『カナダ・インディアンの世界から』
煎本 孝(著)
2002年
福音館書店
☆☆☆☆☆
「福音館文庫」の「N-5」。1983年に刊行された同名の本(福音館日曜日文庫)を再刊した本。
1970年代の半ば、おそらく著者がまだ20代後半の大学院生(?)だった頃に行った、カナダの先住民族(北方アサパスカン・インディアン)についてのフィールドワーク調査の内容を体験記風に記した文化人類学の本。「文化人類学のフィールドワーク」…なんて聞くと、アカデミックな内容の小難しい学術書を想像するかもしれないが、著者は文才のある人のようで、むしろ子供から大人まで楽しめる詩的なノンフィクション作品に仕上げられている。
著者が調査の対象としたのは、北米大陸の針葉樹林帯(タイガ)の森に住む先住民で、伝統的に冬になるとトナカイ猟を行っていた狩猟採集民族。本書には、彼らと15か月をともに過ごした「部外者」としての新鮮な驚きも多く記されているが、著者自身はむしろ「内部者の視点」を獲得しようと奮闘していたようだ。
厳冬の森の狩猟生活は苛酷で、運が悪ければ著者も(調査中に)命を落としていたかもしれない。しかし、本書を読み進めていくと、(たとえそうなったとしても)それは決して「悲惨な出来事」なのではなく、むしろ「自然な出来事」であるかのように感じられてくる。カナダの大自然の中では、(人を含む)生き物が生まれたり死んだりするということは「自然の摂理」の一部であって、何ら「特別な出来事」ではない、と感じるようになってくるのだ。同時に、この調査が行われたのは1970年代の半ばであり、こういった「伝統的な狩猟採集生活」を送っているような人はもういなくなってしまったのかもしれないな、とも思う(最終章である第11章には、先住民族の「伝統的な暮らし」は1950年代から急速に変わり始め、1970年代には既に失われつつあったことが記されている)。僕が感じ取ったような「死生観」は、現地の人にとってももう「遠い過去のもの」となってしまっているのだろう。
実は、本書の著者のことは個人的に存じ上げている。かつて通っていた大学の教授だったのだ。ただ、僕自身は著者の授業を受けたこともないし、個人的にお話しした記憶もほとんどない。どことなく「クマのプーさん」に似た穏やかな雰囲気が印象に残っていたのだが…、その著者が、植物の実を集め、湖や川で魚を獲り、陸には獣を獲る罠を仕掛け…、というまさに「狩猟採集」の生活を送っていたり、至近距離に迫るクマをライフル銃で撃ち殺したり(しかも、動揺することなく紅茶を飲みながら(!)1発で仕留めている!)、雪原を疾走する犬ぞりの上からトナカイの群れに向かって銃をブッ放したり、獲ったトナカイの目玉や脳ミソまで喰らうし(すこぶる美味だそうである(笑))、まさかこんなワイルドなお人柄だったとは! 正直言えば、この驚きの分だけ本書に対する僕の評価は(星1つ分くらい)高くなってしまっていると思う(笑)。
ちなみに、背表紙に「小学校上級以上」とある。正直、小学生には少し難しいかな?と思うが、全く歯が立たないということはないだろう。実際、もし僕が小学生の頃に通っていた図書館(小さな「区民センター図書室」)でこの本を手に取っていたとしたら、きっと夢中になって読んでいただろうと思う。それどころか、「将来、文化人類学者になりたい!」なんて思っていたかもしれない。素朴で素っ気ない本だが、カナダの大自然の美しさ(と厳しさ)をそのまま写し取ったような本だと思う。
本文270ページ程度。

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