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無限寛容

5月も末になろうとしている。本州はもう夏日があるというのに、北海道は桜の開花が遅れて寒い日が続いた。それでも、雪の間からアイヌの好んだ行者にんにくが顔をだし、カタクリもエゾエンゴサクも咲き、今週はやっと桜が咲いた。

先週土曜日、真宗大谷派旭川別院で、藤原新也 講演会 

「人が死ぬという事」

という講演会があった。インドから東日本大震災へ至る死と向き合ってきた藤原の話は、彼の著書「メメント・モリ」以来、写真集、エッセイ、小説を読み続け、影響を受けて1991年にインドまで旅した私には大きく響くものがあった。

午後6時、講演会場には約300人を超える人々が集まっていた。聴衆の年齢は高い。最初は藤原新也の人気が高いのかと思ったが、実は檀家が講演に召集をかけられたにすぎないということが分かった。

おそらく、私はこの人々の中でも、もっとも彼の話を心から聴きたいと思って参加した人間だろう。

彼自身の撮影したインドから東北の映像を駆使した話は、約二時間ほど続いた。特に、文章化していない撮影に関する裏話は興味深かった。

講演最後の結論の言葉は、

「無限寛容」

だった。一般に流布している言葉ではない。この言葉は、2011年冬に藤原の文芸春秋に寄稿した藤原自身の文章によると次のようなものである。

「―無限寛容―すべてを許すという意味である。
すべての人の死や弔いの風景には人それぞれ国それぞれ、そして時代それぞれの異相があり、そこに優劣をつけてはならず、すべてを受け入れたい。今はそういう心境がある。
理想の死や理想の弔いの風景を持つことは息苦しく、またそれから外れた人の死を不幸とすること になる。だが死というものはそれを無限に寛容するからこそ死であり、それが死の懐の深さである ように感じるのである」

1991年3月、インドの西海岸の大都市ボンベイ空港に着いた私は、その場で地べたに横たわる死体を見た。町にも病の人が路上で横たわり苦しんでいた。一体自分は何のためにここまで旅したのか・・・。騒音と汚さと匂いの充満するインドで、藤原新也の本を読みながら歩いていた日のことがまざまざと甦る。

「無限寛容」・・・。「死の懐の深さ」・・・。インドへの旅から20年以上が経過し、今再び死を巡るこの言葉を、私は心の中で繰り返し呟いている。

なお、講演が終わった時、廊下で藤原新也にひとこと声をかけた。小柄で白髪の人だった。

「―ディングルの入江―というあなたの小説を繰りかえし読んでいます」
そういうと、ややはにかんで
「ありがとう」
と、彼は答えた。

「ディングルの入江」は1998年に出たアイルランドを舞台とした小説である。以来15年、私はこの小説を読んだという人に出会ったことがない。



1
投稿者:玄柊
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投稿者:玄柊
やまおじさん、コメントが遅れて失礼しました。藤原新也と石牟礼道子さんの対談がまとめられた本を読みましたが、厳しい内容ですが素晴らしいものでした。
やまおじさんの沖縄レポート読んでいますよ。
投稿者:やまおじさん
ひさしぶりのブログ投稿、拝読しました。
生きていくことは、せつないですね。

北海道はこれからいい季節ですね。
こちら、梅雨とはいっても、きのう今日あたりは夏の陽気です。
藤原新也さんの講演会、行かれてよかったですね。私もできるだけ外部との接点をもつように心がけています。

時間のあるときに、また書いて読ませてください。

http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/
投稿者:玄柊
グランマーあいこさん、近しい方が亡くなった直後だったのですね。ご冥福をお祈りします。
31日に納骨で秩父へ行かれるのですね。悠円が亡くなりもう7年も経過しました。彼の奥さんの情報など、伝え聞きます。
「無限寛容」を心に唱えながら、私はこのところひたすら早朝に歩いています。
 玄柊さん ご自身が臨まれた講演会の内容を簡潔にお伝え頂き有難う御座います。

実は4月13日に姪(弟の長女)が3人の子どもを遺し38歳の若さで急死しました。

母子家庭で公営住宅に住んで居ましたので 祖父に当たる弟が喪主となり葬儀を済ませました。

3人の子どもたちの落ち着き先等も 姪の友人たちや子どもの担任の先生方の協力も有り 何とか決まったようです。

遠い親戚の私は 唯おろおろするばかりでしたが 今週金曜日の31日に納骨の運びと成り 秩父に近い墓所に行って参ります。

7年前悠円さんが4月に亡くなりましたが その年の12月に母を亡くし 納骨の時のエピソードを玄柊さんの掲示板に書かせて頂きました。

親族一同が≪千の風に成って≫を合唱して見送りましたが 見上げた空に一筋の白い光を見ました。
姪は同じ墓所に納めます 苦労の多かった姪は祖母に当たる我が母の胸に抱かれて 安らかに眠る事が出来ると「無限寛容」に学ばせて頂きました 有難う御座います。 
投稿者:玄柊
モネさん、コメントありがとうございます。
司馬遼太郎も藤原新也もアイルランドへ行っている・・。私がアイルランドを訪れたのは1987年でした。もう、26年も前です。
「ディングルの入江」が、アイルランドが舞台だと知った時には驚きました。静かな魂の物語です。
投稿者:モネ
藤原新也の死生観、「無限寛容」という言葉に集約されていたのですね。

司馬遼太郎の街道をゆく31「愛蘭土紀行U」を興味深く読んでいます。
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