稽古終了後のホ−ムル−ム(必要な事を連絡する時間)でプリントを配っていると、手渡す時に『ありがと』と短く答えて受け取る子がいる。兄弟で来ている子で、弟も同じような反応をする。この子達の家庭では、こういうやりとりがふつうなのだろう。
ところで、子ども達の稽古着の帯は、一年一度くらいのペ−スで昇級して新しい色帯になるので、いつも堅い帯を締める事になる。(一年以内では柔らかくならないのだ)つまり締めにくくてほどけやすい。当然大人に締め直してもらう事になる。そんな時たいていの子どもは、大人の前に来て、『おび〜』と言う。ここの道場では、その言い方では締め直さない。『帯を締めて下さい』と言い直させる。自分の言いたい事をことばでちゃんと伝えるということを覚えるのは、武道の技を覚えるよりはるかに大切な事だ。まだ続きがある。締め終わるとすぐに駆け出していこうとする子を引き止めて、『有り難うございました』と言わせる。こちらも必ずそれに対する答えをする。たったこれだけのやり取りが気分の良い空気を作る事は、子ども達にもすぐに分かるのだろう。数回経験すると、自然に言うようになる。ことばはデリケ−トでしかも大きな力を持っている。合気道の稽古が、『とり』と『受け』で成り立つように、人と人のあいだはことばのやり取りで成り立つ。
人と人の間が大事だから、『人間』と言うんだろう。さっきの、自然に『ありがと』のいえる兄弟の家庭は、豊かな空気が満ちているにちがいない。

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