スイスで行われていたWTO貿易自由化交渉会合は、米国と中国・インド両国との対立が解消せず、議長妥協案で妥結しかけた交渉は決裂して終了した。
今年中の進展を目標としていた交渉だったために、今年中は難しくなったわけだが、来年は米国が大統領選挙に入るため、さらに交渉は先延ばしになると考えられている。
今回、話し合われたのは、大きく工業品貿易と農産物貿易の関税に関わることだった。
日本は工業製品の関税率が先進諸国よりも低いため発言力がある。関税を引き下げ、貿易が盛んになれば、世界的な景気低迷が解消すると期待していた。
一方、農業分野では厳しい状況にあった。全農産品のうち8%は国内農業保護のために高い関税をかけられたのだが、輸出国の多い欧米は4%一律にするよう取り決め、輸入国の反発を受けて、議長妥協案として6%という方向に向かっていた。
6%でも、日本の場合、多くの食料品が、関税を下げざるを得なくなり、国内生産者にとって厳しい状況に追い込まれる。
ところが日本政府は、主張はしたものの、議長案で妥協するつもりだったらしい。工業輸出による経済好転を狙い、欧米と協調するためには、国内農業をある程度犠牲にしてもやむを得ない、と考えたのだろう。
そのため、決裂を受けて、福田総理と交渉に当たった甘利経産大臣は「残念である」とコメントし、町村官房長官は中国とインドを自国保護を優先した、と批判した。
だが、今回、交渉が妥結していたら、日本も厳しい状況に追い込まれた可能性は充分ある。
工業製品の方は、貿易自由化で世界的な景気が良くなるかと言えば、必ずしもそうはならない。原料価格が高騰している上に、新興国の急速な経済発展は、急激な失速を引き起こす可能性もある。欧米の市場も低迷しており、貿易自由化は特定の分野の異常な高騰による逆効果になる恐れもある。
一方、自給率が極端に悪い日本で、農産物自由化が加速すれば、自給率は壊滅的な状況になる。国内農業従事者の廃業が深刻化し、地方は衰退、消費もさらに落ち込むことは予想出来る。しかも、国内農業を壊滅させたあとで、輸入農産物が暴騰する可能性も否定出来ない。世界中の経済不振や、気象災害の拡大で、農産物の生産力も落ちているからだ。すでに現時点でも、農産物生産国が、輸出を渋っているために、現在の高騰につながっている。
そうなると、自給率がなくなった上に、食料品の輸入もままならなくなる、と言う最悪の状況になり、下手すると、低所得者層から飢餓に近い状況になる可能性がある。
WTOが興され、本格的に交渉が始まった90年代頃であれば、金回りも良く、農業生産力もあったから、都合が良かっただろう。だが、当時は存在しなかった環境問題と金融資金の動きから、あらゆるものの価格が暴騰し、急激な農業生産力の落ち込みが問題視されるようになったいま、世界中で共通の自由化を行うことに意味があるのか、効果があるのか疑問である。
政治家は、現状、直面している問題よりも、国際的な体面や協調ばかりにこだわって、しかも、古い発想から抜け出せずに、先も見通せなくなっているのではないか。

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