『数学ファンタジー 平面人からの手紙(上・下)』
大森 英樹(文)
矢崎 芳則(絵)
1993年
岩波書店
☆☆
サスペンス・ミステリー仕立ての数学ファンタジー。高校生の武は、火事で焼け落ちた算数塾の仕事部屋から、奇妙なフロッピーディスクを1枚見つけ出す。そこには非ユークリッド的2次元世界(?)に住む「平面人」からのメッセージが残されていた…。
子供向けのSF小説。著者は作家ではなく数学者だが、文章の巧さはプロ顔負け。言われなければ、大学の先生の書いたものだとは思わないだろう。対象読者は中高生あたりか(数学的内容を「理解」しようとせずに物語を楽しむだけなら、小学校高学年でもよいのではないかと思う。反対に、中高生にとっては物語自体がやや子供っぽく感じられるかもしれない)。
図書館の数学コーナーに並んでいた本でもあり、本書を読み始める前は、謎の暗号文を小中学校で習う算数・数学を用いて読み解いていくような、「ツールとしての算数・数学の使い方」を題材にした数学読み物だろうと思っていた。読んでみると趣旨が異なっており、やや肩透かしを喰らった。数学的トピックや数学的思考が溢れ出すような内容の本だが、数学そのものの本ではない。
「謎解き小説」としては、唯一の種明かしによって様々な謎が解けていき、綺麗に辻褄が合ってしまうような仕掛けの美しさが求められるのかもしれない。その点、本作は、やや尻すぼみ的に終わってしまうし、謎が謎のまま残されている箇所もある。それでも、子供向けのSF小説として評価できるのは、本書からは「我々の知っている世界だけが世界の全てではない」という雰囲気がプンプン漂ってくるから。我々にとっての世界は我々の世界の把握の仕方によって立ち現れてくる世界の姿であって、他の生命にとっての世界の姿とは大きく異なっているかもしれない。その異次元の世界の架け橋となるものは、論理=数学をおいて他にないのだ。経験の役に立たない未知の対象を理解するには、論理的=数学的にものを考えるしかないし、そうすることによって、これまで見えていた世界とは全く違う世界の姿が見えてくるようになる。
正直に言えば、児童文学作品として考えると、それほど大した小説だとは思わない。ただ、小学生の頃、近所の小さな図書室に通い、そこにあった子供向けの小説の大半を読んでしまった僕からすると、こういう本をたくさん読むことに意義があるように思うのだ。子供向けの本には、タイムトラベル、近未来モノ、宇宙モノ、とSF風味の小説も多く、「今ある世界とは異なる世界が成り立つのかもしれない」「ひょっとすると、別の現実があり得たのかもしれない」という感覚が自然に育てられたように思うし、それが発想の柔軟性に繋がっていったと思う(同時に、地に足のつかない空想癖にも繋がっていったので、それが良いことだったのかマズいことだったのかは自分ではよくわからない(笑))。帯に「著者からのメッセージ」として「私は、この数学ファンタジーをとおして、皆さんの発想力をおおいにかきたてようと思います」とあるが、その狙いはある程度成功していると思う。
1993年に刊行された本で、フロッピーディスク駆動のワープロ専用機が物語の主な道具立てとなっている。ほぼ20年経過した現在ではピンとくる人は少ないかもしれない。特に、フロッピーディスクの「余白」というのが未使用領域のことをそう呼んでいるのだと気づくまでは、かなり戸惑いながら読み進めることになった。当時そんな言い方してたっけ?
本文85ページ程度(上巻)・90ページ程度(下巻)。

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