読谷の風

(yomitan breeze)です。
約30年前読谷高校を風のように通り過ぎた、ある教師のブログです。
教育現場での感想や、見聞きしたエピソードを書いています。

 

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投稿者:高江洲 瑩
(ア)サバテイカルは社会全体でその方向を目指すものだとの認識と、それが当たり前になることが必要でしょう。
(イ)そのためには大学の先生方がもっと頑張らないといけない。
(ウ)ご指摘のように、低学年の子どもたちの教育は国民的な議論は必要と私も思います。
投稿者:umenom
正直、武蔵のサバティカルが羨ましいです。但し今自分がサバティカルをもらったとしても上手く使いこなせないで終わってしまいそうですが。サバティカルについて知らない教員が多いことに驚かされます。教育大学院大学に行くことがサバティカルと勘違いしている教員もいる程度です。

それともう一つは、初等教育の在り方についてもう少し突っ込んだ国民的な議論が必要かと思います。現在の少し右傾化した日本ではその議論をすることが少し心配でもありますが、「子供は社会で育てる」ことが国民の常識になったら、小学校の在り方が変わると思います。転宗主義、詰め込み主義、そういった悪しきものから、勉強の面白さに気付く形に変わっていってくれればと思います。小学10年生を相手にしていてそう感じます。自分が今どこにいて何をすべきか、どう振る舞うべきかが分からないというのは小学校(或いは中学校?)教育のゆがみだと思います。ACの広告(これは沖縄だけでしょうか?)で「子供は9時には寝かせましょう」とやっているのを見ると、家庭での教育が少しく崩壊し始めているのかなとも思います。相対貧困率もアップしてきて、日本の「中流化」は終わってしまったのだなと感じます。その中で頑張っているPもTもまだまだ大勢いるはずです。しかし母子家庭、父子家庭など、或いは世帯主のリストラ、非正規雇用化などで、高校の校納金が納められないでいる生徒も大勢います。

そういった社会構造を変えていくことで世の中をよくするのが「社会科(地歴・公民科)」を中心とした教師の仕事だと思います。そのためにできることは何なのか、皆で考えて欲しいです。目先の進路実績にこだわらず、人間として「自立」し、他の人の役に立てるような大人=人間に育てることが必要なのだと思います。BS日本連盟初代総長の後藤新平元東京市長は言いました。「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするように、そして報いは求めぬように」。こうした考え方を学校教育に持ち込みたいと思うのですが悪戦苦闘している次第です。
投稿者:高江洲 瑩
umenomさん、ご意見ありがとうございます。この現状をどう打開すれば良いのかを考えたいですね。
投稿者:umenom
教育の理念、正に先生の仰せの通りです。ところがこれを理解していない管理職、現場の教師がいるから始末が悪い。困ったものです。
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