教員養成3
再び、朝日新聞社説から引用しています。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
教員養成6年制―まず教職大学院の拡充を
前半の部分の引用―――
(A) 先生の力量をどう向上させるか。これからの学校に求められる先生像とは何か。鳩山政権の教育施策の柱の一つ「教員改革」議論が動き出した。
文部科学省は、小中高などの教員養成期間を6年に延ばし、大学院で修士課程をおさめることを条件とする制度の検討を始めた。教育実習にも1年をかけるという。自公政権下で今春から導入されたものの、効果が疑問視されていた教員免許更新制は、来年度限りで廃止する方針だ。
先生に降りかかる問題は複雑化し、必要な知識や技量は高度になっている。専門性と実践力を兼ね備えた修士の先生を増やすことには賛成したい。ただ一足飛びに教員免許の要件とするには課題が多すぎないか。
免許取得に6年もかかると、教員志望者が減る恐れがある。大学院まで出ても採用されるかどうかわからないからだ。学費も重荷になるだろう。
6年間続けて理論を深めるだけでは、すぐに現場で役立つとは限らない。実践力をつけるために実習に1年もかけられれば理想的だが、受け入れる現場の負担は並大抵ではない。
まずは大卒で免許を取って現場へ出て、何年か経験を積んだのち、また大学院で学ばせるような制度の方が現実的であり、効果的かも知れない。―――引用終わり
<意見>
先生の力量をどう向上させるか。
これからの学校に求められる先生像とは何か。
鳩山政権の教育施策の柱の一つ「教員改革」議論が動き出した。
文部科学省は、小中高などの教員養成期間を6年に延ばし、大学院で修士課程をおさめることを条件とする制度の検討を始めた。教育実習にも1年をかけるという。
(1)教育改革と言うテーマで政治家は物を言いたがる。国全体をどこかに動かそうということらしい。その前に求められる教師像とは何であろうか。安倍総理が教育改革と言ったとき、ひょっとしてこの人は自分がその理想像と思っているのではないかと疑ってしまった。余りにも歯切れよく物を言うのはちょっと違うと思っている。
私が警戒するのは、現状を見極めないでとにかく修業年限を長くする。あるいは学部で終わらずに修士課程まで進んでいただくとしてしまうことである。時間をかければよい教師が生まれるというのか。修士課程まで進めばよい教師になると言う保障はない。
(2)現在、上智大学で教員養成の一講座を担当している。そこでも気がつくのは、10年前と今とでも、学生の質が変わったことである。もちろんそれらの学生が小中高と進んだ過程で受けた教育が違うのである。当然、そういう学生の描く理想的な教師像というのは自分の経験の基づき違ってくる。
都立高校の先生方から聞いたのであるが、石О都知事が登場してから、教育現場に色々文句を言う事務官が目立って増えたという。その事務官は都知事の期待する教育方法を真っ先に取り上げ、現場の先生方に注文するそうである。
「余計なこと(実験などや実習)はしないで、塾のように効率よく受験対策をしてください」その結果、進学率は上がって喜んでいるが、キチンと教えるべきことを手抜きしたと悩む教師も居る。果たせるかな、大学で目にする学生も、面倒くさい現象に出会うとシツコク追究するというよりも
「要するにООということが分かれば良いのでしょう?」と、決め付けてくる。まさしく教育の成果である。このように体に染み付いた考え方を直すのは至難の業である。
(3)教育の目標とは何か。―――いまやある一握りの人たちの理念になってしまった感があるから敢えて言うのであるが、それは「自立することを目指す」である。―――自分が小学生のときに試験管で物を温めたこともない人が、子ども達にいかに教えるか、それは自分自身の経験の発掘、そして自分自身で分かることに他ならないと考える。
皆さんは簡単に大学院を出た修士の先生が増えればと言うのだが、現実は厳しい。大学4年生になって卒業研究に取り掛かったとたんに何をどのように研究したら良いのか分からない学生が続出するのである。大学院以前、研究活動以前の問題ではないかと思う。
自然現象がここを調べてください、果てはこのようになれば良いのですよとデータが出てくると期待できる訳がない。受験戦争でいかに早く結論を出すか集中的に指導を受けた学生は自分の目で見て自然から学ぶ習慣がない。研究者として自立できるために、そこまで指導して行くべきなのかと考えることもある。

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