『リスクに背を向ける日本人』
山岸俊男・メアリー C. プリントン(著)
2010年
講談社
☆☆☆☆
講談社現代新書の2073。日本人社会心理学者とアメリカ人社会学者による現代日本社会・日本人論。30年来の友人だという、気心の知れた2人の対談をまとめたもの。
正直、本書には全く期待していなかった。それどころか、「お手軽な本出しやがって」と怒りさえ覚えていた(僕ちょっと変な人)。今は偉くなった昔(アメリカ留学時代)の仲間と対談し、キャッチーなタイトルをつけただけ、売れ線狙いミエミエの企画本だと思ったのだ。ところが読んでみると…、いやん、もお、ぐやぢい、この本面白い。
本書は、日本人の「内向き傾向」「リスク回避傾向」というものをメインテーマにしつつもそれだけに拘らずに、広く「(バブル崩壊以後の)変わらざるを得ないことは分かり切っているのに、なかなか変わらない(あるいは、どう変えていけば良いのか誰にもわからない)日本社会・日本人」の姿を、日本社会を専門に研究しているアメリカ人社会学者と、かつて「マイクロ・マクロ社会心理学」を標榜していた日本人社会心理学者(「個々人の心理・行動傾向」と「社会(制度・文化)」の相互規定関係を研究対象の中心に据えているという意味では、今でも「マイクロ・マクロ社会心理学」を行っているのだろうと思うが)の視点からザックバランに語り合ったもの。本書をただの「日本人論」にしなかったところが良かったと思う。「日本人論」を期待して読み始めれば肩透かしを喰らうだろうが、それでガッカリしてしまうか、それとも本書で展開されている「日本社会論」を楽しむことができるか、そこが評価の分かれ目だと思う。
内容としては、終身雇用制の崩壊以降いまだ新しい就労のかたちが見えてこない日本社会の現状、そうした現状にあって新しい生き方を見つけ出すこともできず相変わらず「嫌われない生き方」しかできない日本人、といった切り口で対談は始まるが、貧困の文化、2種類の倫理観(武士道と商人道)のズレ、少子高齢化、日米社会比較…、と興味深い話題が豊富な実験・調査データと共に次々と繰り出される。個人的には「日本社会における『年齢差別』」も本書全体を貫くテーマの1つとなっているように思う。
本書を読むに当たって若干注意が必要なのは、前提からスタートし結論に向かって順を追って論を進めていくタイプの本ではない、ということ。2人の結論は最初から出ていて(「日本人がリスクをとることができないのは、リスクをとっても報われない(報われる仕組みが存在しない)からである。」「人の生き方と社会のあり方の片方だけを変えることはできない。」「『クビを切られてもすぐに他の仕事が見つかる』というかたちの『雇用の安定』もあり得る。」等々)、そういう結論が既に見えてしまっている者の目から見たときに、現在の日本社会や日本人がどのように見えるのかについて語っている、と言える。
良くも悪くも学者さん同士の会話(議論)といった印象。仲の良い学者さん同士の会話をコッソリ聞くことくらい知的に興奮する経験はないと思う。虚勢を張る必要もなければ、揚げ足をとる必要もない、そういった間柄の研究者同士の議論には新しいアイデアが満ち溢れていて、そこから新しい研究というものが生まれてくるのだ。そういった現場に居合わせているような面白さが本書にはある。
ただし、見解の似た者同士による議論の難点は共通見解が表に現われづらいことか。本書では、ほとんど「長い前書き」と化している第1章で本書の生まれた経緯や著者らの基本的な関心がどの辺りにあるのかといったことについても触れられていたり、文章化したあと言葉足らずだったと思われた点については加筆されていたりするのでだいぶわかりやすくなっているとは思うが、何の前提も共有していない相手に一から論を展開していくような本と比べると物足りなくも感じた(そういう本と比べる方が悪いのだが、著者らにはそういった本を書くだけの力量があり、実際に書いたとしたらもの凄く面白い本になっていただろうと想像すると、そういう架空の本とつい比較してみたくなってしまう)。また、山岸氏の述べる実験の話などについては、氏の他の著作を読んだことのない人にはやや理解しづらいかもしれない。ブリントン氏がアメリカ生まれ・アメリカ育ちのアメリカ人であることを考えると、アメリカ社会では上手くいっているのに日本社会ではうまくいっていない社会の仕組みを例に挙げるような場合には、(何故日本では上手くいかないのかだけでなく、反対に)何故アメリカではうまくいくのかについてももっと聞きたいと思った。
対談は2日間に渡って行われたそうで、話の流れが大きく逸脱することはないが、対談内容はそれなりに多岐に渡っている。後半の章には「捨てるのはモッタイナイが議論の中心にも組み入れられない」といった話題がまとめられており(笑)、やや「詰め込み過ぎ」の感もある。1冊の本としては思い切って後半の章のいくつかを削ってしまった方がテーマが明確になり良かったのではないかとも思うが、どんな話題に関しても2人の視点はブレず一貫した見方が提供されているため、僕としてはそういった章についても面白く読んだ。例えば、「他者の目を気にする」という人が必ずしも他者に対して協力的な人ではないといった話、反対に、自分の意見を主張する人が利己的どころかむしろ協力的な人であるという話(これらはアメリカ人についてではなく、日本人についての話である)、伝統的な家族観・性別役割規範の弱体化している社会(国)の方が出生率が高いという話、子供をもつことから得られる「非経済的な収益」が見直されることによって今後日本の出生率が回復するかもしれないという話、等々、驚きつつも、データに基づいた議論を興味深く読んだ。
ちなみに、「社会科学というのは、人々が自分たち自身を自分で縛りつけている状態から抜け出す助けをする学問なんじゃないか」(67ページ)という言葉には久々にシビれてしまった。これは山岸氏の研究に対する姿勢をよく表わしている一言だと思う。こういうことタマに言うから、やっぱり氏の著作からは目を離せないんだよなぁ…。
本文260ページ程度。

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