難病のALSへの認知度を高めるために流行っている「アイス・バケツ・チャレンジ」。
氷水を頭からかぶり、そして何人かを指名すると、指名された人は同じことをするか、ALS協会に寄付をしなければならない、というバトンルール。
その起源は定かではないものの、似たような運動は以前からあったという。
今のブームのきっかけは従姉妹の夫がALS患者だというゴルファーのクリス・ケネディ。もっとも初めのうちはこれほど目立つようなパフォーマンスではなく、関係者の間で行われていたものらしい。
それが知られるようになると、次々と著名人、セレブらが参加。オバマ大統領も氷水はかぶらなかったが、指名を受けて寄付をした。
アメリカ以外へも広がったこのブーム、今月に入って、急に日本でも流行りだす。
芸能人や実業家ほか著名人らが次々と氷水をかぶって指名し始めたのだ。
ところが徐々に批判も高まってくる。
善意の気持ちで行っているのか、売名行為でやっているのか、怪しくなってきたからだ。
アメリカやイギリスではやりすぎて死傷者も出た他、日本でも某フジテレビの番組演出で行われたり、サムソンが自社のケータイの防水性をアピールするためにやったりと、明らかにおかしな方向に向かっている。
そのため、指名されても水はかぶらず、寄付を選択する人も出てき始めている。
ALS協会では認知度が高まり寄付が増えたことに謝意を示す一方で、無理はしないよう注意している。
認知度を高める意味では良いことのはずなのに、批判が出るのには理由がある。
善意の行為であるのに、派手なパフォーマンスであるところも大きい。病気の存在を知ってもらう意味ではパフォーマンスとなるのは当然なのだが、他の方法はなかったのか、という意見は当然出る。
また、寄付の選択もあるのに水をかぶる行為を選んでいるところに、当人に少なからず自己アピールの意思が含まれているように多くの人が感じている。純粋無垢に難病の人のためを思い、私心は全くない、という人は流石にいないと思う。いくらかは良いことをしている自分のアピール心もあるはず。それは見ている人にはよくわかるし、そういう風に思われるのが嫌だから、寄付を選ぶ人もいる。
同様の意味で、これまで宣伝することもなく密かに寄付やボランティアをしてきた人の中には、こういうところばかり取り上げられることに不愉快に思う人もいるのでは。本来良いことはアピールせず黙々とやるところに美徳を感じる。東日本大震災の時も、いくら寄付したといった芸能人より、宣伝もせずに被災地で支援を行った芸能人の方が評判が良かった。
ALSだけに絞られていることを疑問視する人もいる。他にも難病は多くあり、災害の被災者、戦災の難民など助けを求めている人は多い。
善意のブームになることで強制力が働くことを嫌う人もいるはず。つまり指名されて断ると「心ない冷たい人間」というレッテルを貼られるのではないか、ということ。人には立場や事情がありできない人も多いはず。また強制されるのを嫌がる人も多いはず。善行を強制すると、する側が「俺はいいことをしたぞ、お前はしないのか」という偉そうな立場に感じられるのもある。
効果を疑問視する人もいる。目立つがゆえに、一時的、一過性のブームで終わるのではないかと危惧する意見も出ている。実際、このあと何年も続くとは考えにくい。逆効果となって本来関係のない患者などが反感を買うという可能性もある。
正しいこと、正義、といったことは、人類社会共通の価値観である。そして人間は社会性動物。社会の中での自分のポジションが本能的に重要に感じる。ゆえに、高い価値観を持つ行為をすることで、ポジションを高めようとする。自分の価値観を示すために、排他的になることもしばしばある。反戦平和を訴える人間が、他人を批判し、攻撃するようなことは、その典型だろう。そのため、人々は自らの欲を抑え自戒を求めることにも価値を見出す。
今回水をかぶった人の中には、批判に対し真っ向から反論している人もいるし、自分の信念に堂々としている人もいる。が、なかには、その時は精神的に気持ちよくなって水をかぶったものの、その後の世の反応を見て、あまりこの件ではこれ以上目立つことはしたくない、という人もいるのではないか。
今回のことでは、一番良いのは認知度が高まることで、研究が進むことではないだろうか。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、治療法がない上に、発症者は体の機能を失って、早ければ数年で死に至る。神経性の疾患だ。
しかし医学分野ではいろんな病気の新たな治療法、思わぬ医薬効果の発見などもあり、日々進歩している。脳神経系はこれまでの常識が覆る例も多い。iPS細胞のように根本的に治療できるようになるのが期待できる方法もある。
どちらかと言えば、水をかぶるよりも、研究機関や医学奨学金制度への寄付などのほうが、より効果が高いように思える。

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