『プログラマの数学』
結城 浩(著)
2005年
ソフトバンクパブリッシング
☆☆☆☆☆
クラシック音楽ガイドブックのような本には2種類あるように思う。単に名曲・名演のCDを紹介するだけの本と、作曲家(演奏家・指揮者)の生涯や生きた時代などの背景知識を伝えながら、その音楽に対する著者自身の味わい方を伝えるような本である。
本書は、コンピュータプログラムを書くために役に立つという観点から数学的思考法をやさしく解説してくれる気品あふれる良書。クラシック音楽ガイドブックに例えれば後者に分類されると思う。つまり、単に数学的知識や概念を紹介するだけでなく、数学があまり得意でない読者と一緒に考えて、彼らに(それが中高生レベルであれ)数の世界の不思議さ・美しさの味わい方に気づかせてくれるような本なのだ。
そういう意味ではプログラマ以外の方にもオススメできる。むしろ、数学に苦手意識をもっている中高生や、情報系の専門的教育を受けていないプログラマ、本書に書かれているようなことは全部知っているが著者の数学的トピックに対する扱い方を感じ取りながら自分自身もそれを一緒に楽しみたい、という方にオススメ。実際のところ図解が多くて読みやすい。
本書を「平易なので文系読者でも読めると思う」というのは(事実だが)やや的外れではないかと思う。世の中には大いなる誤解がある。「文系読者が数学書を読まないのは『理解できない』からである。」「内容が平易なら文系読者でも読むことが『できる』。」等々。これは誤解だ。文系読者は「つまらない」から多くの数学書を読まないのであって、面白ければ読む。世の中には「文系読者のための」と銘打った「つまらない数学書」がたくさんあるが、もちろんそんな本は売れない。充分に平易でなかったからではなく、単に「つまらない」からである。
本書の素晴らしさは、「数学的思考法を『文系読者でも理解できる』ように平易に解説した」ことではなく、「数学的思考法を『文系読者が読む気になる』ほど面白く取り上げている」ことにある。そういう意味で、(逆説的だが)理工系読者にこそおススメする。やさしい本だからではなく、面白い本だからだ。「知ってることばかりだから理工系読者は読む必要がない」という輩は・・・、センス・オブ・ワンダーを持ち合わせていないバカと思われる。
バッハの「G線上のアリア」を紹介している本があるとする。「自分はこの曲は知っているからこんな本は必要ない」と思うのであれば本書も必要ないだろう。隠れた名曲を紹介している本ではない。著者の「G線上のアリア」の味わい方を読むことによって改めてこの名曲の美しさに感動したい、そんな人なら何度も繰り返し読むに値する味わいが本書にはある。

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