『紅茶スパイ』
サラ・ローズ(著)
築地 誠子(訳)
2011年
原書房
☆☆☆☆
Rose, S., 2010,
"For All the Tea in China: How England Stole the World's Favorite Drink and Changed History", Viking.の翻訳。インド産紅茶「ダージリンティー」誕生の秘密を描いた、小説仕立ての歴史ノンフィクション。19世紀の実在の英国人プラントハンター、ロバート・フォーチュンの異国の地(中国・インド)での奮闘記。地図帳を傍らに置いて、ダージリンティーの香りを楽しみながら読みたい1冊。サブタイトルは「英国人プラントハンター中国をゆく」。
時は19世紀半ば、中国・インドとの貿易独占権を失った東インド会社は、いまだかつてヨーロッパ人が足を踏み入れたことのない中国内陸部の茶産地から茶ノ木の種・苗木を盗み出した上で、インド・ヒマラヤ山麓の広大な農園で栽培を行う、という「起死回生の一手」を企てる。果たして、東インド会社の命を受けたフォーチュンは無事に茶の種と苗木、茶の精製に関する知識、更には中国人製茶職人を(秘密裏に)インドへ送り届け、史上初の「インド産紅茶の商品化」に成功するのだろうか…!?
「プロローグ」を含め全20章構成。ハラハラドキドキ手に汗握る冒険譚、というスタイルではなく、坦々とした(強いて言えば)教科書のような落ち着いた筆致(著者はアメリカ人で、イギリス・インド・中国の人ではないことが本書の「坦々」具合に寄与しているのかな、とも思う)。NHKのちょっとした教養番組のような雰囲気である本書には、イギリス・インド・中国を主とした当時の世界情勢や東インド会社の交易戦略、19世紀の科学・技術レベル、上海におけるイギリス租界、中国人の風習から茶の精製法に至るまで、背景となる知識が克明に記されている。各章の分量は12〜13ページと少なめなので、あまり長い時間を読書にあてられない読者でも読み易いだろう。
19世紀当時、アヘン戦争後と言えども中国国内での外国人の旅行は許されておらず、茶の精製法についても門外不出の国家機密とされていたのだから、本書の主人公フォーチュンは今で言う「産業スパイ」に当たるのかもしれない(彼自身、東インド会社がインドでの茶の栽培と、緑茶・紅茶の商品化を目論んでいることを承知の上で中国に来ている)。ただ、僕の印象では、フォーチュンは「スパイ」と言うより「ジョン万次郎」みたいなイメージか(「訳者あとがき」には、「インディ・ジョーンズをイメージしてもらうとよいかもしれない」と書いてあるが…)。スコットランドの貧しい農家の生まれだが、独学で園芸と植物学を学んだ彼は実務的・実践的な研究者でもあり、(運の良さもあるのだろうが)己の才覚と几帳面な仕事振りとで自らの運命を切り開いていく。ちなみに、幕末の日本にも2度訪れているそうで、その見聞録は日本語にも翻訳されている(『幕末日本探訪記』(フォーチュン(著) 三宅(訳) 1997年 講談社))。
物語は主に1848〜49年の、茶の種と苗木を求めての2度の旅(目的地はそれぞれ安徽省松蘿山と福建省武夷山脈)を描いているが、舞台はロンドン、上海、カルカッタ、ヒマラヤ、とワールドワイドに移り変わる。扱われているテーマも多岐に渡り、ヨーロッパの紅茶にまつわる歴史や文化に興味のある読者だけでなく、世界史好きはもちろん、博物学や植物学、園芸好きにも堪らない内容だろう。「訳者あとがき」が本書の優れた要約になっているので、興味のある読者は本屋で見かけたら一読してみることをオススメする。
本文265ページ程度(他に「謝辞」「参考文献」「訳者あとがき」として10ページ程度)。

0