あるべき研修の姿
(1)「教育の場における研修はいかにあるべきか」私立学校に勤務して、公立校とは少し違うが、世の中はどの方向に動いているかを私なりに考え続けている。
本ブログ内検索で「初任者研修」と入れて検索していただきたい。
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%8F%89%94C%8E%D2%8C%A4%8FC&inside=1&x=27&y=11
(2)気付くのは、同じようなことを繰り返し書いていることである。過去の私立学校の研修を思い出して、その基盤から話そうとするから、何時までたっても同じになるのであろう。今回はまったく違う観点から述べてみたいのだが、生きてきた過程である以上引きずられるのもしかたない。見てやってください。
(3)教育の目的が「自立すること」にあるとすれば、自立に資することが研修の目的であると考える。教師が勉強したいと言う時も同じである。そのような教師に事務方が「勉強するのであれば教育大学の大学院である」と言い、それ以外の研修の道を認めないこともあると思う。それが問題なのである。
<教育現場、イコール=教育大学>と硬直化して考える必要はないのではないか。全ての大学、大学院に広げて選択すれば、それだけ可能性も広がると考える。
人を育てる教師が5年、10年と経験を積んだ結果、自分がこうありたいと願うことそのことのなかに、その後の教師を育てる(今後の人を育てる)大きな指針を含んでいる。従って、どのように研修するか、その選択からその教師に任せるべきである。
(4)『何も言わずに、1年間の有給休暇(給与100%保障)プラス大学への納付金も給付で自己研修に旅立たせる』―――わが社の場合すでに実施中―――。これがひとつの理想ではないでしょうか。
諸外国では‘サバテイカル制度’として7年に1回実施するものとして、定着しているようであるが・・・。わが社ではとりあえず希望者から選定委員会を通して決定し、実施している。その内に7年に1回繰り返し恩恵にあずかるようになれば教師は変るし、教育現場は変る。そうなれば良いなあと考えている。
定年になった現在、わたくしは“ひとりサバテイカル制度”を実施中である。こういう私と一緒に研修する仲間(研究所)ができることを願っている。
本ブログの過去の記事を参照
「サバテイカル制度」
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83T%83o%83e%83C%83J%83%8B%90%A7%93x&inside=1&x=29&y=8

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