みなさん、ご心配おかけしました。1日ゆーーーーーっくり休んだのですが…良くも悪くもなりません。熱も37.3℃ってものすごく微妙だし。こういうのが一番厄介ですねー。まだ首から上の右半分が痛いという妙な症状のままですが、とりあえず「治った」ことにしました。あーあ、バレエ休んじゃったよ・・・。
気を取り直して、タイタニック展。土曜日に行って来ました。
この日はアイルランドのお祭り、
St.Patric's Dayだったので、町中ではパレードが行われ、誰もがみんなアイリッシュになりました。この日は緑色のものを身につけていないとレプリコーンにつねられてしまうんです。
私は以前
ブーが作ってくれたこの日のための指輪を持っているんですが、すっかり忘れてました。幸いレプリコーンには気付かれなかったようで、ピンチは免れましたが、町中の人がみんな緑の服や小物に身を包んでいるのに、ちょっと寂しかったです。

セイント・パトリクス・デーのディナーが催される模様。ギネスビールも待機してました。
タイタニックはイギリスの船ですが、実際にそれを造ったのはアイルランド人の働き手たち、ということで、アイルランドの船でもあるんですね。ディカプリオの映画タイタニックでも最初から最後までアイルランドの音楽が印象的に使われていました。
このタイタニック展については、以前リジィ子さんのブログ
「リジィ子のCA在住お気楽エッセイ」の記事で知りました。内容については、できれば先に、私なぞよりもずっと描写力、表現力の豊かな
リジィ子さんのこちらの記事を読んでいただくとして、カリフォルニアと我が町とは入場料からしてずいぶん違っていたのだなあと改めて感心。ちなみに、リジィ子さんのところでは大人一人22ドルとのことでしたが、うちの方は17ドルでした。それに音声ガイドは無料でしたけど。カリフォルニアではあんなのにも5ドル取るんですねぇ?うーむ。田舎で良かった。ちなみに、音声ガイドなんて、「何かを観ながら英語を聞く」などという芸当ができな私には豚に真珠でございましたことよ。
さて、入り口のエレベーターを降りるとすぐにスタッフが待っていて、「ようこそタイタニックへ」と、ボーディング・パスを渡してくれるんです。おおっ!これが噂の搭乗券!実際にあの日タイタニックに乗っていた乗客一人一人の名前が割り当てられた搭乗券が手渡されるんです。男性客には男性乗客のボーディングパス、女性客には女性客の、とそれだけは意図的に分けて渡していたようでした。そこには名前・年齢・搭乗地の他、タイタニックに乗り込んだ詳細な事情なども記されており、我々入場者はその乗客になりきってこのタイタニックの中に入っていくことになります。
建物の内部はすでに船を模した状態に造り替えられており、デッキを入っていくとそこはタイタニック。残念ながら一切の写真撮影は禁止でした。リジィ子さんも書いていらっしゃる通り、中には原型をかろうじてとどめているようなお札なんかもあるんですが、概ね保存状態が良好。今にも使えそうなお皿が船会社のロゴもまぶしく展示されているんですね。
そして、人間に関する物的証拠は綺麗に消え去り、残っていたのは服の残骸やかろうじてネームの縫い取りが見られるハンカチや、財布、ときには誰かが持っていた雑誌の広告記事…そんなものばかりです。そうかと思うと、救命ボートをおろすための巨大なアーム(davit)がそのまま展示されていたりもしました。船長のコスチュームに身を包んだスタッフが質問に答えてくれたりもします。
再現された一等客室。運賃は当時の金額で£660 一般的な年収の10年分だとか(諸説あります)。三等客室の£7と比べると実に約100倍です。大金持ちはその船室をいくつもまとめて使ったりしていたようですね。
ちなみに我が家のメンバーは
オット…19歳の2等乗客
私…24歳の2等乗客・新婚で妊婦
ブー…19歳で、$10,000もの宝石類を持ち込んでいた1等乗客。新婚旅行の帰り・妊婦。
フー…60歳。メイドと共に乗り込むお金持ちの老婦人。1等乗客
ウー…44歳。妻と二人の子と一緒の1等乗客
今回のタイタニック展、なんと言ってもこの企画がすごいと思いました。あの、1枚のボーディングパスによって、あたかも自分たちが本当にこの船の乗客であったかのような、他人事ではない臨場感を感じることができるのです。ブーなんかは、実際に自分が使っていた部屋のドアを見つけ、はしゃいでいました。オットは「男という時点で生存率低いじゃん(涙)」と嘆いていましたが。
小部屋ほどもあろうかと思われる氷山(人工)もありました。「冷たさを触って感じてください。」とありましたが、説明で「これは真水の氷だけれど、実際には塩水だったのでさらに冷たかったのだ」と言っていました。あの氷の海で、長い人は救助されるまで20分間、低体温症に耐えたんですね。そして海に投げ出された乗客のほとんどは救命胴衣で浮いたまま、眠るように死んでいたそうです。
壁の展示のほとんどは、身元のわかっている乗客やクルーのエピソード。タイタニックの中で一番のハードワークだと言われた、石炭を燃やす場所で働いていたクルーの中には明らかにまだ子どもと思われる少年の写真もありました。彼らの仕事はtrimmerと呼ばれ、大きな石炭の塊を燃えやすいサイズに切り刻むこと。一日中暗い船の底でひたすらこんな労働に励み、そのまま死んでいった若い命もたくさんあったんです。
そして乗客の中で一番有名なのは、映画の中でキャシー・ベイツが演じた "Unsinkable Molly"こと Mrs.Morry Brownでした。自分以外の女性や子どもを先に救命ボートへ移すため、自ら銃を持ち、働いたそうです。彼女の活躍はその後ミュージカルにまでなったんですね。もちろん、映画の中のジャックやローズは架空の人物です。
いよいよ最後の展示…乗客の生存と死亡確認。
小さな小さな文字で巨大なパネルにびっしりと名前が書かれていました。客室別に、それぞれ上段が生存者、下段が死亡者です。
私のボーディングパスには、Angera Del Calro (Angera ○○←旧姓)と書かれていましたが、こういうところの表示では、彼女の配偶者の夫人として、Mrs. Del Carlo △△←彼女の夫の名前)と載ります。ラストネームの最初の文字をCだと思っていたので長いことどちらにも見つからず冷や汗をかいてしまいましたが…Angeraは生存していました。ただし、夫は死亡。きっと救命ボートに乗る時、涙で別れたのでしょう。
ブー、フー、ともに生存。そして我が家の男性陣、共に死亡・・・・・
これは、確かに強烈。リジィ子さんのレポートにも出てきた[I died.....]という言葉がそこここで聞こえました。
オットは「男だっていう時点でこういうことになるだろうとは思っていたけど…」とブツブツ、どんより暗くなってます。ウーは「奥さんと子どもは生きてるのに、自分だけ死んでるんだよ?ひどいと思わない?」とサイテーなお父さん発言を。
帰宅後、映画タイタニックを見直したのは言うまでもありません。お金持ちの若い女が出てくるたびに「私かも」と浮かれるブー、「私、まさかローズのママじゃないでしょうね」と怯える60歳のフー、そしてほとんど画面に現れない2等船客の残り3人…
それぞれに複雑な思いで観た映画タイタニックでした。私にはやっぱりすべてを悟って子ども達に物語を聞かせながら死んでいく3等船室の母子が一番心に刺さります。今回もボロ泣きしてしまいました。安っぽいだのなんだのずいぶん叩かれましたが、この映画、やはり名作だと実感。

タイタニックのボーディング・パス

museumの売店で買った、子ども向けのこの本、良かったです。
データ:
How many of the Titanic's passengers survived?
A: Of 329 first-class passengers, 130 were lost and 199 survived.
A: In second class, 166 of the 285 passengers were lost, while 119 survived.
A: In third class, 536 of the 710 aboard were lost, while 174 survived. (These numbers are approximate.)
How many Titanic crew members survived?
A: Only 214. Of the 899 crew members on borad, 685 died.
(参考:882 1/2 AMAZING ANSWERS to your QUESTIONS about the TITANIC)

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