『協力と罰の生物学』
大槻 久(著)
2014年
岩波書店
☆☆☆
岩波科学ライブラリーの「226」。(人間を含む)生物の世界に見られる「協力」の仕組みについて、その表側も裏側も見ていこうという、一般向けサイエンス本。個人的には、やはり進化生物学・進化生態学の立場から利他性の進化の謎に真正面から取り組んでいた『
働かないアリに意義がある』(長谷川(著) 2010年 メディアファクトリー)と、企業の社員間の協力問題について論じていた社会科学の一般書『
フリーライダー』(河合・渡部(著) 2010年 講談社)の間を繋ぐものとして読んだ。
全5章構成。細菌や粘菌といった微生物の「協力」の話に始まり、協力関係を崩壊させる「ただ乗り」、協力(利他行動)の進化理論、「ただ乗り」を阻止するための様々な「罰」の仕組み、協力と罰に透けて見える人間の本性、といった内容。
生物の世界に「協力(利他行動)」が広く見られるという事実は、本当は不思議な話だ。「進化」は個体の生存・繁殖に有利な性質が集団内に広まっていくという現象であり、個体の生存・繁殖に「不利」な性質である「利他性」が進化しているというのは言わば「定義矛盾」、集団に広まるハズのない性質が集団に広まっているという謎そのものなのだ。
ところが、それが謎であるということ自体を一般の読者に実感させることは意外と難しい。本書の前半では、利他性の進化の謎についてジックリと時間をかけて解説している。後半では、協力関係を成り立たせている仕組みの裏側には、ただ乗りを阻止する様々な罰の仕組みが存在することを明らかにしていく。
淀みなく繰り出される多様な事例(微生物から、植物、昆虫、海生生物、鳥類、哺乳類、そしてヒトまで!)、一分の隙もなく無駄なく組み立てられていて、それでいて非常に読み易い文章。一見何気な〜く書かれた一般向けの軽い本のように見えるが、巧みな構成によって読者を飽きさせることなく一気に最後まで読ませる。普通このテの本では、生物の世界は弱肉強食の厳しい世界だが、だからこそ子や仲間を守る美しい利他行動も発達している、という順に話が進むのではないかと思う。ところが本書では、最初から「協力」についての話から始め、実はそこに「ただ乗り」抑止のための様々な「罰」の仕組みが存在している、という順序で話が展開されていく。おそらくこのプロットが本書のキモで、協力→罰(美→厳、表→裏)と話の順序を通常とは逆にすることによって、本書全体の論述を推し進めていく原動力を得ているのだと思う。
しかし…、そのことの代償なのか、読み進むうちにどうにも腑に落ちない気分になってきた。本書の2大テーマである「協力」と「罰」のうち、「罰」という括りが本当はよくわからない。(著者も認めているが)本書では、進化生物学で言うところの「懲罰」と「制裁」、更には単なる「自己防衛」の仕組みまでを含めて大きく「罰」と括ってしまっているため、後半になると少々話に無理が出てきてしまっているように思う。一般向けポピュラー・サイエンス本として表面上全く非の打ちどころのない良書であるにも関わらず、どうにもスッキリしない読後感が残った。
本文115ページ程度。

0