『脳と性と能力』
カトリーヌ ヴィダル・ドロテ ブノワ=ブロウエズ (著)
金子 ゆき子 (訳)
2007年
集英社
☆☆☆
集英社新書の0396G。Catherine VIDAL et Dorothée BENOIT-BROWAEYS, 2005,
CERVEAU, SEXE ET POUVOIR, Éditions Belin, Paris.の翻訳。
フランスの神経科医と科学ジャーナリストの女性2人組の記した、脳科学による性差別の正当化への批判の書。
『話を聞かない男、地図が読めない女』(アラン ピーズ・バーバラ ピーズ(著) 藤井 留美(訳) 主婦の友社 2000年)以来の、お手軽「男脳・女脳」路線に乗った新書かと思ったら、全く逆、そういう言説を真っ向から否定する本だった。現代の骨相学「男脳・女脳」説はもとより、生得的な性差を生み出すとする、ニューロン説、遺伝子説、性ホルモン説、進化説に根拠がないことを次々と明らかにしていく。最終的には、性差の生得論に限らず、広く「生物学的決定論」を人間性に反するものとして(?)批判している。
翻訳された日本語の文章は大変読みやすく、そのおかげで気づきにくいが、フランス語で書かれた原著は、初っ端からかなり過激な調子、あるいは冷笑的な調子なのではないかと思う。NatureやScienceといった一流科学誌に載った研究を実名を挙げてバッタバッタと斬りまくっていく。「こんなバカな話があるか」と言わんばかりの調子で余りにもアッサリと否定していくせいか、新書にしては珍しく、巻末に原著の引用文献がそのまま掲載されている。
著者の2人のうちの1人は脳神経科学の専門家、もう1人は科学ジャーナリスト。本書執筆における2人の役割分担がどうなっているのかわからないが、「男女の脳には構造的な違いがある」「同性愛は受精卵の発達初期における性ホルモンのバランスの崩れが原因」「浮気の遺伝子が発見された」といったメディアを騒がす「発見」に対して、それらの研究結果が実際はそれほど決定的なものでないか、あるいは、メディアに報道される際に過度の一般化・単純化がなされていることを指摘し、そういったマユツバものの「発見」が科学的真実として独り歩きしてしまうことの怖ろしさ、特定の研究者が政治の世界で発言力をもち政策決定にまで関与することの危険性、科学がイデオロギー補強の道具と化している現実を糾弾している。
ただ、正直言って、本書を貫いている「生物学的決定論への反発」もやや度を越しているように思う。これはこれである種のイデオロギーに基づいた態度のように思えるのだが…。科学的内容としては、脳機能の局在論を完全に否定しているところが印象に残った。僕がかつて読んだような本では、それこそ「常識」とされていたようなものだったので。
本文150ページ程度。

0