沖縄での最後の夜、国際通りの居酒屋へいった。
お土産に何本かの泡盛の古酒を買い宅急便で送った酒屋でもらったちらしの「おばぁのつくる島料理と島唄ライブつき」のことばに引かれて訪れた店だ。
細長いテーブルの片側は、アメリカ人と日本女性のカップル、散々メニューを眺めたあげく、ベジタリアンらしく野菜ばっかりのメニューを頼んでいた。陽気なアメリカ人らしくにっこりと私たちにもカンパイの胚をあげた。
もう一方はこれもまた若いカップル。
私たちが席に着いた時にはなんだか熱心に議論していた。
沖縄の食べ物は好きだ。
野菜もとーふも豚肉もなんだか懐かしい味がする。生まれ育った九州の地に近いせいかどれも抵抗なく食べられるような感じがする。
旅に出ると、連れ合いはとてもやさしい。飲むほどに酔うほどに冗談を言い合い島唄に手拍子を打っていたら、突然となりのカップルが話しかけてきた。
「すてきなご夫婦だね〜〜」って話していたのですよ。結婚後何年ですか?
え?30年?30年たったら私たちもすてきな夫婦になれるかしら・・
いろいろ人生にはありまさぁ〜ね。すてきな時もすてきでない時も。
でも何故か一緒にここにいて、島唄なんかを歌ってる。
聞くところによると男性は一人で建築請負、彼女の方もその手伝いをしているとか。
羽田へ行く途中、私たちがコンクリを流しタイルを張った建物が朝日に輝いていて、うを〜〜ってばんざいしちゃったんですよ。鹿島の仕事なんですよ。5階から13階まで俺がぜ〜んぶコンクリ流したの、私、何万枚も徹夜でタイル張りました。来る途中きれいな富士山も見えたしね〜そうなの、すごいね、若いのに、がんばってるね。
おね〜さん、こちらに私たちと同じ焼きソバを・・あら悪いですよ、ジャお返しに泡盛のお代わりを・・・とやっているうちはよかった。
そのうちに彼女の方が私に身を寄せて、「これが最初で最後の旅行かと思って」としゃくりあげて泣き始める。な、なんで?「だってわかりあえない」なんかいうとすぐ怒るし、ちっとも私の言うこと聞いてくれない。彼のほうにむいて、そういってるよっ。どうするのっ?と聞くと、だってこいつ、ばかなんだもの。素直に思っていること言えばいいのに、いわないで、泣いてばかり。情けないやつだよなぁ。別れるしかないよな。
ちょっとぉ、あんた、面と向かって馬鹿だって言われたらちったぁ利口な人間でも馬鹿になっちまうよ。言われた人の気持ち考えたことあるのぉ?私も酒の勢いでいいかえす。
彼女にそっと聞いてみる。ねえ、いいたいことがあるけど、いえないっていうのは、過去になにかそういう辛い経験でもあったの?泣きながら彼女はうなずく。そう、昔の夫がDVだったの。なぐる、ける、ひどかった。だから彼にも言い出せない。また殴られるんじゃないかって。ああ、そうだったのね。それでそういうわけがあって何もいいだせないこと彼には言ったの?いいえ、言えない・・
あのね、私彼にいってもいい?今ここで・・やめていわないで。
そう、ジャ言わないね。自分でいつか解決しなさい。あなたの体験じゃ無理もないけど、愛情は棚から牡丹餅じゃないのよ、ふたりで努力して作っていくものなの。ほんとに一緒にいたいのなら悲しいことを繰り返さないで。今の彼は昔のDVのだんなさんとは違う人なのよ。
若く仲よしに見えた夫婦は43歳と40歳。それぞれ3人と4人を連れ子して結婚したんだそうな。結婚して1年、もう別れる話をしている。
しっかりしてよ。子供たちはどうなるの?あんたたちはいいけど、子供の心にどれだけ深い傷をつけるかもっと考えて暮らして頂戴。
ふとみると夫はこの話の間中、うとうと船をこいでいた。
おとう、かえるよ〜〜
私たちのやりとりを聞くともなしに聞いていた店のおかみが、「みんなでおとこはやっつけましょうよねぇ」
そういう話じゃないんだけど。
翌日夫にこの話をしたら、「ったく〜、なんてやつらじゃ、そういえば入ってすぐあいつらなんだか議論してたもんなぁ、いやだなぁ、遊びに来てるのに、って思ってたんだ」
程度の差こそあれ、こんなふうな行き違いはわれわれにもあったような気もするけどね。
人好きのわれわれ夫婦は旅の空でいろいろの人と知り合い、住所の交換などをすることもあるが、めずらしく私にしてはブレーキが利いてメールのアドレスさえ教えなかった。
それぞれの人生。自分で解決していくしかないよ。
悩み苦しんでも自分の頭で考え切り開かなくちゃなにもはじまらない。
ときどき彼女の薄幸そうな表情を思い出すが、元気でいてね、とその表情を押しかえす。
今日も東京は快晴。富士が白く冠雪して輝いている。

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