高江の記事6
沖縄高文連文芸図書専門部(のとある運営委員)のブログから引用しました。
http://air.ap.teacup.com/koukoubungei/
2009/1/6
「●びっくりがっかりで朝刊夕刊両方載せます。」
まずは沖縄タイムスの朝刊です。
「普天間」移設で四者協設置/久辺3区含め/国と県、名護市で/振興策を検討
政府方針/地元産業優先も
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-01-06-M_1-001-1_002.html
【東京】政府は五日までに、在日米軍再編で米軍普天間飛行場の移設先に決まった名護市東海岸の久辺三区(辺野古、久志、豊原)の振興策と、移設工事での地元産業優先活用などを同三区、名護市、県と話し合う「四者協議会」を年度内にも設置する方針を固め、最終調整に入った。同飛行場の移設工事が進む中、地元三区は「地域振興の議論が進んでいない」との不満を募らせており、政府は受け入れの見返りとなる具体的な振興策を早急に検討する考えだ。=島袋晋作
久辺三区の振興策や移設工事での地元産業優先活用は、これまでも同三区や名護市から政府に要望していたが、本格的な検討に着手するのは初めて。
四者協は、普天間代替施設の建設計画や地域振興について話し合う既存の「普天間移設協議会」とは別の枠組みで設置。最終的には地域の発展のほか、四者が相互に協力して移設事業の推進を図ることなどを明記した「覚書」を交わすことも想定している。
久辺三区の振興策をめぐっては、一九九九年末に当時の岸本建男名護市長(故人)が代替施設を条件付きで受け入れると表明した直後から、各区で具体的な議論が始まった。
これまでにまとまっている共通の事業構想としては、概算で約二百七十五億円の費用がかかる幹線道路網整備や下水道整備、久辺小中学校の整備事業などがあり、各区ごとの事業構想も描かれている。
ただ、普天間飛行場の名護市移設が決まってから始まった北部振興事業や、沖縄米軍基地所在市町村活性化特別事業(通称・島田懇談会事業)でこれまでに採択された主要な事業は西海岸側に集中しており、東海岸の同三区などは不公平感を抱いている実情もある。
一方、移設工事での地元産業優先活用は、名護市内で大手建設業が相次いで倒産の危機にひんしたことから、島袋吉和市長が昨年七月の第八回普天間移設協議会で「地元産業の優先的活用や人材の雇用などに最大の配慮を行うよう要望したい」と求めていた。
同じく朝刊の解説です。
[解説]要求「満額」保証なし/検討作業は曲折予想/久辺3区含む四者協設置
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-01-06-M_1-002-1_002.html
政府が、米軍普天間飛行場の移設先となる久辺三区(辺野古、久志、豊原)の振興策などを話し合う「四者協議会」を設置する背景には、地元との関係がこじれれば、計画そのものが頓挫しかねないとの危機感がある。ただ、本島東海岸沖への移設を決めたSACO(日米特別行動委員会)最終報告から十二年余が経過。地元は期待を込めて多岐にわたる構想を描くが、「満額」が認められる保証はなく、今後の検討作業は曲折も予想される。
SACO合意後、名護市への振興策の配分をめぐっては、市の西海岸地域の事業に予算が集中的に投下されたこともあり、移設先の三区では不満も高まっていた。
また、移設事業は環境影響評価手続きも進み、キャンプ・シュワブ内の兵舎解体工事などが行われているが、三区の振興策に関する政府との議論は始まっていない。普天間移設協議会も約半年間開かれず、「麻生政権は普天間移設問題に関心が薄い」との見方も浮上し、地元には不安感も漂う。
こうした反応に、政府は「関係がこじれて(移設計画で)反対にでも回られたら取り返しが付かない」(政府関係者)と警戒を強めており、早急に移設先の振興策に取り組む姿勢を示すことが必要だと判断した。
ただ、地元区では二〇〇六年に、騒音など生活環境悪化の補償として、一世帯当たり一億五千万円の一時金と毎年二百万円の支払いを求めることを決めるなど、政府にとって振興策のハードルは高い。
政府側はこの要求を困難視するが、地元が長年積み上げてきた期待とどう折り合いをつけていくのか。双方の認識の隔たりを埋めることが今後の重要な課題となりそうだ。(東京支社・島袋晋作)
続けて夕刊を載せます。
「配慮当然」「意味ない」/割れる地元反応/市長「議論の場」
「普天間」移設4者協
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-01-06-E_1-005-1_001.html
【名護】「苦渋の選択をした地元への配慮は当然」「膨大な国の予算を使って基地を造る意味はない」―。政府が米軍普天間飛行場の移設先となる名護市東海岸の久辺三区(辺野古、豊原、久志)の振興策などを同三区、名護市、県と話し合う「四者協議会」が年度内にも設置される見通しとなったことについて、地元では六日、複雑な反応が広がった。
辺野古区の大城康昌区長は「騒音や事件発生の可能性など負担が増えるのだから、東海岸への振興策は当然だ」と、四者協の意義を強調。一方で「地元はもろ手を挙げて移設に賛成しているのではなく、苦渋の選択として条件付きで協力している。われわれが望むものが得られないのであれば、それなりの覚悟がある」と胸中を語った。
沖合への「移動」を求め建設場所が決着しないまま協議会が設置されることに島袋吉和名護市長は、「建設場所が決まっても、地元の振興策が遅れるということがあってはならない。同時にやることは問題はない」との認識を示した。その上で「道路網や下水道整備など多くの事業を国、県、市ができることは何か、どう協力してやるのかを議論する場になる」と話した。
辺野古区の有志らでつくる代替施設推進協議会の宮城安秀代表は「地元企業は規模が小さいところばかり。北部全体の企業が受注できるようにしてほしい」と地元優先発注に期待を示した。
ヘリ基地反対協議会の安次富浩代表委員は「容認派住民に対する単なるポーズ。政府の焦りの表れだ」と指摘。雇用、福祉、医療といった国民生活に目を向けた政策を優先すべきだと主張し、「不況の中で環境と生活を破壊する基地建設や見返り的な振興策に回す予算はないはずだ。今こそ沖縄の負担軽減の原点に戻り基地建設を撤回すべきだ」と訴えた。
知事「具体的で驚き」
仲井真弘多知事は六日、四者協議会設置について、「こんなに具体的に出てきて驚いた。守屋(武昌・前防衛事務次官)さんの時に手形を山のように出していたようなので、防衛省も考えようということになったのだろう」との認識を示した。
協議会では、地元産業の優先活用も協議する方針だが、仲井真知事は「地元優先発注は当然。雇用もメンテナンスも地元でしっかりやってほしい」と話した。
単なるポーズか注視する必要
我部政明・琉球大教授(国際政治学)の話 唐突な印象。「日本政府はちゃんと普天間移設を進めていますよ」と内外に示したかったのだろう。米国にはもうすぐオバマ大統領が誕生するが、政府は米次期政権との再編協議で「何もしていない」と言われるのは避けたい。また衆院選も近づき、ガタガタの麻生政権にとって「沖縄の議席を落とすわけにはいかない」という本音もあるだろう。単なるポーズにすぎない可能性もあり、本当に地元の意向が生かされるのか注視する必要がある。
1999年、普天間ヘリ基地の移設について、同じ沖縄県にある名護市が当時の市長の判断で「苦渋の選択」としてヘリ基地移設を容認しました。「苦渋の選択」とは平たく言えば、市街地に取り囲まれている普天間基地の異常さを同じ県民として看過できないということです。しかしそこにはもちろん裏の事情がありました。過疎化が進み衰退する名護市は、国から定期的且つ恒常的にお金が落ちることに目をつけたのです。それが所謂島田懇談会の北部振興策だったわけです(
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/hok971210.html)。地元に金が落ちる、だから普天間基地の移設を受け入れるというわけです。
実際、その後北部振興策は実施され、名護市を中心に開発が進みました。しかし名護市は沖縄本島の西海岸の元々名護市だった地域と、東海岸の後から合併した地域【久辺三区(辺野古、久志、豊原)ほか】とで構成されているのですが、北部振興策のほとんどは西海岸地区にお金が落ちた形になりました。それで実際にヘリ基地が移設される東海岸地区の移設容認派の人々は不満を抱きます。自分たちが基地被害を被るのに東海岸には振興策のお金が落ちて来ないじゃないかということです。
今回の記事は、その東海岸地区の容認派が「だったら反対に回るぞ」と言うわけで、国が慌てて政府、沖縄県、名護市、久辺三区の四者で協議会を開いて東海岸地区にもお金を落としますよとなだめようとしているわけです。これをどう見るか。
この尻に乗って振興策に目がくらんで容認派が言うように地元の企業にお金が落ちるようになるでしょうか。
結果は否です。基地(ヘリコプターを収容する設備を持った空港)を地元の業者の技術力で作ることはできないからです。本土の大手ゼネコンとのJV(共同企業体)でほとんどを本土のJVに持って行かれます。その残りの僅かな金でも良いから欲しいのだというのが今の容認派の実態です。名護の土建屋はどんどんつぶれていっています。仕事にあぶれた人も増えています。だからといって、戦後強制的に米軍基地として接収されたという歴史があるのに、今ここで金に目をくらませて地元の意志で新たな基地を日本の予算で作ることが正しいことでしょうか。
この不況の折、北部は本当に振興策にあえいでいます。しかし「飴と鞭」で飴を欲しがって良いものでしょうか。別の努力をすべきではないでしょうか。
地元に仕事がないのは事実なのですから、それを見据えてどうするのか、考えて欲しいと思います。戦後米軍の施政権下で、沖縄は事実上植民地とされました。重工業の発展を阻害され、主要な産業は米軍、米軍民政府の許容する親米企業にだけ許されてきました。北部はその中でも割を食った地域です。元々パイが少ない。その少ないパイを分け合って何とかやってきたのです。そしてそれは1972年の復帰後も変わりません。米軍が本土企業に変わっただけだとも言えるでしょう。パイは変わらなかったのです。
そのパイが大きくなる可能性があるからといってそれに飛びつくのは危険です。パイ=飴の裏側には基地被害という「鞭」が待っているからです。
沖縄の人を見ていて感じるのは、多くの人が地元に異様にこだわることです。北部は北部、中部は中部、那覇は那覇、南部は南部、離島では宮古でも八重山でもそうですが、ほぼ東京都と同じ面積の中に東京の10分の1の人が住んでいる。元々は日本本土とは違った王国だったのですから、地域柄が狭い範囲の中でも現れるのは分からないでもないのですが、地元(「シマ」とウチナーグチでは言います)から出ようとしない、もっと言えば沖縄から出ようとしないその気質にも問題がありませんか。
私は東京出身で今沖縄で暮らしていますが、そのように別の地域で暮らすことを考える人も出ないと、江戸時代の「田分け」が起きるのではないですか。1家族が暮らしていくのが精一杯の土地を兄弟が分割相続してしまったら誰も食べていけなくなります。これが「馬鹿」を意味する「たわけ」の語源ですが、土地は増えないです。そして敢えて言いますが、世界経済を見ても沖縄が中心になることは、13世紀からの大交易時代とは違ってあり得ないのです。台湾やシンガポールの方がよほど発展してネットワークを持っています。だったら仕事のある地域に出て行く人も必要なんじゃありませんか。
「国籍としては日本人だが民族としてはウチナーンチュ」という言葉を以前知人から聞いたことがあります。その意識を私は理解したいと思っています。だから言わば外国である日本本土には、歴史的な経緯もあるし、出て行きたくないという心情も理解できます。しかし同じ日本の他の地域、金がある地域に出て行くことも必要なんじゃありませんか。或いはそこからこれからの発展が見込める産業を移転してこないと駄目なんじゃないですか。例えば重工業の生産物には質量が発生しますから、例えば自動車工場は絶対に沖縄にはできません。しかしITならどうでしょうか。コンピュータのデータには質量は発生しません。シリコンバレーでも東京でも沖縄でも優れた製品を世に出すことができたら場所は関係ないのです。そういうものを持ってくるために先進地に言って吸収してくることを考える人はいないのですか。
何だかとりとめのない内容になってしまいましたが、目先の金に目をくらませて政府の言うなりになるのは止めて欲しいと思います。後世までの恥になります。私はそう考えています。皆さんはいかがですか。

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