久しぶりに西へ長駆(3)  紀行

熊野古道の起点の一つである熊野速玉大社は熊野市ではなく、20km程南、和歌山県新宮市に在ります。伊勢までの行程で、多分熊野古道の一部を通ったのだと思いますが、どの部分がそうだったのか良く分かっていません。

いつも神宮に到着するのは夕方で、お参りも大急ぎになってしまいます。一般に伊勢神宮と呼んでいますが、正しくは「神宮」なのだそうです。伊勢と付けなくても神宮はここだけだということですが、それでは明治神宮は何としたものか?神社本庁に確認した方が良いかも知れません。

神宮は大きく内宮と外宮が有り、その境内や周辺に別の神社を構えています。平成25年は式年遷宮の年で、25年ぶりに本社殿が建て替えられます。伊勢の人達は今から気が入り始めている様でした。

五十鈴川手前の五の鳥居(?)と宇治橋
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宇治橋の上流に有る柱は流木等から宇治橋を護るため。
この橋を渡ると神々の領域に入ることになるそうです。
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今の本社殿。石段を登ったら撮影できません。
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お伊勢参りは今回で4回目です。最初は28年前、航空自衛隊第5術科学校の終了記念で、同じ班の全員で行きました。その時におかげ横丁が存在していたかどうかは記憶に無いのですが、今お伊勢参りと言えばおかげ横丁、おはらい町通りでの買い物は付き物ですね。

おはらい町通り
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夕方でしたので人通りはちらほら
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ご存知 赤福本店
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おかげ横丁入り口
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人通りは少ないと言いましてもまだ買い物をしたい人は沢山居るのですが、そこは天下の神宮鳥居前町、午後5時で店は閉めてしまいます。飲食店でもせいぜい5時半まで。おかげ横丁は少し遅くまでやっていますが、それでも6時で殆ど終わりです。そんな場所で私も店を出してみたいものです。


ホテルの空中檜風呂 神宮と反対方向を眺望
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翌日お客様の所で用を済ませたのが午後2時で、そのまま出発すれば渋滞に巻き込まれることも無く7時頃には帰宅できたかも知れません。しかし、伊勢市内を少し見て歩いてみたくなっていました。前夜ホテルの壁面に伊勢の昔の風景画が掛けられているのを見たのですが、それは町中に引き込まれた運河の周りに工場や倉庫が並んでいるものでした。私は伊勢にそんな産業が有ったのだと初めて知り、見たくなりました。

今はその時の面影だけが残ってているようです。
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農業用水としての水路も幾つか有ります。
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ここは幾つかの川がほぼ同じ場所に流れ出していて、氾濫も頻繁だったのでしょう。昔は川が氾濫して土地を失うことも多かった半面、その後に新たにできた土地に地名を付けて新田としたのだと思います。明治になって護岸を整備して定まった土地にし、主だった流れを運河として利用したと思われます。

これらの写真を撮り終わったのが3時半。ここからまた弾丸トラベラーに変身です。心配した通り伊勢道亀山辺りから東名阪道四日市辺りまで大渋滞。20km足らずを1時間かけての走行です。そこから豊田までは快適だったのですが、東名高速に入ってからは、日曜日ということも有り、安全運転ドライバーが大勢居ますので、ゆっくりと帰宅しました。

「なんで90km/hで走行車線の車と並走してるんだよ〜!」

夜9時半過ぎに無事我が家に戻りました。

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久しぶりに西へ長駆(2)  紀行

今回の行程
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さて翌日25日土曜日は移動のみの日程になってしまいました。富田林から伊勢に行くのに、高速道路を利用しようとするとかなり北に大回りになってしまいます。一般道を使って紀伊半島を横断する方を選択。また、どうせなら明日香の古墳群や、37年前に友人とキャンプをしに行った十津川村(奈良県)や新鹿海岸(三重県熊野市)に立ち寄ろうと考えました。熊野市内に以前から声のかかっていた潜在的営業先も有ります。しかし十津川を通ると大きく遠回りになりそうでしたので、国道169号線経由に決定です。

富田林から明日香村へは千早赤坂村を通り抜けます。楠木正成の本拠地だった場所です。初めて通って気付いたのですが、南朝の置かれていた場所に近いのですね、当然かも知れませんが。千早赤坂村を過ぎると奈良県に入り、そこは「御所市」。知らないと絶対に正確に読めない地名の一つですね。「ごせし」と読みます。この辺りは古い地名が非常に多い場所なのだと思います。

明日香村に入ると古墳の案内板が多く目に留まります。弾丸トラベラーの私は幾つも見ている時間が有りませんので、有名な石舞台古墳を見ることにしました(近くに高松塚古墳、キトラ古墳等も有ります。)。駐車場が無料で入園料200円、なんとおおらかな史跡なのでしょう。

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玄室内はかなり広々としていました。
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古墳の周りでは普通の田園風景が連なっています。

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あすかルビーの直販所、残念季節違い!
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新しい建物の様なのですが、重厚な古式の家が並んでいました。
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玄関先に既に咲いていた凌霄花(ノウゼンカズラ)は、かなり色が濃い様です。
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明日香を抜け少し南進んでから吉野川(下流で紀ノ川になります)沿いに東へ進みます。

旅情を誘う佇まい
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しばらくすると国道169号線はゆっくりと南に向かいます。紀伊半島の中心線より東側ですが、この辺りには1000mを超える山々が聳え、中には2000mに迫るものも有ります。そんな山深い場所に道の駅が在り、昼食を摂ることに。既に分水嶺を越え、吉野川水系とは別の南に下る水系になっているのですが、まだ奈良県です。河原で鮎の囮釣りをしている人が居ましたのでパチリ。

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地図上ではそれ程目立たないダム湖ですが谷線沿いに広い範囲に達している池原貯水池の脇を通っていると、不思議な光景が現れました。

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一見何でもない様ですが、この周りに人が住んでいる様子は全く有りません。すぐ隣にかなり前に使用を終えたと思える資材置き場の簡易式建物が一棟有るだけです。念のため携帯の感度を確認しましたが、3本立っていました。バス停と公衆電話、はて、、、。

気を取り直して進み始めると目の前を横切る者(物?)有り。直ぐに車を停め下りて振り返りました。

分かりますか?
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もっと近くに寄って撮影
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成獣に成りきっていない若い羚羊(カモシカ)です。これ以上近付こうとすると逃げてしまいそうでしたので、ここまで。


三重県に入り、道路も309号線に変わりました。地図上では海岸は直ぐそばなのに道路はまだ山深い所です。ようやく海岸沿いの道路に入ると、何とも言えない濃い色の海面が目に入りました。これは撮影しない訳にはいかないと、海岸に出ました。不思議な、というより見たことの無い景色です。私の常識では磯でない限り、海岸には砂が有るものです。しかしここの海岸は一切砂が無く、全て小石なのです。

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波が押し寄せる際に小石がピョンピョンと跳ね上がる様が面白くて、珍しく動画を撮ることにしました。危ないかなと思いながらも波打ち際まで進んでいたのですが、やはり波に洗われました。




膝から下がびしょ濡れの状態でお客の所へ。しかし幸か不幸かお客は忙しくて会っていられないとのこと。どういうことになるのか分からないもので、前以て約束していませんでしたので、、。仕事に臨む態度ではないですね。例によって町中を撮影して移動することにしました。

土曜の午後、殆ど人は歩いていません。
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懐かしい感じの商家が軒を並べています。
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何やら彫られていましたが、読めませんでした。
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熊野市街を出て懐かしの新鹿海岸へ。

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37年前に来た時は、大きな台風の過ぎた後で暗いイメージが有りましたが、非常に美しい浜です。ただ、今は海水浴客がかなり少なくなったとガソリンスタンドのご隠居が話していました。

この後は伊勢へ向けてただ走るだけなのですが、途中尾鷲の辺りで島影を見ましたので遠景で上手く撮れないと思いながらも撮影しました。

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この辺りには漁船の造船所等も在り、海に関して生活するには良い所だろうと思いますが、他の土地との繋がりが希少なので大変なことも多いのかも知れません。今、紀勢自動車道がかなり南まで繋がってきており、熊野まで開通すればまた地域の状況が変わるのだろうと願ったりしています。

神宮(内宮)前の駐車場には夕方5時少し前に到着しました。

続く


6

久しぶりに西へ長駆(1)  紀行

自ら運転して関西方面へ行くのは久しぶりです。先週末は箕面市(大阪府)、富田林市(大阪府)、明日香村(奈良県)、熊野市(三重県)、伊勢市(三重県)と渡り歩いて来たのですが、総行程1,300qの旅でした。

24日午前8時に川崎を出発、横浜青葉から東名高速に乗り中国道池田まで500q以上高速道路上です。先日左のドアミラーを鉄柱に当てて半壊させてしまい、そのミラーを途中途中で押さえ直しながらの道程でした。通常なら青葉で乗ってから富士川または日本坂辺りまで、調子が良ければ浜名湖まで休憩無しで行くのですが、その様な事態で、海老名、足利、富士川、三方原と停まらなくてはならないことに。その後は少々接着が良かった様で、第2名神高速の土山で一回寄っただけで済みました。

9時40分頃鮎川の辺りで、何やら赤色灯を載せたペースメーカーが十数台前方に。台数が多いということは交通取締りをやる訳ではない様なので、皆追い越して行きます。私も、少しずつ近付いてゆっくりと追い越したのですが、その車列は高知県警のものでした。三陸の救援、復旧支援からの帰路だった様です。追い越しながら手を振る訳にもいきませんので、誰も気付かないのでしょうけれど、頭を少し垂れながら通り過ぎました。

都夫良野トンネル入り口 抜けると間もなく静岡県
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ほらね
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富士川サービスエリアは富士山が最も美しく見える場所なのですが、それは晴れている時であって、この日は生憎の曇り空でしたので全く見えませんでした。その代り、ちょっと洒落た写真を1枚。

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高原のコーヒーショップみたいに撮れました。


休憩所で休んでいるとテーブルには珍客到来。緑ということが私には非常に珍しいのですが、背中に笑い仮面(40年位前の楳図かずおのマンガ)の様な模様を付けた変わった蜘蛛です。

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富士川サービスエリアを出ますとすぐ油井の海岸を通り抜けます。この辺りは、人間の体でいえば頸動脈ということになるでしょう。海岸から山に向かって600m程の範囲に東海道本線、東海道新幹線、国道1号線、東名高速が通っています。日本を襲う輩はここを狙って来るかも知れませんね。こういう場所を空襲や潜水艦発射ミサイルから防ぐ様に部隊配置をしなければならないのではないかと考えるのですが、最も近い陸自の駐屯地が御殿場市、空自の基地が焼津市で、いずれも高射群・隊は在りません。海自は?地方協力本部に担当官が数人居るだけです。

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それにしても東名高速は交通量が多いですね。関越道や東北道を良く利用する私は、いつも驚いています。

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上下線の混雑状況が分かるでしょうか?


これだけ交通量が多いとスピードを好きな様に出すことも儘ならず、違反者も非常に少ないのだろうと思います。スピードを出すことを忘れて、追い越しの対象となる車両が無いにも関わらず、追い越し車線を90q/h位で走っている車の多いこと。「おーい、渋滞の先頭はあなただよ〜!」。私の平均運転速度は東名高速と東北道とでは20q/h近く違うものと思われます。


以前は、大阪まで行くには名古屋を大きく北に迂回して小牧や関ヶ原、米原を通らなければなりませんでしたが、数年前に第2名神高速が開通してからは豊田から伊勢湾岸道路に入り、亀山から草津に抜けられる様になりましたので、1時間近く短縮できるようになりました。

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運河を跨ぐ大きな橋が幾つも掛かっています。いつも風が強く、背の高い車を運転する時は汗と共にハンドルを握っています。

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長島スパーランド
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広くて走り易いのですが、唯ひたすら走ることに徹するための道路。景色は見せない様になっている感じです。道路公団の時代に制限速度140q/hを想定して建設した道路だからでしょう。
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トンネルの天井も非常に高くなっています。
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吹田ジャンクションで中国道に移りますと、モノレールが並走しており、高層住宅群が非常に近代的な感じで連なっています。新しく開発された所なのだと思われます。しかし高速道路を下りるとそこは普通の大阪の通りでした。今まで「明治の森 箕面」という国定公園が有るのは知っていましたが、今回そのすぐ近くまで行った訳です。箕面市全体が高台になっている様で、南に大阪の超高層ビル群を遠く眺めることができ、非常に住環境の良い場所だと感じました。実際、地価はかなり高いのだそうです。

箕面で用を済ませ富田林に行く途中の景色です。

阪神高速11号線から淀川を西方向に撮影
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阪神高速1号環状線
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十数年前初めて環状線を利用しようとした時の話。私は首都高速の都心環状線と同じ感覚で入ろうとしていました。反時計回りに走った方が近い場所でしたので、所謂内回りの入り口を探したのですがなかなか見つかりません。当時はカーナビを使っていませんでしたので、地図を片手にという危うい状態での運転です。そうこうしている内に一般道で行った方が近い場所まで来てしまいましたので、そのまま目的地に向かいました。内回りの入り口は絶対に見つからないのです。阪神高速環状線は時計回りの一方通行でした。


富田林で人に会い、ホテルに一旦チェックインしてから飲みましょうということになりました。○○グランドホテルという名称の宿屋なのですが、ホテルとは名ばかりで完全に旅館です(建物は鉄筋コンクリートで4階建てですが)。午後7時玄関に入るとフロントに誰も居ません。呼鈴を鳴らすと数十年前に女盛りだった大女将らしき女性が出て来まして、クレジットカードで払いたいと告げましたら、若い人を呼んで来ました。それは別に気にすることではありません。次に大風呂は午後10時までと告げられました。えっ、と思いながらも明朝入ればいいかと思い直し、まあそれも気にすることではないでしょう。部屋に荷物を置いて出ようとすると門限が有るとのこと。
「何時ですか?」
「10時です。」
「それは無理です。もっと遅くなると思います。」
「では10時半頃までなら開けておきますけど。」
それ以上は無駄な会話になりますので、なるべく早く帰る様にするとだけ言ってホテルを出ました。

ああ、富田林・滝谷不動○○グランドホテル。とんだホテルでした。

続く
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