『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』
山岸 俊男(著)
2008年
集英社インターナショナル
☆☆☆
サブタイトルは「社会心理学から見た現代日本の問題点」。「まえがき」を読んだときには「こりゃ面白い!」と思ったのだが…。
本書は、「安心社会→信頼社会」ネタを含む、著者の持ちネタを惜しげもなく披露した、ある意味、著者の「集大成」的な本。「あとがき」に「この本は、集英社インターナショナルの編集者である佐藤眞さんと一緒に作りました。」とあるように、プロの編集者が、それなりにバラエティに富む「山岸理論」を素材として(個々の研究の文脈に拘らずに)壮大なストーリーを再構成した上で「売れる本」に仕立てた本。そういう意味で、これはプロの手による本。なるほど、こりゃ売れるはずだ。
ただし、「研究者の書いた本」を求める向きには当然もの足りない。「売れる本」とは要するに内容を薄めた本だからである。当然の話だが、文章を読んでそこに書かれているメッセージを読み取ることは簡単なことではない。わざわざお金を払った上に苦労してメッセージを読み取ろうという読者は限られている。ベストセラーになるのは、そもそも読み取らなければならないようなメッセージがほとんど存在せず(だから苦労せずに読める)、それにも関わらず何らかのメッセージを読み取ったかのような「気にさせてくれる」本なのだ。どうすればそういう本になるかをプロは知っている。
著者の議論の面白いところは、社会環境に対して適応的な行動をとる個々人の相互作用の結果として(そもそも個々人が適応すべき)社会環境が出来上がってくる、という発想にあるのだが…。編集者の判断なのか、この「フィードバックループ」に関する議論が、本書からは綺麗に消されてしまっている。本書の中では、人の心(行動)というものが環境次第であることが繰り返し述べられているが、その環境を作っているのもまた人の心(行動)であることについてほとんど述べられていないのは、著者の議論の本来持っている威力・魅力を半減させてしまっている。その本来の威力・魅力に触れてみたいなら、やはり『安心社会から信頼社会へ』(1999年 中央公論新社)、『社会的ジレンマ』(2000年 PHP研究所)、等を読むことをオススメする。ただし、自らの頭を働かせる覚悟は必要だが。
タイトルの『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』は、本書全体の内容を考えるとややミスリーディングかと思う。最終的にはそういう話になっているものの、そのための準備の議論の方が長いくらいで、「いつになったら表題の話になるのだろう?」と首を傾げながら読んだ。ただ、それを含めて「プロの技」なのかなぁとも思う。
本文235ページ程度。

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