『迷走・暴走・逆走ばかりのニッポンの教育――なぜ、改革はいつまでも続くのか?――』
布村 育子(著)
2013年
日本図書センター
☆☆☆☆
黄色い表紙カバーが目印の「どう考える?ニッポンの教育問題」シリーズ中の1冊。具体的な個別の教育問題というより、そういった教育問題を解決すべく行われる「教育改革」そのものについて論じている本。サブタイトルは「なぜ、改革はいつまでも続くのか?」。
「はじめに」によると、著者が当初考えていたタイトルは『キョ、キョ、キョ、教育改革』だったのだそうだ(「巨、虚、許」だとか…)。実際のタイトルは編集者が捻り出したものだそうだが、タイトルから「改革」の2文字が抜け落ちてしまったのはオカシイのではないかな? 「教育改革」についての本なのだから!
内容としては、「教育」という行為の性質を踏まえた上で、そもそも「教育改革」とは何か、それはどんな理由で(何を目的として)誰が行おうとするものなのか、といった問題を、ここ150年くらいを大雑把に振り返って論じている(「学制」施行時の「第一の波」、敗戦による「第二の波」、70〜80年代の「第三の波」…)。そうすることで、今日的な「教育問題」の語られ方、「教育改革」の問題点や行方が明らかになってくる。教育改革というものが、それが行われてから数十年を経て効果の表れてくるものであること、しかもその「効果」は当初意図していたものとはかけ離れたもの(言わば「副産物」)であることが往々にしてあること、等が見えてくる。
また、「『教育』はどのように語られてきたのか」という視点で、これまでの流れを見つめ直し、その問題点を指摘する、という内容でもある(ここが人文・社会科学系の学問の難しいところ。「あるもの」について理解するためには、「あるもの」だけでなく、「あるものの論じられ方」についても理解しなければ、「あるもの」を理解したことにならない。その「論じられ方」によって、「あるもの」そのものの性質が変わってきてしまうからだ)。
改革の主体、改革の成功・失敗の責任の所在という話をしていくと、多くの改革が「世論」を巧みに利用して実施されていることから、突き詰めていけば、責任は「世論」にある、という話にもなってくる。ところが、誰もが「教育」に関しては「経験者」なものだから(多くの場合は「教育を受ける側」としての経験者だが、それでも「教育の行われている現場」の経験者だとは言える)、「世論」は「言いたい放題」の様相を呈してしまう(だからこそ、教育改革を実施したい陣営には「世論」に付け入る隙があるのだが)。こうした状況に対して教育社会学者としての著者は、「経験」に対して「学識」で応えるという枠組みが必要なのではないかと主張する(著者によれば、「教育社会学とは、実証的なデータに基づいて、ものを考えていくという立場の学問です。」とのこと)。ただ、この辺りの話は、(著者にとって非常に大切なもので、言いたいことはたくさんあるのだろうが)著者の想いが迸り過ぎて、前半と比べるとややまとまりに欠けるように思う。
全体を通して見れば、大学の先生の書いた本とは思えない、非常に読みやすい文章。しかし、「はじめに」や「序章」こそ女性らしい(差別的表現?)ソフトな語り口に隠されているが、次第に、著者の頭の良さ、専門家としての牙、毒気(と言う程ではないが…)が見え隠れするようになってくる(笑)。超が付くほど真面目な本なのに、思わずニヤニヤしてしまう。前半のドライブ感は凄まじく、グイグイ惹き込まれてしまった。中盤以降、皮肉や茶化しも増えてきて、ちょっと調子に乗り過ぎのところもなきにしもあらずだが(笑)、そこかしこに著者の「真面目さ」が窺われる。「正直な人だなぁ〜」と何度も思った。
明治の「学制」以来の公教育の歴史を振り返っていたり、「教育問題の論じられ方」自体を扱っている本なので、同じシリーズの『
学校へ行く意味・休む意味』(滝川一廣(著) 2012年 日本図書センター)と内容的に重なる部分もある。ただし、そういった部分こそ、それぞれの著者の視点の取り方や問題の捉え方の違いが複眼的に見えてきて面白い。
こういう本を読むと、「やっぱり面白い本を読まないとダメだよな〜」と思う。この「どう考える?ニッポンの教育問題」シリーズの本をこれで3冊読んだが、ハズレがない。これってなかなか凄いことだと思う。おそらく「誰に何を書かせるか」という人選にハズレがないのだろう。何でそんなことが可能なのか?と思っていたら、どうやら表には出てこないものの、本シリーズ全体を監修している人がいるようだ(後述の本の著者である広田氏)。その人の眼力が優れているということなのだろう。
ちなみに、巻末の「ブックガイド」に「本書を読む前に(中略)読んでほしい」として挙げられているのは、同じシリーズの『教育問題はなぜまちがって語られるのか』(広田照幸・伊藤茂樹(著) 2010年 日本図書センター)と『教育論議の作法』(広田照幸(著) 2011年 時事通信出版局)。「この二冊の本を読めば、私の本は読まなくてもよくなってしまうかもしれないくらい、私が本書で何を書こうとしていたのかが把握できると思います。」 だったら、それ先に言ってよ!
本文285ページ程度。

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