11日の地震ですが、当日は運悪くというかなんと言うか...
某会議で東京は秋葉原のとあるビルの会議室にいたところで地震に遭いました。
地震発生後は電車も止まって帰ることもできないし、免震機構のあるビル内のほうが安全との判断でビル内に待機してました。
16時過ぎても状況に回復の兆しがないので、まぁタクシーでも拾って帰ればいいかとビルを出て駅に向かいました。
駅に着いたらタクシー待ちが長蛇の列となっているので、とりあえず東京駅まででれば何か状況も変わるだろうと東京へ向け徒歩で移動開始、このとき時間が17時
東京駅についてもタクシーはいないし、人は多いしで状況は悪くなったような気がしつつ、電車が復旧すれば何とかなるかと思いとりあえず品川を目指してまた歩き始める。
途中、携帯はつながないし、このままだとバッテリーの確保も必要かな?とコンビニや電気やさんを見てみるが、見事に売り切れ。
移動に自転車あれば便利かと、かなり買う気で自転車屋さんがないかな?とも思ったけど残念ながら見つからず...
秋葉原からきたのだから、そこで買っておけばと後悔しつつ、充電器はあきらめて歩き続ける
JR田町くらいまでは比較的楽に到着するも、歩道は人が多くて歩きにくい、車道の端を歩いている人も多く、私も車道を歩くことがしばしば
田町から当初の目的地品川までが意外と長く感じましたが何とか品川まで到着。
なんとこのとき、品川駅では「本日電車は復旧しませんから駅構内にいる人はシャッターを閉めますから、出てください」というアナウンスが聞こえかなりのショック
品川周辺のホテルでも?と考え道のふちにあった何とかINを覗いてみるが、すでにロビーは人でいっぱい。
戻ってなんとかプリンス...戻る気もしないのし、歩って見るのも良いかな?と比較的安易に歩くのを簡単に決定
大森海岸辺りまで来たところで一応何か食べ物でも買っておこうかな?とコンビニでパンと飲み物を購入、パンを食べながら歩き再開、このころまでは大して問題もなく結構いいペースで来てました。
しかし、平和島辺りから足が痛くなり始めペースが少し落ち始め蒲田が、多摩川がすごく遠くに感じました。
途中「都立六郷工科高等学校」がトイレの使わせてくれ、大変助かりました。また、職員さんの「気をつけてお帰りください」という掛け声に思わず感動。「ありがとうございました」と声を返しつつ先に進む
何とか六郷大橋を渡り神奈川県に入ったところで一人密かに感動して、橋のたもとでちょっと休憩
川崎に入り歩道が広くなって歩きやすくなるけど、足は痛くなってさらにペースダウン
道路が広くなったため横断歩道でなく、歩道橋を渡ったり地下道で渡ったりするところではかなり足も痛くて上り下りにはかなり時間を使いました。
川崎を過ぎて次のチェックポイントは、箱根駅伝でも出てくる鶴見川手前の鶴見中継所。
到着しても何の特に印象はなかったですけど、駅伝選手の何倍もの時間をかけて歩いている自分を考えると駅伝選手はすごいなぁと思った。
鶴見川を渡り鶴見の区役所では避難所の案内とトイレの開放が行われていて、道中で初めて、避難所情報に接しました。
でもここまできたので会社までは歩くことにして歩きを継続
鶴見を通り過ぎて、途中マクドナルド(場所を知っていた子安もマック)2.5Kmの表示、今のペースなら1時間?2時間?といったところ。
生麦あたりではキリンの工場前を通過、こんなところにあったんだと思いつ歩みを進める
このあたりで東神奈川4Kmの表示があり、自分の中でさっきのマック2.5Kmとの整合性がつかず、心配になりつつも歩く
生麦から子安まで、そんなに距離はないのですが、このときにはすごく遠くに感じ、実際時間も結構かかったような気がします。
子安まで来ると、なぜか京急の線路で踏切が鳴っている、ホームの電気もついていて電車も入線してきてもしかして復旧?と思いましたが、後一駅分だしとまた歩く
子安から見知った場所なので、もう少し、もう少しと自分を励ましながら歩く。
やっとの思いで神奈川新町にある会社まで到着、あとで入館記録を見たら01:15でした。
17時ころに秋葉原を出発し、到着が1時15分ということで約8時間30分、距離は大体40Km弱といったところでした。

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