのはまったくの偶然ではなく、その後の公安警察の嫌がらせに対応する如く警察の不祥事が直前の新聞記事になっていたということである。
つまり公安警察は、それでも私への嫌がらせをやめないから、今度からは公安警察が嫌がらせを決行する直前あるいは同時進行的に警察権力の不祥事が起こるようになったのである。
したがって公安警察が私への嫌がらせをやめない限り警察の不祥事はなくなることはないと断言しておこう。
なぜなら私は信心しているからだ。
『演出される正義の警察官』では、実に興味深い指摘を次のようにしている。「2000年警察不祥事が多発し、警察批判がピークに達していたこの頃、4局で7本もの「警察特番」が、わずか9日間のあいだに放映された。 警察とテレビ局の不適切な関係を疑わざるを得ない」と。つまり警察は墓穴をほっているのである。
2008年9月某日にTBSで『激撮!事件列島24時全国熱血警察官大捜査スペシャル』があるらしいが、私のことを再びテレビにだすかもしれないので、注目しておきたいが、これまで公安警察の嫌がらせ直後に同様の警察の不祥事が必ず起きているので、今回の場合のように、直前に警察の不祥事に対する新聞記事だけではすまないだろう。
つまり、また私をこき下ろせば、警察の信用が失墜するような不祥事が必ず起こるということをあらためて預言しておきたい。
また彼ら公安警察を雇っている自民党政権とその代表的派閥は総裁選挙乱戦と内部分裂のような様と、2005年の小泉郵政選挙以降の短期間の政権投げ出しの現実に自民党権力筋は四苦八苦しているのは、明らかに私をターゲットにしてきた公安警察権力とその雇い主=自公政権の側に対する「自界叛逆難」そのものであるのはいうまでもない。
さて、今回の警察の不祥事=2008年9月7日の新聞に掲載されたいくつもの警察の不祥事のなかでもっとも注目する記事は、福岡県警の現職警官が勤務中にパチンコ屋に出かけ車上あらし(サミット警備では届出られた合法的デモの車のフロントガラスを叩き割って=器物破損をやって運転手を引き摺り下ろしていたのは警備公安刑事どもだったがそれらの報いとしかいいようがあるまい)にあい警察手帳を盗まれるまったくドジでまぬけな事件の顛末である。
この事件は7月の事件らしいが、警察手帳が見つからないので、福岡県警は今頃になって事件を公開に踏み切ったものと推察される。
この件と私がどういう関係になっているか賢明な福岡県警の幹部であればおわかりだろうから詳しくはあえて控えたいと思う。
2、次に『続く不祥事、問われる警察』というサイトである。
昨年(1999年)9月の神奈川県警の覚せい剤使用モミ消し事件以後、京都府警の巡査長が行なった押収品覚せい剤盗み出し事件、佐賀県警の信号機メーカー贈収賄事件、新潟の女性監禁事件に端を発した新潟県警および特別監察での一連の不祥事など、全国の警察で次々と明るみに出た不祥事はここ約半年間で170件近くになる。
ここに掲載の記事は2000年までのものです。これだけウミが出ると21世紀には「少しはまともな警察」に改まるかと思っておりましたが、以後も不祥事が止ることを忘れたかのように続々と湧出しております。以後の不祥事は、他のWEB「一般の新聞記事など」をご覧ください。
http://www.local.co.jp/news-drift/highlight00-1.html
ここでは警察の不祥事の暴露と警察権力の問題点が指摘されている。
このサイトでは、最近のものではないにせよ警察権力の隠蔽体質と腐敗があまねく暴露されているので参考に値する。
1、の、『演出される正義の警察官』と、2の『続く不祥事、問われる警察』は特筆すべきだが、とくに、1のサイトでは「警察不祥事が多発し、警察批判がピークに達していたこの頃、4局で7本もの「警察特番」が、わずか9日間のあいだに放映された。 警察とテレビ局の不適切な関係を疑わざるを得ない。」明確に警察の意図を暴露しているのが極めて重要である。
私をこき下ろす番組が、警察番組から開始され、かつて朝鮮新報を購読していた私に対するあてつけのように、関東大震災時の朝鮮人虐殺指令の日にちと同じ日にやられてのも、偶然ではあるまい。
しかし皮肉なことに公安警察が例の嫌がらせをやればやるほど、聞くに堪えないような警察の不祥事(警視庁現職警官友部のストーカー殺人、福井県警機動隊員のストーカー行為)が起こったり彼らの雇い主の政権がボロボロになっているのは、「自界叛逆難」そのものなのであり、私が公安警察に憎悪されることで、ここまで警察権力の腐敗と警察権力の信用失墜を引きずり出したといってよいのでさえある。
そして私がなぜ公安警察から付けねらわれているのかといえば、それは私がインターネットで官製運動的なネット右翼と対峙し(彼らの基盤は日本会議や統一勝共。つまり権力の提灯持ちだから彼らは御用運動を展開しているが、逆に私のような書き手は「過激な思想」を広げているなどといわれて抑圧の対象にされてきているのである。)、イラク戦争の背景を暴露してきたからゆえである。
彼ら公安警察は、何ゆえにイラク反戦運動における私の運動については徹底的に報道しないのかといえば、イラク戦争反対運動を知らせたくないからである。
そして私をターゲットに入れながらすすめられてきたネット規制も共謀罪も、アメリカ愛国者法制定と同様の戦時立法を権力側が視野に入れているということである。
したがって彼ら権力を批判する私が憎くて憎くて仕方がないから公安警察は、挑発・弾圧目的で転び公妨的な徹底した嫌がらせを私に対して策動するも、私がまったくのらないし、そればかりか警察権力の不祥事が決まって起きてきた事実は警察の信用そのものを失う結果になっているし(私を邪魔しよう、分断しようとしてきた公安警察に対する「罰」そのもの)、彼らの雇い主である自公政権側が国会や支持率低下で短期政権で終わって四苦八苦したり、自民党の最大派閥が総裁選で内部分裂したり、公明党元委員長矢野氏による創価学会に対する告訴などをめぐって池田国会証人喚問が囁かれるというさまはまさに権力側に対する「自界叛逆難」そのものをしめしているのである。
矢内原忠雄さんいわく、権力が恐怖するものに対しては衆は侮るという言葉があるごとく、六度の法難にあわれた日蓮大聖人も同様の経験をされている。
私の場合も六度目の嫌がらせ報道を策動されてきたが、これによって権力側に対する現証ははっきり出ているから、私の信心に対する「確信」強まり、私の信心は、公安警察によって裏付けられたといってよいのである。
これらを仏法的にとらえれば、「無神論」的な「科学的な社会主義=マルクス主義者」であった私がこのような展開がなければ信心を取り戻すことにはならなかったことであるが、私への嫌がらせによって私は自滅するだろうとほくそ笑む権力側がズタズタになってきた現実はどうしてなのか、改めて公安警察は考慮すべき時期にきているのかもしれない。
それは法華経の行者である私の家をつぶそうと公安警察が策動しているから、公安警察の後ろ盾である自公政権や警察権力そのものが逆にズタズタ=自滅的状態、本当に危急存亡の状態になっているというだけなのである。
2008年8月29日の金曜日に「お前ごときに負けてたまるか」というような憎悪みなぎる嫌がらせと威嚇をみせつけてきた公安警察の動向は、逆に言えば権力側のあがきが垣間見えてならないが、解散総選挙によって事態はめぐるましく変化していくだろうことをこの場で改めて預言しておきたい。
それから私は、この前、監視カメラを設置を警察はもっともらしい理屈をこねて強化するくせに、自分たち警察側の尋問に対する「可視化」については否定するという指摘をしたが直後に、それらを否定するように警察庁の取調べで「可視化」を「部分的」に行なうとして初めて録音と録画を試みたと先日報道させていたが、すべての尋問、とくに公安警察の取り扱う事件を含めてすべての尋問に「可視化」を伴わなければこれはごまかしにしか過ぎないことを改めて指摘しておきたい。
なお、以下の話も偶然ではない話として指摘したい。2008年9月7日土曜日から関西方面への旅行に向かい、2008年9月8日の月曜日(公安警察の嫌がらせは具体的に9月7日の日曜日〜9月8日の月曜日に行なわれた)に実家に戻った翌日の2008年9月9日の火曜日、直接的な警察組織ではないけれども、権力側の不祥事のひとつとして、宇都宮地裁判事の元裁判官が「ストーカー行為」で実刑判決を受けたニュースが一瞬報道されていた事実を指摘することで今日の権力批判の筆をひとまず結論ずけることにしたい。
つまり、関西に旅に向かう当日に頻発する警察権力の不祥事を特集した新聞が発行されたわけで、関西への旅行から帰ってきた次の日に元裁判官(警察庁長官は今年の年頭で裁判員制度にふれた発言をしていたので関連性はある)のストーカー行為の実刑判決を伝えるテレビ報道が一瞬ではあるが報道されたということは、これまた偶然ではないのである。
なお、公安警察は私を歪曲して誹謗中傷する例のテレビ報道で再三にわたって使ってきた「ストーカー行為」という言葉をさけはじめ別の歪曲したテレビ報道=大学生ナイトがどうだとか、同性愛者がどうのこうのといったそれらを展開しはじめてきたのは(2ちゃんねるの某書き込みは公安刑事がやっていると自白したようなものだ。だが公安警察よ、なぜイラク反戦運動については徹底して報道しない?それはイラク戦争の報道を極力さけさせているからだし、戦況が芳しくないからだ。イラク戦争を担った何人の自衛官の変死と自殺があったのかさえまともなテレビ報道をしていないのは、イラク戦争の実態が国民の間に広がることを自公政権側が恐れているからだ。つまり今のテレビも大本営なのである。記者クラブ制度と警察権力との癒着は、いろいろな方面から指摘されるとおりである。私に対する嫌がらせを公安警察が激化させているのは、イラク戦争体制下=戦時体制下にあるゆえだ。)、私への嫌がらせ報道を行なった直後にストーカー行為を行なってテレビ報道させなくてはならなくなった身内の現職警察官二名(うち一人は相手を殺害自分も自殺し、警視総監が謝罪しなくてはならなかった。また一人は機動隊員であり、公安警察と接点が高い警察官の犯罪であった。今度はいよいよ公安警察官からそういう類が出るだろうと預言したから、わが身かわいさゆえに公安警察は控えだしたのかもしれない。公安警察からすれば憎くて憎くて仕方ない私から、「公安よ、そらみたことか」といわれたくはないということなのかもしれない。すでに何度も直後に不祥事や事件が続出してきたのは偶然だとは片付けにくいことを公安警察幹部は認めているということに等しかろう。今回、公安警察は別の話題を出して嫌がらせしてきたから、ストーカー行為を犯す警察官の不祥事は今回はとまり、ストーカー行為で実刑判決をくらった元地裁判事のニュースが9月9日に報道されたにとどまったのである。)がではじめたゆえであるが、それ自体、警察組織の首を自ら絞める=警察神話の崩壊という結果になっていることはいうまでもないのである。
これを仏法でいえば、還著於本人である。法華経観世音菩薩普門品第二十五にある句で、「還(かえ)って本人に著(つ)きなん」と読む。法華経の行者を謗り、害せんとする者は、かえって自らの身に、それを受けるようになるという意味である。
公安警察はとくと考えさせられたし。
なお、私はもはや創価学会ではないので(だがなぜ公安警察はいまだに創価学会といわしめるのであろうか?法政大学はとっくに卒業しているのにも関わらず法政の過激派と相変わらず主張するのは、私をダシにして、実は権力側がそもそも嫌っていただろう創価学会と法政大学のイメージを落としたいからではないだろうかとさえ思われてならない。つまり権力につけという意味合いをもっているのか、分断・村八分に使えるとしてキャンペーンしている気がしてならないのである。もともと警察官は、島袋のような国士舘をはじめとした右翼学生上がりが多く、勝共連合をはじめとした統一協会関係者が多いようなので、戦後拡大した左翼や創価学会が大嫌いな人たちが多いであろう。)、創価学会員のように日蓮正宗の管長の名前を御本尊の前に掲げて撲滅を叫ぶようなのろいのわら人形の如く公安警察幹部の名前や自公政権を御本尊の前に掲げてそれらをのろいのわら人形の如く見立てて信心しているのではなく、というのも真言宗のようなゴマ焚きや祈祷を禁じているのが大聖人の仏法だから(相手を恨む信心は大聖人の仏法から禁じられているのは、それらを祈れば自分に報いが返り還著於本人となるからである。したがって、日蓮正宗の管長を恨んで撲滅と叫んでいた創価学会の現状は大聖人の仏法から逸脱してしまっていると断言してよい。)、水が流れるが如く日ごろの変わりなき信心によって公安警察や自公政権はそれらの報い=還著於本人・自界叛逆難・他国侵逼難を受けているだけである。
今度は公安警察の嫌がらせ内容にあわせて、全国各地に点在している同性愛者の現職警察官自身が同性愛に絡んだ不祥事事件をおこしていく結果になるだけである(実際、警視庁のデカだと自慢していた同性愛者もいるようですから)
すでに新宿二丁目で非合法薬所持で逮捕された同性愛者と推察される現職警察官の逮捕事件がすでに存在しているので(なお、この逮捕された警察官が同性愛者の歓楽街で逮捕された詳しい事情はなぜか伏せられ、警官のなかに同性愛者がいる事実は徹底して隠蔽されている。また、この警察官が所持していた非合法薬はセックスの際に使用される場合が多く、そもそもこの歓楽街に私用でいたことと、こういう薬を所持していたこと自体、何を意味するかは明らかだろう。)これらに関連する不祥事が今後続出することを預言しておきたい。
ちなみに私の預言は外れていないこともふせて強調しておきたい。
なお、2005年から開始した公安警察主導の嫌がらせテレビ報道は何らの進展もないためなのか、それだけでは気がすまないのか、私の家族を範疇にした別の嫌がらせ・威嚇と私の家をつぶすような策動をみせつけてきているようだが、法華経の信徒の家をつぶすような策動を画策すれば必ず策動している側が自滅することは明らかだということを、日蓮大聖人を亡き者にしようと策動した北条政権が同士討ち=自界叛逆難で自滅した事実をもって断言しておきたい。
実際、その兆候が相次ぐ警察や権力側の不祥事、自公政権の崩壊的惨状、小泉―安部―福田総理をそれぞれ輩出した自民党最大派閥清和研究会の内部分裂(なお、過激派の中核派分裂も「罰」そのものだし、元警視庁富田元警視副総監の孫の富田晋が中核派活動家として警視庁公安一課に逮捕され2008年夏、権力御用雑誌の「週刊新潮」で元警視庁副総監の孫の富田晋は警察の面目つぶしという暴露記事が掲載された)、相次ぐ短期政権、自公政権の内閣支持率低下、元公明党委員長矢野氏の創価学会告訴などで伺いしれよう。

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