『中高一貫数学コース 数学2』
志賀 浩二(著)
2002年
岩波書店
☆☆☆☆
中高一貫校での使用を想定して編まれた(検定外)数学教科書シリーズ「中高一貫数学コース」の第2学年用「数学2」。通常の高校数学の「数学U」とは内容的に別物であることに注意。
本シリーズの特徴は、学習指導要領に縛られずに、中学・高校数学で扱う内容をその「つながり(関連性)」や「流れ」を重視して(「単元」ではなく)「コース」としてまとめているところ。第1学年用の「数学1」から第5学年用の「数学5」までで構成されている(それぞれ教科書と副読本が用意されている)。第2学年(中学2年相当)用の本書は、大きくAコースとBコースの2本立てになっており(それらは同時進行的に教えられることが望ましいとされている)、Aコースとして「方程式についてのコースU(2次方程式)」「整式と不等式についてのコース(整式の演算・剰余定理、不等式・相加平均と相乗平均)」「連立方程式についてのコース(連立方程式・行列式)」「数についてのコースU(数学的帰納法、等差数列、等比数列と等比級数、実数)」、Bコースとして「グラフと関数についてのコース」「グラフと方程式についてのコース」「三角比と三角関数についてのコース」といったトピックが取り上げられている。「面積・体積」「合同・相似」等は「数学3」で取り上げられているようだ。
いきなり虚数(!)で幕を開ける本書、やはり少し…、いや、「かなり」難しい(笑)。中高一貫校の第2学年用だが、初っ端からもう「高校数学」という印象。現実問題としてこの教科書についてこれる中学生がいるのか(笑)。トップ校を目指している中学生ならついていけるものなのかなぁ。
本書の難しさにはもちろん意味があり、面白い教科書だとは思うのだが…、何と言うか、中学・高校数学の内容を題材にした、教科書の体裁をとった数学読本、なのかなぁ、という印象。実際の教室で使う教科書というより、数学が得意で、かつ、数学の好きな学生(高校生?)のための副読本としての教科書、か。
僕が大いに評価している『
はじめまして数学(1〜3)』(吉田武(著) 2001〜2002年 幻冬舎)でも、小学生相手に大真面目に虚数やベクトルについて語っている。それは、高校数学の内容を「先取り」している、というニュアンスではなく、かけ算についての自然な話の流れの中でたまたま通常なら高校で習う数学的なトピックが取り上げられている、というニュアンス。むしろ虚数やベクトルについて高校に入るまで触れないでいる(隠している!?)方が不自然なような気すらしてくる。
そう考えると、「高校数学」という本書に抱いた印象も、固定観念に縛られた印象なのかもしれない。ほぼ10年おきに改定される学習指導要領の内容を見てみると、毎回驚くほど内容が入れ替わっている。教える内容そのものが変わるというよりも、「数学T」や「数学A」といった「区分」のそれぞれに何を含めるかが「入れ替わっている」のである。そしてそれは教える内容のつながりや流れ(要するに「数学の事情」)によって決められているというより、どうも「大人の事情」によって決められているようなフシがある。何を中学で教え、何を高校で教えるかは、その内容そのものによってではなく、「大人の事情」によって決められているのかもしれない(実際、数学教育関係者の間には、指導要領の策定委員の政治力によって決まる、と揶揄する声もあるそうだ)。
本書で次々と繰り出されてくる、剰余定理、相加平均≧相乗平均の不等式、行列式、数列、級数、無限、極限、実数、3次関数、背理法、三角関数の加法定理、倍角・半角の公式、等々、僕自身は全て高校で習ったものなので(と言うか、一部は習ってすらいないのだが(笑))、それらは「高校生に相応しいもの」と思ってきたが、かと言って「中学生に相応しくないもの」とも言い切れない。実際、(『はじめまして数学』同様)本書では実に自然にこれらのトピックが話の流れの中に位置づけられているのだ。
ただ、そうは言っても…、本書について「中学数学をわざわざ難しく説明している」ように感じる人もいるかもしれない(と言うか、まぁ、僕自身そう感じる部分はあった)。何故かと言えば、中学で習う内容をそれだけでは済まさずに、通常なら高校で習う内容と結びつけて提示していくワケだから。これは当然で、それこそが本シリーズの狙いそのものなのだ。
本シリーズは、「中学数学」「高校数学」といった垣根を越えて、内容的な「つながり」によって数学の「流れ」を示そうとしている。関連し合っている内容を、これは中学数学、これは高校数学、とブツ切りにしてしまう愚に対するアンチテーゼなのだろうと思う。しかし、そうすることによって必然的に「面白いが難しい」本になってしまっている。小学生に虚数やベクトルについて語ろうとすれば、そんなことをしない本と比べて難しい内容になってしまうのと同じことだ。この難しさには意味があるが、意味があれば難しいものも易しくなるというワケではない。やはり難しいものは難しい。だから、順番としては逆の方が数学者ではない一般の読者にとってわかりやすい本になるのかもしれない。中学数学の内容に高校数学の内容がどう関わってくるのかを示す(これが本書の順番)のではなく、高校数学の内容に中学数学の内容がどのように関わっているのかを示す、というように(それって普通の教科書!?)。
ちなみに、後半のBコースでは、「グラフの見方」について非常に丁寧に解説している。考えてみると、僕自身は「グラフの見方」を誰かに教わった記憶がない。何と言うか、数学の先生にとって「グラフ」というものは、「見方」の説明の不要な「自明なもの」なのではないかと思う。ところが、これは僕も実際に何人も見かけたことがあるのだが、国立大学の文系大学院生なんかには「グラフの見方」がテンデわかっていない人が実際に存在するのだ。そこには教える側が気付いていない大きなコミュニケーション上のギャップが存在している(グラフが理解の助けになるどころか、かえって妨げになっている)。というワケで、この点において著者のスタンスには感銘を受けた。
実はこの本は、この春から中学生になる甥(誰に似たのかそこそこ優秀らしい(笑))に読ませてみようかと思って、まず自分で読んでみたもの。面白い本だとは思うが、中学生にいきなり読ませるのは躊躇する。何と言うか…、わかっている人が読めば(ピン!ピン!ピン!ときて)とても面白い本だろうと思うのだが、まだわかっていない人が読んだ場合に何が起こるのか僕にはちょっと想像がつかない。ひょっとすると、混乱してかえってわからなくなるなどの弊害もあるかもしれない。中学校を卒業し「これから高校生!」という春休みに、中学校で習った数学の内容を教科書とは別の視点から振り返る、そういうタイミングで読んだ本が有益かもしれない。あるいは、数学の好きな高校生が高校数学と中学数学との「つながり」を再確認するために読んだ方がいいのかもしれない。
と言うワケで、中高一貫校の第2学年用である本書、僕には全く余裕がなかった。本書で示されている「つながり」や「流れ」を自分は充分に理解することはできていないだろうと思う。そんな僕が本書から学んだことと言えば…、数学という学問のイメージがオボロゲに見えてきたことかもしれない。数学とは、(僕のイメージでは)「論理だけで行けるところまで行ってみる」ゲーム。同じことを次々と言い換えて行ったときに、最初には思いもよらなかったどんな「言い換え」に辿り着けるか、その意外性から洞察を得ようというゲーム。そんなところかなぁ…。僕自身は数学的内容をよく理解できないのだけど、もし数学がそういう学問なのだとしたら、数学的発想ができたら面白いだろうなぁと思う(甥や姪にもその面白さを感じて欲しい、なんて思っているのだけど…。伯父さんお節介なのよね(笑))。
全編に渡り理解を深めるための「問題」が掲載されているが、解答例は記載されていない。単に正解を知りたいというだけでなく、そもそも著者がその問いを発することで読者に何を考えさせ何に気付かせようとしているのかが(僕には)わからない「問題」もあったので、解答例もあった方がよかったと思う。
本文220ページ程度。

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