『大学破綻』
諸星 裕(著)
2010年
角川書店
☆☆☆☆
「角川oneテーマ21」新書の「C-194」。サブタイトルは「合併、身売り、倒産の内幕」。大学の理事や職員、教員を主な対象とした「ビジネスとしての大学経営論」。センセーショナルなタイトル・サブタイトルが冠されているが、中身はいたってマトモ。
テーマは「大学の経営/運営/管理」。著者はアメリカの大学で「大学アドミニストレーション(管理)」の仕事に携わってきた人で、帰国後は日本の大学の先生をやりながら、(大学経営に関する)一種のコンサルタントもやっているようだ(僕は知らなかったが、テレビにも随分出ている人らしい)。アメリカは日本より一足早く70年代のうちに「大学全入時代」を迎えており、少子化故にいよいよ淘汰の波が押し寄せてきた日本の大学関係者が著者(アメリカの事例)から学ぶことは多そうだ。
全5章構成。日本の大学の抱える様々な問題を指摘していきながら、大学経営の世界にこそビジネスの視点が必要と述べる第1章、「研究機関」としてよりも「教育機関」としての役割を(中低位の)大学に求める第2章、今必要とされる大学像についての持論を展開する第5章が、本書のメインとなる内容か。大学タイプ別の現況を述べた第3章は読み物的な内容。受験生やその親御さんの参考になるのは、「大学選び」について助言している第4章くらいか。
面白い。「はじめに」を読んだだけでマトモな本だとわかった。文字サイズは小さめ(と言うか、普通)だが、文章は読み易くスイスイ読める。おそらく編集部の方針なのだろうと思うが、「大学破綻」「合併、身売り、倒産の内幕」というタイトル・サブタイトルや裏表紙に書かれている文言がまるで週刊誌の見出しのような俗っぽい雰囲気だが、中身に似つかわしくないと思う(実際のところ、「合併、身売り、倒産の内幕」をスキャンダラスに暴くような内容ではない)。大学の先生というより「有能なビジネスパーソン」の書いた本、という印象。大学の実名を挙げてズバズバ発言していく。時には辛辣な、歯に衣着せぬ物言いが清々しい。
著者の主張は明快で、「各大学が生き残りをかけて、それぞれの『ミッション』を明確にしなければならない」というもの。ここで言う「ミッション」とは、「この大学では、どのような学生に対して、どのような教育を施し、どのような人材に育て上げるのか」という、言わば「サービス内容」。「大学全入時代」には、中低位大学は学生を選抜するどころか、学生に選ばれる存在。大学に対する学生・社会の側からの要求に応え、そのサービス内容で競合大学との差別化を図り(それぞれのニッチを探して)勝負するのでなければ、生き残れるワケがない。ビジネスの視点から見れば、そのミッションが経営的に持続可能なのか、(教員を含む)大学組織がそのミッションに沿って組織化されているか、という点こそ重要で、著者としては、(研究者・教育者として優れていたとしても)経営の素人である大学教員よりも、大学職員の専門化・高度化・プロフェッショナル化が改革に有効だと説く(著者は大学院で、全国の大学職員を学生として「大学アドミニストレーション」の教育を行っている)。
ある意味、著者の主張は「大学の職業学校化・予備校化・カルチャーセンター化を進めよ」というものなので(こうまとめてしまうと、著者は否定するかもしれないが)、自らを「研究者」と定義する大学教員の多くは本書の内容に当然反発するだろう。著者の主張のビジネス色の強さに対する素朴な嫌悪もあるだろうし、「それを大学と呼べるのか」といった「そもそも論」も出てくるだろう。ただ、教育改革の話をするにしても、その大学の(経営的に実現可能な)ミッションに沿って考えなければならないハズで、著者の主張には一定の説得力を感じた。もちろん、大学教員の立場からの、著者の説に対する真っ当な反論というものもあるだろう。それはそれで意見を聞いてみたい。
非常に現実主義的な著者で(これも「アメリカ的」なのか!?)、大学関係者が今できることを今やろうという話(生き残るためにはお客さんに来てもらわなきゃならないし、分数のできない名ばかり大学生が来てしまったら分数くらいできるようにしてやらなきゃならんだろう、と)。自分たちにはできないこと(小中高校の教育、文部科学省の政策、企業の採用方針、等々への提言)についてはほとんど語っていない。言いたいことはいろいろあるのだろうが、言ってもしょうがないことは言わない、というのが本書のスタイルのようだ。
著者のアメリカ在住年数が長かったこともあり、頻繁に「アメリカでは…」と述べるのは若干鼻についたが(著者紹介の写真が威風堂々としているのがアメリカっぽくてちょっと笑える(笑))、「アメリカの大学の姿」との対比を通して「日本の大学の姿」を相対化できたのは良かったと思う。日本人著者によるアメリカの大学の紹介と言うと、通常「学生の視点」、せいぜい「教員の視点」からのものがほとんどだと思う。「運営者の視点」からの紹介は新鮮だった。
先日読んだ『
名ばかり大学生』(河本(著) 2009年 光文社)の著者は予備校講師で、批判の矛先は大学やその教員に向けられていた。個人的には、そういった批判に対する大学関係者からの返答を聞きたいと思っていたので、ちょうど良かった(ただ、その返答は大学教員というよりも、大学の経営者的な立場からのものだが)。「日本の大学」というものは、やはり今、大きく変わりつつあるのかもしれない。
本文200ページ程度。

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