小鳥のさえずりで目が覚める。洗濯物も乾いた。一部服を捨て、軽量化。いらないものは捨てていけばいいと思い出発時荷物はたくさん詰め込んだ。だからなんだか荷物の全てを把握できてないし自転車の前にくくり付けたザックの2/3程は出発してから一度も取り出していない。つまり必要ない!?ま、まだこの沖縄は予行練習のような気でいる。日本を出てからが本番だ。もちろん重たい荷物の状態での筋力トレーニングの意味もある。しかし機能性、重要性、に対する携帯性の割合でいまのうちに本当に必要な持ち物をよく吟味しておかないと、、、。出発。
昨日の駐車場の管理人さんはもういなかった。夜のうちは遅くまで何度か見回りに来ていたんだけど。しばらく走って見つけた地元オンリーっぽいコンビニで100円の沖縄そばを買って食べる。自分でカップにだし汁を注ぐ、という方式になっているようだ。スパムと沖縄かまぼこがのっている。
しばらく行くと道沿いの小さな水路の水面に波紋が立っている。魚でもいるのかと思って覗き込むと、一匹のねずみが水面に鼻だけを突き出して浮かんでいる。手足をバタつかせているが明らかに泳ぎが不得手と見た。と、見ている間にも泳ぎの手足を止め小さな泡を立ててよどみの中へスーっと沈んでいくじゃないか!?おいおいおいおい、、、朝からいや〜なものを見てしまった、と思ってそのまま見守っていたら、思い出したようにまた手足をバタつかせて。浮かび上がってきた。おー!!がんばれー!!周囲のコンクリートの壁は垂直で絶対に自力じゃあがれる見込みはない。近くに落ちていた木の枝じゃ届かないし、テントの骨組みのポールを取り出す。荷物から出すまでの時間がもどかしい。その間にも何度かまた水面から姿を消す。ザネリを救うために水に落ちたカムパネルラの姿が脳裏をかすめる。
ポールを継ぎ終わり近くまで下りて手前に引き寄せる。勢いでその間、頭は水の中に入ってしまうがちょっと苦しいけど我慢しろよ。手元の木の枝を皮一枚残して折り、その股に挟んで水の中から救い上げる。15センチほどのねずみ。自分で誤って落ちたか近くの民家でネズミ捕りにつかまって水に捨てられたのか。そういえば途中には何匹か外傷のないねずみが道端に転がっていたっけ。ともかく、けれども、あの必死に生きようとする姿を見たら、、、ほっておけない。助かったということを知ってか知らずかチューチューいいながら逃げ惑う。勢いでまた落ちた!もう一度拾い上げる。今度は茂みの中ににげるのを見届けた。もう落ちんじゃないぞー!!
今日は本島の東側へ突き出た半島、与勝半島とその先の島々が最初の見所。勝連城という石垣の残る城址へ登る。ここは琉球王朝が沖縄を統一しかけたとき最後まで抵抗したという勢力の居城であった。きれいな石垣は世界遺産にも登録されているそうだ。てっぺんの本丸の跡地からは中城湾を挟み、昨日から走ってきた道のりが見渡せる。後ろを見るとこれから渡る島へと続く橋が見える。城を下りてその全長4.7キロの海中道路という名の橋を渡る。途中の道の駅で黒糖カステラを買ってほおばる。自販機でゴーヤ茶というのをみつけると、「絶対マズイって!」というもう一人の自分の声をよそにコインを入れてボタンを押している自分が、、、案外まずくはなかった。つまらん。近くにコインシャワー発見。帰りもまたこの橋を通ることになるからそのとき浴びていこう。
平安座島という島から伸びるもうひとつの橋を渡り、沖縄の文明発祥の古い伝説の残るという浜比嘉島へ。古い作りの家屋が残るのどかな町並み。畑を耕す人、それを眺めて柵から顔を出す牛。蝉たちが競うように鳴いている。浜辺では養殖のいけすが並んで、そばでいけすの中にホースで水をかけているおじさんに聞いてみると「ぶどうさぁ」という。本当だ、エアポンプの泡に巻かれて漂っているのはあの見慣れた海ぶどうの小粒版。こうやって育てるんだ!
侵食された砂浜の岩が絶妙な景観を作り出している。深い旅をしている気がする。道を引き返す。今日も潮が引くと遠浅の海が陸からかなり遠くまで広がっている。道の駅で100円のシャワーを浴びてから出発。どうせまたすぐ汗だくになるんだけど。ま、人生なんてそれの繰り返しだ。半島の北辺を北を目指して進む。
昼も過ぎたし腹も減ってきた。「パーラー」という看板があがる小さな店でまたそばとは野菜てんぷら、ぜんざいを食べる。「パーラー」はいままでいたるところにあったから一度寄ってみたかったんだ。ここの沖縄そばはスパゲティーのような形状(普通はちぢれたうどんの様)。そういえばペルーのカルド・デ・ガジーナという料理もこんな感じだったなぁ。戦前からペルーへの移住者が多かった理由として、気候といい、陽気な文化といい、料理といい、やはり沖縄の人たちが住み着きやすい要素が少なからずあったんだな、と実感。こちらのぜんざいはおおきな金時豆と氷がのっているのが普通。
島を南北に走る329号線まで出ると沖縄本島北端の岬、辺戸岬までは89キロと表示されている。よっしゃ!射程範囲。決めた。南端の荒崎にも行ったことだし北端まで行こう。帰りはバスでも何でもいいし。そのための折りたたみチャリだ!、、、
にしても、周りの風景は渥美半島だといわれても疑わないな、やっぱり日本どこへ行ってもほぼ同じ。と思っていたら、金武町という町へ入るとガラッと雰囲気が違う。目の前の米軍キャンプの影響そのままに看板の文字や町並みもまるで海外のよう。この町からあの有名なタコスとゴハンを組み合わせたタコライスが発祥したらしい。早速ひとつの店でゴハン系はもう食べれないと思いタコバーガーを注文。するとそれがすごい大きさ。500mlのペプシが小さく見える。半分は夜にでも、と思ったが食べだしてみるとぺろりと平らげた!補給完了、また走り出す。
たまに休憩するとかわいい2輪の花が寄り添うように咲いている、山羊が小屋から見つめている。
コンビニで安宿情報の本を調べて名護市というまだ30キロほど先の町に宿を見つけた。近くにテントで泊まってもいいけれどそろそろ一回宿でもいいな。電話してみると、OK。日暮れ前にたどり着くぞ!全力で坂を駆け上がりまた下って、、、と思ったら後輪パンク。あーあ、タイヤの脇からだ。これは本修理が必要。荷物を降ろしてタイヤをはずす。チュ−ブを紙やすりで磨いてパッチをはる。よく見ると穴は全部で合計3ヶ所。やっぱ荷物多すぎ。。。日が沈んで修理をあせってしまったからだろう、チューブが裂けてしまった。ヤバ、日も暮れて辺りが暗くなってきた。換えのチューブもあるし、大丈夫だと思ったら持ち合わせていたレンチは径が合わない事が発覚!とりあえず自転車でこの先走るのは諦めなければいけなそうだ。近くの商店で店のおばさんにバス停を聞く。「店のすぐ後ろの旧道から出てるよ」という返事。すぐに自転車を折りたたみ宿へ到着が遅れることを伝えてから、バスを待つ。
暗くなった道を通りかかったおばあちゃんにこんばんは、と声をかけると、
「あー、バスを待ってるひとね?」と。
「はい、でもなかなか来ないですねー」
おばあちゃん、荷物を見て、
「すごい荷物、今ならバスには誰も乗ってないからいいけどサー」
「ハハハ、、、」
「どこのひとね?」
「横浜です」
「沖縄のヨコハマね?」
「あ、本土の横浜です!」
「あー本土のひとね??どこ回ってきたの?」
「那覇からずーっと海沿いに、こう、自転車で、、、」
「そうね?オバアも若いころはねぇ、、、」
いいかけた所で、ブォーーーン、、、、、
「あー、バスきたきた!!」
「そうそう、そのバスさー」
「ばいばい、オバア!」
「うん、ばいばいネ」
バスの座席に4つの荷物を積み込み、走り出すバスの窓際に行ってオバアに手を振る。15分ほどで宿のある東江のバス停到着。近くにあった電気屋で道を聞いて宿に着いた。一泊1000円だけど相部屋はいろいろと制限あって肩こるなぁ。荷物を置いてシャワーを浴びてから散歩に出ると、都合よく歩いてすぐのBig1というドンキホーテのような店でモンキーレンチと20インチのチューブ、スタンドを見つけた。明日の朝、直そう。コンビニでおにぎりを買う。一個。さっきのハンバーガーがまだ残っているから腹は大丈夫。東京から来たという2人の学生の旅人と語らいギターを弾く。

0
7:00起床。朝日で海面に金色のベールが敷かれている。四国沖だろうか?進路の右手には険しい山地を載せた陸が見える。だとするとあの灯台は足摺岬のものか?
パンとバナナの朝食をとった後、日記をPCに打ち込んでHPのレイアウトを組んでいるとすこし気分が悪くなった。ベッドに戻る。昼過ぎに起きて甲板に上がると九州の陸地に並走している。天気もいいし風も心地よい。そうだ、笛を吹いたら気持ちよさそうだ。部屋へとりに行く。一月ほど前に覚えた山形の故郷の祭囃子から始まって沖縄音楽、宮崎駿映画のテーマ曲、と少しレパートリーが増えてきた。吹き方の加減で音色があまたに変わるから面白いこの一本の笛で低音高音を組み合わせると3オクターブは出せるようだ。穴を半押さえにすることで半音も出せることに気が付いた構造は単純だけど奥が深い。本当に直前だったけど笛を修練しておいてよかった。そして稽古してくれ笛を貸してくれた千広に感謝!
午後、日が傾き、鉛色の雲の中へ入って辺りがほの薄暗くなりかけた頃、ギターに変更。口の周りの筋肉がこわばっていい音がしなくなってきたので。真っ暗になるとぽつんと上がった黄色いお月さんが自己主張を始める。大丈夫、夜は君のための舞台だよ。星を見上げながらギターを鳴らす。今回のレパートリーは「島唄」「涙そうそう」「空と大地のその中で」などなど。洋楽は、、、少し飽きた。今回のギターはクラシック弦を張ってあるので軽い力でも押さえやすい。その分音にパンチや迫力はないけどでも繊細な音がする。
腹も減ってきたし満足したので夕食。カップラーメンとおでん。99×2円分。おでんにはこんにゃく、大根、さつま揚げ、ちくわ、卵、白滝が入っていた。これで99円!?持っていた調理鍋二湯を張りその中でおでんのプラスチックのパックを温める。味も申し分なし。コンビニだと具材ひとつで100円くらいはするというのに、、、部屋に戻り昨晩途中下車してしまった銀河鉄道の夜を読み直す。心に文章を刻みつける。
「なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなにつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら
峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
いろんな意味に受け取れるが自分にとっては文字通り自分の足で峠を越えるときが思い浮かぶ。さてさて船はぜんぜん揺れないぞ、平穏そのもの。

0
7:00朝日の暑さで目覚める。昨日は夢は友人を殺しあったり(ゲームなんだから大丈夫といいながら友人が友人を射殺する)、傷ついた自分の腕を麻酔なしで切り開かれて人口筋肉のパーツを埋めこまれるような、なぜか殺伐としたものばかり。寝覚めが悪い。フラフラする頭で磯に降りると潮の引いた水たまりに右足をジャブンと、、、それで少し目が覚めた。
近くでウニを見つけ捕まえてみる。ウニって海の底でころころ転がっているんじゃなくて吸盤のついた無数の足で岩の隙間とかにしっかりとへばり付いているんだ!2匹目を捕まえようとして力を入れたとき右手の指にトゲが刺さり中止。
あ、出発しよう。港の手前まで3キロほど引き返し、知多半島の東側の道を、名古屋で学生時代にお世話になった歯医者の先生の家目指して北上する。この先生は学生の時正月に突然昔折った前歯が痛み出して参賀日明けに「前歯を抜いてください」といってたずねたのがきっかけで知り合いになった。そのときよほど印象深かったのだろう。そのあとも何度か一緒に食事に連れてってもらったり、コンパに誘ってもらったりしたもんだ!俺よりも7・8歳年上で若い先生でとても気さくで、、、楽しかったなぁ、あのころは。出発前に名古屋から出航することを告げると快く泊まってきなよ、といってくれた。
知多半島の道は狭くて歩道もほとんどなかったけどその代わり車が少なくてゆっくり走れた。古い町並みが多くてノスタルジックな看板や商店が多かったのが印象的。タイヤ付き荷物カゴを押して歩くおばあちゃんがたくさん目に付いた。昼、漫画喫茶で昼食。テーブルにあったPCからネット接続。飯代だけでネットは無料。そうそう、こっちではこれが当たり前だった(他の地域だとネット代と食事料金は別になっているのが普通)。食後また進む。100均で栄養ドリンクとチョコを買い栄養補給。さすがに疲労感あるぞ。。。
17:00前、名古屋市突入。歯医者の先生の仕事が終わるのが19:00過ぎだっていってたからそれまでは、、、そうだ洗濯しよう!コインランドリーを探す。"玉の湯"という銭湯の看板が!ということはランドリー、、、あった!近くのコンビニのトイレで着替えて着ている服を脱ぎ変えてたまった物と一緒に洗濯機に放り込む。
夜、先生宅で鳥鍋と煮魚をご馳走になった。なつかしい思い出話で話が弾む。先生もきれいな若いまーちゃんという彼女さんを見つけて幸せそうだった。。。よかったよかった!!

0
やっと金もたまった、家庭的にもようやく出発できる時期になった。
いろんなことがあったこの数年間、旅立ちは約三年遅れてしまった。だけど
俺はこのたびという目標をやり遂げないと一生後悔してあるいはこのことを忘れたふりをして生きることになってしまう。
それだけは絶対にイヤだ!
何が君の幸せ?
何をして喜ぶ?
わからないまま終わる、
そんなのはイヤだ!!
(アンパンマンの主題歌より)
やりたいニ思っているだけじゃすべては0に等しい。
行動して形にしないと。
たとえそれがどんなことでも。
自分の場合それが旅であった。
渉が渉らしくある為にいま僕は世界を駆け巡る風になる。
世界旅行と言えばやはり男のロマン。誰しも必ず一度はあこがれたことはあるんじゃないだろうか?いま自分はそれができる状態にいる。やりたくてもできなかったり、大人になるにつれてその夢をあきらめてしまった人が大半だと思う。いまの自分にできること、そして自分にしかできないこと、なんだかこれは自分に課せられた一種の使命感のように感じる。今回の旅は自分の中だけにしまっておくのではなくて、旅を通して感じたこと、受けた印象、すべてを自分というフィルターを通して表現し形に残せるよう記録にはこだわるつもりだ。
九月半ばに派遣の仕事の契約が終了。昼夜逆転の勤務時間だったから、体調と睡眠時間を整えながらザック、スタッフバッグ、調理器具などといったこまごました道具の準備を進める。同時に身の回りのいらないものをネットオークションで売却。親父とは旅に出たら部屋には何一つ残さない、という約束をしている。8月に出しておいたバイクの修理がようやく終わり、取りに行く。もう海外の関税免除のための必要手続きカルネの取得には時間が足りない。バイクでの旅行はあきらめなければいけないようだ、、、。
バイクはバイク屋に預けるか売却するか、少ない時間で選択が迫られる。バイク屋さんは2年ほどなら預かってくれてもいいというが旅から帰ってきてすぐに車検で十万近くかかるのはさすがにもったいない。結局バイクは売ることにした。買ったときの費用の半分くらいになってしまったが市内の人で買い手が見つかった。家から陸運支局も近いので名義変更を自分で済ませる。
十月に入りフェリーのチケットを予約。沖縄フェリーの名古屋予約センターで名古屋→沖縄→宮古→石垣までの券を予約。そこから先、台湾までの乗船券は他の大手旅行代理店を通して購入してくれ、とのことだった。沖縄までの券は港で直接名前を告げて購入してくださいとのこと、予約番号も何もなく、、、。ということはやはりフェリーで行く人は少ないんだろうか?台湾から香港へ飛ぶ航空券も同時に手配。これは台湾現地にある旅行会社にメールと電話で直接申し込む。石垣から台湾までのチケットの発券はJTBに頼むことにした。尋ねてみるとチケットは扱っているが「台湾に入国するためには確か帰国あるいは第三国へと抜ける航空券などが必要でそれがないとチケットの“予約”だけでは発券できない、船会社に確認するために返答はしばらく待ってほしい。」と。はいはい、待ちます。いい返事待ってます。
その間に自転車を調達。ネットオークションで10000円の折りたたみタイプのものを落札。同じ車種を事前に近所の大きな自転車屋で下調べしておき店員いわく「走り心地はいわゆるママチャリとは格段に違いますよ。」と言われていたけれど実際走ってみるとなるほど、20インチというタイヤ径にもかかわらず驚くほどスピードが出る。自転車に荷物を載せるためにはそのままでは無理なので荷台を購入。前後に取り付ける。どちらも20インチ径の折りたたみ自転車に合わせて設計されたものではないので少し手を加える。またまたギターのブリッジ作成のとき活躍したグラインダー登場。荷台の素材は金属なので難しい。無事取り付け完了。10日ほど前にネットで注文しておいたパニア・バッグ(後輪の両脇に取り付ける荷袋)の会社から指定の色(グレー)の在庫はありません。ブルーならあります、という連絡が来た。色なんて何でもいい。出発に間に合うように早く送ってください。
トラベラーズチェック、コンタクトレンズ購入に渋谷へ。ロフト、ハンズでまた細かなものを仕入れる。JTBから連絡がきた。やはり予約だけでは発券はできないという。もう出発の3日前だというのに!その日のうちに台湾の旅行会社に再度連絡し相談すると、台湾を出国するチケットをEチケットで発給してくれるという。早速クレジットカード番号を送り向こうから送られてきたのはスキャンした一枚の紙切れのコピー、、、これで飛行機に乗れるという。リコンファームも必要ないそうだ。便利な時代になったもんだ。JTBにそれを添付したメールを送ると週末は船会社が、月曜日にはJTBが休みなので「どうします?」と聞かれ、時間も少ないし悩んでいると「どうしましょう?」と強い口調で聞いてくる。まるで自分でやってください、とでも言いたげな、、、「じゃ自分で、」と言いかけた瞬間、待ってましたとばかりに「ではご自分で手配されるということで今回はこちらでは発券手続きはいたしません。お気をつけていってらっしゃいませ」と早口に電話を切られてしまった。まったく、、、発券だけだと利益性がないのはわかるけどさ。。。仕方がないので沖縄の沖縄フェリー本社に問い合わせてみると、その電話口で台湾行きの船の予約が可能ということだった。なんだよぉ!はじめからこっちに電話しておけばよかった!!出発日、人数、パスポートNo.を告げて予約完了。台湾の勝美旅行社には念のため何度もあのEチケットで入国可能か聞いたので入国証明としては充分だろう(今の時点ではあくまで“だろう”の見切り発進なのだが)。
パニア・バッグも無事届いた。前日に届いたザックとともに自転車にくくりつけるとかなりの大きさ。山盛り状態。なんだかちいさな自転車が憐れなロバのようだ。パニア・バッグの大きさを見てから予備の20インチタイヤとチューブも購入。あとは、、、そうだ!肝心の沖縄・宮古・石垣のこと何も調べていない!ま、現地でどうにでもなるけどガイドブックくらいは、、、ということで近所のブックオフ巡り。沖縄のガイドブック、および中国の詳細地図ゲット!ネットで注文した50万円のトラベラーズチェック(旅行者用小切手)も到着。先月まで1ドル=110円位だったのに急に114円に4円も値上がりしてしまった。タイミングわるっ!これでほぼ準備は整った。あとは全てを積んでみてあの哀れなロバのような自転車がしっかりと前に進むかどうかだ。

0

ホームページで公開していたわたるの旅の日記を
もっと見やすいブログ形式に変更し移動しました。

0
1 | 《前のページ | 次のページ》