『為替がわかれば世界がわかる』
榊原 英資(著)
2005年
文藝春秋
☆☆☆
文春文庫の「さ-42-1」。2002年に文藝春秋より刊行された同名の単行本を文庫化した本。
今(2012年)となっては、既に10年前に書かれた本である。本書全体を貫くキーワードは「情報」(情報ゲーム、情報戦争、情報戦略、情報管理、情報の経済学、等々…)か。
(旧)大蔵省の元・財務官として著名な、「ミスター円」こと榊原英資氏による、為替市場・国際金融の「現場」の世界を題材にした軽い読み物。もうちょっとシッカリした本かと思っていたが、為替エッセイといった趣。少々肩透かしを喰らった気分。
全5章構成。各章4〜5節から成っており、各節は概ね10ページ以内にまとめられているので、通勤・通学時やちょっとしたスキマ時間に断続的に読み進めることができる。
『為替がわかれば世界がわかる』という書名から、世界経済の上で生じる様々な出来事が為替相場の動きとして集約され表われる原理を解説しながら、反対に為替相場の動きから世界情勢の変化を見抜くコツを教えてくれるような本だと思っていた。実際は、著者自身が(旧)大蔵省で為替政策の陣頭指揮を執っていた90年代半ば〜後半を回顧しながら、リーダーに求められる資質(知的に謙虚であること)、完璧な理論などあり得ないこと、市場との対話の重要性、等々について著者の考えを述べていく内容だった。
経済理論家を「所詮、ペーパー・ドライバー」(「あとがき」216ページ)と言い切ってしまうあたりに、「現場の人間」としての誇りが著者に本書を書かせたのかなと感じた。著者によれば、新古典派の経済理論が切り捨ててしまっている「情報の不完全性と市場のゲーム論的性質」にこそ、現実の為替市場の動向を読むポイントが潜んでいるという。市場の声に耳を傾け、理論からは抜け落ちている知識・情報・経験に学ぶことが、何よりも重要であると述べられている。
「あとがき」を読んで「なるほど、そういうことか」と感じたのだが、著者の胸のうちには、本書執筆当時の小泉首相、竹中金融担当相による独断的・独善的な政策立案・実施スタイルへの憤りがあったようだ。また、(国際通貨基金(IMF)を念頭に)現場を見ずに教条的に経済理論を振りかざす官僚的組織、情報の価値を吟味する能力のない報道メディアに対する批判も比較的厳しい。
残念なのは、ところどころに、著者の姿勢に対する自己弁護、自身の仕事振りに対する自慢話のにおいが漂うこと。また、仕方のないことだが、時事的なネタに関しては、ロシア・ルーブル危機、アジア通貨危機、等の90年代後半〜2000年代初めに起きた事例が挙げられており、今となっては内容の古さを感じた。そういう意味では、既に「賞味期限」の切れた本かもしれない。ただし、著者の強調するポイント自体が時代遅れになっているわけではなく、「消費期限」はまだ迎えていないように思う。
本文205ページ程度。

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