文部科学省は30日、国際協力で進める宇宙探査の長期目標について、2030年代後半を目標に、「火星への有人探査」を行う案を公表した。その前段階として、月探査を含めている。国際的な宇宙探査のイニシアティブをとることで存在感をアピールすることも狙い。政策としての是非を審査して内閣府宇宙政策委員会に報告する。
これまでにない前向きな姿勢は結構なことだ。
ただ、日本は世界トップクラスの優秀な大型ロケットを保有しているにもかかわらず、宇宙政策に関しては非常に遅れている。年に1〜2回程度の衛星の打ち上げがやっとで、有人飛行についても、一部で言及する政治家などがいるだけで、むしろ逆に金の無駄だとか、無人探査で十分といった消極的な意見が、政治家からも、JAXAからも、マスコミからも聞こえてくる。新聞の社説に堂々と否定的な見解が載ったりする。
どうも、月探査や火星探査を従来の科学的調査といった程度に見ているのか、有人探査をいまだにSFの範疇かそれに毛が生えた程度の荒唐無稽な夢物語に捉えているのではないか。
すでに主要大国は、月への進出を本格的に検討し始めている。その最大の理由は資源。
膨大な資源量がある可能性も指摘されている月。もともと地球誕生間もない時期に火星サイズの惑星が衝突してもぎ取られた部分が集合してできたという説が有力なだけに、月は地球とよく似た成分だ。また大気が殆ど無く、むき出しになっている分だけ、宇宙から飛来するミニ天体、太陽から飛来する物質などが沈殿している。多種多様な物質は、人類の感覚でいう「豊かな」地球だから生成されるのではなく、そのほとんどが宇宙に普遍的に存在しているものだ。
月は、決して灰色の砂だらけの何もない星というわけではない。
資源と言っても、輸送コストから見ればまだまだ商業的には無理。しかし、各国の取り組みは、近い将来の有望な資源地帯として視野に入れるレベルにまで技術力が上がってきていることを示唆している。誰も手を付けていない資源だらけの土地が広がっている、という点がリアルになってきたわけだ。
月の領有権については一応「月その他の天体における国家活動を律する協定」などの条約があるものの、ほとんど効力がなく、事実上早い者勝ちの状態。行って旗を立てれば領土となる。多分、それを止めることは今の国際社会では難しいだろう。ある程度月の領土分割がなってから、初めて領土条約が作られ進出国同士で合意されると思われる。その時点で乗り遅れたらもう手遅れだ。火星も同様である。
有人探査技術はアポロ時代よりも進んでおり、情報化時代の恩恵もあってか、先行している米ロだけでなく、後発組の中国やインドでも、その技術力の差は縮まっている。
また、アポロ時代と違い、宇宙ステーションという中継点があるのも大きい。
物資をステーションで保管し、月探査ロケットはステーションと月を往復するようにすれば、地上から打ち上げる時よりも、輸送コストも、リスクも軽減できる。
現実味を帯びてきた月には、単に人を到達させるだけでなく、長期にわたって活動するのは大前提だ。短期の科学探査ではなく、居住できなくてはならない。
そのための施設の建設も徐々に現実味を帯びてきている。
大手ゼネコン等は月の表土を建築材料にして建造物を作ることも検討しているし、太陽エネルギーはむしろ地球上よりも豊富だ。水も場所によって偏在するが、凍りついた状態である程度の量は存在すると考えられている。
そして火星。国家だけでなく、民間でも、火星という惑星を目標に掲げるようになってきた。これは逆に見れば、その手前にある月がそれだけリアルになったということだ。そして遠大な目標はその先に据えられるようになったということ。民間での火星移住計画も進んでいるが、人類全体が、情報化社会を迎えて、地球という「惑星社会」に限界を感じ始めているのかもしれない。どこへでも行けるようになり、誰もが豊かになろうとし、何もかもがわかってしまう社会は、いずれ止まってしまう。停滞から一歩踏み出すように、グローバル化の次にあるのはフロンティアだということを、人類は直感で感じているのだ。出アフリカ以来、停滞と進歩を繰り返しながら進んできた人類だから。
アメリカはすでに、軌道上までの輸送は民間に委託し、月以遠についてをNASAが取り組むことになっている。ロシアや中国は逆に国家機関として推進する方向。
それに対し日本は、未だに有人宇宙飛行についても否定的な意見が多い。
アメリカやロシアのロケットで宇宙ステーションまで行く日本人宇宙飛行士は何人もいるが、その貴重な経験は殆ど活かされることがない。非常にもったいない話だ。ロケットも輸送船「こうのとり」を運ぶH2Bなどは十分有人飛行に耐えられる性能を持っている。
日本が消極的な理由のひとつに、政治家や官僚、JAXAの上層部などに責任問題を恐れるところがあるのかもしれない。一旦事故が起こったら大問題になるだろうし、日本のメディアなどは、挑戦する人を応援せず、うまく行かなかった時の叩き方が異常なくらい激しい。ネットなどでもそういう種類の批判は多い。「どうせやっても無駄」といった非科学的な否定論も多い。結構保守的な社会だ。
批判を恐れず人々を引っ張っていくだけの力量のある人材が、なかなか出にくい社会になっている。
ただ、企業単位で見ると、スカイツリーや中央リニアのように政治家や官僚やマスコミから非難されても、推進していくだけの力がある。2020年の東京オリンピックの招致活動も、むしろスポーツ選手らが率先して計画的に進めていった。今までの日本にはなかった動きだろう。
また日本は出来るまでは、有識者ほど保守的になって批判を繰り返すが、一旦出来ると手のひらを返して賞賛するようなところがある。スカイツリーは完成したら大盛り上がりになるし、中央リニアも、あれだけ関わりを拒絶していた政府が、今度は一転して大阪までの開業推進を言い出した。かつては新幹線も、車社会到来の時代に無駄の権化のように言われていたが、出来てみたら大成功し、批判した有識者が不見識を認めたこともある。
そういう社会だから、思い切ってやってみるのもいいかもしれない。
国内で飛行に関する法的規制が厳しいなら、海外で日本の技術を使った有人ロケットの打ち上げもありうる。実際、実験機レベルでは海外で何度か行っているのだから。海上フロート基地を作って行うというのも手だ。
中韓あたりと協力すると技術を盗まれたうえに手を切られるおそれも高いが、アメリカやフランス、ドイツ、あるいはインドやタイ、ベトナム、ブラジル、オーストラリアなどこれから発展し宇宙にも興味を持っている国々と協力するという手もある。別に中韓と争う必要はない。国際社会への視野を中韓以外に広げればいいだけの話。地球には日中韓3国だけがあるのではなく、200近い国家があるのだから。
また、安全性を懸念するのなら、スペースプレーンや、軌道エレベーターの研究を進めるのもいいかもしれない。荒唐無稽のように思えるが、スペースプレーンは現在のロケット技術、超音速飛行機の技術を応用できるし、軌道エレベーターも理論的にはもう十分可能であり、あとは強度を保てる材質の開発などの段階に来ている。コスト面も含めて、案外、技術者たちが頭をひねれば、いいアイデアが浮かぶかもしれない。
宇宙開発は普段の日常と関係無いように思えるが、科学技術の集大成であるため、周辺技術や関連技術も含めて、全体のレベルが上がる。結果的に、宇宙以外にも応用が効く。
時代が一気に進むと、乗り遅れた人々は、理解できない不安と焦りから、新しい技術、社会、流行から目を背けて保守的になり、それを批判するようになる。
しかし人間の脳みそは、その程度のものではない。きちんと技術を説明し、それがもたらす効果を示せれば、だれでも理解できる。理解できれば、人間はみな前向きになれる。
荒唐無稽ではない、リアルな夢物語を示すことも、推進する上で重要だろう。

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