『次なる経済大国』
ジム・オニール(著)
北川 知子(訳)
2012年
ダイヤモンド社
☆☆☆☆
Jim O'Neill, "
The Growth Map: Economic Opportunity in the BRICs and beyond", Penguin Books Ltd., 2011.の翻訳。僕なりの邦題を(勝手に)つけるとすれば「世界経済の成長地図:BRICsとその他の地域の経済機会」といったところ。(本物の)邦題よりも原題の方が本書の内容を正確に示しているように思う。原著が最初に刊行されたのはイギリスで、主にヨーロッパの読者を想定して書かれているように感じた。副題は「世界経済を繁栄させるのはBRICsだけではない」。
著者は、2001年に米投資銀行ゴールドマン・サックス所属のエコノミストとして「BRICs」の略称を考案した張本人。その著者の筆による、BRICsを入口とした「世界経済」入門、世界経済読み物。ブラジル、ロシア、インド、中国の経済成長を10年前に予告していた著者が書いた本のタイトルが『次なる経済大国』ということで、「BRICsの次に来る国はここ!」というような内容の本だろうと思っていたのだが、読んでみるとちょっと違った(この邦題と副題はややミスリーディングだと思う)。実際は、「BRICs」というキーワードが提唱されて10年が経った現時点で、提唱者自らこのキーワードについて振り返り、世界経済の構造変化について冷静に見つめてみよう、という内容。
序章と終章を含め全11章構成。本書を貫くキーワードは「成長国市場」。BRICsの経済規模が何故伸びると思ったのか、一国の経済を成長させるために取り組まなければならない課題とは何か、といったところから話を始め、世界の経済構造がどのように変わってきているのか、それに相応しい経済協力や国際関係、国際通貨制度のかたちとはいかなるものであるべきか、と論じていく。
著者は、大学院で博士号を取得後ビジネスの世界に入ると、しばらくは外国為替トレードの世界に身をおいていたらしい。BRICsというキーワードを提唱した頃から、特定の通貨や市場ではなく世界経済の全体像を分析の対象とするようになったのだとか。本書は(学問の世界であれ実務の世界であれ)専門家を対象にした本ではないが、常に冷静で中立的な視点・論述の仕方が印象に残る、(良い意味で)学者さんの書いたような本だと思う(そういう意味では、終章手前の第9章だけは「投資家向け」の色彩が強く、やや興醒めである)。
著者のアイデアは単純明快で、一国の潜在的な経済力は、労働人口の規模とその生産性で決まる、という。そしてその潜在力を発揮するためには、生産性の向上に寄与する要因(著者はこれを「成長環境スコア(GES)」として把握しようとする)を改善させる必要がある。本書前半において、BRICsの4カ国を十把(四把?)一絡げにせず、個別にその経済の現状や克服すべき課題を明らかにしていくのはとても良いと思う。BRICsを構成する4カ国は(「BRICsを構成する4カ国のうちの1つである」という以外は)それぞれ全く異なる国々なのだ。
BRICsに次いで大きな潜在力をもつ11カ国(ネクスト・イレブン:韓国、メキシコ、トルコ、インドネシア、フィリピン、エジプト、ナイジェリア、パキスタン、バングラデッシュ、イラン、ベトナム)については第4章で取り上げられているが、本書全体として見ると記述量は決して多くはない(むしろ「少ない」と言える)。この部分を期待して本書を手に取った読者は肩透かしを喰らうことになるだろう。本書のテーマはあくまでも「BRICs」である(「BRICS」ではない。つまり、南アフリカについてもあまり触れられていない。著者に言わせれば、南アフリカは人口も現在の経済規模もそれほど大きくないためだ)。
ヨーロッパでは、BRICsの台頭は脅威以外の何ものでもない、と捉える人が多いようだ(ところが本書によると、ユーロ圏で独り勝ちのドイツは、中国やインドを相手に大いに輸出を伸ばしているのだそうだ)。そのためなのか、世界経済はゼロサムゲームではない、BRICsの経済成長は世界中の誰にとっても恩恵をもたらす、と繰り返し強調されている(BRICsは単なる低コスト生産・輸出国からアメリカに取って代わる消費大国へと変貌を遂げつつある。上述のドイツのようにその流れにうまく乗れば…、と話は続く)。
著者は非常に楽観的な自由貿易主義の信奉者に見える(ただし、アメリカの読者に対しては「グローバリゼーションとは、アメリカナイゼーションのことではない」と釘を刺している)。その徹底振りはスガスガしい(笑)くらいだが、グローバリゼーション反対派や自由貿易懐疑派の著者による同じテーマの本と読み比べてみたいとも思った。
内容のレベルとしては、日経新聞の「経済教室」よりやや易しい、といったところか(「経済教室」の隣の「やさしい経済学」や「ゼミナール」と同じくらいのレベル)。翻訳された文章も平易で読みやすいと思うが、シビアに読もうとするとやや不正確な印象(ただし、これが翻訳の問題なのか、そもそもの原著の文章の特徴なのかはよくわからない)。図表がもう少し多ければ尚良かったと思う。
ちなみに、日本経済への処方箋としては、「日本語を使う日本人だけの国」を維持することはもう無理よ、ということなのかな。
本文245ページ程度。

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