Ryuという5才の男の子がいる。とても内気な子だ。
稽古が始まっても自分の相手を見つけられない。たいてい、どうしていいか分からないといった風情で立っている。稽古の時どこかよそ見をしているので、呼びかけるとこちらを向くが、視線はすぐにどこかへ行ってしまう。“心ここにあらず”らしい。そんな時は、なんとも心細げな顔をしている。目は両親をさがしている。それでも稽古に来続けているのは、両親に励まされつつウチを出てくるのだろうか。
道場で見ているだけでは、子どもの気持ちをなかなか奥の方までは読み取れない。もどかしいものだ。
少し前、彼にとっては一つの山を越える出来事があった。入会してから3ヶ月ほどだったか、しばらくの間Ryuは普段着のまま稽古をしていた。そうしているうちにお母さんから、彼は環境の変化にとても敏感で、新しく何かをするために着るものを変える、例えば道着をきるというような事も苦手なタチなので、道着を着るように先生から本人に話してほしいという申し入れがあって私が話して本人が納得し、やっと道着を着るようになった。
それが彼にとってどれくらいの山だったのか、本当のところ私には解かっていない。なんとも頼りなくも、もどかしい話だ。
その後しばらくして、Ryuが滝野川の稽古に来られないという。ここへは、両親が車で送って来ていたのだろう、お父さんの仕事の都合で水曜日に来られなくなったらしい。そこで、ほかの曜日に行ける道場を探すために財団法人合気会の本部道場に電話で尋ねたそうだ。
一・支部合気会の細かい状況などは本部道場でわかる様にはなっていないので、あちらでもさぞかし驚いた事だろう。私にでも聞いてもらえれば即答できたのに、両親にも彼の事に関しては少し緊張があるのか知れない。その気分が子どもに反映してなきゃいいんだけど…。
それでも千住道場を探し当てそちらに行き始めた。退会する事にならずほんとによかった。千住少年部は当会内で最も人数が多く、滝野川は多くてもせいぜい30人だが常時70人くらいは来ているので、それなりに人の中でもまれる事になる。それを乗り越えなければ続けてはいけない。道着より高い山になると思うが、Ryuにとっていいトレ−ニングになればと思っていた。
あれから2カ月経ち演武会にも出ているのを見かけたので、先日自分の稽古がてら千住道場に様子を見に行ってみた。小さなRyuが他の子にまじって動いている。
『Ryu、元気か』と声を掛けるとニコッとした。覚えてくれていたらしい。成長するエネルギ−の元は、当然ながら小さな身体の中にちゃんと在る様だ。それに気づいて、少しだけきっかけをつけてやるのが大人の役目なのだろう。私はその役目を果たせているだろうか。
Ryuの笑顔を見たのはその時が初めてかもしれない。

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